親友以上の気持ち   作:ゆうとん。

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6話 家族として

「天間くん、こんなのどう?」

 展示されているベージュ色のシャツを取り出して、そう質問してみる。天間はこげ茶色の毛皮を持っているので、似合うのではないかと思ったのだが。

「うーん……似合うか?」

 ちょっと恥ずかしがりながら、天間は受け取ったシャツを自分の体のラインに合わせる。──うん、とっても似合ってる。

「凄く似合ってるよ!買っちゃえば?」

「そういうなら……買ってもらうか。」

 軽く提案すると、天間はそのシャツを自分が持っているカゴに入れ、次の場所へと移動していく。

 

 というわけで、僕たちは服屋で天間の服を調達している。どうして突然服屋に来たのかと問われれば、それは1時間ほど前に遡る──。

 

 

 

 

 

「お母さん、ただいま。」

「お邪魔しまーす……。」

 お母さんに帰ってきたことを伝えると、天間も僕の後に続いて行儀よく挨拶した。

「あら。ちょっと久しぶりね、天間君。どうぞ入ってらっしゃい。」

 相変わらず呑気な声で語りかけてくる。まあ、そういう所がお母さんっぽくていいんだけど。ただまあ、これから爆弾発言するつもりだから、真面目にはなって欲しくはある。

 

 そして1回僕の部屋に入ってもらって、ちょっとした会議を開く。と言っても、状況の整理をするだけだが。

「えっと……単刀直入で悪いんだけどさ。お父さんにいじめられてたんだよね?」

「おう。」

 僕は特に親からいじめを受けたことはないのだが、家に帰るとその親がいる、ということはかなり負担になっていることだろう。

「……お母さんは?」

「オレだけ残して、いなくなった。どこにいるかは分からないけど、逃げていったみたいなんだ。」

 少し怒気を含んだ声でそう言う。自分を残して逃げたことに、憤慨を隠しきれないようだ。

「あと、オレには弟がいるんだが、弟も……その時一緒に逃げたらしい。」

 つまり──1人にされたということになる。そんな状況で父親と2人きりにされたら、たまったものではないだろう。

 僕もその境遇を考えてみる。母と弟は居らず、いじめてくる父と1つ屋根の下。そう考えると、恐ろしいのは明らかだった。

 

「こう言うのは酷いかもしれないけど……なんで耐えたのさ。」

 少し寂しそうに言ってしまう。だって、普通は耐えることなんかできないはずだ。事実、天間は危うく命を自ら落としかけていたから。

「……誰にも、相談できるわけないだろ。それに、父さんに脅されてたし。」

 相当、天間のお父さんは乱暴で、ずる賢い人だったようだ。その事実に、何も言えなくなってしまう。

 

 

「──とりあえず、状況は分かったよ。お母さん呼んでくるね。」

「なっ……なあ。」

 とりあえず、お母さんに了承を貰わなければならない。慌てて言葉を探してそう言うと、天間は僕を呼び止めた。

「何?」

「本当に、いいのか?」

 呼び止めた後に続く言葉は、そんなものだった。そんなのもちろん、いいに決まってる。これだけでは僕のエゴになってしまうけど──お母さんも親切で積極的だし、快く了解してくれると思う。

「別に、大丈夫だよ。」

「けど……オレが迷惑をかけるかもしれないだろ。」

 だが、天間はそれ以上に心配している。相手のことを心配しても、何にもならないはずなのに。

「大丈夫だって。お母さんも、すぐに分かってくれるよ。」

 そう念を押しても、天間の心配した顔が元に戻ることはなかった。──天間って、こんなに心配性だったっけ。

 

 

 そうして僕の部屋にお母さんを連れてきた。僕が大事な話と言ったら、すぐに察してくれた。

「お話って?」

 真ん中に机がある環境で、僕と天間はお母さんと向き合うようにして座っている。

「ああ、えっとね。今日、天間くんが──。」

「ま、待ってくれっ。──オレから、話すから……。」

 僕がいざ言おうとすると、天間に慌てて話を止めさせられ、そのまま自分から話し出すと決意された。

 そして天間は、さっきの話をもっと要約させて喋る。お母さんはその話を聞いている間、顔色を1つも変えなかった。

 

