「スバル君の部屋探索隊、出動ー!」
《ミソラ。私達、居候だっていうこと忘れてない?》
「早速ベッドの下を調べなきゃ」
《聞いてないわね……》
背後でハープの溜め息が聞こえるが、そんなことを気にしている場合ではない。今、スバル宅には現在マスコミから逃れるためにスバルの家に居候しているミソラしかいない。肝心のスバルは昼頃まで夏休み前の終業式なのでおらず、スバルの両親も仕事なのだ。
つまり、スバルの部屋を探索し、アダルティーな雑誌を見つけて、少しでもスバルの好みな女性になろう作戦が開始されたのである。
ちなみに隠すのに最適と言われているベッドの下には特に何も無かった。
「ベッドの下にあると思ったんだけどなぁ」
《仮に見つけたとしても、貴方にはまだ早いわよ》
「そんなことありません〜。よし、次は本棚!」
《貴方、スバル君の事になると性格変わるわね……》
ハープが何かぼやいているが、今は気にしている暇はない。
好きな男の子の好みを知りたい。ミソラの体は今やその信念で突き動かされているのだから。
トップアイドルにあるまじき、本棚の隙間を何とか覗くという行為をした後、本棚から離れつつ溜め息を吐いた。
「無かった……」
《ミソラはスバル君の事を何だと思ってるのよ……》
「だって……! スバル君だって男の子なんだよ?! 少しくらいやましい本とかあってもおかしくないでしょ?!」
《おかしいのは貴方のその素晴らしい発想を持った頭よ……》
ハープの鋭すぎるツッコミなど意も介さず、ミソラは改めて本棚にある本を確認する。
「本当に宇宙の本ばっかりだなぁ」
《宇宙飛行士になるのが夢ですもの。持って無い方がおかしいわよ》
「けど、宇宙飛行士になるのは、スバル君のお父さんを探すためでしょ? 見つかったのに、宇宙飛行士になる夢を諦めないなんて……」
正直言うと、ミソラはスバルが宇宙飛行士になるのは半分反対している。残り半分は、大切な夢だから叶えてほしいという想いも確かにあるのだが、不安もあるのだ。
「宇宙に行っちゃったら、会えなくなるだろうし……電波変換で行くことも出来るかもしれないけど、多分私もアイドル続けると思うから、会いに行くのも難しいし……」
《それじゃあ、スバル君の夢を諦めさせる?》
「それは……!」
ハープの意地悪な質問に、ミソラは言葉を詰まらせた。
スバルの夢を尊重するつもりではいる。ただ、宇宙には危険が伴うのも確かだ。3年前、スバルの父親である大吾が一時行方不明になってしまった事例もある。宇宙飛行士ではなく、そのエンジニアとかならばまだ安心できるのだが、スバルは絶対に宇宙に行くことになるだろう。
夢を貫いて欲しい。しかし、危険なところに行かせたくない。矛盾した気持ちが交差し、ミソラはついに顔を俯いてしまう。
ハープは溜め息を吐いた。
《ゆっくり決めなさい》
「えっ……?」
《貴方達はまだ子供よ。時間はまだまだあるんだから、ゆっくり決めてもバチは当たらないわよ。急がば回れ、だったかしら? 地球のことわざ》
キツい言い方をしてしまい申し訳なく思ったのか、ハープは先程の質問からは打って変わって優しめの言葉でミソラに言い聞かせた。
確かにまだ自分達は小学生だ。来年からは中学生にはなるが、それでもまだ将来を決める事ができるだけの時間がある。スバルが宇宙飛行士になるかどうかはまだわからない。自分にも、まだまだ考えるだけの時間もある。その時間の間に、自分はどうしたいか決めれば良いだけのことだ。
色々と考え事をしてしまったが、ハープのおかげで吹っ切れることができた。スッキリとした表情で、ハープに笑顔を向ける。
「ハープ、ありがとう」
《もう大丈夫?》
「うん! さて!」
ミソラはスバルの部屋の隅に置いてある自分のギターを手に取る。置く場所に困っていたのだが、スバルが自室の置いても大丈夫だと言われ、一先ず置いておいたのだ。
ミソラは足取り軽くロフトを登り、スバルのベッドに近付く。確かめるようにベッドを軽く二、三度叩いた後、腰掛ける。
ギターを構え、弦を一つ鳴らす。母親に買ってもらったギターの調子は良さそうだ。トントンと足踏みをしてリズムを取り、久しぶりにギターを鳴らす。
「♪〜。♪〜♪♪〜」
自分の作った歌を歌う。上手く歌えてるかはわからないが、復帰した後の事も考えて、しっかり練習しておかなくてはならない。
ハープがウィザードに戻るのを感じたが、特に気にはしない。
スバルの家に、美しくも楽しげな歌が響いていたーー
ーーーー
「なるほどねぇ……」
星河スバルは、見た目こそなよなよしいがこれでも三度も世界を救った事がある小学生である。
「今スバル君の家に……」
なのでちょっとした事件や修羅場に巡り会ったとしても、ひるむ事なく立ち向かうだけの自信がある。
「あの有名なアイドルの響ミソラちゃんが……」
しかし、そんな彼でもどうしようもない事案くらいあるのだ。例えばーー
「貴方の家に居候しているという訳なのねぇ」
目の前にいる、まるでドリルを彷彿とさせるほどの立派な金髪のツインテールをした白金ルナが、ドス黒いオーラを放っていることだ。そのオーラにはまるで般若のような残像が見える。気がする。
丁度終業式も終わり、いつものメンバーーー白金ルナと、身体が巨体の牛島ゴン太と小学六年生にしては少々物足りない低身長の最小院キザマロに夏休みの予定を聞いたのだが、同時に響ミソラの現在の境遇とスバル家に居候しているという旨を伝えたのだ。だが、何故かルナが超絶怒り心頭でスバルを見下し始めたのだ。あまりの迫力にスバルだけでなく、怒られていないはずのゴン太とキザマロも正座している状態だ。今から帰る同級生達はあまりのルナの怒りに恐怖し、そそくさと退散してしまっている。
(す、スバル君! 謝った方が良いですよ!)
