皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
「デュノア家……何より、テオには大変お世話になりました。もう元気になりましたわ」
オルコット家にあるセシリアの私室。
深々と頭を下げてくるセシリア。
暗い影が全て拭えたわけじゃないが大分元気を取り戻し、いつものセシリアに戻りつつある。
「そうか、それはよかった。これからが正念場だからな」
「ええ、お母様の遺志を継ぎオルコット家当主となった身。お母様達が亡くなって未だ悲しくはありますが、いつまでもふさぎ込んでいたら叱られてしまいますわ」
微笑してセシリアは笑い飛ばす。
オルコット夫妻が亡くなってから、少し経った。
死因はやはり変わらず、鉄道の事故によるもの。
死傷者百人以上という発表があるほどの大事故ではあるが、本当に亡くなったのはオルコット夫妻の二人のみ。死傷者は捏造されていた。
この事実は勿論、二人の死の真相についてセシリアは知っている。
俺からセシリアに包み隠さず全てを明かした。隠しておくようなことではない。むしろ、隠していることで禍根となる方が問題だ。
どうあれ、二人を止めなかったことには変わりない。
「お母様達のこと気にかけてくださっているのですね」
「すまない。顔に出していたか」
「そうではありませんけど、見れば分かりますわ。お母様にはやはり生きることを選んでほしかった……けれど、誇り高い方です。お母様らしい選択だと思いますわ」
今でも思うところがないわけでもない。
だからか俺が気を使うべきなのに、逆に気を使われてしまった。
「強いな、セシリアは」
「あら、ご存じなくて。覇者たるテオの妻になる女ですもの、強くなくては務まりませんわ。テオがいてくれるから、わたくしは強くあれるのです」
「言ってくれる。ただ、無理はしないように。何かあれば、頼ってくれ」
「本当に何かあればその時は遠慮なく。ただでさえ、跡継ぎと遺産問題で後ろ盾になってもらい面倒ごとが回避できてますし、何よりまずはわたくしの力で今を乗り越えたいのです。お母様……お父様から受け継いだものがありますから」
婚約により、デュノアが後ろ盾となったことで遺産を狙うものはそう簡単に手出しができなくなった。
加えて……ご主人が残した交友により、多くが隠居の身、家の力がそこまで強くはないが夫妻が亡き後のオルコット家を手助けしてくれている。
つまりセシリアは国を頼る必要がなくなった。それでも道は変わらない。
「今、わたくしがやるべきことはオルコット家の存続と更なる発展。そして、イギリス代表IS国家選手になって……チェルシーとエクシアを再会させることですわね」
全てを明かしたということはエクスカリバーのことは当然ながら、そのコアとなった少女についても知っている。セシリアの専属メイドであるチェルシーの妹、エクシア・ブランケットのことだ。
知るのはセシリアだけではなく、チェルシーもまた知るところである。
「ありがとうございますっ、お嬢様……! このチェルシー、何とお礼を申し上げればいいか……!」
「礼などいいのです。わたくしがしたいと思えることですから。何より真実を知っても尚、わたくしにオルコット家に仕えてくれるチェルシーのその思いにわたくしは応えたい。未熟な身でたくさんの人に支えられているからこそ、そう思うのです」
そう言うセシリアは凛々しく、感じられる気高さは何処か夫人のことを思い出させられた。
「今日ほど我が主がお嬢様でよかったと思えた日はありません。そしてテオドール様、本当にありがとうございます」
「俺こそ礼などいい。まだ何もできてない。俺もまた二人を再会させたいとは思うが……精々その意思表示ぐらいなものだ」
本当にそれぐらいなもの。
政府には詳細について混乱を避けるため伝えておらず、どうするか決められてない。
破壊は絶対あり得ないが、かといってエクスカリバーを手中に収める算段もついてない。情報も足りない。
手に入れても機体とコア、コアと身体の切り離しはするかもしれないからそうなるとあの者の力が必要となる。早く再会させてやりたいが、これはどうしても時間がいる。
それでも目先の目的はまた一つ増やすことは出来た。
