皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
第二回モンドグロッソ。
その開催がもうすぐそこまでやってきた。
そのこともあってなのか、各国、いや全世界でそれに向けての訓練とデータ収集。得たデータを元に機体調整を行い、新たに必要となったものがあれば研究し開発。これまでも行われていたことだが、更に熱が入っている。
フランス、我がデュノア社とて例外ではなく忙しい日々。忙し過ぎて……。
「あべし!」
「頼みがあるんだが、俺達を起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる」
「ママァ……時が見えるよ……」
とまあ、我が開発室のそこかしこに死屍累々の後。
危ないことを口走ってる者もいるが、それほどまでに多忙の最中。
「本当忙し過ぎだよ、まったく。大部分の技術を共有してるからって、EOS部門のボク達まで呼ぶなんて」
「仕方ありませんよ、ロイドさん。国を挙げてのことなんですから」
ぼやくロイド博士を宥めるセシルさん。
彼らEOS部門の者達もこの作業に参加してもらっている。
「すまない。博士やセシルさん達のような優秀な者達はどこでも必要だからな」
「ふふっ、勿体ない言葉です。でも、ちゃんとお力になっているのなら嬉しいです」
「所長にはEOS部門の予算倍増と権限拡大してもらったからそれでいいけどね。この忙しさも大会までだろうし」
「だろうな。そこまでは頑張ってくれ」
「はぁ~い」
大会が終われば、普段通りに戻れる。
だが大会まではの時間は長く、その間に待ち受けていることはある。
ニュータイプの勘からすると近々。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは」
部屋の扉が開き人が入ってきた。
二人組。うち一人はシャルロット。
そして、もう一人が。
「あら、お二人。シャルロットさんはいつものお迎えですけど……ショコラさんは今日の報告書を出したらご帰宅したものだとばかり」
「そのつもりだったんだけど、相変わらずここは修羅場だと聞いてね。お疲れだろうから差し入れを」
そう言った彼女の手には左右一つずつ袋が握られている。
黒っぽい髪をした左右両方のもみあげが長い前下がりボブヘアーの彼女がショコラデ・ショコラータ。
あの機体の操縦者だとされていた彼女は実在していたのだ。あの女がこの時期からもう既に変装していたのではないかと疑って調査したが、流石にそんなことはなかった。
れっきとした本人。デュノア社のエーステストパイロットであり、この時代のフランス国家代表。彼女の存在も驚きだったが、まさか国家代表だとは。
あの機体、シャルロットの対戦相手を任されるとなるとそれ相応の実力だろうことは考えられるから、ありえなくはない。
まあ、考えだしたらキリはない。原作では語られてない部分が多すぎる。描写されてないだけで原作でもそうだったかもしれない。事実、この世界ではこれは紛れもない事実。
「御曹司も相変わらずのようで。あまり無理しないように、何かあればシャルロットが悲しむわ」
「肝に銘じている。シャシャ……シャルロットとは途中で?」
「ええ、彼女が車から降りて来たところにバッタリ遭遇してね。行き先は同じのようだったからこうして一緒に来たわけ」
「そうか……助かる。シャシャは今日学校だったな。お疲れだろう。ゆっくりするといい」
「ありがとう。今日もIS座学漬けだったよ」
学校というのは普通の学校のことじゃない。
そもそも今日は休日。
ISという言葉で分かるように、IS関係の学校。
IS学園ではなく、第一回モンドグロッソの煽りを受け、各国で強力な選手を求める流れは強まった。その為、才能あるものを早期発見、早期からの教育により強力な選手の素養をつけることを目的にした所謂予備校みたいなもの。