「……だから。す、少しだけでもいいから、ここに住ませてくれませんか。」

 天間は切実な声で絞り出すようにそう言う。声が震えているのも、自分の願望が大きすぎると思っているからなのだろうか。

「じゃあ、本当に”少し”でいいのかしら?」

「……え。」

 お母さんの予想外な反応に、天間は唖然としている。僕も言いかけたが、何とかその言葉を呑み込んだ。多分、なにか企んでいるのだろう。

「聞いた感じだと、少しじゃ解決しなさそうよ。いっそ、孤児院に行った方がいいわ。」

「い、いや、それは──。」

 天間が否定を恐れて困っていると、お母さんはさっきとは打って変わって、おかしそうに笑いだした。

「ほうら、やっぱり”ここ”の方がいいんじゃない。私はそんなので拒否したりしないわよ。」

「ほ、本当、ですか……?」

 

「いいに決まってるじゃない。――ようこそ、東田家へ。」

 

 笑顔でお母さんが東田家として迎えた瞬間、天間の顔は段々と笑みが浮かんでいく。

「……へへ、やったあっ!」

「うわっ!」

 そして次の瞬間、天間は元気な声を発して、僕に抱きついてくる。あまりに突然のことだったので、びっくりして声を出してしまった。

「……ちょっと冗談がキツかったかしら。でも、最初からそういう気でいたから、安心しなさいな。」

 お母さんがそう言っても、返事をせずにそのままにしている天間。――余程嬉しかったのだろう。しがみつくように抱きつく天間の様子から、そのことが嫌というほど分かる。

「……ちょっと痛いよ、天間くん。」

「……へへへっ。」

 その言葉を掛けても、天間は力を緩めることはなかった。僕の小さなお腹に顔をうずめたまま、微動だにしない天間。いつまで抱きついているんだろうなあ、と思いながら、天間の不器用な抱擁を受け止め続ける。

 

 そうしている内に、僕のお腹の辺りが濡れていく気がする。もしかして――泣いてる?

「……ううっ……うああっ……。」

 嗚咽を混じらせながら、天間は泣き始めてしまった。いろいろな感情が溜まりに溜まって、爆発してしまったようだ。――当たり前だろう。学校が終わる度あの家に帰らなければならない、という苦痛からやっと逃れられるのだから。

「天間くん……もう大丈夫だよ。」

 そう言いながら、天間の後頭部を優しく撫でる。それも相まってか、しばらくは天間が離れることはなかった。

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 ようやっと泣き止んだ天間に、そう心配する。数分間はずっと泣いていたから、少し心配していたのだ。

「……おう。……オレのせいで、服びしょびしょだな。すまん。」

 少しだけ笑いを含む声で、天間はそう言ってきた。いつもの調子に戻ってきたようだ。

「ほんとだよぉ。服着替えないと。」

 それに合わせて、僕もムッとした様子で言ってみた。天間のせいで、服の中央を中心に大きなシミが出来上がっている。しかも2枚着ていた服を貫通して肌まで濡れていたから、実際ちょっと気持ち悪かった。

 

