皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
「しかし、本当に驚いた」
しみじみと言ってしまったが、それほどまでに驚いた。
何せ、シャルロットが言っていたサプライズゲストがセシリアだったなんて。
俺が驚いたことが余程嬉しかったらしい。
ひとまずセシリアを客間へと通し、お茶を出してもてなしているがシャルロットと二人してしたり顔をしている。
「このわたしくがサプライズゲストですもの。驚いてもらわないと困りますわ!」
「テオ、ちゃんと驚いてくれてよかったね」
「ええ、かの天才テオドール・デュノアを驚かせられました。やりましたわね、シャルロットさん」
和気藹々として、仲良さげな二人。
それを見て気になったことが出来た。
「二人はそんな仲よかったのか?」
「はい、それはもう。こうして直接顔を合わせるのは久しぶりですけれど、テレビ通話やメッセージではよく連絡を取ってるんです」
「どっちが端末触れないほど忙しくなければ、何かしらやり取りはするね」
「そんなにか!」
俺もセシリアとはメッセージとかでよく何気ない話をして。
シャルロットとは一緒に暮らしているから知らないことなどないと思っていた。第一そんな素振り二人ともなかった。しかし、まさかそんな頻繁にやり取りしていたとは。
何より、興味深い。織斑一夏という存在、彼にまつわる騒動、共通点がなくてもきっかけと出会い、交友が続けば、こんなにも仲良くなれるものなんだな。俺が共通点となったとも考えられるが、それでもここまでの仲良さを
「ちなみにどんな話をすんだ?」
純粋な興味。
IS学園に通って、生活を共にしていれば、共通の話題はあるだろう。
だが、今は違う。共に住んでもいなければ、ましてや生活が違う。大貴族の娘、かたやメイド。そんな二人が頻繁にやり取りするとは一体どんな話をしているのか。
「テオとやり取りしてる時はとあまり変わりませんわ。今日あったこととか……悩み相談とかしますわね。後は……ふふっ」
「ふふっ」
二人して顔を見合わせ笑いあってる。
何だか楽しげだが、一体どんな話をしてるのやら。
気になるが、別に気になることもある。むしろ、そっちを聞くべきだろう。
「今日は泊りか」
今はお昼。
まもなく三時、昼のティータイムがやってくるところ。
これで夕方、夜になって日帰りとなるとバタついてしまう。
何より、セシリアが持ってきた荷物は多い。それは手荷物レベルではなく、泊りに来たと如実に表している。
「ええ。テオの一大事ですから、日帰りで帰るわけにはいきませんわ。ご心配は無用です。お母様にはお許しを頂きました。貴方様によろしく、と」
「そうか……」
あの母君が。
最近、セシリアは家のことや習い事が忙しくなってきて息をつく間もないぐらい忙しいと言っていたのに。
そんなにあの一件が大ごとに思われているのか。
「そう言えば、付き人……チェルシーはいないんだな」
てっきり一緒だと思っていた。
しかし、姿はない。別の使用人を連れているわけでもなく、セシリアは一人で来た。
「チェルシーは自分がいると気が休まらないだろうからと同行を遠慮しました。それに何やら最近はお母様達と何かあるようで」
それを聞いて、あることが頭をよぎった。
何か……というのはあのことだろう。
そろそろその時だ。
「泊っている間、セシリアの身の回りのことは私がすることになってるから問題ないよ」
「いろいろとお世話になりますわ。シャルロットさんと言えば、お泊りはシャルロットさんの提案なのですよ」
「へぇ」
「日帰りだとバタバタしちゃうからね。それにやっぱり、テオとセシリアにはゆっくり二人の時間持ってほしいから。お泊りについてもマリー様にお許し貰ってるから問題ないよ」
手際のいい。抜かりない。
そして、気配りが行き届いている。良き従者。
思えば、連絡は取り合っていてもこうしてセシリアと直接会うというのは久しい。婚約者なんだ。折角来てくれたことだし、セシリアとの時間を持つのも必要か。
時間は惜しいが、今はシャルロットの気持ちをありがたく受け取ろう。
◇◆◇◆
