皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
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「どうぞ……お茶になります」
簪からそっとお茶が出された。
湯気立つ日本茶はいい色をしている。
「ごめんなさい……折角来てくれたのにお姉ちゃん、家に居なくて」
「いや、簪が謝ることはない。今回は楯無から前もって連絡あったからな」
「今回……そっか、前は連絡すらなかったもんね。私もお姉ちゃんから連絡あったからこうしてちゃんとおもてなしできてるけど」
元々、楯無とは今日会えるかどうかといったところだった。
連絡に気づいたのは更識家に着いてからにはなってしまったが、それでも楯無から前もって謝罪と断りの連絡はあった。
楯無と会えないのは残念ではあるが、後日……大会前日の宴会ないし遅くても、世界大会当日には会える。
それにただ楯無だけに会いに来たわけじゃない。簪にも会いに来た。
「ちょくちょくビデオ通話顔を合わせていたがこうして直に顔を合わせるのは前会った時、初めて会った時以来か」
「うん……小学生以来。懐かしいな……」
「ああ。すまないな、こうして会いに来るのが遅くなってしまって」
「ううんっ、謝らないで。こうして今会えただけで嬉しい……テオ、いろいろ忙しいでしょ? 家のこととか会社のこととか……後、婚約者の人ともいろいろあるだろうし……」
何故、今婚約者のことを言う。
婚約したと初めて伝えた時、驚いていたから頭に思い浮かんだとかだろうか。
それはそうと一つ目に止まったことがあった。
「えと……ど、どうかした……? そんなジッと見られると困る……」
「いや、昔とは雰囲気が変わったものだと思ってな」
「そ、そうなの……?」
カメラ越しでは感じなかったが、今こうして簪の雰囲気を直に感じると昔とは決定的に違っている。
「あえて言うならば、強くなったような感じがする」
昔は正直もっとおどおどとして自信なさげだった。
しかし、今はどうだ。堂々としている。
メッセージでのやり取りやテレビ通話でのやり取りで俺に慣れたというのもあるんだろうが、それだけじゃない。
強くなった感じるのはまず一番に簪が自信を持っていると感じるから。
「強くなった……テオにそう言ってもらえるなら嬉しい。本当に強くなれてるのならもっと嬉しい。テオと直接顔を合わせなかった時間、ただ何となく過ごしてきたわけじゃないから」
「頑張ってるんだな、簪は」
「うん……テオの頑張ってる姿、見てたら私も頑張ってみようと思って。今までやらされてるだけと思っていた勉強とかお作法の稽古や習い事、薙刀術……自分から進んでやるようにしてるの。本当、些細な事……なんだけど」
「充分すぎる。そういう些細な事が大事なのだ」
いきなり大きなことから始めようとしたところで躓いてしまう。
自分が普段からしている些細と思えることから取り組むことが肝心で大事なこと。
「そ、そっかっ……実は、ね。テオが飲んでるそのお茶、私が入れたんだ」
「ほお、通りで美味いわけだ」
「ふふ、お世辞でも嬉しい……今は本当に些細なことばかりだけど、近いうちに私……日本代表候補生の試験、受けようと思って」
「代表候補生を……」
少し驚いたが、それ以上に大きな納得があった。
「うん、代表候補。最近、更識の中でそういう話が持ち上がってて……お姉ちゃんはもう別のところの代表になるみたいで……家の都合がそうだからなれるとかそんな簡単なことでもないけど、ただ流されるぐらいなら私が自分からその場所飛び込んで頂へと昇っていこうと思うの」
淀みなく簪は言い切った。
こちらへと向ける視線、その瞳の奥には力強さ。そして、確かに自分の進む道を見据えているのが伝わってきた。
「立派だな。頑張ってるのがこうして話しているだけで充分伝わってくる」
「そ、そうかな……? 頑張れてるのはテオのおかげ」
「俺が?」
思い当たる節がすぐには出てこず、記憶を探る。
そんな様子に簪は少し寂しそうな、仕方ないなといった様子で小さく微笑むと言った。
「覚えてないよね、何年も前のことだもん……テオにしたら何でもなかったことかもしれないけど私は私だって言ってくれて、私のこと信じてくれて嬉しかった」
「君を信じる俺を信じろ……だろ」
「えっ! 覚えて、くれてたの……?」
「覚えていたとも。厳密には今しがた思い出したばかりだが」
「それでもいいっ、充分っ……私あの時のことがあったから頑張れてるの」
