親友以上の気持ち   作:ゆうとん。

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8話 薄命

 

 ──ついに始業式を迎えた。この1年で、僕たちは進路に向けて試行錯誤をしていかなければならない。

「今日から3年生です。みんなが行きたい高校に行けるように、進路に向けて努力しましょう。」

 それは、ホームルームで先生から発される言葉でも同じ。でもそんな言葉で、ひどくその現実を知らしめられる。

 まだ中学3年生で自立は難しいんじゃないかなあ。とかそういうことを思ってしまう自分は、まだまだ子供なのだろう。

 だけど、高校生と言われた途端大人に見えるし、そういうものなのだろうか。こう……一気に大人になる、みたいな。でもその間が大きな障壁となるのだし、一筋縄ではいかないか。

 

 まあ、一個前の席の方はどうもその現実を軽んじているようだが。いつものように頬杖を付いているので若干とはなっているが、しっかりと船は漕いでいる。

 そんなに長い間ホームルームはやっていないのだが……。まあ、昨日何故か寝れないらしくて、今日の朝は少し眠そうだったからなあ。隣にいたときでも、彼はなんとか眠気と闘っていながらも幾ばかりか負けていた。

 

「じゃあ、今日はこれでおしまいです。委員長さん、挨拶お願いします。」

「起立!」

 僕よりも若干高い声が響いて、そしてそれに反応するようにみんなが一斉に立つ。天間もその音で起きたのか、慌ててその場で立った。

「礼!」

「さようなら!」

 曇っていて薄暗い教室に、絶妙なハーモニーの挨拶が交わされ、それを機に生徒たちはばらばらと帰っていく。僕は、まだ眠気が覚めきれていないおっとりとした熊のことを待っていた。

 

「もう。眠いからって寝過ぎだよ、天間くん。」

「んああ、すまん……。」

 天間は長いあくびをした後、そう答えてくる。かつてこんなにのんびり屋だっただろうか、というほど、その動作はゆっくりとしていた。

「まあ、昨日寝れなかったなら仕方ないけどさ。ちなみに、何で眠れなかったの?」

 眠れなかった原因はあるのだろうか。何だか興奮していた、とか、明日の学校が嫌で眠りたくなかった、とか。──流石に、後者であってほしくはないが。

「んー……ほら、昨日ちょっと寒かっただろ?だから眠れなかったみたいだ。」

 その返答に思わず顔をしかめる。昨日はそんなに寒かっただろうか?確かに寒さは感じていたが、布団によって寒さはすぐ打ち消されていたし……何より天間は寒がりではないはずだ。

「え、そう?毛布かぶってれば寒くなかったよ。」

「オレもちゃんと掛けてたんだけどな……まあ、いいか。」

 天間はそう言って話を切り上げた。疑問点は残るが、ずっと考えているのも癪だ。だから僕も要因を突き止めるのはやめておいた。

 

「じゃあ、帰ろう?」

「おう。」

 短い返事を言い渡すと、天間は自身の大きな背中とは不釣り合いなリュックを肩に掛けていく。何というか……コスプレしてるのではないか、とすら考えてしまうほどだ。いや、流石に言いすぎか。

 そうして肩に掛けたのを見届けると、僕たちは教室を出た。

 

 

 外で僕たちを出迎えてくれたのは──雨。予報では雨が降る、と言っていたから傘を持ってきたのだが、正解だったようだ。

「こんな初日に、雨降らなくてもいいのにな。」

「まあ、そうだねえ。」

 傘を差しながら不貞腐れた様子で喋る天間に、相槌を打ってあげた。校庭の植え込みに生えている満開の桜の木も、今日は何だか元気が無さそうに下垂れている。

 僕はぱらぱらと降っているくらいの今の量だったら好きなのだが、天間はそれでも嫌悪感を抱いてしまうようだ。あからさまに変化する天間の表情に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 理由は恐らく、毛皮が湿気を吸い込んでしまうためだろう。僕がその現状にいるとしたら、肌が勝手に濡れるということだ。確かにそれは嫌だと痛感する。

 

「……なあ。高校、どうする?」

 しばらく雨が降ってできた水たまりを避けながら、天間はそう聞いてくる。

 思わず「えっ」という声を上げそうになって、慌てて口をつぐんだ。天間からそんな言葉が出るなんて。でも正直、僕よりも真面目なところはあるからおかしくはないんだけど。

「うーん……なんにも資料ない状態で言われても、ねえ……。」

 それが僕の正直な感想だった。高校が僕たちの地域のどこにあるのか、そしていくつあるのかも分からない。そんな状態でどこに行くか考えるなんて、ちょっと焦って考えすぎな気がする。