「……そういえば、天間くんは着替えある?」

「いや……ない。」

 自分のことで思い出した僕は、そう質問した。だが、やはり自分の服は持っていないようだった。天間の私服を見たことがないから、もしやとは思ったのだが。

「じゃあさ、買ってもらおうよ。もっと色んな服着たいでしょ?」

「うーん、体操着でも十分だぞ。」

 今の天間の服装は、長袖の体育着で着揃えられている。だが、1年生初期に買ったままなのか、丈は短く、服が弾けそうなくらい伸びきった箇所がある。

 身長は服のサイズと10cm程差があるか否かだと思うのだが、一体どうやったらこんな肉体になるのだろうか……。

「いや、体操着パンパンだし、休日は流石にそれじゃダメだと思うんだけど……。」

僕がそう言うと、天間は改めて自分の服装を確認する。キョロキョロと自分の姿を必死に見る天間を見て、ちょっとかわいいと思ってしまった。

「確かに、そうだな……。」

 そして見終わると、苦笑いで語る天間。流石に、理解してくれたようだ。

「お母さん、いいでしょ?」

「ええ、もちろん。必要なものは買ってあげないとね。」

 僕の質問には、快い二つ返事をしてくれた。お母さんはやっぱりお人好しなんだ、ということを再確認する。

「じゃあ、お願いします。」

 天間がそわそわとした様子で、お母さんに頼み込む。だが、それはお母さんの不満に引っかかったようだ。

「もう敬語じゃなくていいわよ。知生に話しかけるくらいの気軽さで構わないわ。」

「え、えっと……お願いしてもいい、か……?」

 おずおずとした様子で喋り出し、思わず優しい口調になってしまう天間を見て、笑いそうになってしまった。

「ふふ。……ええ。」

 それはお母さんも同じらしく、笑いながら答えていた。

 

 

 

 

 ──ということがあったのである。つまり、要は──天間が僕の家族の一員になった、ということだ。

「おっ、これいいかもなー。」

 そう言いながら、片手で服を手探る天間。存外、楽しめているようでほっとした。

 ──というか、天間のファッションセンスは意外とあるらしく、僕が見ていてもいいのばかり選んでいた。『体育着でも十分』だとか言っていたから、そんなには無いのかと思っていたのだが。

「なあ、どれぐらい買っていいんだ?」

「どのくらいでも大丈夫よ。ただ、まだ伸びるかもしれないから、あんまり多くは買わない方がいいかもしれないわね。」

 天間の質問に、お母さんは細かく答えた。天間はこういう所に出掛けたことがないのだろう。こういうやり取りが自然じゃないというのは、一体どんな感じなんだろうか。

 「分かった。」と言葉を述べて、服選びにまた専念する天間の顔は、どこか幸せそうだった。

 

 

 

 

「今日はファミレスで食べましょうか。」

 天間の服を選んでいたり、他に必要なものを買っていったりしたらすっかり夜になってしまった。だから、今日の夕食は外で食べることにしたらしい。

「ファミレスかあ。どんなのが頼めるんだ?」

 僕の方をちらっと見て、そう質問してくる。僕を見てきたその目は、車内で周りが暗いのにも関わらずきらきらと輝いているのが分かり、まるではしゃぐ子供のようだった。──でも、天間にはこのことが目新しく見えているんだ。そう思うと、ちょっと羨ましいような気もした。

「結構何でもあるよ。僕はいつも、ハンバーグとか頼んでるかなぁ。」

「ハンバーグかー……美味そうだな。」

 まるで今食べているのかのような表情を浮かべる天間。そしてそのタイミングを図ったかのように、天間の腹の虫が豪快に鳴る。そんなぴったりのタイミングで鳴ったことに、素直に驚いてしまった。

 

「あ。……へへ。」

 これには天間も、恥ずかしそうにごまかしてきた。そういえば、今日のお昼は食べてなかったんだっけ。あんなことがあったから、すっかり頭から落ちてしまっていた。──そうやって意識すると、僕もお腹が空いてきた……。

「もうちょっとで着くから、あと少し我慢していて。」

 お母さんがそう言うと、車の速度がちょっと早まった気がした。

 

 

 

 

「……知生。」

「う……?」

 目を開けると、そこには天間の顔があった。どうやら、寝てしまっていたらしい。そんな僕を起こしてくれたみたいだ。

「家に着いたぞ。」

 その証拠に、天間がそのような言葉を掛けてくれた。──そっか、家に着くまで寝ちゃったんだ。

「うん、降りる……。」

 一度大きなあくびをすると、すぐに覚めてしまった目を擦り、ドアを開けて車から降りる。まだ3月に入ったばかりだから、夜は少し肌寒く感じた。

 そういえば、今何時だろう。ファミレスを出たのが何時だったっけ……。あの時も時計をろくに見ていなかったから、憶測でも時間が分からない。

 

