親友以上の気持ち   作:ゆうとん。

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3/22は天間の誕生日ということで、それに関連したお話を書いてみました。
天間くん、誕生日おめでとう!!


7話 誕生日プレゼント

「今の生活、もう慣れた?」

 あの日から、20日ほど経っただろうか。特に何かが起きるわけでもなく、いつの間にか時が過ぎてしまっていた。

 あの日からの天間は、以前とは比べ物にならないほど陽気だった。いや、いつも陽気ではあったが──垢が抜けたような、そんな笑顔になっていったのだ。

「おう!楽しすぎて、日が経つのがあっという間だったな。」

 僕の側を歩きながら、僕に向かって微笑んできた。未だ高い陽が、天間の笑顔をきらきらと輝かせている。その安心したような笑顔が、何よりの証拠だった。

 僕はその笑顔に、頷いてあげた。

 

「明日から、春休みだねー。宿題も出たし、早めにやらなきゃ。」

 今日は終業式だった。これで僕たちは中学二年生を終わりにし、次の学年へ上がることになる。正直、中学三年生になるという意識はこれっぽっちも無かった。何というか、遠い場所にあるのではないか、という気さえしてくる。

 でも、時は残酷だ。僕たちは意識とは無関係に中学三年生となり、進路を決めていかなければならない。天間は──どうするだろう。高校は一緒に入れるとしても、その先の進路は……別々になってしまうんだろうなあ。

「そうだな。じゃあ……今日やりきるってのはどうだ?後が楽になるだろ?」

 そういえば、天間は勉強についてもやる気になってきたのだった。授業中も特に寝ないでやってくれているし、家に帰ったら僕に分からない箇所を聞いてくる。努力という面では、もうとっくに天間の方が上だろう。

「それ、いいねえ。帰ったらすぐやろっか。」

 恐らく、高校に入るまではあまり休むことはできないだろう。それも考えて、その考えが一番良さそうだ。僕が快諾すると、天間も「よし。」と言って微笑んできた。

 

 

 

 

「うーん……意外と多いね、これ。」

「おう……ちょっと疲れたな。」

 そう言って、天間はごろんと寝転がる。その巨体は全て床に面しているのではないかというほど委ねており、手足は投げ出して大の字を作っていた。

 前年度の復習をさせたいらしく基本の5教科しかないが、そのぶん量が多い。徹夜でもすれば終えることはできそうだが、流石にそこまではしたくない。数日掛けてやる必要がありそうだ。

「これは何日かやんないと終わらないかなあ……。」

「そうか……。くそー、春休みくらいはだらだらしたかったんだけどなー。」

 天間は体制をうつ伏せに切り替えながらそう言う。その大きな身体がきっかり横を向いた瞬間机に突っかかったが、天間は気にしていないようだった。

 ──まあ、その気持ちも分かる。最近の天間は本当に天間なのかと疑うほど真面目に努力をしてきていたし、そう思うのも無理はない。かくいう僕も、本当はゆっくりしたかった。……残念ながら、それは叶わぬ夢のようだが。

 

「そういえばさ……天間くんの誕生日っていつ?」

 今はもう勉強の話をしたくなかったので、僕は唐突に話を切り替えた。頭の中をぐるぐる探し回って見つけたのがそれだったから、という安直な理由でそれを述べる。

「えーっと、いつだったっけか……。」

 一瞬考えに神経を尖らせないといけないほど、天間は自分の誕生日を忘れてしまっているらしい。まあ、仕方ないといえば仕方ないことなのだろう。天間は最近、祝われていないだろうから。

 今日は3月22日だけど、いつなんだろうか。呑気に掛けられているカレンダーを見ながら考える。

「──あっ!や、やばいぞ……。」

「え、どうしたの?」

 天間が唐突に声を張り上げたことにより、身体をびくつかせた僕には何がやばいのか分からない。

 ──だがそれは、次の天間の発する言葉で理解し、驚愕する。

 

「オレの誕生日……今日だ。」

 

 

 

 

 電気は消されて、部屋中ほぼ全てが暗闇となる。複数の蝋燭に付いている炎のみが明かりとなり、それはケーキやその周りに座っている僕たちが見えるくらいには煌々と照らしてくれていた。