「それにしてもこの度はまた随分とやんちゃしたようで」
「やんちゃ、か……やんちゃの一つや二つは男の勲章だろ」
お茶を飲みながらそんなことを言ってきたセシリアに軽口を返す。
そもそも、あれをやんちゃで済ませていいのか。
まあ、セシリアにも詳しい事が伝わってない様子だからいいだろう。
「あら、本当にやんちゃですわね。ですから、あのお優しいマリー様が本当にお怒りになっていたのですね。シャルロットさんが電話で震えあがっていましたわ」
「セ、セシリア!? テオ、ご、ごめんなさい……」
「いや、構わん。謝るな、シャシャ。この俺が全て許す。確かにあの母上の怖さは震えあがるものだった。それこそ人に言わないと収まらないぐらいにな」
笑って許した。申し訳なさそうに控える告げ口したシャルロットも、それを告げ口してきたセシリアも。
歳の近い妹に恥ずかしい過去を友達に告げ口されるとはこんな気分だったんだろう。いい体験だ。
「先のことは自分でもよくなったと思っている。母上のあんな顔は見たくないからな。今後は善処するつもりだ」
「まったく、そんな言い方をして。貴方はデュノア家長男、テオドール・デュノアであり。そして、わたしくセシリア・オルコットの婚約者なのですからお体は大事にして下さい」
「そうだよ。心配したんだから」
「ならば、尚更善処しよう。胸に刻んで征こう。しかし、この身は我が覇道で出来ている。多少のことなどどうということはない。テオドール・デュノアは強い男だ」
心配するな、などとは言えない。
無責任だ。この先のことを思えば、心配をかけるようなことは多く起こるだろう。だが、心配させっぱなしは男として情けない。だから、そうならない為に善処していく。
そして、知っていてほしい。多少のことなど俺にはなんてないことを。強い男だと言うことを。
まあ、言い訳じみた強がりだという自覚はあるが強がりは男の特権だ。
そんな俺に呆れたように、それでいて仕方ないと二人は笑う。
「そういうこと言うと思った。だからこそ、私達の役目があるってものだけど」
「ええ。テオは高貴な者であり、先へと往けるもの。ならば、往くべきです。ですが、一人ではなく私達と共に。私達が違ったところへ往かぬよう手を取りますから」
嬉しい言葉だった。
覇道とは本来、一人で敷き広げ、一人で進むもの。
しかし、俺の隣にはこんなにも思ってくれる大切なもの達がいる。手を取り共に進む。こういう覇道もありなのだろう。そう思える。
「だったら、まずはその第一歩を踏み出さないとね!」
ぽんと一つ手を叩いてシャルロットがそんなことを言い出した。
これはセシリアも考えになったのか不思議そうにしており、俺と顔を見合わす。
「いやね。お夕食まで時間があるから、テオとセシリアの二人で近くをお散歩してきたらどうかな?」
「散歩……まあ、構わないが」
散歩。それもこの時間ならきちっとした所へちゃんと案内するには時間が足らなさそうだが、セシリアに住んでいる街を軽く知ってもらうことぐらいはできるだろう。
「私も構いません。ですが、一つ条件があります。御用があったりお忙しくなければ、シャルロットさんもご一緒して下さい」
「えっ?」
思ってもいなかったのか、シャルロットは少しばかり驚いている。
言われてみれば、そうだ。シャルロットは一緒じゃないのか。
用事や仕事がないのは把握している。まあ、考えそうな分かるけども。
「そんな悪いよっ。二人の邪魔できないよ。婚約者同士なんだから二人っきりが一番自然だと思うし。それにほら、えーと、その、もしかするとだよ? 多分探せば何かしらやることあると思うから?」
疑問形の凄い言い訳を聞いた。
それをセシリアが見抜けない訳がなく、包み込むような優しい笑みを浮かべて言う。
「何をおっしゃいます。わたくしとテオは確かに婚約者ではありますが、シャルロットさんとわたくしは想いを同じとし、テオの隣を共に歩む者同士。シャルロットさんがいなければ、意味ありませんわ」
「セシリア……」
嬉しそうにセシリアの言葉を受け止めるシャルロット。
「それにこんな世界規模のやんちゃ者の手綱、流石に一人ではとても握りきれませんわ」