 靴を脱ぎ、きちんと揃えてから家に上がる。天間は先に上がったらしく、新品で黒と赤が基調の運動靴が脱ぎ捨てられていた。

「もう、ちゃんと揃えなきゃ。」

 天間は玄関付近にいなかったから聞こえないだろうが、小声でそう注意する。そして僕の靴の隣に揃えてあげた。

 ──こうして見ると、天間の靴の大きさがよく分かる。何せ普通の靴屋でギリギリあったサイズだから、なおさらだろう。

 ……あ。そういえば時間見るんだった。壁に掛けてある時計の短針が指しているのは、8のちょっと手前だ。結構買い物に時間を取られて、夕食も遅くなっていたようだ。

 

 

「そういえば、知生は天間にお部屋どうするかって聞いた?」

「いや……聞いてないよ。」

 リビングに着くなり、お母さんはそう聞いてきた。そういえば、そんな問題もあったか。でも、空いている部屋があるわけではないし、どうすればいいだろうか……。

「天間くん、お部屋どうしよっか。空いてる部屋が無いわけじゃないけど、片付けないといけないし……。」

「……知生の部屋じゃ、ダメなのか?」

 ああ、僕の部屋か。……はっきり言って、いいとも言えない。一緒に居るのは落ち着く半面、天間が急に抱きついたりしてくると、僕の心臓が持たないのだ。しっかり抱きついてくるものなら、天間の匂いだとか、温もりだとかを感じて、逆に落ち着かなくなってしまう。天間に会うまで抱きつかれることなんてほぼなかったから、そのせいもあるかもしれない。

 ……今日の昼はそうした気がするが、あれは気が気でなかったから──あまり覚えていないというのが事実である。

「ああ、別にいいけど……天間くんはいいの?」

「オレはいいぞ。知生と一緒にいたいしさ。」

 眩しい笑顔と共に、そんな言葉を平気で述べてしまう天間。いつも通りだなあ、と感じる。ただ、お母さんの前でそんなことを言われてしまうと、恥ずかしいものがあるのだが。

「じゃあ……決まりだね。一回、部屋に行こっか。」

 すぐに天間は頷いてくれた。それに応じて、2階にある部屋へ一緒に向かう。

 

「そういえば、知生の父さんは?」

「ああ、今日は帰ってこないよ。金曜日はいつも大きな仕事があるから、って。」

 今日買ってきた荷物を整理しながら、質問に答える。天間には、僕のお父さんがいないことが分かっていたようだ。まああんなことがいつもあったわけだし、気になるのは仕方のないことなのだろう。

「いつも、遅いのか?」

「うん……。いつも仕事、大変そうだよ。お父さんは『仕事楽しいから』って言ってはいるけど。」

 お父さんは運送会社に勤めている。元々ドライブが趣味だったからその会社に勤めたようだが、最近は全体的な注文も増えたようで、ちょっと心配なところはある。

「……オレの親とは大違いだな。」

 苦笑いをこぼして、そう呟く天間。その瞳を見てみたが、靄がかかっているような感じで、何も感情は読み取れなかった。

 僕が何も言葉を返せないでいると、天間は唐突に話を変えた。

 

「そういえば、風呂って入れるのか?ずうっと入りたくて仕方なくってさ……。」

 確かに、天間の獣毛を見てみると、とってもぼさぼさだ。入りたくてうずうずしたくなる気持ちも分かる。

「あー、入れると思うよ。先に入る?」

「ん……いや、知生から入っていいぞ。」

 しばらく思案してから、そう言われる。てっきり先に入ると思っていたので、面食らってしまった。どうしてだろう。とても入りたくて、そして尋ねられたら、普通は入ると思うのだが。

「そ、そう……?じゃあ、入ってくるね。」

 まあ、お言葉に甘えてしまうとしよう。僕はそう言葉を残して、お風呂場へ向かった。

 

 

 

 

