皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
第一回世界大会後、世界はIS開発に向けて更に力を入れるようになった。
最たる理由がワンオフ・アビリティーであるのは考えるまでもない。
あんな超常現象を見せられれば、自分達でも使えるようになりたい、使える機体を作り出したいと思ってしまう。
まだワンオフ・アビリティーを使えたのが織斑千冬だけなら奴が特別だったと済ませられるが、もう一人アリーシャ・ジョセスターフまでもがワンオフ・アビリティーを使えたとなると可能性を感じてしまう。
我がフランスを始めとしたIS先進国では機械的にワンオフ・アビリティーを産み出そうという考えも起きつつある。
これは正しい歴史の流れではあるだろうが、正直悩ましいところだ。
ISは思った以上に力がある。
あの日、異質な感覚を肌で感じたからこそ、そう思える。
あと数年もすればISは使えるようになるが、もしもの場合は考えておいて損はないだろう。そもそもISを使うということは、篠ノ之束に命を握られてるに近しい。
ISに力を入れると同時にEOSにも力を注がなければ。ISの前ではどこまでも団栗の背比べではあるが、何もしないよりかはいい。
「新機体の開発、データ収集、実戦配備、シェアの拡大は必須……」
自室でディスプレイに映るデータを眺めながら考えをめぐらす。
やることは多い。今丁度、ラファールダガーのエース用機体を開発中であり、それからフランス、デュノア社とドイツ、その三つでEOSの共同開発計画が持ち上がっている。
これが成功すれば、更なる発展を遂げるだろう。だが、何か決定打にかける気がする。
EOSをただ発展するだけではISにはとてもじゃないが力不足だ。もっとこう、繋がりがいる気がする。ISと肩を並べる為の足掛かり的な何かが。
「テオドール様」
「ン……シャシャか。入れ」
「失礼します」
部屋の戸がノックされ、中へ通すとシャルロットが入って来た。
仕事をする時のメイド服姿。すっかり板についた。
慣れて来たんだろう。最近は、積極的に自分の意見を言うようになってきたしいい傾向だ。
「どうかしたか?」
「本家の旦那様がお見えで居間に来てくれと」
「伯父殿が? 分かった、行こう」
データを保存し、PCの電源を落とすとシャルロットと共に居間へと向かう。
突然だな、来るとは聞いてなかった。
「何かあった感じだったか?」
「どうだろう……居間には家族、皆集まっていたけど」
家族が集まる様な事。
世界は慌ただしく変化しているが、デュノア家は平和なものだ。
むしろ、日本にいったおかげで女性陣の一体感は深まった。
だから、事件めいたものはないだろうから、もっと別の何かか。
「お待たせしました、伯父上」
「来たか、テオ」
伯父殿に伯母殿、父上に母上、イリスさん。
居間の中に入ると本当に皆集まっていた。
とりあえず伯父殿の前へと腰かける。
「何かあったのですか?」
「事件が起きたわけじゃない。今回はお前にいい話を持ってきた」
いい話とはこれまた伯父殿にしては珍しい。
「もうお前達二人以外には話したのだが……テオ、お前に婚約の話が来ている」
「え……!?」
俺よりも先に驚いたのはシャルロット。
婚約か……急な話ではあるが、まあうちみたいな家ならある話だろう。
実際、伯父殿と伯母殿、父上と母上もそうだ。
「相手はどこの家の者で?」
「相手は我がデュノアと小さいながらも取引のある英国の名家、オルコット家だ」
「オルコット……!」
脳に衝撃が走ったような感覚。
動向は把握していたが、ここでくるとは。
「婚約相手は分かりましたが……やはり、欧州連合の統合防衛計画。今後の足掛かりとして」
「そうだ、理解が早くて助かる。それにいくらデュノアが大成長する世界的企業とは言え、先代が創業し我が兄弟の代で成功しただけで所詮は成金。歴史は浅い。歴史の深い家、それも英国の貴族と繋がりを持てるのならデュノアの基盤は強固なものになる。他にも得るものは多い、なによりこの縁談の話は相手からの申し出だ。どうする?」
「もちろん、お引き受けします」
相手がオルコットであることはありがたい話ではあるが。
たとえ相手が違っても同等の話なら引き受けていた。足掛かりは必要だ。
伯父殿は丸くなって気持ちを尊重してくれているが、選択肢は最初からないに等しい。
デュノアの人間の務めを果たさなければ。
「助かる。その方向で話は進めておく。近いうちに顔合わせぐらいはあるだろう」
「分かりました」