「それもそうだな。オレはとりあえず、知生と一緒ならどこでもいいぞー。」

 なんて呑気に言ってくる。それはいいのだけど、偏差値とか気にしたほうが良いのではないだろうか。天間はそんなに成績が良いわけではないし……。

「……まあ、帰ったら調べようか。」

 とりあえず、そんな言葉でこの会話を締めくくった。明日はテストだし、そこまで調べられないかもしれないけど。天間もその言葉に、短く頷いてくれた。

 

 

「うおっ!」

 それからは会話もなくしばらく歩いていると、天間は突然声を上げた。そういえばその直前、びちゃん、と大きな音がしたような。

「ん、どうしたの?」

「くそー、靴が濡れた……。」

 天間は大きな水たまりをあろうことか踏み抜いてしまったようだ。ぐしょぐしょの靴で歩かないといけないことに、僕は酷く同情してしまう。

「ああ、気持ち悪いよね。」

「おう……。」

 唸り声に近い声を上げて、しかめっ面になる天間。気持ち悪さはトップクラスのようで、顔がそれを嫌というほど物語っていた。……そこまで嫌な顔をしなくても。確かに気持ちは分かるのだけど。

「まあ、このまま歩くしかないよ。あともう少しだし。」

 ここまで来たし、あと5分といったところだろうか。天間は一回大きなため息を吐くと、「そうだな。」と言って普通に歩き出した。もう吹っ切れたようだ。

 元々僕が選んだから、靴を濡らさないようにしてくれていたのかな。こうなるんだったら、僕と同じ耐水性能のある靴を選べば良かった。

 

 

 

 

「ただいまー。」

「おかえりなさい。雨、大丈夫だったかしら?」

 2人で帰ってきたことを伝えると、すぐにお母さんは出迎えに来てくれた。

「いや……オレの靴が濡れちゃってさ。」

 天間は苦笑いでそう伝える。大分浸水していたようだし、足も濡れているだろう。

「あら。じゃあ新聞紙を入れておきましょうか。」

 そう言って、お母さんは新聞紙を取りに行く。僕も天間のためにタオルとか持ってきてあげようかな。

「じゃあ僕はタオル持ってくるね。」

「おう、頼む。」

 天間にそう言われると、僕は洗面所まで歩き出した。

 

 

「うーん、こことかどうかなあ。」

 僕たちはリビングでタブレット端末を使って付近の高校を検索していた。『施設が新しくて、校則が厳しい方が真面目よ。』とお母さんからの助言を受けて、その言葉通りの高校を探しているのだが、そうそう見つかるものではないらしい。

 そう思っている矢先、それっぽい高校を見つけた。創設から十数年しか経っていないし、何だか校則も多いみたいだ。ここなら真面目そう……なのだろうか?

 かくいう天間は、隣でずっと唸り声を上げている。まあこういう選択は難しいし、まだ1年先のことだ。分からなくてもおかしくはないだろう。

 

「あっ。」

 そう悩んでいると、台所にいるお母さんが突然声を上げる。なにかと思ってお母さんを見つめていると、そのまま話を続けた。

「お肉を買うの忘れちゃったわ。入れるのは大分後だからいいんだけど、あなた達2人で買いに行ってくれないかしら?」

 お母さんの方を見るに、もう火にかけてしまったようだ。手が離せないから、僕たちに頼んだのだろう。スーパーはそんなに遠くないし、30分もせずに帰ってこれるはずだ。

「うん、行ってくるよ。行こうか、天間くん。」

「おう。」

 いつものように短い返事をして頷くと、天間は立ち上がって服装を整える。僕も流石に長袖だけじゃ寒いかな。今日は3月上旬くらいの寒さだと言われているし。

「──あー、靴が濡れたままだったな……。」

 片足だけ近くの棚に置いておき、扇風機で風を送って懸命に乾かしているところだった。あれから少なくとも1時間は経っているが、流石に乾いてはいなさそうだ。

 あんなに嫌がっていたし、何か手立てはないだろうか。

「あっ、もう一つ新聞紙持ってきてさ、綺麗に中に入れたら?歩いてる内に、水分吸ってくれるかも。」

 はっと突然閃いて、僕のアイデアを説明した。我ながらいい考えなのではないだろうか。新聞紙が厚すぎると流石に足が入らないだろうけど。

「あー、それいいかもな。やってみるか。」

 そうやって準備をしてから、僕たちは外に出た。

 

 

 

 

「うう……傘差してるのに濡れる……。」

「オレも……。早いとこ帰りたいぞ。」

 スーパーで必要なものを買って帰路に着いているわけだが、行きより雨脚が強くなっている。予報でもこんなに雨が降るとは言っていなかったのだけど……流石に信じ切るのはまずかったか。