勿論、通えるのは女子のみ。基本的にどの国にも複数開校されており、中学生になった頃、もしくは本人と親の合意、審査を受ければ中学生になる前でも通える。任意の為ここを通わずとも構わないが、IS学園への入学を考える者の多くが通う。
シャルロットの話を聞く限り、基本座学メインらしい。まあスポーツ競技という建前もあるがISの数、予備校ということもあって実技はほぼない。あってもシミュレーターぐらいなものだとか。
「また夜、一緒に今日習ったことを俺に教えてくれ」
「うん、それはいいけど……夜はちゃんと休んでほしいな。今日も忙しそうだし。やっぱり、私一人で帰った方が」
「案ずるな。この程度、テオドール・デュノアの前では些末なこと。少し待たせることにはなるが一緒に帰ろう、シャシャ」
「うんっ!」
一緒に帰ることをシャルロットは楽しみにしてくれている様だった。
しかし、それを打ち破るように連絡が届いた。
叔父殿からのメール。呼び出しだ。それも今すぐ本社社長室に来るようにと。
ただ事ではなさそうだな、これは。
「テオ……?」
「すまない、シャシャ。一緒に帰れそうになくなった。社長からの呼び出しだ」
「……そう、なんだ。大丈夫! 私のことは気にしないで! 頑張ってきて!」
「ああ、ありがとう。シャシャ」
シャルロットに礼を言うと車を用意する。
後でシャルロットにはきちっきりと穴埋めをしよう。
そんなことを考えながら、本社へと向かった。
◇◆◇◆
「来たか。お前で最後だ」
本社社長室に入ると叔父殿はそう言う。
室内には父上。そして、オルコット夫妻の姿があった。
夫人一人だけではなく、二人揃ってここにいる。
それがどういうことを意味しているのか、分からないわけではない。
「遅れたようで申し訳ございません。ご夫妻、お元気そうで何よりです。お待たせしました」
「ミスターテオドールこそお元気そうで何よりですわ。それからわたくし達にあまり気を使わなくても結構です。元より、わたくしが勝手に突然来ただけですので」
大人になったセシリアを思わせる夫人は気品ある佇まいで言う。
勝手に来た。確かに突然来たのはそうか。来るなんてことは聞いていなかった。伯父殿や父上にしても本当に突然の訪問なんだろう。
難しい顔に呆れの色をにじませながら叔父殿は口を開く。
「まったく、本当に突然来るものだ。おかげで今日のスケジュールが狂った」
「それについては申し訳ございません。ですが、このタイミングしかなかったのです。これからお話をさせていただくには……デュノア家様にとって得るものが多いはずです。ミスターアルベール個人としても」
「話だと……」
テーブルを一つ挟んだ向こう側。
同じようにソファへと腰かける夫人は一つ目を伏せ、開くとこちらを見定めるように視線を向けてくる。
「我が祖国イギリスとアメリカが極秘裏に共同開発した衛星兵器についてですわ」
空気に重みが増した。
しかし、デュノア側に驚きや動揺はない。粛々と受け止める。
それを見て夫人は安堵の笑みを浮かべていた。
「流石はデュノア家様。やはりお調べ済みですのね」
「無論だ。しかし、衛星兵器とは……」
「ええ。名を『エクスカリバー』と言い。そして――生体融合型IS、でもあります」
「なん……だと……!?」
「そんな……馬鹿な!?」
流石のこれには叔父殿も父上も二人揃って驚いている。
エクスカリバー。ようやく出てきた。
気になることは多く、いろいろと確かめたいことがあるけども話は続く。
「しかし……そうか、生体融合型ISが実現していたか。それに生体処置を禁止する国際法が形骸化するのは時間の問題だと思っていたがこんなにも早くとはお笑い草だな」
「衛星兵器、生体融合型IS。強力な兵器なのは理解できますが、いささか過剰すぎるのでは? 一体何が目的で」
父上の疑問はもっともだった。
衛星兵器だけでも強力な兵器だ。攻撃力は破格なものだろう。
そこにISの力が加わる。過剰な力を持つのは目に見えている。
そこまでする必要があるということか。
「それもこれも全てはやがてくる戦いに備えて」
「やがてくる戦い……」
