IRはUVを望む   作:某UV

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 フォルネウス・アーゲンティは、生まれてから5度目の死を体験していた。

 このクローンに意識がコピーされてから転送されるまでの数舜の辛さを理解できるのは、ヴァイオレット以上の知覚速度を持つ者だけだろう。

 

 (君は何度死んだ・・・いや、何度、自分の父親に殺されたんだい、セーレ)

 

 痛みの余韻と、数秒前までの自分が消える喪失感。完全な死と疑似的な蘇生。

 不快感に満ちたこの空間を、彼女は何度繰り返したのだろうか。

 あのクソ野郎(ザガン)は、何度、この苦痛を与えたのだろうか。

 

 「その倍は味わって貰うぞ、ザガン!!」

 

 スタンガンのように使うデバイスを食らい、その後即座に殺された。クローンが転送された瞬間に殺し返してやろう。フォルネウスはそう意気込んで覚醒した。

 

 「お帰りなさいませ、ご主人様・・・ご主人様、何かございましたか?」

 

 目に入ったのは、部屋番のメイドの顔と、見慣れた屋敷の自室だった。

 

 「・・・ホームに転送された? いや、そもそも何故、私は生きている?」

 

 フォルネウスに使われたスタンガン状の武器。あれは紛れもなくフォルネウス自身が開発した『D』用のデバイスだった。『D』は現行のクローン以外を全て廃棄させる最悪にして最強のプログラム。体を通じてクローン・サーバーに流されたウイルスは、直ちにフォルネウスのクローンを鏖殺するはずだ。

 だがフォルネウスはいまこうして生きている。

 

 「まさか・・・? なぁ、ヴァイオレット・・・マルファス、だったか」

 「はい、フォルネウスさま」

 「実験だ。一度殺すかもしれない」

 「かしこまりました。直ちに実験室の手配を────」

 「ここでいい。殺すぞ?」

 「如何様にも、何なりとどうぞ」

 

 フォルネウスはレーザーガンを取り出すと、慎重に照準を定めた。

 

 「悪いな、お前に恨みがあるわけではない」

 「承知しております。どうぞお気遣いなく」

 

 フォルネウスは引き金を引いた。

 一条の光線が部屋を横切り、メイドの胸元へ吸い込まれた。

 

 「・・・やはり、か」

 「フォルネウスさま、今のは、いったい?」

 

 予期した痛みと衝撃が訪れなかったマルファスが、困惑した様子で歩み寄ってくる。

 

 「ふむ。簡単に言うと、セキュリティ・クリアランスを降格された」

 「こ、降格ですか? では、私と・・・いえ、レーザーが効かなかったということは、さらに下位のクリアランスに?」

 

 フォルネウスは目前のメイド────マルファス・マルコシアスという女に思いを馳せる。

 彼女は有能ではあるが、それはあくまでメイドとして。ヴァイオレット相応の身体能力はあるだろうが、個人固有能力があるわけでもなし、一対一の肉弾戦ならフォルネウスでも勝てるレベルだ。

 フォルネウスの肉体能力が、ウルトラヴァイオレットの頃のままなら。

 

 「もう一度、今度は素手で殴ってみても? 殺しはしない。・・・頼めるか」

 「それは勿論構いませんが・・・少々お待ちください」

 

 ドアを施錠し、盗聴防止装置のスイッチを入れてから、マルファスはフォルネウスの前に立った。

 

 「手を出せ。腕なら、万が一でも死なないだろう」

 「いえ、差支えなければ頭をお打ちください。お部屋の掃除は、私が致しますので」

 「そうかい? なら・・・っ!!」

 

 空気を巻き上げる速度で繰り出された拳は、マルファスの顎を正確に捉えた。

 爆散する頭蓋骨と、まき散らされる血と脳漿。

 

 マルファスのクローンが掃除をする様子を眺めながら、フォルネウスは現状を整理していく。

 