「誕生日おめでとう、将登。」

「天間くん、誕生日おめでとう!」

 そうやって拍手をしながら、僕と母は天間に祝いの言葉を捧げる。個人的にはいつもの風景なのだが、天間はこうも陽気に祝われると恥ずかしいのか、ずっと照れくさそうだ。若干俯きながらにこにこと微笑む天間は、とても愛らしかった。

「ほら、ロウソク吹き消しちゃって。」

 天間はそう言われるがまま、大きく息を吸って目の前の蝋燭に息を吹きかけた。──上手く、全ての蝋燭を消せたようだ。暗闇に包まれた僕たちは、もう1回拍手をした。そしてお母さんは、すぐ電気を付ける。

「へへ……何か実感ないな。」

 未だ頬を赤く染めている天間は、微笑みながらそう言ってきた。特に大した祝い方もしていないのだが、天間にはとても盛大なイベントに見えてしまうようだ。天間のそのような様子を見て、こちらも思わず笑みを浮かべてしまう。

「もう、ちゃんと祝ってるじゃない。あなたは今、ここに居るのよ。」

 そう言われて考えてしまったのか、天間の目は少しだけ泳ぐ。更に数秒経つと、羞恥を抑えきれなかったようで笑い声が漏れてしまっていた。

 

「天間くんはさ、何かプレゼント欲しいの?」

 僕は何気なくそう聞いてみた。天間が欲しそうなもの──。ものをねだってきたことはほぼ無いし……天間のことだから、僕が居ればいいとか言ってきそうだ。

「んー、そうだな……どっか遊びに行きたいな。」

 ──流石に、僕の予想とは違ったらしい。でもそんなことを言われると、天間が僕の家に初めてやってきたことを思い出す。今思えば、あの行動が僕たちを繋ぐ最初の布石だったのかなあ。

 さて、問題はどこに行くかだ。お母さんはどこに行っても許してくれるだろうし……普通に遊園地とかどうだろうか。少しベタかもしれないが、異例な場所を提案するよりかは良いだろう。

「遊園地とかいいんじゃない?天間くんが嫌なら、別に他の場所でもいいけど。」

「……じゃあ、そこにするか。オレは正直、知生と一緒に遊べればいいからな。」

 最終的には天間が決めることだから、猶予を与えるように言ってみせたのだが……それは無駄な徒労に終わったらしい。──まあ、天間らしくていいか。

「じゃあ、これ食べ終わったら遊園地の場所を探しましょうか。」

 その場をまとめるように、お母さんはにっこりとそう言う。たったそれだけなのに、僕の心臓は驚くほど高鳴った。──明日が楽しみで仕方ない。

 

 

 

 

 その翌朝。朝食を終えた僕たちは、昨日確認した遊園地へ向かっていた。なんでも通常色んな所に遊園地とは少し規模が違うようで、コーヒーカップや観覧車はもちろん、巨大迷路だってある。様々な種類のものがあることが最大の売りらしい。

「ねえ、お母さん。どのくらいで着くんだっけ?」

「ええっと……1時間ぐらいかしらね。それまで、寝ててもいいわよ。」

 確かに、ただ待つだけでは気の遠くなるような時間だ。でも、このはやる気持ちを抑えながら寝ることなんて、誰ができようか。横にいる天間も僕と同じ気持ちなのか、ちょっとそわそわとしている。

 そんな様子を見ていると、天間と目が合ってしまった。せっかくだし、何か話しかけてみようかと考える。

「天間くんは、家族でどこかに出掛けたこと無いの?」

「おう……無いな。それに、家族で行っちゃうとさ……。」

 言いたくないのか言葉は繋がらなかったが、僕にはすぐ理解できた。──お父さんに、阻害されてしまうのだろう。いつからお父さんがそうなってしまったのか聞きたくはなったが、天間の笑顔を崩したくなくて、その話を終わりにしようとした。

「……そっか。じゃあ、今日はいっぱい遊ぼうね!」

「へへっ、おう!」

 僕はそう元気に言ってみせる。天間もそれに釣られたのか、僕と同じような笑顔で応じてきた。──天間の誕生日プレゼントとして、最高の思い出にしなくちゃ。

 

 

 

 

