IRはUVを望む   作:某UV

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Happiness is Mandatory. Citizen,are you happy?


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 地下都市アルファーコンプレックス。

 汚染された地上より逃げ延びた人々の暮らす、飢えも病も争いもない、完璧な楽園である。

 

 

 ◇

 

 

 

 アルファーコンプレックス中央エリア、統治地区。アルファーコンプレックスのちょうど中心に聳え立つ、天蓋まで届く最大建築物が、『タワー・オブ・バベル』である。

 アルファーコンプレックスの支配者にして、民衆の隣人、最高の友人であるコンピュータと、その補佐官たるUVたちが住まう場所だ。総700階層からなる摩天楼は、1階からしてセキュリティ・クリアランスBlue。支配階級以下は入場すら許されない。

 その最高層690階。最高会議室『円卓の間』に、13人の人間が集っていた。彼らはあるアルファーコンプレックスの最高意思決定機関『円卓議会』と呼ばれている。

 彼ら、彼女らは、全員が最高ランクのセキュリティ・クリアランスを保有する。皆が纏う白衣が、その証左である。

 

 円卓には上座が存在しない。上下のない関係で忌憚なく議論を交わすためだ。

 だが、彼が入室した瞬間に、既に席についていた12人が即座に立ち上がり、頭を下げた。

 

 

 「おはようございます、同志フォルネウス」

 「あぁ、おはようオセ。少し遅れてしまったかな」

 「いえ、時間丁度です。流石は同志です」

 

 フォルネウスと呼ばれた男は、如何なる酔狂か黒髪であった。このアルファーコンプレックスにおける階級制度であり統治機構たるセキュリティ・クリアランスの最下位、赤外ともインフラ・レッドとも呼ばれる、最低の色である。

 上位クリアランスの者は、みだりに下位クリアランスの色を身に着けてはいけない。これは、無用な混乱を避けるためコンピュータが課したルールである。

 にも関わらず、フォルネウスの髪は漆黒だ。それを並み居るUVたち、そして、コンピュータの目である監視カメラが無視────というより黙認────していることが、彼の立ち位置を窺わせた。

 

 ちなみに、いち早くフォルネウスに挨拶したのは銀色の長髪を背後で束ねた痩躯の男性、オセ・アムドゥスキアである。

 彼はフォルネウスの信奉者だった。

 

 「おはようございます、フォルネウス様。このような形でしか呼び出して頂けないのは残念ですが、お会いできて嬉しいですわ」

 「ありがとう、そしておはよう、セーレ。私としても君とはもっと仲良くしたいのだが・・・」

 「いくらフォルネウス猊下とはいえ、娘を任せるにはちと若すぎますな」

 

 銀の長髪と白皙の美貌を持つ麗人、セーレ・フラウロス。その実父であるザガン・フラウロス。彼は年齢故の白髪をオールバックに固めた老紳士である。

 

 「一番遅れてきた身ではあるが、定例通り仕切らせて貰って構わないかな?」

 「構わねえからさっさとしろ・・・俺たちだって暇じゃない・・・」

 「それは失礼。言っていなかったが、おはようキマリス」

 「・・・」

 「悪かった、そう怒るな。セーレも、指を下げて」

 

 オセと同じくフォルネウスの信奉者であるセーレは、キマリスと呼ばれたガタイのいい男の物言いが気に食わなかったらしい。白銀の指輪が嵌った人差し指を伸ばし、キマリスの眉間を指向していた。もうあと数秒経っていたら、キマリスの眉間に風穴が空いていたであろうことは想像に難くない。

 

 「今回、皆を呼んだのは・・・ある研究成果の報告をするためだ」

 「またぞろ碌でも無いモン作ったんじゃねぇだろうな・・・」

 「猊下の発想は常人のそれより二段ほど上を行きますからな・・・」

 

 フォルネウスが過去に生み出したものといえば?