まるで幼子が小さな宝物を大切そうにそっと抱えるみたいに簪は胸の前で手と手をぎゅっと握っていた。
「信じられるようになったみたいだな」
「うんっ……テオが信じてくれてるんだもん、前より少しは自分のこと信じられるようになった。だから、テオのおかげ」
どうやら俺は更識簪を見誤っていた。
精神面で脆い印象が強かったが、それはただ自信がなかっただけのこと。
自信を手に入れ、強烈な意志を宿すことが出来れば目的を遂行できる強さを元から持っていた。
それが今、花開いた。こんなにも強い。
「そうか、それは身に余る光栄だ。是非とも簪のその頑張り応援させてくれ」
「それは勿論っ……応援してくれると嬉しいっ……これからも私がテオのこと信じてもいい……?」
「ああ、それが力になるのなら。信じるといい、このテオドール・デュノアが信じる更識簪のことを」
「うんっ……!」
◇◆◇◆
大会前日の夜。
前夜祭に招かれ、日本都内に建つ高級ホテル。そこの宴会場にいた。
一般公開の部を終え、今は関係者のみの披露宴。ここには大会に出場する選手は勿論、それを支えるスタッフや各国の政府要人。多くの人で賑わっている。
見知った顔は多い。こちらがそうなら、向こうの中にもこちらを顔見知る者は当然いる。いすぎて多い。
「デュノア社の目覚ましいご活躍耳にしておりますよ。素晴らしい限りですな」
「ありがとうございます。これも優秀な社員達、そして我が社をご贔屓していただいている皆様のおかげです」
「はははっ、嬉しいことを言ってくれる」
「流石はアルベール・デュノアの甥だけありますな」
取り引きしたことのある企業の者、名のある企業の者、著名人。
このように大勢の大人に囲まれていた。パーティーが始まってからこういったやり取りばかり。人が途絶える気配はない。
まあ、慣れたものだ。今日みたいな場に限らず、パーティーごとに出ると決まってこうなる。
「我が国でも採用させていただいているISラファールも当然ながら、ミスターテオドールも大変優秀。デュノア社は無論のこと、ミスターテオドールには我が国と我が社をご贔屓していたたければ」
「なっ!? 我が国も我が社もどうかご贔屓に! お力になれることがあれば、なりますので!」
「抜け駆けを! 私共もどうかぜひ――」
「はい、嬉しいお言葉感謝します。しかと覚えておきましょう」
こんな反応をされるのも慣れたもの。
邪険にはしない。頭の片隅に残して、適当に流す。
相手していたらキリがない。
「すみません、自分はこれで」
「おおっ、これは申し訳ない」
「先ほどの話よろしくおねがいしますよ」
「はい。それでは」
適当なところで話を切り上げ、その場を離れる。
これじゃあ、いつもと変わらないな。
まあ、幸いこの程度で済んでるのはこのパーティーの目玉、大会に出場する各国選手のおかげだろう。注目と人をいい感じに集めてくれている。我がフランスの国家代表選手であるショコラデ・ショコラータもそうだ。
フランスにいる時と変わらず、ここにきた者達が連れて来た家族であるところのファン達に囲まれている。敵地であろと劣らずの人気っぷり。
ショコラータと目が合った。周りに断りを入れるとこっちにやってくる。
「どうした、ショコラータ。ファンとの交流はいいのか」
「大丈夫よ、充分したわ。それに丁度、一息入れたかったところから」
「そうか。で、どうだ? 一通り前夜祭に出た感想は」
丁度いい。気になっていたことを聞いてみた。
「そうね、来日してからずっと感じていることなんだけど、日本は活気に満ち満ちてる。ここにいるような人達は勿論、普通に暮らす人達までもが」
「それは俺も感じているところだ。この会場の華やかさといい。開催国として自負が感じられる」
「後、本物の世界クラスという奴を感じたわ。あれこそが本当の世界クラスというのね」
「ほぉ、フランスを代表するスーパーモデルの君が珍しい。そんなことを言うとは」
「言いたくもなる。彼女達を目の前にしたらね」
そう言った視線の先を追うと彼女たちの姿はそこにあった。
一人はイタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフ。そしてもう一人が日本代表の織斑千冬。
二人は沢山のファンに囲まれ、対応に追われている。人数だけで言えば、ショコラータの時よりも多い。
「注目の的よね」
まさにその通りだ。
しかも、注目しているのは二人を囲んでいるファン達だけではない。その周りで別の相手と談笑している者達、他国の国家代表ですら意識の片隅では二人に注目している。
他とは存在感が圧倒的に違う。中でも織斑千冬は別格だ。無視できない。