夫人から出たその言葉に思わず、声に出して反芻する。
ようやく知れる時が来た。
「ISを主役とした世界大戦ですわ」
明かされた内容。
興味深いが、驚くほどのことでもなかった。
考えれば、そういうことはおこりうる。むしろ、起こる確率としては高いだろう。
「そんな……! ISの戦争利用、軍事利用は禁止されている! それでは何の意味も!」
「ないな。所詮は建前。形骸化になることはサンソン、貴様とて頭にないわけではないだろう。ISの競技化しかり、そのエクスカリバーとやらしかり。手に余る力を持つと試さずにはいられない。それが人という物だ」
「ですが……!」
父上の気持ちは分かる。
核の代わりに新たな抑止力になったIS。それは戦争利用、軍事利用は禁止されおり、そのことを盾にお互い牽制しあっているのが現状。形骸化しているとは言え、どこか一つでも破れば無法の地となる。その後、どうなるかは考えるまでもない。
しかし、伯父殿が言うようにISという人の手には余る力を持つと試さずにはいられない。そのやがて来る戦いに備えISの力を持つ衛星兵器が開発されるというのは自然な流れか。国防という大義名分があれば尚更。
「ISを用いればエネルギー問題や火力問題は一応は解決する。加えて、防御面ではただ衛星兵器ではISに攻め入られれば時間の問題だが、同じ防御力を持てば拮抗できる。防御は抜かりなし。より、他国への強力な抑止となる」
「そういうことですわ、ミスターテオドール。守るための剣は必要ですから」
「理解できます……ですが、それでは災いを招く種になるのでは?」
そんなものが自分達の頭上、
破壊、あるいは奪おうとする者達は確実に出てくる。
我々とて知ったからには対策しなければならない。
それを分からない夫人達ではないはず。
「それはミスターテオドールのおっしゃる通りです。国を挙げての計画が持ち上がった時、オルコットは出資を渋りました。祖国を守る為とは言え、自ら火種を持つなど」
「しかし、そう渋り続けてもいられなかったはずだ」
「ええ、ミスターアルベール。女王陛下のお願いもありましたし、何より大切な右手がかの者達に掴まれてしまいましたから」
「どういうことだ……?」
貴族特有のなのか芝居がかった物言いに伯父殿は疑問そうに眉を顰める。
俺には何が言いたいかすぐに分かった。
オルコットの右腕となれば、思い当たることは一つしかない。
「我がオルコット家には先祖代々使え続けてくれていた使用人一家がいたのです。今は二人の幼い姉妹のみが残され、姉の方は使用人をしてくれています。ですが、妹は余命いくばくかの心臓病だったのです……」
「だった……?」
「わたくし達はこの子にISとの生体融合処置を施したのです」
「……」
場に無言が立ち込める。
事実を淡々と受け止めているような。どういう言葉をかけるのが適切なのか考えあぐねているような。事実に納得したような。
そんな沈黙。夫人は沈黙に様々な意味があることを理解しつつ言葉を続ける。
「心臓病の恐怖はひとまず去りました。しかし、引き換えにあの子は人ではなくなり、生体融合型ISに」
「経緯は理解した。しかし、その生体処置の技術はそこまで確立しているのか。そもそも元になるコアはイギリスのものか?」
「いえ……コアを、生体処置の技術をもたらしたものこそがかの者。出資を渋るわたくし達の前に陛下直々の紹介で現れ、この話を持ち掛けてきました。わたくし達夫婦と姉妹の姉、限られたものしか存在そのものを知らないはずの妹のことを引き合いに出して」
沈黙の次はきな臭さが立ち込めてきた。
「その者達はアメリカ側の出資会社の一つで古くはドイツに拠点を構えていたとか」
あえてこう言ったのだろう。
きな臭さが増した。確かにそこの流れを持つのなら、生体技術を持っていてもおかしくないだろう。いろいろと思い当たるものは多い。
しかも、外に出してないはずのことを知っている。感じる危機感はそれ相応なものとなろう。
