親友以上の気持ち   作:ゆうとん。

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9話 恋人とは

 あの日から、数日が経っていた。あの後はびしょ濡れで帰宅したが、なんとか風邪を引くことなく次の日を迎えられた。

 でも、それよりも重大な問題が1つある。それは──天間の様子だった。

 あの日からの天間は、必要以上に話さなくなっていった。感情も抑え込まれているような、そんな雰囲気も感じられる。一言で言えば、生きているのがつまらなさそうだった。

 最初は、天間の中で解決するのだろうと勝手に思っていた。でも日が経つにつれどんどん深刻になっていく彼は、もうどうしたら良いのか分からない、という顔をしている。

 そんな天間に、手を貸さないといけないことは分かりきっているはずなのに。あのことについて話したら──天間が壊れてしまうのではないかと思って。

 それっきり、僕は言えなかった。

 

 授業中の教室から、暗い窓の外を眺める。天間とその父が再会してしまった日からずっと曇りで、このまま永遠に曇りのままなのかとさえ思ってしまう。本当に、晴れるのかな。

「東田くん、この単語の意味分かりますか?」

 不意に、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。……やばい。はっきり言って聞いていなかった。

 でも、黒板に書いてある一部分を指しているようだ。難題を押し付けられていなくてほっとする。

「えっと、心……です。」

「はい、その通りです。ですから──。」

 そのまま、先生は英文の解説を始める。その言葉は、もう僕の頭には入っていなかった。

 もういっそのこと、この授業から抜け出して一人で考えたかった。これから天間とどう接していけば良いのだろう。そのことが頭の中をぐるぐると駆け巡って、ぐちゃぐちゃになっていく。

 

 心……か。一度ぐちゃぐちゃになった頭を整理すると、次はその言葉だけが妙に残った。

 感情を受け止める器だとはよく聞くけど、心の働きというのはそれだけなのだろうか。その答えを探したが、ちっとも見つからなかった。

 目の前の大きな背中を持つ本人は、今何を考えているのだろう。うつむいてはいるけれど、寝てはいない様子だった。

 ……僕、もう天間くんが考えてることが分からないよ。──それこそ、言ってくれなくちゃ。

 それでも何となく思い当たる節を考えてみるが、どれも核心にまでは辿り着かなかった。

 

 

 

 

「ただいま。」

 絶妙にかぶった挨拶をしてしまい、なんとも言えない雰囲気になる。そしてそこで、お母さんがやってきた。

「おかえりなさい。今日の学校はどうだった?」

 お母さんはいつものように1日の学校の様子を聞いてきた。僕たちの様子の理由を知っているのか、はたまた察しているのか分からないが、今はその質問が有難かった。

「特に、何もなかったかなぁ。……天間くんは?」

「……オレの方も、何もなかったぞ。」

 一瞬、ぶつけるか悩んだ質問を問いかける。僕といつも一緒に居るのだから、答えは一緒になるのは分かっているのだけど、天間の方からも、何か話してほしかった。

 でも話している際の天間の目は、焦点が定まってなさげで。やっぱり、話さない方が、良かったかな。

「……カバン。知生のも持っていってやるよ。」

「え、ああ、ありがとう……。」

 妙に優しい天間は、僕のカバンを受け取るとそそくさと2階に上がってしまった。

 

 

「はあ……。」

 ダイニングのテーブルに座りながら、僕は思わず小さなため息を漏らしてしまった。……やばい、漏らすつもりはなかったのに。案の定お母さんに聞かれてしまったようで、上の空な僕に話しかけてきた。

「将登のこと?」

 その一言だけで、僕の身体はぴくっと震わせる。それがバレているのは分かっていたはずなのに。僕の意思とは関係なく、反応してしまった。

「まあ、そうよね。だっていつもなら、将登の方からべたべたくっついてくるじゃない。」

「うん。喧嘩してるわけじゃ、ないんだけど……。」

 お母さんの推察は合っていた。というか、天間の行動は実に分かりやすいし、お母さんじゃなくても分かったのかもしれないけれど。

「……そうね。数日前の、びしょ濡れで帰ってきたときからだったと思うんだけど。そこからもう、ちょっと様子がおかしかったわ。」

 僕が少し言い淀んでいると、お母さんはそのまま推察を続ける。そういえば、天間の父と会ったとは言っていなかったっけ。

 お母さんはずぶ濡れになった僕たちを心配するだけして、理由は全く聞いてこなかった。それどころか、『言わなくていい』とも言われてしまったのだ。だから、言おうにも言えなかったと言った方が正しい。

 