 それでもなんとか食材は濡れないように、ビニール袋をしばって持っている。とりあえず、もう食材が濡れなければいいや。

 雨に打たれないようにするのは諦めて、今はこの豪雨の中帰ることに努めた。住宅街に入ったから、もうそんなに時間は掛からないはずだ。

 

「おい!」

 若干走りながら足を進めていると、ふとそんな怒鳴り声が聞こえた。天間に似ているけれど、しわがれているような、そんな声。思わず天間の方を向いてしまうと、天間の身体は硬直していた。

「死んでいると思ったが、呑気に生きていたとはな。」

 僕たちが足を止めたと同時に、そんな言葉が投げかけられる。考える前に分かってしまった。こんな罵倒の言葉を天間に向かって吐くなんて、知っている限りでは一人しかいない。

 僕は恐る恐る後ろに振り向く。そこにいたのは──天間を小さくして、更に横に大きくしたような容姿の熊獣人だった。そんな人が、傘も差さずに立っている。

 その人は僕を見た後、何か分かったかのように鼻を鳴らした。

「……ふん、そうやって生きていたのか。こんなやつ、誰にも必要とされないと思ったがな。」

 ──天間くんを悪く言わないで。

 そう言おうと思ったが、喉がつかえてうまく声が出ない。僕は天間をいじめていた張本人を前に──怖がって、緊張しているみたいだ。

 隣にいる天間はゆっくり深呼吸をすると、振り向きざまに怒鳴り返した。

「オレは会いたくなかったのに……なんで父さんがここに居るんだよ!」

 天間は怒りを顕にしていた。拳は力強く握られ、身体は少し震えている。

 

「……そうか。そんなにわしに会いたくなかったか。──だったら今、誰にも会えなくしてやる!」

 そう言うと、天間の父はどこからともなくナイフを取り出し、天間に突撃した。思わず傘を手放してしまった天間は、ナイフを持つ父の手をなんとか掴んで取っ組み合いを始めてしまう。

 ──ダメだ。僕には何もすることができない。たった今天間が殺されそうになっているのに、僕は傍らでその成り行きを見守ることしかできないのだ。なんて無力なのだろうか。そんなことが、とても悔しい。

 そんな無力な僕は、少し離れたところで天間が殺されないように祈るしか無かった。身体中は震え、天間がいつか殺されてしまうのではないか、という絶望感とともに。

 

 十数秒は経っただろうか。それまで拮抗していた取っ組み合いは、天間が父を二度蹴ったことで終了した。親はナイフを手放し、後ろに倒れ込んでいる。そして天間は、手放され地面に落ちたナイフを手に持ち、父親の前に立った。

「お前なんかっ……お前なんかあああっ!!」

「天間くん、やめてっ!」

 ──このままでは、天間が人を殺してしまう。いじめられてきた過去があるとはいえ、人を殺すという行為はいけないことだ。

 まだ、天間と一緒にいたいのに。いや──この先ずっと、天間の側で生きていきたいのに。

 その気持ちが溢れた瞬間、気づいたら僕はそう叫んでいて、天間の胴にしがみついていた。

 

 振りかざしていたその腕は、そのまま落ちることはなかった。僕のしがみつきで、天間は僕の気持ちを分かってくれたかのようだった。

 雨が地面を打つ音と、天間の吐く荒い息だけが聞こえる。そうしてしばらくした後、天間はゆっくりと構えを解くように腕を下ろした。

「……もう、オレに顔を見せるなよ。お前なんか──目障りなんだよ!」

 その言葉は、到底父に向かって吐き捨てる台詞ではなかった。このまままた事が発展してしまったらどうしよう。そう思ったが、天間の父は逃げ出すようにこの場を去っていった。

 

 その姿が見えなくなった後、親と接触してしまった彼は持っていたナイフを投げ捨て、膝を付いて泣き始めてしまった。

「天間くん……。」

「っぐうっ……うああっ……うう……。」

 雨でびっしょりになっている大きな背中を擦る。僕より大きいはずなのに、今は子供と同じような大きさに見えた。

 というか、こんなに雨に打たれては風邪を引きそうだ。僕は投げ捨てられている2つの傘を急いで持ってきて、1つは天間の上に差してあげた。

「帰ろう、天間くん。……お母さんなら、きっと分かってくれるよ。」

「……そう、だな。」

 そう提案して天間に傘を持たせると、鼻をすすりながら返事をして立ち上がってくれた。多分、触れないほうがいいだろう。今はそう思って、天間と歩幅を合わせた。

 

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