「加えてかの者達は両国に深く精通しています。にもかからず、皆様にお話した以上のことは我がオルコットですら掴めませんでした。そんな者達の手を取るのは愚かなこと。祖国を裏切るに等しい。けれど」
「引くに引けなったと」
「そういうこと、になりますわね。まったく情けない限りではありますが、どうあれエクスカリバーは国を挙げての計画。協力しない訳にもいかず、かの者達には姉妹の妹のことを把握されてしまっている。国に深く精通できるほどの者、立ち向かえばどうなるかは見えている。代々続くこの家を当代で終わらせるわけにはいかない。わたくしに残された選択は一つでした」
その結果が今。
「この選択に後悔がないと言えばそれこそ嘘になります。姉妹の家系は我が家に代々仕えてくれている者達。家族も同然……いや、一心同体。なのに、命を歪める結果になってしまった」
「それでも守るべきは家だろう。我々のような多く人の上に立つ者は家なくしては家族はありえない。家族を大切な者達を思うのなら、この選択は正解ではないだろうが不正解でもない。こうする以外なかった」
オルコット家が潰えれば姉妹の家系だけでなく、他に仕える多くの者の不幸を招くことになりかねない。
それは避けないといけないことで、そうなるとオルコット家自身が被る不幸は更なるものになる。
だから、この選択は不正解でもないが……。
「そう言ってもらえると助かりますわ、ミスターアルベール。それにこれは一つの好機でもありますのよ」
「好機だと?」
「この子はエクスカリバーのコアとして組み込まれることが両国の間で取り決まりまっています。この子もあの家の者なら必ずやオルコットの、セシリアの力になってくれます」
「身勝手……いや、夢見がすぎないか」
「それは百も承知。これは祈りでもあるのです。我が愛娘セシリアはオルコットを継ぎ次代の祖国イギリスを守る者になる。IS操縦者、国家代表にもなりましょう。その時、助ける力になってくれればと」
全ては祖国を、オルコット家を、家族を――そして、セシリアを思ってのこと。その気持ちは説に伝わってくる。
原作でも夫妻はこんな風だったのかもしれない。
「ここまで話を聞いておいて何ですが……こんな話をしてもよかったのですか? オルコット家とデュノアは婚約関係があるとは言え、そもそも別の国の家同士」
「ミスターテオドールの心配はごもっともですわ。このことでデュノア家様にご迷惑をおかけすると思います。しかし、このタイミングしか我々には残されてないのです」
「それはさっきもおっしゃっていた……」
父上が俺の疑問を代弁してくれた。
俺は、オルコット夫妻に待ち受ける末路を知っている。
やはり……。
「かの者に殺されるからです。このタイミングを失えば、おそらくお話できる機会は永遠に失われていたことでしょう」
動揺も後悔もなく、夫人は淡々と事実を述べた。
覚悟は決まっているようだった。
「殺される……我々に話したからか」
「関係ないことはありませんがお話したということはただの口実でしょうね。出資を渋るものなど不要。エクスカリバーが正式稼働した暁にはかの者達は必ず自分達の手に収めようとすることでしょう。その時にオルコットは邪魔になる」
「かと言ってオルコット家を潰せば各方面に角が立つ……ならば、当代当主夫妻のみを消し……まだ幼い娘を次期当主に据えれば、如何様にもできる。そうことか」
「恐らくは。後は生体処置の当事者としても邪魔なのでしょう。しかし、全部を全部思い通りにさせるつもりはありません。その為の婚約。エクスカリバーが剣ならば……デュノア家様には盾になってほしいのです。差し出がましいとは分かっています。ですが、どうか」
夫妻揃って頭を下げられ、俺達は戸惑う。
事情は知ったし、理解もできる。しかし、そうは言われてもと言う域を出ない。
婚約関係があるとはいえ他国、他家の問題。巻き込まれるのは馬鹿らしい。それに助ける義理としては薄い。
「身勝手だな、本当に。ご夫妻がいなくなった後、我々デュノアが取り込むとは考えてないわけではないだろ」
