皆に愛され 覇道をゆく天才の物語   作:水戸野幸義

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STORY9 テオと我が儘になれた私

「これなんてどうかしら? ロゼンダとイリスに合いそうよ」

 

「いいわね。それならこの柄がイリスには合いそうじゃない」

 

「コスモスの柄……覚えてくれていたのね。嬉しい、素敵だわ。これにしようかしら」

 

 ショッピングモール。たくさんの素敵なバッグが並ぶお店の中。

 遠くでマリー様、ロゼンダ様、そしてお母さんが楽しそうに笑っている。

 そんな三人の様子を私は、後ろで椅子に座って眺める。歩き疲れて、飲み物片手に休ませてもらってるところ。

 

「お母さん、楽しそう……それにロゼンダ様も」

 

 日本に来て早一週間。

 生まれて初めての旅行。それも海外旅行。突然行くことになったけど、来てよかった。

お母さんは日本に来てからずっと笑顔。これもきっと、ロゼンダ様と仲良くなれたからかな。

 お母さんにお友達が増えて私も嬉しい。これもマリー様のおかげ。突然日本に行くって言われた時は驚いたけど、理由が二人を仲よくなる為って聞いて、本当にそうなったのだから流石はマリー様。有言実行。テオのお母様だけはある。マリー様のこういうところがテオに似たのかな。

 

 ずっと大変な思いで苦労して、辛い思いをしてたお母さんに来た幸せ。

 ロゼンダ様と仲良くなれたことは素敵なことで、お父さんとも話し合えたみたい。

 お母さんはお屋敷に住むようになっても頑張ってる。変わり続けて、前へと進んでいってる。

 でも、私は……。

 

「テオ……」

 

 ぽつりと名前を呼んでしまった。

 ここにいるのは私だけ。テオは日本で出来たお友達のところ、更識さんのお家に行ってしまった。

 ううん、この言い方はよくない。私がお母さん達と出かけたから、一人になってしまったテオは友達のところに行くしかなかった。

 それに今、ここにテオがいなくてよかった。いたら気を使わせてしまう。だって、私はロゼンダ様を怖がってしまってるから。

 悪い人じゃない。それどころか、ロゼンダ様が素敵ないい人なのは日本に来て一緒にいたから私も分かってる。でも、初めて会った時のことが、テオがロゼンダ様に頬を叩かれた時のことが忘れられない。

 あれは悲しい出来事。テオは気にしてないし、私自身もあのことを恨んだりとかはしてないけど、それでも……。

 だから、これでいい。お友達といるほうがテオも楽しいはず。同い年だという更識簪さんは物静かな可愛い子で、お姉さんの更識楯無さんは明るくて綺麗な人。テオと話も合っていて、テオとっても楽しそうだった。

 私といるよりお友達といたほうがずっといい。

 

「……ット、シャルロット……」

 

「……あっ、ロゼンダ様! す、すみません……!」

 

「いいわ、謝らなくて。そのまま座ってなさい」

 

「はい……」

 

 我に返るとロゼンダ様がいた。

 慌てて立ち上がろうとしたけど、止められた。

 そして、ロゼンダ様は私の隣へと座った。

 

「……」

 

「……」

 

 ロゼンダ様は何も言わない。

 というか、どうしてここに。お母さん達と一緒に……いない。さっきいたところにお母さん達の姿がない。

 

「イリスとマリーなら別のフロアを見に行ったわ。私は休憩。貴女を一人にするわけにもいかないから」

 

「そう、ですか……」

 

「ええ」

 

 会話を終わらせてしまう。

 どうしよう。このままじゃ私のせいでロゼンダ様の機嫌を悪くしちゃう。

 でも、何をどう話せば……。

 

「考え事していたみたいだけど……テオのことでも考えていたんでしょ」

 

「っ!?」

 

 思わず、声を上げられないほど驚いちゃった。

 顔に出ていたのかな。

 