 予めシャワーで流しておいた身体をボディーソープでしっかり洗いながら、今日のことを考える。

 ──今日は本当に、出来事が多かった。午前中は天間の様子がおかしくて心配したり、そして自殺しそうになったのをやめさせたり、そしたら想いを打ち明けてしまったり。

 でもその反面、午後はとっても楽しかった。常時嬉しそうにはしゃぐ天間の様子が見飽きず、ずっと見ていたいほどだった。

 特にファミレスの時の天間は必見ものだ。僕のものと同じハンバーグを頼んだのだが、それを3人前頼んだのである。隣でハンバーグの乗った鉄板が3つも並ぶ様子に、思わず言葉を失くしてしまったほどだ。それをすっかりお腹の中に入れてしまい、かつ腹八分目まで入れただけであるかのように平然としている天間は、見慣れたといえば見慣れたものの、やはり恐ろしかった。

 お腹の中が四次元空間にでもなっているのではないだろうか。今日の昼は何も食べていないとはいえど、恐ろしい量であるのは確かなのだが。

 

 ……というか、天間は今までどういう生活を送ってきたんだろう。お風呂、入れたのかな。夕食も、食べることはできたんだろうか。──あの時や今を見ると、どちらもできてはいなさそうだ。

 あんなにがつがつ食べていたのは、普通の空腹状態ではなかったから、というのもあるのだろう。

 そんな環境に天間を置かせるなんて、僕が許せない。友達と元気に遊べて、帰りたくなる温かい家がある。そんな普通の生活を送ってほしいから、ここに呼んだのだ。

 

 

 いつの間にか全てを洗い終えて湯船に入っている僕は、そろそろ出ようかと考えていたところだ。

 今日はお風呂から出たら、何もすることがない。──それこそ、ゲームくらいしか。

 いやいや。せっかく天間が家に来てくれたというのに、全く口を交わさないのはいかがなものだろうか。ああ、でも眠いや。天間がお風呂に入り終わるまで待った後、すぐに寝てしまうかも。

 

 

 

 

 天間のお風呂はそんなに時間がかからないのか、僕よりも早く出てきた。ちょっとうつらうつらしていたせいで、天間が部屋に入ってきたことに数秒気づかなかったのは内緒だ。

「ん……天間くん、結構びしょびしょだけど、大丈夫?」

「うーん、ちゃんと拭いてきたんだけどな。」

 なんとか頑張って拭いた形跡は見られるのだが、それでも獣毛は湿っており、重力に従うように下に垂れている。僕と同じ時間に就寝するだろうし、その格好では風邪を引いてしまいそうだ。

「僕がドライヤーかけてあげようか?」

「おう、じゃあ頼む。」

 天間は何の気なしに了解してくれた。その言葉に反応して、1階に降りる。

 

 

 僕がドライヤーの準備をしていると、天間が徐ろに脱ぎ始めた。え、ちょっと待って。そんな言葉をかけようとしたが、喉まで出かかったその言葉を辛うじて呑み込んだ。天間にとって、ドライヤーを掛けてもらうために脱ぐのは当たり前だ。だって全身、毛皮で覆われているのだから。

 でも心の準備がままなっていない僕にとって、その身体は刺激的すぎるのではないだろうか。

 どんと張った胸筋に、もう少しでシックスパックになりそうな腹筋。いや……本当に一体どうやったらそんな肉体になるんだ。思わず見ていられなくて、少し目をそらす。

「うわ……筋肉すごいね。」

「あー。へへ、凄いだろ!」

 そう言った瞬間の天間をちらっと見ると、そこには右腕に力こぶを作り、左手で腕の下を抑えている天間が。これがいわゆるマッスルポーズとかいう奴だろうか。いや、ちょっと違うんだろうけど。

 ああ、ダメだ。とっとと終わりにして、天間の裸体を見るのは終わらせなきゃ。下心が湧くという以前に、見惚れて頭がのぼせそうだ。

「ああ、えっと……背中からやるね。」

 そっちの方が筋肉は少ないだろう。「おう。」と短い返事をしてじっとしている天間をよそに背中へ向かうと、そこも筋肉の塊だった。どうやら、僕に逃げ場は無いらしい。

 ああもう。なんでこんなこと言ったんだか。天間が心配で親切な言葉を掛けてあげたのだが、それはとっても軽率な行動だったようで。変に気を遣うのはいけないな、と深く反省する。