「ええ、それは勿論。ですが、そうはならないこともまた勿論。ミスターテオドール、あなたがいる限りは。必ずオルコットの、セシリアの強力な力になってくれると確信しています」
「ありがとうございます。しかし、随分と高く買ってもらっているようで」
「妥当な評価だとわたくしは思いますわ。なにせあなたは世界を己が覇道で包む者。その身に秘める大いなる力で偉業を成し遂げる。何より、あなたは愛情深い方ですから、セシリアを見て捨てませんわ」
確信を持った言い方。
こちらを射抜くような夫人の視線は、見透かしているよう。
ともあれこれほど高く買ってもらっているのなら、応えよう。
元より、こうなるのは知っていてセシリアを見捨てるつもりは端からない。
「しかし、これではミスターアルベールが納得しないのも理解していますわ。だからこそ、お渡しするものがあります」
「渡すものだと……」
「あなた……例の物を」
「ああ……やはり、君はそう選択するんだね。分かった」
ようやく口を開いたオルコットのご主人。
夫人の選択に一人納得すると、鞄から何やら取り出す。
出て来たのは数枚に及ぶ紙の束。
「これは?」
「ISとの生体融合処置について知る限りのことをまとめたものになります」
「なっ……!」
伯父殿の目の色が変わった。
それは今、叔父殿が何よりも求めてならないもの。
情報価値は計り知れず、対価としては破格。それが叔父殿の手に渡ろうとしている。これは偶然か。必然か。
「これならばわたくし達の願いを助ける対価としては充分かと」
「ああ……それが真実正しいのならばな」
「それについてオルコットの名においてお約束しますとも」
約束は歪ながらも成立しようとしている。
オルコットのご主人は悲観しつつも仕方ないと諦めが入り混じったような割り切った表情をしている。
俺としてもこれなら伯父殿を動かすには充分な対価だとは思う。俺がデュノア家当主の座を取り、無理やり夫人の願いを叶えるわけにもいかない。願いを叶えるには伯父殿の力もいるのだ。
だが、よしとしないものはいる。父上だ。
「いけません! 兄上! それに手を出すということは兄上は法を!」
「黙れ、愚かなる愚弟よ。法が形骸化してるのは貴様もよく理解しているだろ。詭弁にすぎん。どうとでもなる。助けられる命があるのだ。選んでいる余裕はない」
「ですが……っ!」
静かながらも苛烈に不愉快感を父上に向ける叔父殿と、それでも何とか食らいつこうとする父上。空気が凍り付く。
感情論が先行しているが、伯父殿の言うことが理解出来ない父上ではない。
言ったところ、止まるような人でないということも。
だからこそ、善人たる部分とぶつかり合い言わずにはいられない。
「父上、大丈夫です」
「テオ……」
「伯父上はまだ手を出したわけでもないですし、実際どうなるかは分かりません。ものは使いよう、この情報を元にアメリカ、イギリス、二国に迫ることもできる。何より、このテオドール・デュノアがいます。もしもの時は伯父上を必ずや止めてみます」
「そうか……そうだね……テオがそう言うのなら」
正直、父上を安心させる為の詭弁にも等しい言葉。
しかし、覚悟はある。
俺の言葉に父上は安堵の表情を浮かべ、伯父上は爆ぜるように笑った。
「クハッ! ハハハハハハッ! 言うではないか、口が達者な小賢しき我が甥よ!」
「言いますとも。私程度でそう簡単に負かされるお人ではないとよく知っていますから」
「クハハッ! 本当に口の減らない。我が甥は逞しく育っているか。望むところだ」
ひとまず叔父殿は気持ちを落ち着けてくれた。
まったく、やれやれだ。
それはオルコットにも言いたい。
家を、家族を、娘を守る為とは言え、手段を選ばなさすぎる。
そんな悠長なことしている場合ではないのは確かで、手段を選んでいたら今には至っていないのも確か。
ここまで手段を選ばないのに、腑に落ちないことがあった。
「不躾だとは思いますがお聞きしたいことはあります。よろしいでしょうか」
「ええ……何なりと」