 (現状、私のクローンは今まで通りUV上位の思考能力と知識、Violet上位レベルの肉体能力を持っている・・・が、処刑用レーザーはマルファスに通じなかった。この分だと対レーザーアーマーもそうだろうな。どの程度まで落ちているのか、それが問題だ。ヴァイオレット以下になったことで、侵入制限のかかるフラウロス邸からホーム登録されている自室へ送られたと考えて・・・最高でもIndigo、最低IRか)

 

 生存権を含むあらゆる人権を持たないIRなら、おそらくこの屋敷より外に出た瞬間、街頭カメラにスキャンされ処刑される。このエリアは侵入制限がグリーン・レベル以下にかかっているからだ。

 家の中にカメラはないが、万一メイドたちに露見すれば、その場で処刑されかねない。

 

 「マルファス」

 「はい、フォルネウスさま」

 「ヴィネアはどうした?」

 「フォルネウスさまの供に付いたと聞いておりますが」

 「帰っていない・・・となると、あのデバイスを食らったのは私だけか。そりゃ良かった」

 

 『D』のデバイスは、おそらく何らかの要因で破損・故障していた可能性がある。もしくは────

 

 「あれが『D』ではなく『D2』の可能性・・・か」

 

 『D2』は新型のハッキングツール。昼間の会議で見せたばかりの、降格用ツールだ。

 あれは前回のクローンが持って帰り、そして────

 

 「やっぱり、か」

 

 フォルネウスは自室の机の引き出しを覗き込み、嘆息した。

 仕舞ったはずのデバイスは消え失せている。どころか、閉めたはずのカギまで開いていた。

 

 「マルファス、私が出てから部屋を空けたか」

 「はい。二度・・・申し訳ございません、フォルネウスさま。問題がございましたか?」

 

 マルファスは護身術より護衛術、侵入者の感知より侵入者に対しての盾、という意味など勿論なく、ただ家事能力に主眼を置いて侍らせていたメイドだ。責めるのは酷かもしれない。

 

 「いや・・・窓の錠は?」

 「本日の昼頃、掃除の際に開けましたが・・・確かに掃除の最後に施錠いたしました」

 「・・・ふむ、確かに窓は閉まっているね」

 

 (内部犯、と断定するには早い。グリーン以上のセキュリティ・クリアランスならば街頭カメラに写っても問題はない。門番のインディゴの目を盗み、ミュータント能力・・・形態変化による透明化とサイコキネシスを併用すれば、難無く侵入できるだろう。問題は屋敷のアンチ・ミュータント・センサーをどう潜り抜けたのか。ミュータント能力を発動しようとした瞬間に警報とレーザーで対処するアレは、セーレやザガンのような個人固有能力には反応しない。まさかザガン本人が? 『天使の光輪』には透明化も高速移動の能力もあったはず。・・・いや、それだと鍵の開閉ができない。掃除中に侵入し潜伏・・・いや、奴はその時間バベルにいた。・・・駄目だな、情報不足だ。そもそもセーレはいつ殺されたんだ?)

 

 「マルファス、ISのオフィサーとミュータントはどうした? ・・・マルファス。マルファス?」

 

 思索を止め振り向いたフォルネウスの視界に、銀色の輝きが映る。

 

 (セーレ────)

 

 婚約者の髪を、かつて見た陽光に煌めくその姿を幻視する。

 回想。走馬燈。幻視。幻覚。言葉はどれでもいい。同じ現象が、同じ結果を生む。

 それは停滞。ウルトラヴァイオレットでも上位レベルの思考が、その神経が、判断と伝達を常人レベルにまで落とす。

 

 銀閃が走る。半分ほどが赤く汚れた銀色が、フォルネウスの首へと至り────

 

 「フォルネウス様ッ!!」

 

 生命を絶つ寸前で停止した。 

 宙に浮き、フォルネウスの目前で停止したナイフを取り上げるのは、肩で息をするヴィネアだ。

 