「意思表示していただけるだけで充分なのです。必ずや成し遂げてくれると信じていますから……誇らしき旦那様」
「なっ!?」
驚いた声を上げたのはセシリア。
俺は声を上げられないほど呆気に取られた。
またどこぞのロイアルメイドみたいなことを言う。
いや、貴族オルコット家に仕えているのだからそういう意味ではロイアルメイドではあるか。
「間違ったことは言ってないと思います。セシリアお嬢様が誇らしきご主人様ならば、そのお方の夫と将来なるテオドール様もまた誇らしき旦那様となるのです」
「た、確かに……? テオはわたくしの夫なのですから!」
「その通りでございます。誇らしきご主人様」
二人の間で何やら納得しあっているが、セシリアはもうすっかりいつもの調子を取り戻したようで安心した。
「と……いつまでもわたくしだけがテオを独り占めするわけにはいきませんわね。シャルロットさんも今、お母様のことで大変のようですし」
「ああ……そうだな」
不幸というものは続きやすい。
シャルロットの母親、イリスさんの体調がここ最近よくない。
元気な日もあるが、それでもベットの上で安静が常。酷い時は寝込んで起き上がれない日が何日も続く。
時間が迫っている。皆必死なのだ。ここにいない看病につきっきりのシャルロットも、外法に手を出してでも生かそうとする伯父殿も、そんな叔父殿を止めようとする父上も。誰も彼もが必死だ。
「そして、テオは日本に行くのでしたね」
セシリアの言葉に頷いて肯定する。
オルコット家を発って少しすると日本に行くことが決まっている。
第二回モンドグロッソが日本で開催されるからだ。
「言われるまでもないと思いますがそれでもです……お気をつけて。後、あまり火遊びはしないように。テオがいろいろと人を惹きつけるのはとてもよく知っていますが」
「随分と含みのある言い方をする」
釘を刺されている。
ということなんだろう、これは。いろいろな意味で。
心配してくれているというのも勿論あるんだろうが。
思い当たることはある……ドイツでの事とか。
「心配せずともこの身はそう簡単には傷つかん」
「そういうことではないのですが……まあ、いいですわ。夫の火遊びを許すのも妻の務めですものね。でも心配なものは心配。ならば」
続く言葉はないが、セシリアは軽く両手を広げる。
ハグでもして安心させろということか。
そうだな。心配させたまま行くのはよくないか。
だからといって、ハグでは味気ない。セシリアはハグされるものだと思っているだろうが、その予想を越えさせてもらう。
「まあっ」
チェルシーの驚いた声が聞こえた。
それもそのはず。誰もが抱いていた予想を超えたのだから。
当然ハグはした。ハグだけでは済ませなかったということ。
「ちょっ! ちょっとテオっ!? い、いきなり口づけだなんて!」
「いきなりはすまない。しかし、こっちのほうがよりセシリアを安心させられると思ったものでな」
「ずるいお人。分かって言ってますわね、まったく」
「セシリアのことはしかと見ているからな」
「もう……ふふっ」
呆れたように……そして、嬉しそうにセシリアがはにかんだ。
嫌がるどころか、喜んでくれている。
それにすっかり心配は拭えたようだ。
「ですが、口づけしてくださるのならもっと別の場所がよかったですわ。チェルシーが見ていますし……ファーストキスでしたのよ?」
「それは光栄だ。なら、次する時はもっと別の場所でゆっくりとな。その為にもお互いしたいこと、やるべきことを成し遂げよう」
「――!! ええ! そうですわね!」
◇◆◇◆
「ごめんなさい……こんなみっともない姿で」
「いえ。今日、お加減の方はいいみたいですね」
「ええ……ここ最近は伏せ続けることもなく何とか」
微笑を浮かべるイリスさん。
ベッドから抜け出すことは出来ないようだが、調子はよさそうだ。顔色もいい。
けど、イリスさん自身も言ったように何とかといったところなんだろう。いつ体調を崩すか分からない油断が出来ない状況。
「お母さん……」
「気持ちは分かるけどシャルロット、あなたが心配のあまり気分を落としていたらイリスが気に病むわ。病は気からというでしょう」