その後は軽く伯父殿達とお茶をして、部屋に戻った。
ずっと気になることがあった。
シャルロットの様子だ。婚約の話が出てからずっと暗く落ち込んでいる。
「シャシャ……やはり、婚約のことよく思ってないようだな?」
「な、何故そうお思いになられるのですか? わ、私が意見していいようなことでは……」
ぎこちない敬語がシャルロットの心情を物語っているようだった。
何より、暗く落ち込んでいるのが何よりもの証拠だ。
「俺はシャシャの気持ちが知りたい。ダメ、だろうか……?」
「ずるいよ、それ……もう」
困ったように観念したようにシャルロットは小さく笑った。
そして、隣にやって来て腰を落ち着けるとぽつりと話始めてくれた。
「正直、嫌な気持ちになっちゃった……婚約って聞いた瞬間、テオが離れちゃいそうな気がして……でも、この婚約はデュノアのお家にとって大切なことは分かってて、私の気持ちなんて必要とされてないのにそんな身勝手なこと思ってる自分が嫌で……」
シャルロットの声は震えていた。
それどころか、不安を堪えるようにぎゅっとスカートの裾を握りしめている。
得心した。暗く落ち込んでいたのは自己嫌悪もあっからだったか。
「ありがとう。大丈夫だ」
「あぅ……」
俺はシャルロットの頭を優しく撫でた。
まずは安心してもらう。それが先決。
「婚約相手をないがしろにはするわけではないが、それでもちゃんとシャシャのことは見ている。安心してくれ」
「うんっ」
安心した顔で頷くシャルロットを見て安心した。
優先すべき相手はシャルロットだがオルコット家とのこの度の話はデュノア家の力になる。延いてはよりシャルロットを安心させられる。
ことは上手く為さなければ。
◇◆◇◆
話はとんとん拍子に進み、顔合わせ当日。
場所はイギリス。オルコット家。
「大変、手厚いもてなし痛み入ります」
「いえ、ご満足いただけているようで何よりですわ」
屋敷へと招待された俺と伯父殿一行は手厚いもてなしをされていた。
今言葉を交わしたのは伯父殿とオルコット家当主の女性。
その両隣りには夫と思わしき気の弱そうな男性と娘セシリア・オルコットが座っている。
母親と娘は当然だがよく似ている。俺が知っている数年後の姿のままセシリアが大人になるとこうなるのだろう。今のセシリアもまた俺が知っている数年後の姿を幼くするとこうなる。貴族としての気高さ、気の強さが伺える。
「ひとまず話はまとまったな。これで正式に二人は婚約関係ということでよろしいか?」
「ええ」
特にこれといった問題や異論が出ることもなく話はまとまった。
これでデュノア家とオルコット家は婚約関係となった。
けれど、実感はない。いい雰囲気ではあるが、トントンの拍子に進み過ぎたせいか。
セシリアとはまだ一言二言、言葉を交わした程度。まあ、最初はこんなものだろう。
それよりも、気になるのが……。
「そうですわ。晴れてセシリアさんとテオドールさんは婚約者になったのですから、仲を深めませんと。お二人でお話でもどうですか?」
「それはいい考えだ。テオ、セシリア嬢と話しでもして打ち解けてくるといい」
「そうですね」
話はしてみたい。
打ち解けあえるのなら早いことにことしたことはない。
様子を伺うべくセシリアを見ると頷いて答えてくれた。
「分かりましたわ。そうですね……場所はお庭にしましょう。案内します。チェルシー、お茶の用意を」
「かしこまりました、お嬢様」
セシリアの一声で一人のメイドが動く。
彼女がチェルシー・ブランケット。
妹がいたな。名前はエクシア・ブランケット。パッと見、それらしい姿はない。ただ単にこの場に居ないだけなのか。それとも……。
「ここですわ」
セシリアに連れられ、やってきたのはオルコット邸にある中庭。
「見事なものだな」
「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいですわ」
よく手入れされ、綺麗に彩られた庭。
歴史ある貴族の庭だけあって世辞抜きで見事なものだ。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、チェルシー」
庭を眺めているとチェルシーがお茶等が乗ったキッチンカートを押しながら現れた。
無論、一人。
「ふふ、そんな熱い眼差しで見つめられると困りますわ。デュノア様にはお嬢様がいらっしゃいますのに」
「チェ、チェルシー!?」
そんな気は毛頭ないが考え事に気を取られているとチェルシーにからかわれてしまった。