「それで、どういった悩みを持っているのかしら?」

 そう言ってお母さんは促してくる。僕は少し考えると、おずおずと話し始めた。

「……天間くんってさ。悩んでる時、僕に何も言ってくれないんだよ。僕だって力になりたいのに、一人で悩んで、悩み溜め込んで。いつ爆発してもおかしくないのに。」

「それは、将登に言ったの?」

 虚を衝いてくるような鋭い返答に、僕は少しだけうろたえてしまった。でも、それだけでは言いなりになっているだけだ。僕はなんとか首を横に振って、理由を答える。

「だって、今言っちゃうと、天間くんが──壊れちゃいそうな気がして。」

 朝考えていたことを、そのまま伝える。あんなに切羽詰った天間を見てるだけで辛いのに、それを自分から突き刺しに行くのは嫌だった。

「……じゃあ、頼ってくれるよう言いなさい。あなた達の仲でしょう?今のままを放っておく方が危ないわ。」

「なんて言ったら、いいかな。」

 話の切り出し方が全然分からなくて、お母さんに答えを求める。

 けれどお母さんは一瞬考えたあと一笑して、こんなことを言うだけだった。

「死にそうになった将登を助けたんでしょう?知生なら、何言っても上手く事が運ぶわよ。」

 

 

 

 

 自分の部屋へ続くドアを遠慮なく開ける。天間は……寝ているみたいだ。

 どうしよう。起こすのは流石に悪いから、起きるまで待っていようかな。ここまでのごくわずかな距離でいつ話し始めようか考えていたのに、少し出鼻をくじかれた。

 僕は天間が寝ているベッドへ邪魔にならないようにちょこんと座って、そのまま観察してみた。

 すう、すう、と大きくて凛々しい顔の熊から発される寝息とは思えないほど、小さく優しかった。時々、頬が緩んだりもしている。どんな夢を見ているのだろう。これは邪魔しては悪そうだ。

 

「……知生。」

 観察を終えて前を向いていると、ふとそんな声がした。天間の方を向いてみるも、目は開いていないし、まだ寝ているようだ。そっと顔を戻した、その時。

 

「好きだ。だから──行かないでくれ。」

 

 そう言われた瞬間、僕の中の時が止まった。そして、胸をぎゅっと鷲掴みされているような感覚に陥る。

 急いで天間を見ても、そこにはいつもの寝顔があるだけ。

 今のは、本当に寝言だったんだろうか。寝言とは思えないほど凛としていて、どこか切なげな声だった。

「……どうして、今言うのさ。」

 小声でぼそっと呟く。もちろん、天間から返事は帰ってこない。いよいよもって、僕の逃げ場はないみたいだ。僕は今一度、”恋人”として天間に向き合わないと。

 

 

「ん……知生?」

「あ、起きたんだ。」

 数十分後。僕は特に暇を潰すわけでもなく、時が過ぎるのを待っていた。──いや、いつの間にか過ぎていた、というのが正しい。夢の中だろうとはいえ、天間に告白されたことが、頭から離れなかったから。

「すまん、ちょっと疲れちゃってな。」

「そっか。」

 多分、切り出すタイミングは今じゃない。でも、次のタイミングはいつなのだろう。このまま言えなかったらと思うと、不安で仕方なかった。

 かくいう天間は、腕を上に伸ばしたりしてストレッチをしている。その様子に、少しだけ猫みたいだなあ、と感じてしまった。

「んじゃ、勉強するか。」

「う、うん。」

 ダメだ。天間の流れにそのまま乗ってしまった。今さっき、それを言うタイミングだったのに、僕の口は言うことを聞いてくれない。

 また、タイミングを逃してしまった。

 

 ──いや、違う。タイミングなんて逃してもいい。そもそも、合わせないといけないなんてものはない。

「天間くん。」

「ん?」

 僕が何を言おうとするか全く考えていないのか、天間は呑気に返事をしてくる。

「……恋人って、なんなのかな。」

「……え?ああ……。自分が好きになってる人のこと、だろ?」

 天間は僕が何故こんな質問をしたのか疑問に思いながら、当たり前のことを答えてきた。でも、その答えは僕が求めるのと違っている。

「じゃあ、天間くんはどう思ってるの。」

「え、だ、誰のことをだ?」

「……僕のこと、だよ。」

 そう言われた天間は、黙ってしまう。それからしばらくして、ゆっくり話してきた。

 

「そりゃあもちろん。オレは知生のことが、好きだぞ。」

 天間の行動から分かっていたはずなのに、いざそう言われるとドキリとしてしまう。僕はなんとか逃げたくて、でもそんな言葉を返してしまった。

「……恋人として?」

「おう。」

 当たり前だとでも言うかのように、天間は何の恥ずかしげもなく言う。僕はそこで、何故か涙が出てきた。

「どうしてそんなずるいの。なんで2回も告白してくるの……。」

「ちょ、と、知生……?」

 僕にも流れ出してくる涙の意味が分からなかった。天間と1ヶ月過ごしているはずなのに。好きだとは何回も言われているはずなのに。それが恋愛感情として好きだと分かったからなのだろうか。それとも、恋愛感情として言われているから、悲しいのだろうか。

