皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
父上と共に向かったデュノア社本社に着くとすぐさま社長室に向かった。
「何だ貴様ら騒がしい……一体何なんだ」
伯父殿は社長室の奥にある席で仕事をしていた。
不愛想な顔をして、不機嫌そうな声。
取り繕っているつもりだろうが、叔母殿との喧嘩というのはよほど堪えているみたいだ。
「サンソン、貴様……テオを連れてきたと言うことはそういうことか! この愚か者めが!」
「お叱りなら後で受けましょう。ですが、兄上……今はこの事態を収めなければ。それに僕の息子はまだ幼いですが、デュノア家の男。秘め事は後の禍根となりましょう」
「戯言をッ……!」
伯父殿は怒っている。
部下や使用人を叱ることはあっても、ここまで感情的なのは初めて見る。
伯父殿にとってもこの件はよほどのことだと捉えている証拠だ。
「恐縮ながら伯父上、父上から話は聞かせてもらいました。この一件は我がサンソン一家に任せてもらえないでしょうか」
「何……?」
「テオ?」
俺の申し出に伯父殿は訝しみ、父上は不思議がる。
「勝手ではありますが今、叔母上のことは母上に任せています。母上ならきっと今の叔母上を少なからず癒してくれることでしょう。ですから……少し時間を置いたら、叔母上とちゃんと話し合って下さい」
「……」
「そして、件の子あるいは親子ですが我がサンソン一家の屋敷で客人として迎えさせてください。この件はまだ露呈していないと思いたいですが、もしもの場合外や分家の動きは気になります。下手に警備をつけたりするよりも我が屋敷に留めた方が安全だと私は考えています。屋敷なら下手に手出しできないでしょうし……伯父上も安心ではありませんか」
「そうだね……テオの言う通りだ。うちに客人として迎えさせてほしい。どうですか、兄上」
「……」
伯父殿は答えない。
俺と父上に背を向けたまま社長室から見える外の景色を見つめている。
ダメ押しに本心をぶつける。
「私は伯父上や叔母上の悲しい姿など見たくはありません。大切な家族なのですから、笑顔でいてほしい。その為なら我が力の全てを持ってことに当たりましょう。それは無論、件の子、親子もそうです。事情は兎も角、その人達もまた我がデュノア家なのですから」
「……」
伯父殿はまだ答えない。
社長室は沈黙に包まれる。
しかし、必ずことは動く。信じて待つ。
「任せていいのだな……」
伯父殿は背を向けたままぽつりと言った。
「はいっ。デュノアの名と我が覇道に誓って」
「……ふんっ。テオドール、貴様がそこまで言うのならサンソン一家にこの件を任せよう。その言葉、忘れぬぞ」
「ありがとうございます。伯父上」
「ありがとう、兄上。万が一の周囲との調整諸々はこれまで通り僕がします」
「伯父上……叔母上とどうか」
「……」
伯父殿は何も答えなかったがこれでいい。
プライドの高い人だ。そう簡単には頷けないのだろう。
それでも聞こえていないわけでもなければ、状況を受け入れられないような人でもない。
時間はいるだろうが、必ず叔母殿と仲直りはするはずだ。
「奴らの居場所は今、端末に送った」
「確認しました。行こう、テオ」
「はい、父上」
伯父殿のことはまだ気になるが、これ以上は手を出すべきではない。
今はそっとしておく。
「テオ」
社長室を出ようとした時、伯父殿に名前を呼ばれた。
「イリス……それから、シャルロットのことを頼んだぞ」
伯父殿はそう言った。
イリスというのは母親のことだろうか。
そして、シャルロットという名前。
予想は今この時、確信となった。
◇◆◇◆
あくる日、俺は父上と共に伯父殿に教えてもらった場所へと向かっていた。
母上曰く、叔母上は酷く弱っていたらしい。
あの叔母上が……と信じたくはないが、ことがことだ。無理もない。
けれど、母上の献身的な付き添いのおかげで、少しは立ち直ることはできたらしい。よかった。
でも、まだまだ安心できないから今日も母上が傍についている。
ちなみにまだ伯父殿と叔母殿はまだ話し合ってないようだ。まだそんなに時間は経ってないから、まだ時間はいるんだろう。
「旦那様、若旦那様。到着しました」
運転手の言葉で到着したのはフランス最東部の田舎町。
デュノア社や屋敷のある街からここに来るまで大分時間がかかって、ちょっとした長旅だった。
「この家みたいだね」
目的の家を見つけた。
事前に父上が電話をしてアポは取ったとのことなのでいることは確認している。
父上がインターホンを鳴らしてから数秒。中から人が出来た。
「は、はい」
「――」
息を呑んだ。言葉が出ない。
出てきたのは俺と同い歳位のブロンドヘアーの小さな女の子。
間違いない。この世界に来た目的の一つ。この子が夢にまで見たシャルロットだ……!