「俺は手のかかる犬猫か」
「手をかかるという点ではそう言えますわね、ふふっ」
「まったく……しかし、俺もシャシャがいてくれると嬉しい。一緒に散歩どうだ?」
婚約者の手前、他のものを誘うのはどうかとは思う。
だがしかし、セシリアがこう言っているのも無視できない。
それにシャルロットが一緒だと嬉しいのは事実。
「二人がそう言ってくれるなら、私も一緒にお散歩行こうかな!」
笑顔を浮かべシャルロットは言った。
そんな訳で夕食前の散歩に三人で出かける。
家を出る際、母上と出会ったがシャルロットとセシリアが一緒だと知って凄く安心していた。
『シャルロットちゃんとセシリアちゃんが一緒なら心配ないわね。お夕食の時間までに戻ってくるのよ。怪我とかしないようにね。後、テオはちゃんと二人をエスコートしてくるのよ!』
との言葉つきで見送りまでしてくれた。
お優しい、母上だ。
三人で街をぶらぶら歩く。
遠くまでは行けないにしても、充てもなく歩くのも悪くはない。
気が晴れていくのが実感出来る。
「ここがテオが暮らす街ですか……」
隣を歩くセシリアは興味深そうに街の様子を見ている。
「気に入ってくれたか?」
「ええ。この街でテオ、シャルロットさんが育ったと思うと考え深いですわ。それに」
チラリとセシリアが辺りに目をやる。
その目は不思議そうだ。
「坊ちゃん方、久しぶりに見かけたと思ったらこんな時間に散歩かい? 珍しい! またうちの店に来てくれよ!」
「御曹司様、かわい子二人連れてとは流石やりますね!」
「デュノアの坊ちゃま、お元気そうで!」
すれ違う人がすれ違う人が声をかけてくれる。
俺達にとっては普段と変わりない光景だが、初めてのセシリアにしてみれば不思議な光景なのだろう。
不思議そうにその光景を見ている。
「人気者ですのね」
「そのようだ。ありがたい限りではある。まあ、デュノア家のテオドール・デュノアだからな。この街で知らぬものはそう居るまいよ。よく散歩してることも関係しているのだろう」
「なるほど……」
「もっとも散歩って言っても私が半ば無理やり連れだしてるだけだどね。そうでもしないとテオ、やりたいことにずっと夢中で籠りっきりになっちゃうから」
「容易に想像つきますわね。ふふっ」
楽し気に笑うセシリア。
散歩を、この時間を楽しんでくれている。
だったら。
「ねぇ、テオ。よかったら、セシリアを」
「ああ、そうだな。セシリア、今からとっておきの場所に案内しよう」
「とっておきの場所?」
丁度、近くまでやってきている。
折角だからセシリアをそこに連れていきたい。
きっと喜んでくれるに違いないはずだ。
足取り軽く歩けばとっておきの場所についた。
「ここだ、セシリア」
「まあっ!」
景色を見てセシリアはキラキラと目を輝かせる。
やってきたのは有名な百貨店の屋上にあるテラス。
そこから見える街並みは夕日に照らされ、いつ見ても綺麗なものだ。
ここがとっておきの場所。
周りには他の利用客もいて、シャルロットと二人だけの穴場というほどの場所ではないが、ここから見る景色を俺もシャルロットも気に入っている。
それはセシリアも同じな様で。
「これは素敵ですわね! なんと美しい……!」
「よかった。気に入ってくれたみたいだね」
「ええ。正しくとっておきの場所ですわね。連れて来てくださって嬉しいですわ」
嬉しそうにセシリアは笑う。
連れてきてよかった。
「では改めて――フランスへようこそ。これが我が祖国だ。歓迎しよう、盛大にな」
「ふふっ、何ですかそれ。でも、嬉しいですわ。歓迎してもらえて、お散歩に連れていってもらえて。こんな風に街を自分の足だけでお散歩するなんてことしたことありませんでしたから」
「そういうものか」
まあ、セシリアは大貴族の娘。
移動は基本車とかだろうし、散歩をするとしても綺麗に手入れがされた庭園とかになるか。
「散歩に付き合ってくれて助かった。ありがとう。しかし、近所とは言え、割と連れまわす形になってしまってすまなかったな」
「気にしないで下さい。それにお礼を言うならわたくしもですわ。とてもいい気分転換になりました。シャルロットさんの狙い通りですわよね」