「ねぇ、こっちに来るわよ」
「何」
こちら捉えたのはアリーシャ・ジョセスターフ。
周りに断りを入れると織斑千冬の手を取り、一歩踏み出す。
すると風が通り抜けたようにこちらまで一筋の道ができ、織斑千冬の手を引きながらやって来た。
「あら、アーリィ。何からご用?」
「ショコラが噂に名高いデュノアの天才御曹司と一緒なのを見つけてサ、折角だから千冬とご挨拶をと思ってサ」
「……」
笑みを浮かべるジョセスターフとは対象的に織斑千冬は言葉なくそっぽ向いて仏頂面。
ショコラータとは交友があるようだが、まさかこんな形で会うことになろうとは。
驚きはあるが同時にこれはチャンス。二人とは話してみたかったが、あの人の多さ。どう接触しようか考えあぐねていた。折角の機会ものにしていく。
「これはわざわざありがとうございます。お二人とはぜひ話がしたかった。自己紹介を。自分はデュノア社のテオドール・デュノア。以後、お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうもサね。私はアリーシャ・ジョセスターフ。イタリアの
堂々たる名乗り。
絵になっているのは彼女が放つオーラ、実力が伴っているからだろう。
だからこそ、彼女が名乗っただけでこちらに向けられていた疑いの視線が羨望の眼差しとなった。
二つ名か……いいな。見習おう。
「千冬も自己紹介したらどうなのサ。まったく日本人はシャイなんだからサ」
「そういうのじゃない。失礼しました。私は――」
そっぽ向いていた織斑千冬がこちらを向く。目が合う。
圧、ブレッシャーを感じる。これが世界最強の圧か。悪くない。
向こうもやはり俺から何かしら感じ取っていたようで目の奥を覗くような視線で俺が何者なのか探っているようだ。
当然の反応だ。だが、そう簡単に探り当てられるものでもない。受けてたつ。
「――……私は日本代表織斑千冬です。よろしくお願いします」
短く名乗り、軽く会釈する織斑千冬。
「それだけ? 世界最強ブリュンヒルデ織斑千冬! ぐらい名乗ればいいのにサ。ねぇ、ショコラ」
「そうね。千冬にはもっと華やかさがあったほうがファンも増えるわよ」
「名乗るかっ。別にファンを増やそうとは思ってないし、そもそもキャラじゃないだろ」
確かに彼女みたいに名乗る織斑千冬は似合わないな。それはそれで見てみたい気はするが。
それに三人は気心が知れているようだ。そんな二人の様子をこちらが見ていることに気づくと織斑千冬は誤魔化すように咳払いを一つした。
「こほん……申し訳ない。ミスターテオドールの前でこんな悪ふざけを」
「いえいえ、世界を有数のトップ操縦者同士のやり取り勝手ながら楽しませていただきました。我がフランスのショコラータとも懇意にしてもらっているようで」
「え、ええ……ミスターテオドールならご存知かもしれませんが彼女とは」
織斑千冬を中心にして雑談話を広げる。
警戒こそはされていたが、彼女は今もう既に成人した女性。
大人の対応でもてなしてくれた。
「ン……」
「どうかなされましたか? ミスターテオドール」
「お話は大変楽しかったのですが、この辺で自分は少し休ませてもらおうかと。それにあまりミス織斑方を私が独り占めしては罰が当たりますから」
「罰? ああそういう……」
俺が言いたいことを理解したのか織斑千冬は周りに目を向け納得した。
俺達が話し始めた最初の頃は何を話しているんだろうと喜々とした様子で気にしていたが、時間に経つにつれじれったくなったんだろう。
今宵の時間は限られている。少しでも多く言葉を交わし、些細でもいいからあわよくば縁を作っておきたい。そんなところだろう。
だから、話が終わるのを今か今かとそわそわしながら待つ者がいれば、かたや別の相手と話をしながら、はたまたこちらを様子を観察しながら話に入り込む隙がないかと探る者など多種多様。つまるところそろそろ代われといったところ。俺と織斑千冬達、どちらにも対して。需要は織斑千冬達の方が高いだろうが。
「申し訳ない、ミスターテオドールに気を使わせてしまって」
「いえ、休みたいのは本当のことですし気になさらず。お話できてよかった」
「こちらこそ」
「そうサね、デュノアの天才御曹司の異名は伊達じゃなかったということがよく分かった。これは将来が楽しみサ!」
「ありがとうございます。自分もお二人が出る大会での活躍、楽しみにしております」
それを最後と別れに言葉をにして、軽く会釈する。
「じゃあ、私はもう少し自由にさせてもらうわね」
「Okだ、ショコラータ。ただしっかり広告塔の役割は果たしてくれよ」