 そう尋ねて答えられる者は、開示レベル的にセキュリティ・クリアランス(インディゴ)以上────つまり人口の5パーセント以下────なのだが、口を揃えてこう言うだろう。

 『ミュータント』

 アルファーコンプレックス中最悪の存在にして「存在しないはず」のもの。先天的に超人的な力をもつそれらは、発見次第処刑、或いは拘留・無期労役となる。

 その発生起源は、不明。────と、なってはいるが、このフォルネウス・アーゲンティという男の実験により生じた副産物、というのが、アルファーコンプレックス上層部では公然の秘密である。

 

 「や、今回は結構便利なものだと自負しているよ?」

 「私どもの『固有能力(アビリティ)』を普遍化する、というコンセプトのミュータントも、聞きようによっては素晴らしいものでしたが」

 「あはは、ザガンは手厳しいなぁ・・・。まぁいい、今回、私が開発したのは・・・これだ」

 

 言って、フォルネウスは手のひらサイズの黒い箱型デバイスを取り出した。

 

 「それは?」

 「なんだと思う、セーレ?」

 

 逆に問われ、考え込むセーレをフォルネウスは愉快気に眺める。

 

 「・・・まさか、ハッキングツールですか?」

 

 フォルネウスは以前から「コンピュータのシステムには穴が多い」と公言していた。その穴を埋めたり、敢えて残した「穴」を使って反逆者を炙り出したりといった功績があってこそ出来ることだが。言うまでもなく、フォルネウス以外が口にしようものなら、数舜とせずレーザーの餌食だ。

 そして、彼は『円卓議会』のメンバーにだけ、その酔狂な趣味を明かしていた。

 フォルネウス・アーゲンティの趣味、それは、『黒のフリをして黒に紛れ込む』というものである。ただ紛れるだけではない。たとえば、堂々と赤クリアランス用の施設に入って他の黒に「あれ? 俺もいけるんじゃね?」と思わせておき、カメラに殺させたり、情報収集(物理)に来たトラブル・シューターたちを返り討ちにしたり、まぁ、つまり、趣味が悪いのである。

 他のUVたちから見ても、ゴミの処理にそこまで手をかけるというのは非合理的だ。だから、あまりいい顔はしてこなかった。だが、今までのように「ただ黒のフリをする」のならともかく、もし「システム的にも黒になる」というのであれば話は別だ。

 

 「フォルネウス様、それは、コンピュータ様をすら欺くことができる装置なのでしょうか?」

 「そうだ、と、そう肯定したらどうする? 私を処刑してみるかい?」

 「まさか。・・・本当に、そうなのですか?」

 

 フォルネウスは首肯した。

 

「これは対象のクローンに書き込まれたセキュリティ・クリアランスに関する情報を上書きするデバイスだ。色は私の好みで黒くなっているけど、基本、UV以外には使えないし・・・降格は自在だけど、昇格はできない。流石にその辺の穴は埋めたからね」

 「すごい・・・」

 「降格は自在、となると我々も?」

 「勿論。・・・まぁ、起動中のクローンの情報までは書き換えられないから、大して意味はないけどね」

 「どういうことでしょうか?」

 

 オセが恐縮しながらも聞いてくる。流石に自分の階級と人権が丸ごと失われるリスクは無視できなかったのか、他のUVたちも、普段の穏やかな会議室ではおよそ見ることのない険しい顔つきだった。

 

 「ミュータントのときを覚えているかい? あの時も、私は現行のクローンを書き換えられるほどのプログラムを組み上げることは出来なかった。だから────」

 「全人類のクローン残機を一つ追加し、ウイルスを使った一斉略式処刑で即座に全人類をミュータント化することができた・・・」

 

 引き継いだのはキマリス。不満そうに信奉者たちがそちらを見るが、当の本人は気づいていないようだった。

 

 「そう。けど、あれは上位クリアランスの権限を使った略式処刑としての体裁があったからこそ、コンピュータ様から十全のバックアップを得られた。身体能力で君たちに劣る私では、同格の君たちを殺す術はない」

 「ご自慢のメイドを使えばいいだろう」

 「ヴィネアのことかい? 確かに彼女は暫定的にウルトラヴァイオレットのセキュリティ・クリアランスを持ってはいるが、本来はヴァイオレットだからね。簡単に略式処刑できるよ」

 