「何でって顔で驚かなくても見ていれば分かるわ。テオにお熱なのはマリーからもイリスからも聞いてるわけだし」

 

「あぅ……」

 

 情けない声が出てしまうぐらい恥ずかしかった。

 見れば分かるほどなんだ私。

 

「やっぱりね。後、テオがいなくて寂しいと」

 

「それは……はい……」

 

「なら、寂しいってテオに言えばいいものを。女だけにしてって言ったのは私達だけどテオなら付いてきてくれたはずよ」

 

「そ、それはできません! 私の我が儘でテオの邪魔するなんて! 私はそんなことをしていいような立場では……」

 

 私の我が儘でテオの邪魔なんてできない。

 迷惑かけたくない。あの初めて出会った日から今もテオに助けられ続けている。

 私がこれ以上を望むなんて。

 

「いい子ね、シャルロット。いい女だわ……でもそれじゃあ、ダメなの」

 

「え……?」

 

「邪魔になるというけれどテオは本当にそう言ったのかしら? 相手の気持ちを慮るのも結構だけど勝手に自分の気持ちを解釈されて勝手に遠慮されるほど身勝手なものはないでしょ」

 

「……」

 

 何も言えなかった。

 その通りだと思ってしまったから。

 テオが邪魔だと思ってるかどうかなんて私の想像でしかない。実際に確かめたわけじゃない。

 それに言われて思い出したこともある。テオはよく私の意見を聞いてくれるけど、私が遠慮する度にいつも少し困ったように笑っていた。

 

「いい子、いい女であるのは大切だけど度が過ぎるあまり都合のいい女に成り下がってしまうのはいけないわ」

 

「都合のいい女……」

 

「聞き分けがよすぎるのも考え物ってこと。思うことがあるのならちゃんと伝えないと悲しいすれ違いを引き起こしてしまう」

 

 ロゼンダ様の言葉は重たかった。

 

「私はいい女であり過ぎた。デュノアにとっても、アルベールにとっても。自分の立場を弁えるあまり、気づかないうちに都合のいい女になっていた。思っていることは沢山あったのに、私は妻だからそんな立場じゃないって自分に言い聞かせ続けて……」

 

 ロゼンダ様は悲しそう目をしている。

 胸が痛い。だって、これは私がいたから……。

 

「愚痴というか年寄りの説教が過ぎたわね。貴女が前の私に似てるところを感じたからついお節介焼いちゃった。気にしなくても大丈夫よ」

 

 私の考えなんてお見通しのように、ロゼンダ様は優しい笑みで言う。

 

「私はもう自分の立場に甘えない。思ったことがあるならちゃんと伝える。今回だって私達の旅行を渋るアルベールとサンソンを説き伏せたのは私なんだから」

 

 ロゼンダ様みたいな人のことを強い大人の女性というのかな。

 カッコいい。思わず憧れてしまう。

 

「伝えたいことがあるのなら伝える。そして、今一度自分と向き合いなさい。私もシャルロット、あなたと向き合っていくから」

 

「え……」

 

 想像してなかった言葉を聞いて、驚いてしまった。

 

「正直、アルベールの子供を産めなかったこと。生まれてきたアルベールの子供の母親が自分じゃないことは今でも複雑この上ないけど、それでもあなたはアルベールの子供なんだから向き合っていかないと。長い付き合いになるわけで、向き合うのなら早い方がいいじゃない……って言われても困るかしら」

 

「い、いえっ! 嬉しいですっ、ありがとうございますっ」

 

 ロゼンダ様の本当の気持ちが知れた瞬間。

 本当、日本に来てよかった。

 多分フランスにいたままじゃ、こうしてロゼンダ様の本当の気持ちも知ることも、ましてやこうやって二人で話すこともなかったと思う。

 

「二人いい感じで話せたみたいね」

 

「よかったわ」

 

「あ……マリー様っ、お母さんっ」

 

 別のところに見に行っていたマリー様とお母さんが戻って来た。

 

「おかげ様で。デュノアの落とし方の恋愛テクニックを教えていたところよ」

 

「へ……?」

 

 今日は驚いたり、情けない声を上げてばっかり。

 そういう話だったけ?