「わ、分かっていますっ。けど……」
「まあまあ、シャルロットちゃんが明るく笑顔のほうがイリスはもっと元気になるわ」
今日も変わらず、看病に励むシャルロット。
その傍らには意外にも伯母殿、ロゼンダ・デュノアの姿がある。
ここは叔母殿達の屋敷にあるイリスさんの部屋。今日たまたま居合わせたというわけではなく、屋敷の従者達に任せることなく伯母殿自ら献身的にイリスさんの看病をしている。
そして、母上。何というか。
「大所帯ですね……ここは」
デュノア家の女が大集合。
伯母殿も母上も忙しい身。女子四人が集まることは稀だ。
だからこそ、読み取れたことがある。
「ええ、本当に。大騒ぎにしてしまい申し訳ないです」
「大丈夫。皆各々好きでやってることだし病人が気にすることじゃないわ、イリス」
「マリー様の言う通りだよ! お母さんに元気になってほしいから!」
「マリー、シャルロット」
「それでも気にするのなら早く元気になることね。元気になった暁にはまたびしばし仕えてもらうからその様に。それにまあ、こういうのは後々いい思い出にはなるだろうからね」
「はい、ロゼンダ様。ありがとうございます」
この場にいる誰しもがイリスさんの回復を心から祈っている。
と同時にイリスさんが長くないことを誰しもが言葉に、表に出さないだけでよく理解している。
だからこそ、看病という形で少しでも多く一緒の時間を残そうとしている。もう一つは。
「テオはこんなところで油売っていていいのかしら?」
「伯母上、別に油を売っているわけじゃありませんよ。この後、すぐ発ちます」
「テオドールさんはこれから日本に行くのでしたね」
「そうです、モンドグロッソがあるのでデュノア社の代表として向かいます」
「一人で大丈夫かしら。お母さん、心配だわ」
「心配いりませんよ。父上も伯父上も今はフランスを離れたくないでしょうし」
伯父殿はイリスさんのことは勿論、オルコット夫妻から受け取った生体融合処置技術や救命領域対応についてなどの研究があるから国を離れるわけにはいかず。
父上はそんな叔父殿から目を離す訳にもいかず、国内での仕事もある為、離れられない。
ならばと白羽の矢が立ったのがこの俺。とは言っても一人で行くわけではなくデュノア社の専門社員、大会に出場するフランス代表のショコラデ・ショコラータとそれを支える専属のスタッフ、多くの大人と一緒だ。あくまでも日本へいけない叔父殿や父上の代理。言うならば、お飾りだ。
それでも日本に行けるのはありがたい。これもある意味、大事な時期なのだから。
「まったく、あの二人は……これは自分の役目だって思いこんで周りが見えなくなってるのよね。で、お互い意地の張り合い。いい歳して情けない」
「そう? 可愛いじゃない、歳遅れの兄弟喧嘩みたいで」
「そ、そういう事じゃないと思うわよ」
叔母殿が呆れ、母上はいつもの調子で、イリスさんが突っ込む。
そんな様子を見てシャルロットと顔を見合わせ苦笑いする。
男がバラバラだからこそ、反対に女性陣は一致しているということだろう。
慣れ親しんだ光景。これも後わずか。日本へ発つのが惜しくなる。
それでも日本へ行かなければならない。
「すみません、こんな時に離れることになって」
「テオが謝ることはないわ。テオはテオの務めを果たしてきなさい。イリスには私達がいることだし」
「マリーの言う通りよ。それからアルベールとサンソンのことは私達に任せなさい。手綱はしっかり握っているわ」
「私のこともお気になさらず。テオドールさんはどうか務めを」
ここに居てもできることは知れている。
務めがあるのなら果たすべきだな。
「はい、今一度肝に銘じます。時間ですので、それでは行ってまいります」
「ええ、いってらっしゃい」
皆に見送られる。
シャルロットの母親については記述が限られていていくら
だから日本に旅立つ前、イリスさんの様子を見られてよかった。
「あ……テ、テオ」
「ン……どうかしたか? シャシャ」
「その……い、いってらっしゃい! 気をつけてね!」
「ありがとう。行ってくる」
シャルロットはもっと別のことを言うと思ったが違ったか。
兎も角、今は空港に行かなければ。余裕を持っているが、時間は迫ってくる。