セシリアをからかうつもりで言ったのだろう。中々の度胸。案の定、セシリアは取り乱していた。
「いや、すまない。失礼した。チェルシー嬢の立ち振る舞いがあまりにも完璧なので主人であるセシリア嬢の気高さを感じていた。良き従者には良き主人がいるものだからな」
「とのことですが、お嬢様」
「っ……こ、こほん……流石は噂に名高い天才テオドール・デュノア様。お口もお上手ですのね。けれど、わたくしともどもチェルシーまでお褒め頂光栄ですわ」
と向かいの席に座るセシリアは笑みを浮かべて軽く会釈。
最初こそは照れた様子だったがすぐさま正し、品のある受け答えをしてきたのは流石というべきか。
「伯父殿に婚約の話を言われた時は驚いたがセシリア嬢が婚約者殿でよかった」
「わたくしもですわ。あ、それからわたくしのことはセシリアと呼び捨てで構いません」
「ならば、俺のことはテオと呼んでくれ。親しい者は皆そう呼ぶ。セシリアとは長い付き合いになるだろうからな」
「ふふっ、そうですわね。テオ」
その後はお茶をしながら話に花を咲かす。
内容はお互いの趣味や小さい頃の思い出、ちょっとした世間話
家同士の強がりを強くする為のもの。ある意味では政略婚約とも言えるだろうが、それでもお互いのことを知るのは重要なこと。
「先ほども言いましたけど」
「ン……?」
「いえ……本当にあなたのような強く賢く堂々とした殿方が婚約者でよかったと」
そう言うセシリアは遠くを見ている。
というよりかは、何かに思いを馳せている。
きっとそれは……。
「テオを怒らせてしまうかもしれませんけど正直なことを言いますと正直、婚約の話をお母様からされた時、驚きました。いえ、正直とても不安でした」
セリシアはぽつりと話出す。
「わたくしの殿方……男性のイメージはよくありません。オルコット家に擦り寄ろうとする男性を多く見てるからでしょうか。ましてや一番近い男性であるお父様があんな……!」
語気を荒げるセシリア。
思いを馳せていた相手はやはり、父親か。
一番近い男である父親に対して思うところがあれば、そうなるか。
しかし、なんと声をかければいいのか。どういう反応がベストなのか分からず、俺はただ黙って見てるしかできないでいる。
「ぁ……す、すみません。お恥ずかしいところをっ」
「いや、構わない。どんなことであれ、婚約者殿であるセシリアのことを知れるのは大切なことだ。尚更、良き男であろうと思えた」
「そう言っていただけると助かりますわ。最近、お母様はわたくしに次代のオルコット家を率いるにふさわしい者にすべくいろいろなことを教えてくださり、たくさんのことをしてくれます。お母様はわたくしに自分の同じ轍を踏ませないと。素敵な殿方であるテオとの巡りあわせてくれたもその一環なのかもしれませんわね」
そう言ったセシリアは母親に対して尊敬のまなざしを浮かべている。
一見すると何かしらの失敗したを悔いて娘のセシリアにはそうならないように育ててるようにも聞こえなくはない。セシリアからしたらそう思えるのだろう。
だが、結末を知るものとしてはもっと別の意味に思えた。
◇◆◇◆
「今回の顔合わせはどうだった?」
婚約の顔合わせをお帰帰り道の車内。
伯父殿がそう尋ねてきた。
「とてもいい顔合わせでした。相手のセシリアともたくさん話せましたし」
「そうか。それはよかった……」
歯切れの悪さを感じた。
何かあったのだろうか。
「伯父上……何かありましたか?」
「いや、大してことではない。お前達が部屋を出た後こちらも少し世間話をしていたのだがな。ただオルコット夫妻から感じたことがあってな」
「感じたこと……」
「こう言っては何だが……まるで愛する子へ遺産を残そうとしているように思えた」
伯父殿までそう感じたのなら間違いないのだろう。
やはり、そういうことになっていくのだろうか。
「後……」
伯父殿はさらに言葉を続けていく。
「何やら黒い影も感じた」
「黒い、影……」
いくつかのことが頭に過る。
「大貴族ともなれば大なり小なり黒い影は否応なくあるもの。それは我がデュノアとて同じだ」
「そうですね……白いだけでは生き残れませんから。となるとこの婚約は……」
「婚約はこのままだ。オルコット家自体調べた限りは清廉潔白。オルコット夫妻の仲は若干のいびつさはあるものの娘を愛する気持ちは二人とも本物だ。しかし、もう少し冷静に物事を見なければならん」
「分かりました。伯父上」
デュノアとオルコット、両家は繋がり。
セシリアとの婚約は無事成立した。
しかし、安心するのはまだ早い。肝心なのはこれからだ。