 

「そういう話よ」

 

「こ、心を読まないで下さいっ……」

 

「顔に書いてあるから分かるわ。シャルロットにはテオをデュノアに繋ぎ止めてほしいから、もっと素直になってほしい。テオのこと好きなんでしょ」

 

「そ、それは……!」

 

 ロゼンダ様のことが分かった気がしたと思った途端これ。

 読めないお人。

 投げ掛けられた爆弾発言に私は口ごもってしまう。

 というか、追撃みたいにお母さんもマリー様も微笑ましそうに私を見てくる。

 

「あらあら、シャルロット。顔真っ赤よ」

 

「いつもテオにベッタリで可愛いものね。それは言うまでもないわよね」

 

「うぅ……はいぃ」

 

 認めるしかなかった。

 何だかおもちゃにされている気分。

 テオのことは好き。そこにどんなことでも嘘はつきたくない。

 

「なら余計、素直になったほうがいいわね。デュノアの男は皆素直な女が好きだから。それに女はちょっと我が儘なぐらいが丁度いいのよ」

 

 ロゼンダ様の言葉が胸に響く。

 私も素直に……我が儘になってもいいのかな。

 まだ不安なことは多いけど、新しい一歩。前に踏み出してみようかな。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「流石は日本一の遊園地。凄い人だ」

 

「うんっ、目が回りそう」

 

「はははっ」

 

 入った園内の様子を見てそんな感想をこぼす私に隣のテオは楽しげに笑う。

 例えでは言ったけど、それほどまでに人は多い。

 シンジュクやシブヤという街にも行ってあそこも人が多かったけど、あそことは雰囲気が違う。

 特に頭に人気キャラクターの耳に似たカチューシャをつけている人が沢山いて、来たんだなぁって感じがする。

 

「しかし、シャシャがここに来たいと言い出すとはな」

 

「興味あったから」

 

 テオが日本に来る前に見せてくれたネットの記事でここのことをオススメしていたのがあって、それを読んでから気にはなっていた。

 だから、来られてよかった。今日はフランスに帰国する前日。たくさん遊んで素敵な日本での思い出にしたい。

 これは私の我が儘。テオに私の我が儘に付き合わせて、申し訳ない気持ちはやっぱりあるけど自分に素直に、我が儘になるって決めたんだからこれでくじけていられない。

 ゲートまで見送ってくれてテオと二人っきりでここで遊ぶことを許してくれて、背中を押してくれたお母さん達3人にも我が儘を許してもらったんだから。

 

「そろそろ行くか。始めはそうだな……」

 

 いつまでも道端のベンチで様子を眺めていられないとテオがスマホ片手に貰ったパンフレットにある地図を見て行先を考える。私も覗き込む。

 

「こことか面白そうだな」

 

「いいね、ここ行きたい」

 

「なら決まりだ」

 

 ひとまずの目的地へと向けて歩き出す。

 同じ方向に行く人は多い。ぎゅうぎゅう詰めってほどじゃなく、テオが守ってくれるからはぐれる心配はない。

 だけど……。

 

「……」

 

 テオの後ろをついていきながらふと周りを見てみる。

 大人の人ばかりでその中でも目に留まったのが恋人同士さん。

 仲良く手を繋いではぐれないようにしている。いいなぁ……。

 

「シャシャ?」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 見惚れていると歩くのが遅くなってしまった。

 歩く速度を早くする。

 でも、さっきの人達が手を繋いでいることが気になる。

 

「あの、テオ……」

 

「どうかした?」

 

「えと、我が儘言ってもいい?」

 

 言っちゃった!