(それはそうなんだけど、何で怒られてるのかわかんないんだよ!)
(こ、ここまで迫力がある委員長は久し振りだぜ……)
三人はルナに聞こえないようにコソコソと話をする。確かにメテオG事件以降は平和な日々を過ごしていたため、ここまで怒るルナは久し振りに見た気がする。
どちらにせよ、怒り心頭になった彼女を止める手段はほぼない。しかも怒っている原因もわからないのだ。対処のしようがない。
そんなことを考えながら改めてルナを見る。瞬間、彼女はとてつもない眼力でスバルを睨み付ける。体をビクッとさせ、これから起きる事態に腹をくくりーー
「……はぁ」
しかし、ルナの溜め息により場の空気が和らいだ。
「まぁ、スバル君のお人好しっぷりは今に始まった事じゃないし……」
「あ、あれ? 委員長、もう怒ってないの……?」
「事情が事情だもの。一番信頼できるのはスバル君でしょうし、ミソラちゃんも安心して身を隠せるでしょうしね」
先程の般若のような表情とは打って変わり、若干呆れた表情で、しかし微笑を含みながら仕方無く言う。先程までの怒りゾーンが嘘のように消えたため、三人はホッと胸を撫で下ろし、立ち上がる。
「それにしても大変ね。スキャンダルされただけで一時休止なんて」
「僕達の夏休みが終わるまでにはなんとかするってマネージャーさんが言ってたらしいけど」
「それじゃあ、それまでスバルん家にいるって訳か」
ゴン太の言葉に頷くスバル。同時にゴン太とキザマロはまたもホッと胸を撫で下ろした。
「良かったー。それじゃあ、ミソラちゃんはあの城島雄二と付き合ってる訳ではないんですね?」
「城島雄二ってミソラちゃんと同じくらい有名人だけど、変な噂も多いからな」
「噂?」
「そうなんです。一番多いのは、色んな女性と付き合っているという噂が……まぁ、あくまで噂ですから、特に問題は無いでしょう」
「何にせよ、ミソラちゃんの今の状態も理解出来たわ」
ルナは頷きながらも、しかし申し訳なさそうにスバルを見る。
「でもごめんなさい。明日から三日間、パパ達と一緒に旅行に行くから、すぐには遊べないわ」
「俺も母ちゃん達と一緒に牛丼グルメツアーに行くんだ。多分委員長と同じ頃に帰ってこれると思うぜ」
「僕も身長を伸ばすためのツアーに行きます。なので遊べるのは四日後ですかね」
「うん、ちょっと待って。用事があるのはわかるけど、ツッコミどころが多すぎてどこから突っ込めば……」
つまりは三人とも予定があるため、遊べるのは四日後以降ということだろう。キザマロのツアーがどんなものなのか想像できないが、スバルは考えるのをやめた。
「それじゃあ、四日後にミソラちゃんと一緒に遊ぼう」
「ええ、そうね。でもちゃんと宿題もやらなきゃダメよ。特にゴン太! 貴方はいつもギリギリになってからキザマロの宿題を写すんですもの! 今回はきちんとやらないと、ブラザー切っちゃうわよ!」
「そ、そんなぁ〜……そりゃないぜ、委員長……」
ガックリと項垂れるゴン太だが、自業自得な部分もあるので助け舟は出せない。
スバルが苦笑していると、ウォーロックがスバルの隣に現れる。
《おい、オックス。お前もそいつのウィザードならちゃんと宿題やれてるか見張っとけ》
《ブルルル……そうだな。今回は厳しく見張っておくか》
「お、オックスまでそう言うのかよ〜……」
ゴン太の相棒である、真っ赤な体つきに牛のような姿をした、ハープと同じFM星人のオックスがゴン太の隣に現れる。更に項垂れるゴン太を見て少し気の毒だなと感じたスバルだが、これもゴン太のためでもある。ちゃんと宿題をやれるように祈っておこう。
「さて、そろそろ帰ろうかな。それじゃあ委員長……?」
ふと目線をルナに向けると、何故か男三人の輪から数歩も離れた場所に彼女は移動していた。その表情はまるで怯えているようだが、しかしスバルはすぐに原因を特定する。
「委員長……まだロックに怯えてるの?」
「う、うるさいわね! この私が怯える訳がないーー」
《ウガァ!!》
「きゃああ!!」
ウォーロックがふざけて吠えると、ズザザー! という効果音が付きそうなくらいルナは更に距離を取る。その様子を見てウォーロックは不敵に笑った。