 

 まあ、こんなこと言ってもどうにもならないのだが。自分の中で踏ん切りをつけると、ドライヤーから出る温風を当てながら天間の毛皮をごしごし擦っていく。僕は何度か経験あるのだが、さわさわと優しく撫でられるようにされると、逆にくすぐったい。天間は男だし、こうした方がいいのではないかと思ったのだ。

「オレ、こうされるの久しぶりだな。──いや、無かったか?」

 自分自身に質問を投げかける天間。そのぐらい、余裕が無かったのだろうか。

「もう、覚えてないの?」

「うーん……。」

 低い唸り声を出して、おぼろげな記憶から探り出そうとしている。……でも、そのぐらい機会がなかった、ということには変わりないのだろう。親に世話してもらえないなんて、そんなの、”子供”じゃないよ。

 しばらく待っても天間の口から答えが出ないようなので、思い切って違う話題を振ってみる。

「そういえば、天間くん、気持ちいい?」

「おう!へへ、超気持ちいいぞ。トリマーになれるんじゃないか?」

 笑い声を含む声で天間に冗談を言われた。うーん、なるつもりは無いんだけどな。天間はそれぐらい上手いと言うらしい。

「はは、なるつもりはないよ。……でも、ありがとね。」

 天間は「へへ。」と言うと、少し頬を染めて恥ずかしがっていた。

 

 

 

 

 そろそろ就寝の時間だ。時間を見ると22時を過ぎており、僕の目もとろんとろんだ。恐らく、横になって3秒で夢の世界に行けるくらいには、眠い。

「天間くん、眠いから寝ていい?」

「おう。オレも疲れたし、眠い……。」

 一際大きな口を開けてあくびをしながら、天間はそう答えてくる。流石の天間も疲れてしまうぐらいには、今日の起こったことは激しかったようだ。

「じゃあ、僕上で寝るね。」

「おう。」

 僕の寝具は親の友達からの譲り受けで二段ベッドだから、天間とこの部屋で寝る分には困らない。ただ、天間が上で寝ると重さで降ってこないか心配なので、僕が上で寝ると宣言したのである。──まあ、落ちてこないのは分かっているんだけど。

 

 

「な、なあ。……その。一緒に、寝てくれないか?」

「──え?」

 ぼうっとした頭で梯子を登ろうとする僕に、天間が問いかけてくる。聞き間違えたのでなければ、天間は確かに、一緒に寝てほしいと言った。……う、嘘だよね?

「いや、ほら──オレ、今日は寂しくてさ。一緒に、寝て欲しいんだ……。」

 語尾が掠れていき、そのまま消えていく天間の言葉。僕はその言葉で、瞬時に目が冴えてしまった。天間と一緒に寝るなんて、僕には無謀な気がするのだが。──でも、ダメだ。天間は本当に寂しそうで、その目がそう語っている。

 

「……分かった。」

 ええい、どうにかなってしまえ。電気を消すと、天間の隣におずおずと横になった。隣に入ってきたのが分かったのか、僕の身体に腕を這わせてくる。

 うわ、これは想像以上にまずい。腕に生えているさらさらとした毛やら、大きくて安定した心音やら、色々と。

「わがままで、ごめんな。」

 その天間の声は、今にも泣き出しそうなほど悲痛で。その言葉で、少し落ち着けた気がする。

「別にいいんだよ。天間くんはゆっくりして。」

 かくいう僕は、天間と一緒に寝ていることに緊張しっぱなしなのだが。天間は小さな声で頷くと、その直後に寝息が聞こえてきた。

 この状況で寝れるなんて。相当僕のことが、安心できる存在なようだ。僕には無理な芸当と言える。

 ……いや、できるかもしれない。いや、できないと困る。僕は天間とは別に寝ているだけだということにして、寝ることに努めた。そうすると、なんとかまぶたが落ちてきた──。

 

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