 こ、これは流石に我が儘過ぎるかな。

 

「いいぞ! 遠慮なく言うといい!」

 

 私の考えすぎ。

 テオはすごく嬉しそうな顔をしてくれている。

 よかった。安心して言える。

 

「テオと手繋ぎたいな」

 

「そうか。では、お手をどうぞ」

 

 そう言って差し出されたテオの手を握る。

 暖かくて力強い手。大好きな手。

 この手で撫でられるといつも安心するのに、今はドキドキが大きい。

 それはきっと。

 

「あ……」

 

「今日はこのほうが相応しいだろ。俺の我が儘を許してほしい」

 

「うんっ!」

 

 テオはただ手を繋いでくれだけでなく、手を交差させて指のあいだに指を絡めて握ってくれた。

 それはさっき見ていた恋人同士さんが繋いでいた手の繋ぎ方。私が見ていたのに気づいていたのかな。何にせよ、嬉しい。ドキドキが大きいけど、これは幸せなドキドキ。

 ありがとうございます。お優しい、テオドール様。

 

 テオと手を繋ぎながら遊園地を回って遊ぶ。

 鉄道みたいな乗り物や、丸太みたいなちょっとしたジェットコースター、可愛いお城の中をボートで見て回ったりと他にもたくさん乗って、いろいろなところに行った。

 凄く楽しかったし、普段大人びているテオも楽しんでくれたのが凄く嬉しい。

 

 楽しい時間が過ぎるのはどうしてこんなにも早いのかな。

 太陽で照らされていた遊園地は今、夕日に照らされている。

 そろそろ帰らなくちゃいけない時間になっていた。

 

「いつになっても一日の締めが観覧車なのはどこも一緒なんだな」

 

「うんっ」

 

 テオの言葉に頷く。

 私達は最後、観覧車に乗っている。

 あんな大きく感じていたさっきまで遊んでいたアトラクション達が小さい。

 でも、夕日に照らされた地上の様子は綺麗だった。

 

 今日は本当に本当に来てよかった。

 とってもとっても楽しかった。

 そして勇気を出して、我が儘を言ってよかった。

 もうこれ以上の我が儘は怖くて言えないけど、でもこのぐらいなら許されるのかな。

 

 観覧車はそろそろ頂上。

 向かいに座るテオも同じように外を見ている。

 夕日に照らされるテオは綺麗。けれど、その横顔を見ていると胸が締め付けられる。

 

「……っ」

 

 同じ場所にいて、同じ景色を見ているはずなのに別の何か。

 私には見ることが出来ないものを見ているような。

 肉体(からだ)だけここに残して心だけがどんどん遠くになっていく様な感じがする。

 

「どうかしたか?」

 

「テオ……っ」

 

 気づかれてとっさに名前を呼んでしまったけど、これ以上言葉が出てこない。

 でも、何か言わなきゃ。黙ったままだとテオを心配させてしまう。それだけは嫌。

 不安なこの感じ。真っ白になる頭。言葉が出てこなくて喉が乾燥する。

 それでも私は振り絞って、私は何とか言葉を紡いだ。

 

「テオ、こっちを向いて……私を見て」

 

 ようやく言えた言葉はこれだった。

 何言ってしまってるんだろう、私。これじゃあ、結局テオを困らせるだけだ。

 けれど、言葉が出なかったのが嘘だったみたいに声が震えていてもすらすら言えてしまった。

 これが私の本音なの、かな……?

 

「悪い。そうだな、今はシャシャと二人っきりなんだ。ちゃんと見るよ」

 

「あ……うんっ、えへへっ」

 

 そういうことじゃないけど現金な私は、優しい顔で優しく頭を撫でられただけで安心してしまう。

 今はこれでいい。これ以上、何か言うのは私には度の過ぎた我が儘。テオは頭を撫でてくれるほどこんなにも近くにいて、私を見てくれている。大丈夫。

 それに安心できたことはもう一つ。テオに頭を撫でられた時、私は脳裏に見た。

 私を優しく包み込んでくれるどこまでも広がる海のような光景を。テオと深くつながっているみたいで私は凄く安心できた。


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