「言われなくても。しっかりフランスとデュノアのことよく言っておくわ。御曹司はおいたしないようにね」
「分かっている」
軽口に背を向けたまま軽口を返しながらその場を離れていく。
さて、休むといったがどこでどう休むか。
後ろを振り返れば、もう織斑千冬達はファンサービスに追われている。
ぼんやりしてたら同じことになりかねない。実際、こちらにも話しかけようとする視線が集まりつつある。
視線を流す様に歩き続けていると足が止まった。ある者達の姿が目に留まった。
「簪、それに楯無……」
「あ……テオ」
「あら本当、テオ。お父様、ほらデュノアの」
こちらが気づくと簪、楯無、彼女達の父親の順番に気づいた更識家一行。
事前に貰った参加者リストには名前が乗ってなかった。まあ、いてもおかしくはない。忘れそうになるが更識家は日本の暗部。もっと言うならば対暗部の家系だったけか。
気づかれたからには無視もできまい。挨拶ぐらいはしておく。
「こんばんは、更識家の皆様方」
「こんばんは、テオドール君。今宵の宴は楽しんでもらえているかな」
「はい、もちろん。各国の様々な方とお話しできて楽しい限りです。簪は先日ぶりだな。楯無は本当に久しぶりだ」
「うん……先日ぶりだね、テオ。こんばんは」
「こんばんは、テオ。ごめんなさいね、結局会えないままになってしまって」
「いや、気にするな。忙しいのは知っていたからな」
元気そうで安心した。
「ところでテオはこんなところでぷらぷらしてていいの? 今宵の人気者じゃない」
「知っていたか。今しがた一段落つけて一休みをと思っていたところなんだ」
「あら、そうなの。じゃあ、邪魔しちゃ悪いわね」
「いや、構わない。一人でいたらいずれまた同じことになるからな」
「そう。なら、お父さ」
「あ、あのっ……お父様っ、よければ楯無姉さんに今からテオと過ごす時間をあげてくれませんかっ」
楯無よりも先に言ったのは簪だった。
二人が言うことは同じことなのは何となくわかった。この場にいる誰もが驚いた。
おそらく今夜は楯無も忙しかったんだろうから、それを思って言ったことだろうがまさか簪が先に言うとは思っていなかった。
誰よりも驚いているのが楯無。
「きゅ、急にどうしたの?」
「テオが一休みするならお姉ちゃんも一緒にと思って。お姉ちゃんも今夜、ずっと働きっぱなしだから」
「それはそうだけど、簪ちゃんが気にすることじゃないわ。それが私、楯無の役目だもの。というか、働きっぱなしは簪ちゃんもなんだからテオと一休みしてきていいのよ」
「私はいい……この間、テオと二人っきりになれたから今度はお姉ちゃんの番。ゆっくりしてきて」
「う、う~ん……そう、言われてもね……」
確かな眼差しを楯無に向ける簪。
それに思わず、楯無は返す言葉がなくなる。
気持ちは嬉しくここまで言われたら断るに断れない。どうすればいいのか分からなったといった様子か。
たまらず楯無はこちらへ救いを求めるように見てきた。そんな目をしながら見られてもといったところではあるが、手を差し伸べるぐらいはしてやろう。
「簪がこう言ってくれているんだ。楯無、一休みする間の相手お願いできるか」
「え……でも、私が休むのは……」
楯無はちらりと視線を簪へと向ける。
心配なんだろうし、簪の手前自分だけが休むのはできないか。
「これはただの休みではない。フランスのデュノアが産んだこの
「仕事なら……」
しぶしぶといった様子ではあるが納得してくれつつある。
なら、念には念を。楯無達の父親に断っておく。
「すみません、更識殿。勝手に話を進めてしまって」
「いや、気にすることはない。君が言うことはもっともだ。君の価値は確かに高い。しかし、相手役は楯無だけにしてほしい。いなくなった後の当主代行は私がやるがその補佐にせめて簪は残っていて欲しいからな。それに娘二人とも、君にとられる覚悟はまだ急にはな」
「ええ、弁えてますとも。感謝します」
「うむ……では娘よ、楯無の役目をしかと果たすのだぞ」
「はい。ごめんね……簪ちゃん」
「なんで謝るの。私も更識の人間だから当然のこと。お姉ちゃんはちゃんと休んできて」
強い簪に楯無はただただ押されていた。
強くなったと感じたが、その強さをこうして目にするとより一層実感するものがある。
何はともあれ、話はとりあえずまとまった。
簪達に一礼すると楯無と共にこの場を後にした。
というわけで始まりましたモンドグロッソ編。
役者が揃いつつあり、ここから動いていきます。
今回は簪のターンでしたが、簪はヒロインの中で特に好きなのでちゃんと書けて良かったです!