「死ぬと知っている……なら、生きようとしないのですか」
聞くだけ無駄なのは重々承知している。
夫人だけでなく、ご主人まで死ぬ覚悟はできる。
死ぬと分かって、それまでにできうる限りのことをする。一連のことは見方を変えれば、それはまるで終活。
夫妻に生き残ろうとする意志は感じられない。
それこそ手段を選ばなければ、いくらでも生き残れるはずだ。セシリアを残すことはない。なのにしようとはしない。
そのことが前世で読んだ時から、気になっていた。
今からこの先に起きるであろう鉄道の横転事故。そこで二人は死ぬ。
描写されていないだけで本当は生き残ろうと足掻いたけども結果、そうなってしまっだけかもしれないが夫妻の死の真相が明かされ改めて読み直した時、自ら死を選んだように感じられた。
それは一体何故。そして、こういうことについて回る本来死ぬ人間を助けられる力があるのなら助けるべきなのかどうか。
「わたくし達が生きながらえれば、より多くの不幸を招く。死で救済されるわけでもなければ、全てが解決するわけではないと分かっています。それでもなのです。何より」
一呼吸置く夫人。
再び向けてきた目には憤りが宿っていた。
こちらへ向けたものではない。不甲斐ない自分を嘆くようなそんな。
「わたくしはイギリスに根を降ろす先祖代々続く名家、貴族オルコット家に産れ、当主に座す者。なのに、愛する祖国を悪しき者達の手から救えなかった。それどころか悪に手を染めてしまった。大切な者の命を歪めて。その罰、身を持って償います」
誇り高い……と言うべきなのだろう。
無論この言い方が正しいとは思わない。俺とて思うところはある。
けれど、夫人の在り方を別の言い方するのはあまりに無粋だろう。
誇り高いからこそ、己の罪深さを許せない。
償いを、そして最後の役目を文字通り身をもって果たす。
しかし、無責任というわけでもない。
「だから、後は次代に託すと」
「その通りです、ミスターサンソン。わたくし達が去った多少の混乱は起こるでしょうが、愛娘セシリアにはこれを乗り越え自分の力へと変えるだけの力をつけさせ、そのように育てました」
「何より、デュノア家様、テオドール君がいますし……国内にも僕の知り合いにもしもの時のことはお願いできる方々も少しはいます」
夫人に続いたご主人の言葉にある意味安心した。
頼みの綱がデュノアだけでないということはいいことだ。
国内で孤立無援になる心配はなさそうだが。
「ご主人も……」
「妻と共に参ります。力不足で至らぬ身だったけど最後ぐらいは」
「そんな変な見栄を張らず付き合うこともないですのに」
「見栄ぐらい張らせてくれ。君一人行かせたくない。君一人に背負わせはしないよ。どこまでも足りない男だったけど、最後の最後ぐらいは君の夫として君と共にいたい。僕は君の男なんだから」
「まったく……あなたという人は本当に」
呆れたように苦笑する夫人だけど、その表情からは隠しきれない喜びが感じ取れた。
これは俺がどういうこうするものではない。
たとえできる力があって、人としてそれを為すべきだとしても、もうこの者達の気持ちは変わらない。
これもある種、胸に抱いた思いを貫くという事なんだろう。
そして、この日から程なくして二人は本当にこの世を去った。
祖国に尽くし、家を守り、家族を想い、娘を愛し、誇り高きまま。
今回起こった三つの出来事。
1、ショコラデ・ショコラータ登場
2、明かされた衛星兵器とisとの生体融合処置
3、オルコット夫妻の最後
といった感じで小ネタとメタが多い回になりました。
捏造も多分に含んでいますが、大体こんな感じだったんじゃないかなぁとったところです。
娘セシリアを愛してないわけではないけど、誇り高さ故に死を選び。
夫婦仲もセシリアが思ってたほど悪くなかった。ただ立場故にお互い素直になれず、その結果セシリアには仲が悪く見えてしまった的な。
それから行間の間隔を変更しました。
既存の話の修正は少しずつやっていきます
次回、覇者と続く日々と第二回モンドグロッソ