 基本、UVは無限のクローンを持っている。だが、その殆どは使用されないままだ。寿命による死以外で死ぬUVなどそうそういない。それは、下位クリアランスの者とは隔絶した肉体能力・思考速度を持つからだ。銃弾の回避と100段ジェンガを同時並行することくらい造作もない。というかそのくらい青クリアランスならだれでもできる。その一つ下、緑クリアランスでも、身体能力に長けた者なら或いは可能だ。

 反逆まがいの研究を繰り返すフォルネウスですら3、4回しか死亡経験はない。しかも研究者であり、思考速度こそ円卓議会で三指に入るが、肉体能力は一つ下の紫クリアランス上位並みしかないフォルネウスが、他のUVを殺せる訳がない。優れた戦闘力を持つ彼のメイドであっても、円卓議会のメンバーには手も足も出ないだろう。

 

 「一つだけよろしいでしょうか、アーゲンティ閣下」

 「なんだい、フルカス」

 

 挙手し許可を乞うたのは、キマリスの妻であるフルカス・ナベリウスだ。彼女は夫に悪意を向けた二人に厳しい視線を向けてから一礼し、語りだす。

 

 「閣下は、どうしてそのような代物を? いえ、勿論我々円卓議会の長たるフォルネウス・アーゲンティ様がコンピュータ様に叛意を持っているなどとは思いませんが・・・そう尋ねるべき代物であることは、この場の全員が意を同じくするところでありましょうし」

 「控えろ、分家」

 「・・・失礼いたしました」

 

 穏やかではない文面を、疑念を穏やかさで覆い隠した声でぶつけたフルカス。その舌鋒を止めたのは、彼女とその夫キマリスの家であるナベリウス家が仕える、この中央エリアを統べるフラウロス家が当主────つまり、ザガンだった。

 意外そうに片眉を上げたフォルネウスに、彼は微笑で応じた。

 

 「我々の中で最もコンピュータ様に貢献されていらっしゃるのは、疑いようもなくあなただ、猊下。わが配下の蒙昧をどうかお許しを」

 「もちろん構わない。コンピュータ様のための疑義を押し殺すことこそ反逆。彼女は間違っていないよ」

 「・・・」

 

 黙って頭を下げたフルカス。おそらく殺意の渦巻く顔を隠すためだろう.

 

 「今回の報告はそれだけだよ。じゃ、また一週間後の定例会議で」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「ただいま」

 「「おかえりなさいませ、フォルネウス様」」

 

 中央エリア郊外にある自宅へ戻ったフォルネウスを出迎えたのは、何列にも並ぶメイド達だった。彼の趣味か、バトラーはいない。そして、彼女たちは全員がウルトラヴァイオレットのセキュリティ・クリアランスを示す腕章を付けていた。Violetクリアランスにのみ発行されるそれは、監視カメラのようなシステム以外に、つまり、人間に対してのみ有効なアピールとなる。

 

 「ただいま。今晩は何人か客が来るだろうけど、ちゃんと饗応するように」

 「畏まりました。直ちに手配を」

 

 応えたのは銀髪のメイド長、ヴィネア・エリゴス。

 

 「君も狙われるかもね、気を付けて」

 「私に狙いが集まって貴方が逃れられるのなら、いくらでも囮になりましょう。・・・フォルネウス様、外套をお預り致します」

 「君なら並みのアサシンを返り討ちにできそうだね」

 「貴方に仇為すのなら、私がこの手でその首級を御前に挙げてみせましょう」

 「頼りにしているよ、『支配者(ドミナシオン)』」

 

 そう言うと、ヴィネアは蒼い目を困ったように瞬かせた。

 

 「その二つ名は嫌いです」

 「・・・そうだったね、ごめんよ」

 

 二人は微笑と苦笑を交わして会話を切り上げた。

 

 

 その夜のことだった。

 夜と言っても、日没からそう経たない、夕食を終え満足感に浸る頃合いだ。

 

 「フォルネウス様、インターナル・セキュリティ・オフィサーの方がお見えです」

 「ISのオフィサーだって? 逮捕状でも出たのかな」

 

 来客を告げたのは、側付きのヴィネアとは別のメイドだった。

 ちなみにインターナル(Internal)セキュリティ(Security)とは、アルファーコンプレックスにおける警察・公安・MP・ゲシュタポの統合組織みたいなものだ。たまに立法能力を持ったりするが、それは本当に特別な場合だけだ。