 ついに、その遊園地に足を踏み入れるときがやってきた。ここから見る限りでは全てのアトラクションを一望ことができず、さながら別の世界に踏み込んでしまったかのようだ。

「うわ……案外広いね。」

「そうだな……。」

 天間もこの広さに恐れ慄いているのか、言葉はそれしか出てこなかった。1時間はかかってしまうが、それでも割と近くにこんなものがあるというのだ。……何で今まで来なかったんだろう。

「じゃあ、まずどれに乗る?天間くんが決めていいよ。」

 ここに来た目的は、天間の誕生日プレゼントの延長線上みたいなものだ。せめて回る順番くらい、天間に決めてもらいたい。

「うーん……じゃあ、あのコーヒーカップなんてどうだ?」

 初手に選ぶ候補としては、無難なものを選んできたようだ。流石に初っ端からジェットコースターに乗るはめになることは無いようで胸を撫で下ろす。

「じゃあそれにしよっか。お母さんは乗っても大丈夫?」

 お母さんは割と乗り物酔いするタイプだ。自分で運転する分には酔わないようだが、そうでもないと結構酔ってしまうらしい。だから、一緒に遊べないのは何だか残念だなあ、と感じてしまう部分もある。

「うーん、ちょっと難しいかしら……。お母さんは遠くで見てるわね。」

 それが良さそうだ。お母さんが入れるアトラクションと言ったら──巨大迷路やお化け屋敷、あと観覧車くらいだろうか。でもお母さんのことだから、『2人で行ってきなさい。』とか言われそうだ。せめて、観覧車くらいには乗って欲しいんだけどなあ。

 

 そう考えている内に、回っていたコーヒーカップは止まっていく。入るなら今がチャンスだろう。

「天間くん、行こう?」

「おう。」

 天間が返事をして歩き出すと、僕はそれに付いていった。

 

 コーヒーカップの中身はとてもシンプルで、出っ張りがついて座れるようになっているだけだ。天間は僕とちょっと離れたところに座ってくれた。

 ……で、なんだろうこのバルブみたいなやつ。綺麗に塗装されているから、これは回すことが出来るのだろうか?

「なんだろ、これ?」

「オレも分からないな……回してみるか?」

 「まあ……。」と曖昧な反応した途端、コーヒーカップはゆっくりと動き出す。そのついでに周りの人を見てみると、カップルや子供連れしか居ない。男二人で乗っているのはここだけみたいだ。まあ……当たり前といえば当たり前か。

「じゃあ、回してみるぞ。」

 天間がバルブのようなものを重そうに回すと、さっきまで回転していた景色が更に回りだす。もしかして──もっと回るようになってる?

「おおっ、凄いな!へへっ。」

 調子に乗ってきた天間は、それを更に回す。そしてコーヒーカップはそれに応じるように回転速度を上げる。周りを見ても、これだけ回っているカップはいないだろう。というか、速すぎて居るかどうかすらも分からない、というのが適切だ。

「ああー!!」

 乗り物酔いとかしないタイプでも、これは結構来るものがある。僕は突然始まった天間の暴走に叫びながら、延々と回され続けていた。

 

 

「はあ……目が回った。」

 それこそ無限に等しいほど回されたような感覚に陥った僕は、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。あれはキツい。なんというか……巨大なドラム式洗濯機でぐるぐる回されたような感覚だ。

「そうか?オレは楽しかったぞー。」

 ニコニコとした笑顔で語りかけてくる。何だろう。その笑顔が悪魔のように見えてくる。

 というか天間の三半規管はどうなっているんだ。圧倒的に高い耐久性能を持っていることだけは分かる。いや──分からされた。

「うん、まあ……楽しかったは楽しかったよ。」

 その言葉は嘘ではなかった。誰か友達とこうやって遊ぶのが夢ではあったから。……でも、こうなるとは予想だにしていなかったのだが。

「凄かったわね。知生たちの所だけ、ぐるぐる回ってたわよ。」

 合流してきたお母さんが、笑いながらそう言う。うん、これは……お母さんだったら吐いてたよ。一瞬そう言おうとはしたが、その言葉は胸にしまっておく。

「うん……回してた人はいたっぽいけど、こっち凄いスピードだったもん……。」

「あはは、乗らなくて良かったわ。」

 僕がコーヒーカップから観察していた惨状を述べると、お母さんは大分笑っていた。……まあ、楽しかったからいっか。

 