「テオ?」
「――ハッ、すみません。父上」
嬉しさのあまり見とれて惚けていた。
ようやく会えたが喜んでも浮かれるのはまだ早い。
話を進めなくては。
「こんにちは……初めまして、僕の名前はテオドール・デュノア。こちらが父のサンソン・デュノア」
「こんにちは。こちらにお伺いすると以前お電話した者ですがお母様はいらっしゃいますか?」
「デュノア……」
そう呟いた彼女と目が合う。
こちらを見る綺麗な紫色の瞳の奥には怒りの炎が宿っている。
揺れる炎に、確かな力強さを感じさせてくれる。
いい目だ。気に入った。
それにデュノアという名前に只ならぬ思い入れがある様子。
このフランスでデュノアの名前を知らない人間を探す方が難しいが、そうではなさそう。自分の父親がデュノアの人間だというのは認識しているからこそ、どこか怒りが入り混じったような感じなのか。
「シャルロット……何してるのって……あら」
家の奥から女性が出て来た。
同じくブロンドヘアーの儚げな女性。
この人が伯父殿の……。
「アルベール……?」
俺を見るなり、彼女はそう言った。
伯父殿に似ていると言われることはあるけども、こんな風に見間違えられたのは初めてだ。
「こんにちは、僕はテオドール・デュノアといいます」
「サンソン・デュノアです。先日お電話させてもらった件で伺いに上がりました」
「はい、お待ちしておりました。狭い家ですが、どうぞ。入って下さい」
言われて、家の中へ上がらせてもらう。
リビングに着くとテーブルに案内され、親子向かい合うように座った。
「必要ないとは思いますがこちらの自己紹介がまだでしたね。イリス・ベルナールと言います。本日はこんな田舎までご足労おかけしました」
「……っ……」
「ほら、シャルロット。アナタも挨拶しなさい」
「う、うんっ……えっと、シャ、シャルロット・ベルナールですっ」
俯き加減にこちらの様子を穿っていたシャルロットは母親に促され、焦ったように挨拶してくれた。
「それで本題なのですが……」
「はい」
父上達、大人が本題について話し始める。
俺達子供の前と言うこともあって直接的な表現は避けているが、話し合う内容は今回の件。
話し合っている最中、俺達子供は黙って聞いているしかない。口を挟むような場面でもない。
しかし、手持ち無沙汰は感じてしまう。それにシャルロットは俺達……というより、俺のことを俯きながら何度も横目で見てくる。
気になって仕方ないというのと不安でいっぱいな様子。だから、少しでも安心してくれればと優しく笑いかけてみたが。
「……ひゃっ」
驚いたような不思議な声を上げて目を反らした。
驚かせてしまったが、何処か照れたように見えるのは何故だ。
「……ということでして」
「そうですか……こちらのせいでご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ……こちらこそ、身内の厄介ごとに巻き込む形になってしまって。それで何ですが」
「はい……分かりました。そうですね……そうします。あの人の為にも」
「ありがとうございます。助かります」
どうやら話はまとまったらしい。
「お母さん……?」
だが、話は聞いていても飲み込めていないシャルロットは不思議そうに母親を見る。
「いい、シャルロット……私達はこれからこちらのサンソンさんとテオドールさんのお屋敷にご厄介、生活することになったの」
「そう……なの……?」
「ああ、突然のことでビックリさせちゃったと思うけどこれからよろしく」
「う、うん……? よ、よろしく……?」
そうすぐには状況を飲み込めるわけもなく、シャルロットは終始きょとんとしていた。
◇◆◇◆
「テオドール様、奥様。外でのお出迎えなら私達がしますのに」
「何を言う。大事な客人だ。このテオドール・デュノアが直々に出迎えてくれるわ! ククク……クハハハハ!」
「そうね。大事なお客様ですもの、ちゃんと最初から出迎えたいわ。というかテオ、今日はまた一段と上機嫌ね」
「はい、こんなテオドール様初めて見ます」
「よほどお客様が嬉しいのでしょうか」
母上と使用人達が何やら話しているが今は知らん。
浮かれずにはいられようか!