そうして、叔母殿の屋敷を後にしようとした時だった。
「待って! テオ!」
シャルロットに呼び止められた。
「やはり、何かあったのか」
「うん……その、大したことじゃないんだけど本当に気を付けて」
「そんなことか。よく気を付け」
「そういうことじゃなくてっ」
シャルロットが語気を強める。
心配してくれているが、心配以上のものがある様子。
まるで何かを感じ取っているような。
「上手く言えないんだけど、日本で悪いことが起きるような感覚がして、それにテオが巻き込まれる感覚がして……何というか胸の奥、心が寒くなる感じがして」
「感覚、感じ……ニュータイプみたいな物言いをする」
この感じ様は本物だ。
これから先に起こることをしかと感じ取っている。
しかし、シャルロットにニュータイプの素養はないはず。素質があったとしてニュータイプ能力を開花させた者達のように本能を刺激するような戦闘の日々にいるわけでもない。
なら考えられるのは。
「ニュータイプは感染する」
いつぞや何処かで誰かが言った言葉。
この世界にはなかった感覚とその反応。
考えられるのはニュータイプの感染。出会ってからもう数年。一番長く時を一緒にしたのはシャルロットで、心を通わせてきたのだからその可能性はなくはないか。
「ニュータイプ?」
「ああ、すまない。こっちの話だ」
可能性の域を出ておらず、本当に感染しているかなど確かめようがない。
興味を惹かれるが今はシャルロットを安心させるのが先決。
見誤ってはいけない。
「そうか。安心してと言ってもそうすぐには難しいだろうがそれでも安心してほしい」
「分かってる。心配してついて行ったりしたところで私に出来ることはないから」
「そうとは言い切れないと思うが今、シャシャにはイリスさんの傍を離れてほしくない。正直、許された時間は限られている」
「それは……うん」
はっきりと言うしかなかった。
分からないシャルロットではなく、事実を受けとめている。
「それにだ。日本には心強い友人もいる。シャシャもよく知っている者達だ」
「更識さんだよね。確かに心強いけど」
「なら尚のこと案ずることなかれだ。それにもし本当に悪いことが起きようとも乗り越え無事な姿でシャシャの元へ帰る。天才テオドール・デュノアを信じろ」
豪然と言ってシャルロットを抱き寄せる。
心配させない為には一番にどんなことが起きても俺なら大丈夫だとシャルロットに信じさせること。
だからこそ、あえての豪然とした物言い。
「信じてるよ、もちろん。信じて待ってる」
シャルロットは抱き返してきながらそう言った。
不安は少しでも和らいだようで俺の方が安心した。
「あ……けど」
「まだ何か」
「巻き込まれるのが避けられないからって自分から飛び込むのは可能な限りギリギリまで自重してね」
「そんなにか」
「うん、だってテオ火を見ると飛び込まずにいられないでしょ。だからって止まれる人でもないから自重」
「ぐっ……返す言葉もない。流石はシャシャ」
「お優しいテオドール様の従者ですから」
とシャルロットにまでしっかり釘は刺されたのだった。
◇◆◇◆
そして、やってきた日本。
二度目の来日。ちょくちょく日本については情報を仕入れていたが、それでも数年ぶりだから実際見る光景、何より雰囲気はまた違う。
活気に溢れている。開催地だからという理由もあるんだろうが、もっと別のものがあるような感じはする。
「デュノア様、着きました。どうぞ、足元にお気をつけて」
車が止まり扉が開くと降りる。
大会の数日前に日本へやってきてデュノアの者達やフランス政府の役人達と打ち合わせもそこそこに済ませ、ある場所に顔を出しに来た。
更識家。日本に来てここは外せない。アポは取ってある。家の中へと通されると出迎えられた。
「いらっしゃい……テオ」
約束していた楯無……ではなく簪に。
セシリアは口調が絶妙に難しいけども、安定したヒロイン力。
一つ頭が抜きんでてしまいますね。
続いて、シャルロット。
感染した経緯は作中の通りですが
ニュータイプに感染したといっても、他の人よりほんの少し勘がいいとかそういう感じです。
流石にオーラ出したりとか摩訶不思議な能力までは開花してないです。