「よし、次はあのジェットコースターだな。」

「ジェッ……今なんて?」

 思わず声に出てしまったほど、僕は驚いてしまったらしい。暴走コーヒーカップの次は、ジェットコースター……?考えるだけで虫酸が走る。そんな地獄のようなメニューに、僕は耐えられるのだろうか。

「え、ジェットコースターだけど……知生はダメなのか?」

「まっ、まあ、ちょっと苦手かな……でも、平気だよ。」

 ジェットコースターに耐えることは分かっていたし、覚悟も出来ていた。──あの暴走コーヒーカップの次に来るとは知らずに。もうちょっと、のんびりできるものかと思っていたんだけど……。

「無理して乗らなくてもいいぞ。オレが乗りたいだけだしさ。」

「いや、乗るよ。」

 どうやら、天間に気を遣わせてしまったようだ。でも、天間1人だけで行かせるのもどうかと思うから、付いていくことにした。まあ、そんな大掛かりなジェットコースターではないから、大丈夫なはず。レールから見て、マシンごと回転はしなさそうだし。

僕の圧に押された天間は、「そ、そうか?」と曖昧な返事をすると、ジェットコースターへ向かっていった。僕も慌ててそれに付いていく。

 

 

 

 

 目の前に噴水があるベンチで、僕たち3人はクレープを持って座っていた。

 あの後は大変だった。ジェットコースターをやっと終えたと思ったら、次は回転ブランコだなんて。まあジェットコースターより大分マシではあるが、あのメニューに追加で回転系は結構キツい。

「へへ、美味い。」

 それなのにも関わらず、目の前の天間は平気でクレープをがつがつ食べている。僕が弱いのだろうか。そんな気さえしてくるほど、天間の乗り物への耐性は非常に強かった。

「天間くん……あんなのに乗った後で、よくクレープを一気に食べられるね。」

「そうか?乗り物と食べ物は別だろ?」

 核心に迫っているようないないような、微妙な回答をされた。……うん、やっぱり天間には付いていけない。

「うん、まあ、天間くんがそう言うならそうなんだろうけど……。」

 多少の疑問は拭いきれないが、それは端に置いておくことにする。自分の中でそのような思いを断ち切っていると、天間は既にクレープを食べ終わっていた。

 

「ようし、じゃあ次は──お、お化け屋敷に、するか?」

 若干どもりながら、誰にでもなく質問を投げかける天間。いや、決めるのは天間の仕事なんだけど。

「まあ、いいんじゃない?僕も食べ終わったし、行こっか。」

 どうしてこうも上の空なのか疑問に思ったが、とりあえず天間の隣を歩いて目的地まで歩いた。

 

 

「その、ほら……怖かったら、お、オレに寄り添ってもいいし……何なら、手、繋いでてもいいぞ……。」

 お化け屋敷が間近になった頃、天間がそう発言した。その言葉はどこから突っ込むべきなのだろうか。声は震えているし、膝は僅かに笑っているし……。天間的には本気だろうから、突っ込まない方がいいのだろうが。

「じゃあ……手、繋ごう?」

「え?あ、お、おう……。」

 実に歯切れの悪い返事をした後、天間は僕の左手をためらいがちに握ってきた。僕的には天間の方が心配だから、これぐらいしておかないと気掛かりで仕方ない。でも天間と手を繋いでいると考えてしまうと、ちょっと心臓の音が速くなっていく気がする。

 ──そういえばこのお化け屋敷、事前情報によるとかなり怖いらしいのだが……こんなに怖気づいた天間が入っても大丈夫なんだろうか。まあでも、自分から誘ってきたし、大丈夫だとは思うんだけど……。

 

 

 そしてお化け屋敷の内部。正面には非常口のマークがある。入り口で手渡された懐中電灯で辺りを見渡してみた。このお化け屋敷は病院風なのか、壁は白で統一されており、所々に血溜まりが作られている。意外と小さいながらも、雰囲気はバッチリのようだ。

 ……さっきから天間の右手ががちがちに僕の左手を握っているんだけど、大丈夫なんだろうか。天間の握力は相当だから、結構痛い。

「あのさ、天間く──」

「うおう!?……あ、な、何だ……?」

 天間は僕が呼びかけた途端、肩を震え上がらせて叫ぶ。天間の叫び声を聞いたこっちがびっくりしてしまうくらい、声が大きかった。

「いや、天間くん、手に力入れすぎだよ。」

「あ、ああ……すまん。」

 そう言うと、やっと握る力を緩めてくれた。まだ探索する前なのだが……先が思いやられる。

 