最初の難関を乗り越え、ようやくこの時が来た。
シャルロット達のことは外部には漏れていない。あらゆる手を駆使して隅々まで確認したから抜かりはない。本家だけが知っている。
現在絶賛仕事中でいない父上もそれにはかなり気を使っているようで、その点でも安心できる。
ようやくこの世界に産まれた意味がまた一つ実った。我が覇道は揺るぎない!
「いらっしゃいました」
門が開かれ、車が屋敷の前までやって来て止まった。
そして先に出て来た運転手が後ろのドアを開けると親子が降りて来た。
「遠路はるばるお疲れ様です。ようこそ、我が屋敷へ」
「お待ちしておりました。ベルナール様」
まずは母上、それから使用人達が出迎える。
「ご丁寧にありがとうございます。イリス・ベルナールです。ご迷惑をおかけすることになりますが、よろしくお願いします」
「マリー・デュノアです。よろしくね、イリスさん。突然のことでいろいろ大変でしょうけど、力になるわ!」
「はいっ」
笑顔の二人。
早速、母親同士は仲を深め合っている。
なら俺も見習わなければ。
「この間会ったけど改めまして、テオドール・デュノアです。よろしく!」
紳士的な挨拶。
これなら完璧だ。
「うぅっ……」
「あらら」
母上の声が耳に木霊する。
シャルロットに挨拶を返してもらうどころか、母親の後ろに隠れられてしまった。
前は一応返してくれたのに。返してくれると期待していただけに凄くショックだ。
「ごめんなさい、テオドールさん。体調の崩しやすい私の看病をよくしてくれるせいかこの子人見知りで、その上男の子は慣れてなくて」
「そ、そうですか」
笑顔でいようとする
「テオ! もっと自然に!」
「テ、テオドール様! ファイト!」
「ガ、ガンバです!」
母上や使用人達の優しさが刺さる。
「気を悪くしないでね、テオドールさん。こら、シャルロット。いつまでも恥ずかしがってないでちゃんと挨拶しなさい」
「で、でもぉ……」
「大丈夫だから、ねっ」
「う、うん……シャ、シャルロット・ベルナール、です……よろしく、お願い……しますっ……」
言い終わるにつれて声は小さくなり、また母親の後ろに隠れるシャルロット。
前世の産まれた国ではこういうの、一難去ってまた一難と言ったけか。
出鼻は挫かれたが、まだだ!
ゆっくりとでもシャルロットと仲良くなっていこう。
だって、諦めなければ夢は必ず叶うと信じているのだァッ!
シャルロット・ベルナール
この物語におけるメインヒロインの一人。
ベルナールは母親の性
可愛い。賢い。健気。
イリス・ベルナール
シャルロットの母親
身体が弱い
優しいお母さん