 

 「排除いたしましょうか?」

 「本当に逮捕状が出てるなら、UVからの告発以外ありえないからね。誰の差し金か聞いてからにしよう」

 「承知いたしました」

 

 一礼したヴィネアを背後に従えて、フォルネウスは応接間へ向かった。

 着席した瞬間に、ヴァイオレットのIS・オフィサーが口を開いた。

 

 「事前通知(アポイント)もなく押し掛けた我々の非礼を、まずはお詫び申し上げます、UV様」

 「私は忙しい。手短に話せヴァイオレット」

 「はい。まずは自己紹────」

 

 言った瞬間、フォルネウスの背後から閃光が飛んだ。

 ヴィネアの放った略式処刑用レーザーだ。その色は白。このアルファーコンプレックスに住まう人間の全てを一撃で殺害し得る最高位の攻撃手段である。

 

 「フォルネウス様が貴様らごときの名をご存知ではないと思うの、IS風情が。無駄にお時間を取らせるな、反逆者」

 「落ち着きなよ、ヴィネア。これは様式美────愛すべき無駄というものだ」

 

 有限な資源(リソース)である時間の浪費は、完璧な市民の行いとは言えない。だが、ここはUVが白と言えばカラスだって白く染まらねば死ぬアルファーコンプレックスだ。まぁそもそもカラスなんて存在しないのだが。

 

 「以前の反逆者であった私を処刑して頂き感謝いたします、フォルネウス様。今回の私、Kal=V=CNT=273は、完璧に任務を遂行致しましょう」

 「200番台後半か、叩き上げだね。素晴らしいオフィサーなのだろう」

 

 通常の市民────というか最高位のセキュリティ・クリアランスであるウルトラヴァイオレットの市民以外は、名前=セキュリティ・クリアランス=居住エリア=クローンナンバーというコードを名乗る。ちなみにクローンとは、死亡と同時に指定エリア(大抵は死亡地点か最寄りの安全地帯)に送られる”第二の自分”だ。その残機はセキュリティ・クリアランスごとにまちまちだが、ヴァイオレットなら1000近い。優れた肉体能力をもつヴァイオレットのクローン、その1/5をも使うということが、どれだけのことか。想像すら難しい死線を潜り抜けてきたのだろう。・・・単純に、どこかでUVの拷問にでもあったのかもしれないが。

 

 「コンピュータ様もそうお思いだからこそ、UV様の元へ送られたのでしょう」

 「そうかもね。・・・で、要件は?」

 「お気づきでしょうが、UV様。貴方に暗殺部隊『カルマ』が仕向けられています」

 「ふむ?」

 

 暗殺部隊カルマ。アルファーコンプレックス最強とされるUV、単身で外世界の軍隊285個軍団を撃破せしめたベレト・パイモンをして大将首を取り逃がしたという、最強の裏組織である。・・・ベレト自身はフォルネウスとの会話中に「『カルマ』にしては弱かったし、多分名前を騙る偽物だと思うよ? だから逃がしてあげた訳だし」とか言っていたが。

 

 「如何いたしましょう。UV様を付け狙う反逆者であれば即座に処刑するのが当然ですが、万一のことを考え、ISに御身の保護をさせて頂ければと相談に参じた次第です」

 「今更だな」

 「・・・は?」

 

 素っ頓狂な声を上げたオフィサーに向くヴィネアの目は厳しい。対照的に穏やかなフォルネウスの目にはしかし、一片の興味も宿っていなかった。

 

 「そういえば市民カル、後ろの彼は何者だい?」

 

 フォルネウスが言った瞬間、ヴィネアが動く。と言っても派手な動きや大仰な身振りはない。ただ指を弾いて鳴らしただけだ。

 乾いた音に続いて、重いものが崩れるドサリという音が、毛足の深い貝紫のカーペットに吸収されながらも確かに響く。

 数秒ののち、カルの掛けるソファーの後ろには、二人の男が倒れ伏していた。

 

 「はは、二人居たのか。右の奴は優秀だね。左のに足を引っ張られなければ、目的を遂行できただろうが・・・さて、インターナル・セキュリティ。形態変化のミュータントだ。拘束したまえ」