 「お怪我はありませんか、フォルネウス様」

 「ヴィネア、か。君こそ無事かい?」

 

 フォルネウスはヴィネアから一歩分離れるが、ヴィネアは二歩分詰める。

 

 「はい。・・・ですが、ザガン・フラウロスの首級は挙げ損ないました。お許しを」

 「いや、構わないよ。もともと『天使の光輪』は逃げに徹されると面倒なのは分かっていたことだ・・・マルファスは殺された、か」

 「クローンは、おそらく彼女の部屋に」

 「そうか・・・」

 

 黙って頭を下げたヴィネアは、フォルネウスの変容に気付いているのだろうか。

 フォルネウスがデバイスを、『D2』を食らったのは、彼女の目の前だったはずだが・・・

 

 「そういえば、フォルネウス様に『D』は通じないのですね」

 「あぁ、そのことなんだが・・・」

 

 言いかけたタイミングで、部屋の扉が激しく叩かれた。ノックという次元ではない鬼気迫る叩き方だ。礼を失する振る舞いに、ヴィネアが眉を顰めている。

 

 「フォ────スさま、ご無────か、────ウスさま!!」

 「もし────したら、そ────す!! お逃げ────、────様!!」

 

 分厚い扉と壁、それに盗聴対策の遮音素材が、それでも大声を微かに伝える。

 常人であれば、聞き逃していただろう。UVレベルですら、その大半を聞きそびれている。

 

 だが。肝心なのは内容ではなく、声の主だ。

 

 「お許し────い、罰は────ます」

 

 ドアが爆発したように吹き飛び、舞い散る大鋸屑の中から二人の人影が飛び出してくる。

 

 一人目は、先ほど透明化能力を持つ暗殺者に殺されたマルファス・マルコシアス。彼女は一直線にフォルネウスの元へ駆けると、そのまま床に押し倒して覆い被さった。

 まさかこの状況で襲おうという訳でもないだろう。意図するところは『肉の盾』か。

 

 二人目は────二人目の、ヴィネア・エリゴス。フォルネウスの持つ最高戦力にして、最大の忠臣である。

 

 「ヴィネア、だと!? ・・・なるほど。ではヴィネア・エリゴス、自害したまえ」

 

 片方、先に現れフォルネウスを凶刃から救った方が即座にナイフを首に突き立てた。対して後から現れた方は、ただその場に跪き慈悲を乞うように頭を下げるだけ。

 

 「・・・君が本物か。ではヴィネア、先の命令を撤回しよう。そして侵入者どもを拘束してくれ」

 「・・・御意に」

 

 まだヴィネア・・・仮に死んだ方をAとすると、フォルネウスはBの方にそう言った。

 この、少なくとも二人は敵が本拠地におり、『天使の光輪』をもつUVが敵対している状況で忠義を示す方法として、自害は下策中の下策。守るべき主人の前で自害してどうするというのか。Bの方は、真偽はともかく、それだけの判断はできた。対してAの方は、盲目的に命令に従い、自害した。

 フォルネウスは困惑していた。

 

 (どっちが本物だ・・・?)

 

 どちらの行動も、『ヴィネア・エリゴスの行動』として不自然ではなかったからだ。

 ヴィネアはヴァイオレット最強どころか、UVとだって渡り合えるのは先のザガン戦が証明している。安直に殺し合いをさせて勝った方が本物、とするのもいいが・・・偽ヴィネアがザガンの手の者なら、『D』や『D2』を持っていても不思議はない。UVの身分を失ったいま、ヴィネアを失うのは痛手だ。

 

 「・・・」

 

 ヴィネアAのクローンが送られてくるが、即座の戦闘とはならなかった。だが、勝敗は決していた。

 

 「ご命令を完遂いたしました、フォルネウス様」

 

 ヴィネアB────本物のヴィネア・エリゴスが、優雅に一礼した。

 

 

 

 

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