《クックック……相変わらず良い反応するじゃねぇか》
「いい加減慣れてほしいんだけどなぁ」
「ううう、うるさいわよ! は、早くハンターVGに戻しなさい!!」
またルナの機嫌を損ねる訳にはいかない。スバルはウォーロックをハンターVGに戻す。ウォーロックの姿が消えたのを確認すると、ルナはホッとしたのか、一息つく。
「それじゃあミソラちゃん待たせるといけないし、そろそろ帰るね」
「おう! ミソラちゃんによろしくな!」
「言っておくけど、ミソラちゃんに変な事するんじゃないわよ!」
「そ、そんなことしないよ……」
「では、四日後にみんなでまた遊びましょう」
「うん!」
スバルは荷物を持って教室を後にする。
今日は両親ともに帰ってくるのが遅いが、母であるあかねがきちんと夜の分まで作り置きをしてくれているため、食事には困らないだろう。校門を出て、いつもとは少し違う夏休みをどう過ごそうか考える。
(……そういえば、ミソラちゃんも夏休みに入ってるはずだよね。宿題あるのかな?)
アイドルであるため中々学校に通う事も出来ないと前にボヤいていた気がする。しかしミソラはまだ小学生。ちゃんと宿題も用意されていることだろう。ならば、明日から早速宿題に取り掛かろう。遊ぶのはそれからでも遅くない筈だ。
そんな事を考えてる間に家に着いたスバルは、慣れた手付きで家の玄関を開けた。
「ただいまー。ミソラちゃん、一人でだいじょうーー」
《シーッ》
少し大きな声でミソラを呼ぼうとしたが、目の前にいたのは静かにという合図をするハープだった。
ウォーロックはまたもハンターVGから出るが、ハープの反応が気になり小声で話しかける。
《何やってんだ、お前。ミソラはどうした?》
《こっちよ。静かに来て頂戴》
ハープはゆっくりと移動し始める。スバルとウォーロックは互いに見合わせ首を傾げるが、特に理由を聞かずにハープの後をついて行く。
まず案内されたのは、何故かスバルの部屋だった。スバルは荷物を机の近くに置き、ロフトにいるハープまで足を進める。
ロフトに繋がるハシゴを登りきり自分のベッドを見て、状況を理解した。
「み、ミソラちゃん……」
「スー……スー……」
そこにいたのは、スバルのベッドで寝ているミソラの姿だった。
ハープはクスクスと笑いながら言う。
《歌の練習してたんだけどね。疲れてそのまま寝ちゃったみたい》
「そうなんだ」
スバルは寝ているミソラに近づく。
「う、ん……」
「……こうして見ると、普通の女の子なんだけどなぁ」
しかし、響ミソラは普通の女の子ではない。ニホン中を駆け巡り、ファンのみんなを笑顔にすることが夢のトップアイドルなのだ。一介の小学生であるスバルには程遠い存在でもある。唯一の繋がりと言えば、電波変換出来る事とブラザーバンドといったところか。
何故こんな有名人と知り合いになれたのか不思議でならないが、それでも響ミソラも守るべき存在であることに変わりはない。
時にはスバルからブラザーを切ってしまい、もう一度ブラザーになれたが、今度はミソラがブラザーを切り、しかし互いに理解し合い、ブラザーになる決心ができた事もあった。自分とミソラは、もはや切っても切れない関係にある。
「……僕が絶対君を守るからね」
スバルは寝ているミソラの頭を軽く撫でた。すると、ミソラの表情がフニャりと和らぎ、微笑する。
「えへへ〜……スバルく〜ん……」
「……どんな夢見てるんだろ……ハープ。悪いんだけど、お昼出来たらミソラちゃん起こしてもらっても良い?」
《ええ、大丈夫よ》
《そいじゃ、俺もしばらく退散しとくわ》
ウォーロックは欠伸をしながらスバルの家の屋根に向かう。昼寝をする時は屋根で日向ぼっこしながら寝るのがウォーロックの日課だ。
そんなウォーロックに苦笑しながらも、スバルは部屋を後にして昼食の準備に取り掛かる。とは言っても、母の作り置きをただ温めるだけなので、そう手間はかからない。
(……今年の夏休みは楽しくなりそう)
響ミソラがいるだけでこんなにも気分が舞い上がってしまうが、それも仕方ないだろう。
いつもと違う夏休みが、始まろうとしているのだからーー