「天間くん、そこのドア開けて。」

「え、お、オレが、開けるのか……?」

 返事をする代わりに、天間に頷いてみせる。天間は一度唾液を飲み込んだ後、その扉をゆっくり開けた。

「うおお……し、死体が、あるぞ……。」

 先に中を覗いてしまったのか、天間は僕に報告してきた。熊獣人は人間より少し暗視が利きやすいから、見えてしまったのだろう。

 僕も入って懐中電灯で照らしてみると、正面に全身血に塗れて壁にもたれている死体の姿があった。ゲームとかでよく見たことがあるとはいえ、流石に本物を見ると結構恐怖心を煽られる。ここに化物がいたかもしれないとか思うと、恐ろしい以外の何物でもない……かも。

 

 この部屋は事務室のようで、デスクが2個あるだけだ。その上に、小さな鍵を発見する。

 ……これ、持ったらあの死体が動くのではないだろうか。絶対そうだこれ。

「これ、どこの鍵かなあ。」

「う、うーん、どこだろうな……。」

 言い方から察するに、天間はこの鍵がどこのものかを考えるほど余裕は無さそうだ。天間のために早く終わらせたほうが良いだろう。

「とりあえず、出よう。」

 天間も頷いてくれたので、僕たちは一つしか無い出口から出ようとする。ドアノブに手をかけて開けた瞬間、バン、という音とともにさっきの死体が叫びながらこちらに向かって歩き出した。

 

 声は出ないが、割と恐怖に狩られて焦りだす。そう感じた瞬間──。

「うわあああああ!!」

 天間が吠えた。そうすると、僕に正面から綺麗にベアハッグをぶちかましてきた。しかも僕の身体は浮いているというおまけ付き。ちょっと待って。何が起こってるの?

 幸いにも僕がドアを開けておいたおかげか、天間はどすどすと激しい足音を立てながらそのままドアを通り過ぎた。そうして僕たちが出ると、そのドアはガチャンと一気に閉まり、それ以降音はなくなった。

 

「はあ……はあ……。」

 ベアハッグから解放された僕は、肩で息をしていた。天間も叫び疲れたのか、僕と同じようにしている。

「驚くのはいいんだけどさ……流石に僕をいきなり締め付けてくるのは……どうかと思うよ……?」

「す、すまん……。」

 頭を垂れて、天間は謝ってきた。まだ序盤だと言うのに、この調子で本当に脱出できるのだろうか。 僕の胸にはそんな不安がよぎる。同時に天間も苦手なものがあるのだとつくづく思いながら、次へと足を進めた。

 

 

 

 

 夕焼けの刻に、施設が一望できるほど高く昇っている観覧車。僕たち3人は、ひとたびの空の旅行を楽しんでいる。

「お父さんいなかったから、ちょっと寂しかったなあ。誘えばよかったかな。」

「でも、あの人のことだから、律儀に私と待ってくれそうだわ。」

「あー……。じゃあどっちでも良かったのかなあ。」

 そうやって、他愛ない会話を続ける僕とお母さん。この楽しさにお父さんも来れば良かったのではないかと思ったが、どうやらそうもいかないらしい。

 

「……あのさ。今日は本当に、ありがとな。」

 二人分の椅子に自分の大きな身体一つで占拠している天間は、照れくさそうにお礼をしてきた。

「オレ、こんなに楽しいとは思わなかったんだ。家族と一緒に遊ぶことが、こんなにも嬉しいことだなんてさ。」

 本当に心の底から楽しかったのだろう。照れくさそうに見える顔の内には、屈託のない笑顔が含まれていたから。

「だから、その……母さん。今日は連れてきてくれて、本当にありがとう。」

 そうやって、天間は満面の笑顔を咲かせる。今までに見たことのない、純粋無垢な笑みだった。僕はそんな天間の表情に見惚れて、こっちも笑顔になってしまう。

「いいのよ。また遊びに行きたくなったら、いつでも言いなさい。」

 お母さんも、優しい口調でそう言ってくれた。また、ここに来ることがあるだろうか。こんなに遊んだにも関わらず、全てのアトラクションを制覇していないから、もう一度来たい。