 

 ……まだ、話は全部終わっているわけではない。僕は急いで涙を拭って、次の言葉を探す。

「天間くんはさ、今何に悩んでるの。」

「えっ?べ、別に、なんにも悩んでないぞ。」

「……嘘つき。」

 どうして、余計なところで隠し事をするんだ。僕は天間が心配だから聞いているのに、話してくれないなんて。僕はどういう立場なの。

 天間は嘘がバレてきまりが悪いのか、俯いたままだ。

 

「恋人はね。頼って欲しいものなんだよ。悩みも、できるだけ聞いてあげたいの。それなのに……。それなのに、どうして天間くんは僕に頼ってくれないのさ。」

 僕は目を潤わせて天間に語りかける。天間の何が僕に頼ることを阻害しているんだろう。それとも、僕は天間の中で頼りない人だと思われていたの?

「だ、だって……っ。」

 天間はそれっきり、言葉を詰まらせてしまった。天間の手は震えていて、今にも感情を吐き出してしまいそうだ。

「お、オレは……っ!バカでどうしようもなくて、親にいじめられてる最悪なやつなんだぞ……っ!知生に頼る資格なんて、ないと思ったんだ……。」

 勢いよく机に拳を叩きつけたと思ったら、天間は泣きながら心が爆発してしまっていた。

 どうやら、僕の考えとは逆だったようだ。天間は僕が特別だと思いこんで、そんな特別な存在に頼ったら、自分が拙い存在になってしまう、ということなのだろう。

 

 ──そんなの、根本から間違ってる。僕は特別な存在なんかじゃない。ただ天間が好きなだけの、人間だ。

 天間だって同じ。僕に頼ったからって、拙い存在になんてなるわけがない。僕たちは、対等な立場にいるのだから。

「やっぱり、オレに頼られるの、嫌だろ?」

「……天間くん。」

「そうだよな。オレ、人を殺そうとしちゃったしさ……。」

「天間くん!」

 自分でも驚くほど、鋭い声を天間に向けて放った。天間は僕の威圧に恐れたのか、それっきり言わなくなった。

「……前も言ったよね。僕は、どうしようもなく天間くんのことが好きなんだって。なのになんで、自分を卑下するの!」

 僕も天間も、涙が頬を伝っていた。僕らはそんなぐちゃぐちゃな顔で、会話を続けていく。

「どうして、僕のことが好きって言ってるのに、頼ってくれないの……。もっとわがままでいいんだよ!」

「けど──。」

「けどじゃない!」

 僕の壮絶な剣幕に、天間は押されているようだった。そこでやっと我に返って、一度深呼吸をする。

 

「恋に生まれなんか、どうでもいいの。ただ好きだってことを伝えて、一緒に暮らすだけで楽しいんだよ。……そうでしょ?」

「……おう。」

 気づけば天間に説教しているような雰囲気になってしまった。だめだ、どうしても僕は感情に身を任せてしまう。そこが僕の悪いところだ。

 

 ゆっくり近づいてきたと思ったら、天間は突然、泣きながら僕の懐に顔をうずめてきた。

「すまん……すまんっ!」

「もう……怒ってないよ。」

 そう何度も謝ってくる。許していると言っても、天間は謝罪の一点張り。そういうところが、天間の悪いところだ。

 

「天間くん。これから、お互いの悪いところは言っていこう。」

「ん……?」

 まだ泣いている天間に、僕は一つの提案をする。

「そうすれば、お互いの悪いところが分かって、そこを補えるでしょ?」

「……そうだな。」

 僕の提案に、天間は顔を上げて賛成する。天間の顔が近いことに、少し胸が高鳴ってしまう。

 

 

「……なんか、オレ最近泣いてばっかりだな。」

「まあ、感情を押し込めるよりかはマシだよ。」

 天間は大きな身体をゆっくりと起こすと、思い出したかのようにそう言ってきた。

「そういえば、何で悩んでたの?」

「……あれ、なんだっけ。」

 頭を抱えながら必死に考えているが、本当に思い出せないらしい。そんな様子を見て、思わず笑ってしまった。

「へへ……やっぱりオレ、バカだな。」

 僕の笑いに合わせて、天間も笑いながらそう言ってくる。まあ、バカはバカなりの利点があって良いと思うのだけど。

「いいんだよ、バカでも。天間くんは何でも面白くしてくれるしさ。」

「……それ、オレのこと褒めてるのか?」

「褒めてるつもりなんだけどなあ。」

 そうやって、お互い不貞腐れた顔をしばらく見合わせる。でも我慢出来なくて、どちらからでもなく吹き出してしまった。

 

 ──やっぱり、天間といると楽しいや。

 

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