 

 勝ち誇ったように、その実何の感慨もなくフォルネウスが言うと、市民カルは嘆息した。

 

 「やはり、『支配者(ドミナシオン)』相手には分が悪すぎる・・・仕方ない。フォルネウス様、こちらを」

 

 市民カルは、懐から────と言っても、今しがた倒れ伏した男のだが────一枚の紙を取り出した。

 

 「・・・驚いたな、本当に令状持参とは。何の容疑だい、反逆的研究でも見つかったか?」

 

 令状を受け取り、斜め読みしたフォルネウスは、もう一度、今度は熟読し、そして三度、読み直した。

 

 「どういうことだ、ヴァイオレット」

 「お読みになった通り、貴方にはウルトラヴァイオレット殺害の────いえ、抹消の容疑が掛かっています。ご同行願えますね」

 

 無限のクローンをもつUVを、本当の意味で「殺す」ことはできない。下級市民のように、クローン残機が底をつくまで殺し続ける、ということができないからだ。

 だが────何事にも例外はある。特に、フォルネウス・アーゲンティにとって、「例外」は、馴染みの単語であった。

 

 ウルトラヴァイオレットを「殺す」方法は、確かに存在する。

 それが、『クローン抹消』である。

 過去、フォルネウスが何度となく突っかかってきた面倒な相手を『消す』のに使ったプログラム。その一度で、アルファーコンプレックス支配階級に消えない恐怖を刻み込んだ最悪の『D』。

 それを使えば、確かにウルトラヴァイオレットを殺し得る。

 だが、それを使えるのは確かに自分一人だが、だが、しかし、そんなことは────!?

 

 「ヴィネア、それを片しておけ・・・いや、他のメイドに任せろ。付き従え・・・」

 

 フォルネウスはふらふらとした足取りで家を出る。人形のように意思を剥奪された市民カルと、二人のミュータントを残して。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 フォルネウスは、UVの身体能力を如何なく発揮し、亜光速移動ポッド使い中央エリア統治区へ向かった。

 まずタワー・オブ・バベルへ向かい、コンピュータ隷下のデバイスで戸籍情報を確認する。

 その足でもう一度ポッドを使い、辿り着いたのはタワー・オブ・バベル、R&D本社ビルに次いで大きい建築物────フラウロス家だ。

 

 「セーレっ!! セーレは!!」

 

 門番のインディゴを裏拳の一撃で殺し、扉番のヴァイオレットと、玄関に控えていた執事とメイドをヴィネアが指のひと弾きで失神させる。失神は、死ねば状態異常も負傷もない、万全のクローンが送られてくるアルファーコンプレックスにおいて一番手堅い無力化だ。

 横暴に過ぎる行い・・・という訳ではない。

 アルファーコンプレックスにおいて、セキュリティ・クリアランス一つの違いは人権適用の是非に直結している。

 上位クリアランスの目に障った。それは、生命活動の停止を意味する。

 

 「セーレ────!!」

 「よくも我が家に顔を出せましたな、猊下。その心胆、感服致します」

 「・・・ザガン。違う、私は────」

 「黙れ反逆者!!」

 

 ザガンが腕を一閃すると、その軌道上にソフトボール大の光球が浮かぶ。

 彼のミュータント能力・・・否、ミュータント(人工モノ)とは一線を画す力をもつ、個人固有能力(天然モノ)である。その能力は光粒子・光波操作。レーザー技術の礎となったそれである。

 

 「我が・・・我らが天使の光輪(エンジェルハイロゥ)を破り得るのは、そしてクローンを抹消し得るのは貴様らだけだ!!」

 

 狂気に堕ちたように怒鳴り散らすザガン。フォルネウスは一言も返せない。その文言には、一つの誤りもないのだから。

 

 「娘を何度殺したか、聞かせて貰おうか。同じだけ殺してから、貴様を抹消してやるぞ、フォルネウス・アーゲンティ!!」

 「殺した? ・・・まさか、抹消されただけではないのか!?」

 「何を白々し────」

 「ヴィネア、ザガンを抑えていろ!!」

 「やめろ、これ以上この場に居させてなるものか、この反逆────」

 「これ以上の暴言は認めかねます、UV様」

 