 

 そういえば、僕って天間に誕生日プレゼントをあげてないな。何をあげればいいだろう。お菓子の詰め合わせとかでも喜びそうだけど、なんだか恋人っぽくない。

 

 夕方で、遊園地にいる。こんなシチュエーション、キスしかありえないだろう。

 

 ──いや待て。今何を考えた?自分で考えたのにも関わらず、顔が熱くなっていることに動揺を隠せない。でもそれは夕日のおかげで、誰にも分かっていないようだった。

 だって、天間はいつも僕に抱きついてくるし、たまには僕からだって──やってみたい。一生懸命自分の中で理由を作って、自分の意見を正当化しようとしていた。

「もうすぐ、降りるみたいね。」

 お母さんのその言動ではっとし、辺りを見回してみる。もう地面は間近にあった。予想以上に時間がないことに、ちょっと焦りだす僕。

 でも、もうここからのプランは決めてある。あとはそれに沿って実行していくだけ。それなのにも関わらず、僕の心拍数は跳ね上がった。

 

 そうして観覧車が止まると、僕たちは降り始める。たったそれだけなのに、随分と長い出来事に感じてしまう。そうして出口に少し進んだ後、僕は少しだけ深呼吸をして、天間に言った。

「あ、その……僕トイレ行きたくなったんだけど、天間くんも行ったほうがいいんじゃない?」

「あー、そうだな。オレも出るかも。」

 天間は案外軽く頷いてくれた。とりあえず天間だけを誘えたことにほっとする。

「じゃあお母さん、出口付近で待ってて。僕たちトイレ行ってくるから。」

「分かったわ。すぐ帰ってきてね!」

 お母さんにそう言われると、僕たちはトイレに歩き出す。緊張で足が震えていないか心配だったが、天間は全然気づいていないようだ。今からしようとしていることについても、気づいていないんだろうな。

 

 なんとか排尿を終え、次の言葉を言うときがやってきた。

「えっと……ちょっとこっちに来て。」

「お、おう……。」

 僕に手を引っ張られるがまま、天間は付いてきた。そうやって、トイレの裏に来る。見たところ、誰もいないし、見えないようだ。ここは完全に穴場スポットだろう。

「あのね……天間くん。屈んで欲しいんだ。耳打ちしたいから。」

 もちろん、耳打ちしたいなんて真っ赤な嘘だ。天間は疑問に思ったようだが、難なくその言葉通りにしてくれた。

「あと……目も瞑って。」

 その命令も、天間は普通にやってくれた。──さあ、あとはキスするだけ。

 僕は天間の顔に、自分の顔をじりじりと近づける。近づく度鼓動が速くなって、あと数cmになると天間に聞こえてしまうのではないかというくらいバクバクと鳴っていた。

 どうしてこんなにもドキドキしてしまうのだろう。もうこんな切迫感に耐えられない。──やっちゃえっ。

 

 

「大好きだよ。」

 僕はそう言って、天間の頬に唇を優しく押し付けた。

 

 

 しばらく無言の空間が続いた。夕暮れの中、木々がざわざわと鳴る音だけが聞こえる。

「……へ…………へえっ!?」

「うわっ、大丈夫!?」

 素っ頓狂な声を上げて、後ろに尻餅を付く天間。彼にとって僕の行動は、こんなにも驚いてしまうものらしい。思わず心配してしまった。

「い、い、今……お、オレのほっぺたに……ちゅー……した、か……?」

 その質問に、無言で首を縦に振る。そして僕がキスしたところに、恐る恐る手で触れてみる天間。そんな初々しい天間が、とてもかわいく思えた。

「誕生日プレゼント、だよ。あげてなかったから。」

 喜んでくれただろうか。でも、段々と笑みがこぼれていく天間は、何だか嬉しそうだった。

 

「帰ろうか、天間くん。」

「……おう。」

 僕はそう言いながら、天間に手を差し伸べる。天間も直に応答して、僕の手を掴んで立った。この大きな熊は、僕のことをしっかりと見つめてくる。

 

 そして僕たちは、お母さんが見えるまで手を繋ぎながら歩いていた。

 

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