「あはは~……」
シャルロットは笑ってごまかしているが、俺の息抜き以外に別の思惑があったということか。
「そんな狙い通りってじゃないけどセシリアとお話してると最近、落ち込んでる感じだったからテオと一緒に居れば気分転換できて元気でるんじゃないかなと思って」
俺としたことが気づかなかった。
人前だからってのは当然あるんだろうが、今もそんな風な感じはしない。
やはり、女同士だから分かった部分があるのかもしれない。
「シャルロットさんには敵いませんわね。大したことじゃないです。ただ最近、お母様が特に厳しくなったといいますかお勉強もお稽古も忙しくて。必要なこと、次代のオルコット家を継ぐに相応しい者になれと期待を込めてのことだと分かっています。一人でもオルコット家を守っていけるようにと」
確かに忙しそうにはしていた。
しかし、それで落ち込むセシリアではない。
それに母親が特に厳しくなった。今の時期。そして、俺が知る
「かと思えば、お母様とお父様が幼いころ以来に二人揃ってピアノとバイオリンの発表会に来てくれたりして。嬉しいのですが、急すぎて何だか嬉しいのに家では別々なのでまた二人の仲に何かあったんじゃないかと不安で……」
あれほど嬉しそうだったセシリアの笑顔が曇り、次第に影を落としていく。
そういうことか。話が見えた。
セシリアに残そうとしている。
家族の幸せな思い出を、時間を、全てを。
厳しさが増したのもその一つなんだろう。教えられることは全て教えておきたい。
あの夫妻はやはり――。
「なるほどな。大体、分かった。愚痴を言え、とまでは言わないがこんな風に話ぐらいは聞かせてほしい。何、遠慮する必要はない。このテオドール・デュノアが力になろう」
「テオ……」
「テオだけじゃないよ、私にもお話聞かせてほしいな。テオほど力にはなれないかもしれないけど、女同士のほうが話しやすいこともあるかもだからね」
「シャルロットさんまで……ありがとうございます。嬉しいですわ……わたくしはお二人という本当に良き友人を持つことが出来て幸せ者ですわね」
セシリアの顔に笑顔が戻った。
やはり、セシリア・オルコットに暗い顔は似合わない。
「大変ではあるがお互い頑張らなければならないな」
「ええ。頑張りますわ。お母様のように立派なオルコット家当主になることがわたくしの夢ですもの」
「夢か……」
正真正銘ものなんだろう。
笑顔の戻ったセシリアの目はその夢へ向けて、輝きを宿していた。
「そう言えば、テオやシャルロットさんの夢って何ですか?」
「夢……そうだな、俺は家や会社を含めてデュノアを今以上に発展させ、我が覇道を世界に轟かすことだな」
「テオらしいですわね。シャルロットさんは?」
「私? ん~テオやセシリア、大切な人達が夢を叶えて幸せになってくれることかな。皆の幸せが私の夢だから」
「シャシャらしいな」
「まったくですわ。お二人ともよく似てますわ」
「そうかな」
などと夕日に照らされる街の様子を眺めながら何気ないことを話す。
こういうのがある意味一番の幸せなのだろう。しみじみそう感じる。
しかし、終わりというものはやってくる。
「ン、そろそろ時間か」
「そうだね……今から帰れば、いい感じで夕食に間に合うよ」
「何だか名残惜しいですわね……こんなにも綺麗な景色が見納めだと思うと」
「また見にこればいい。いや、もっとフランスをパリってもらうつもりだ!」
「ぱ、パリ……?」
「楽しんでってことだよ。折角、遊びに来てくれたんだからセシリアにはエンジョイしてほしいな」
「エンジョイ……そうですわね、折角お二人の元に来たのですからエンジョイしなきゃもったいないですわ!」
今日という日に三人で見るここからの夕日はこれで見納め。
けれど、楽しい時はまだまだ続きそうだ。
…
以前、アンケートにご協力いただいて票の多かったシャルロットとセシリア、二人とのデートをお送りしました。
更識姉妹もそのうち、書ければなぁ……と思っています。書ければ。
何はともあれ、パリって楽しんでいただければ幸いです。
次回、覇者が見届けたある夫妻の最後になにがあったのか