 背後で勃発した戦闘に寸毫の注意も向けず、フォルネウスは屋敷の中を疾走する。

 やがて、見慣れた部屋の前に辿り着く。

 扉はロストマテリアルである樫。廊下に敷かれたカーペットは貝紫で、部屋の中は純白だ。

 だった、はずだ。

 扉は大鋸屑と瓦礫と化し、毛足の長いカーペットは血を吸い乾き茶色にこびりついている。それ以上に、部屋の中は悲惨だった。

 

 赤。赤。赤。赤。

 稀に臓器のピンクや、皮膚らしきビニール状のなにか、そして、剥ぎ取られたのか、綺麗な銀髪の流れる頭皮。脳漿。眼球。舌。指。

 どれも、セーレのものしかない。

 

 最速の攻撃手段であるレーザーの礎たる天使の光輪(エンジェルハイロゥ)をもつ彼女は、一方的に、そして何度も、血と肉が部屋を満たし溢れるまで殺し続けられたのだ。

 そして、この世から消え去った。

 

 「────────!!」

 

 それは絶叫か、絶泣か。憎悪か、悲哀か。

 フォルネウス本人にも分からない激情の吐露は、跪き擦り付けた額が、白衣の下半分と黒髪が十分に血を吸い乾くまで続いた。

 

 

 

 

 

 逮捕状に、曰く。

 

 ウルトラヴァイオレット:フォルネウス・アーゲンティを、婚約者セーレ・フラウロスを不当に抹消した咎を以て拘留する。同人の優れた貢献を加味し、拘留期間は10年、その後クローンを処刑する。

 

 

 

 UV抹消の償いとしては、破格の好条件だ。

 だが。

 それ以前に。

 

 「セーレ・・・」

 

 フォルネウス・アーゲンティは、セーレ・フラウロス(婚約者)を殺してなど、ましてや抹消など、していない。

 

 「誰だ。誰の仕業だ。殺す。殺してやる。・・・いや、殺してなどやらん。精神が壊れるまで拷問にかけて、壊れたらそこで殺して健常なクローンに取り替えて、また幾度でも拷問を繰り返して、永劫死の螺旋に絡め捕ってやる。私の寿命が尽きるまでだ。いや、こうなったら寿命も克服してやる。永遠に殺し続けてやろう。そうだ、なら、10年も拘留されてやるわけにはいかんな。差し当たってはISを壊すか。キマリスの奴が五月蠅いだろうが、もはやどうでもいい。・・・いや、犯人捜しにISは有効か? ふむ。犯人はまず間違いなくUVか、ヴァイオレットでも相当上位の戦闘力を持っているだろうしな。ヴィネアでもセーレには勝てないだろうし・・・ん?」

 

 ヴィネアの名前を出した時点で、フォルネウスは違和感を覚えた。

 

 「静か・・・だな。まさか────」

 

 乾いて固着した血糊が剥がれる不快な音をたてながら、フォルネウスは立ち上がり廊下に出た。

 すると、横から誰かが衝突してきた。

 咄嗟に受け止めると、それは彼の最高戦力、ヴィネア・エリゴスの上半身であった。

 

 「ヴィネア!?」

 

 ザガンのレーザー攻撃ならば、彼女は難なく防げるはずだ。それだけの能力を持つからこそ、ヴァイオレットながら『支配者(ドミナシオン)』という二つ名を与えられているのだ。

 

 「お逃げください、フォルネウス様!! ザガン様が────」

 

 廊下の奥から、ヴィネアの切迫した声がした。既にクローンが送られていたらしい。

 

 「ヴィネア、相手は!!」

 

 返事を聞くより早く、廊下の突き当り、曲がり角から吹き飛んでくる影が見えた。

 ヴィネア、ではない。

 いや、そもそもそれは吹き飛んでいるというより、疾走していた。

 

 それは、正しく「影」であった。二次元ののっぺりした手が、見慣れたデバイスを握っていた。

 

 「貴様、その力は────」

 

 前に、セーレが見せてくれた事があった。天使の光輪(エンジェルハイロゥ)の能力、光操作の応用だ。

 

 「自作自演だと、ふざけるなよ、ザガン・フラウロス────!!」

 

 

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