瑞樹と別れた二人は、日が傾くまで散策して駅まで戻ってきていた。加蓮の手には家族や友人に渡す用のお土産が入った紙袋が握られ、反対に玲は来た時と変わらない様相だった。
「つっかれたぁ!重いよー」
新幹線の当日券を買い、停車している新幹線に乗り込んで出発するのを待つ。小さな窓から見える太陽は真っ赤に染まり、もうすぐ完全に姿を隠すだろう。
「買い過ぎだよ。お菓子はともかく、化粧品だけでいくつ買ってんだよ」
「別にいいでしょ。東京じゃ売ってないものばっかなんだから」
「別にいいけど、持たないからね、それ」
「えー、向こう着いたら持ってってよー」
「嫌」
ユックリと動き始めた新幹線は速度を上げ、それに合わせて二人の間の会話が減っていく。そして互いの間に流れる音が寝息に変わり始めた頃、玲は昔の夢を見た。
それは、中学生の頃の夢。
一人の少女の為に躍起になっていた。その少女は夢中になれるものを持っていなくて、その少女が夢中になれる何かを探していた。
そして、アルバイトでの経験か、何かしらの広告で見たのか。とにかく、何かしらのきっかけがあって、玲は少女が夢中になれる何かを見つけることができた。他の誰でもない、秋葉玲が少女に夢を与えたのだ。
苦難の道のりだった。何度も諦めかけた。けれど、その少女の笑顔を見るためならばと、諦めずに動き続けた結果が報われたことが、二人にとって何よりも嬉しかった。
少女はアイドルに。
秋葉玲は新しい何かを探しに。
それぞれの道を進み続ける二人は、いつまでも笑顔だった。
「ありがとう、玲!」
美しい黒いドレスを身に纏った少女は、秋葉玲に向かって感謝を口にした。その表情はトップアイドルらしく、輝かしいもので、その笑顔を見て玲もまた笑顔になる。
ああ、頑張ってよかった、と。
誰だって努力が報われれば嬉しいものだ。それが、求めた最高の結果であるなら、なおさら。
ステージ袖から出て、スポットライトが射すステージ中央の光の円に少女が入っていく。
肩甲骨辺りまで伸びた明るい茶髪に、猫のような大きい黄金の瞳。
たった一人でステージに立つトップアイドルになったその少女は。
「……ぁ」
薄く目を開いて、ぼんやりした視界で隣で眠る少女を見る。
自分の肩で寝息をたてているアイドルの卵の少女。
「………北条、加蓮」
呟いたその名は、心が冷めたその時からずっと隣にいてくれた少女の名前。
あの夢は過去の出来事ではない。何故なら、隣で眠る少女は、夢に出てきたその時には隣にいなかった。
夢は過去の追体験をする。また、時にはその人の欲求を映し出すこともある。
ならばあの夢は、玲の欲求だったのだろうか。
渋谷凛ではなく、北条加蓮の為だったのなら。
過ぎ去った過去に、どうすることもできない思考を巡らせて、玲は加蓮の向こう側にある窓の外を見る。高速で流れていく景色は、まるで玲が走ってきた過去のようで、視界に留めることすらできない。
ほとんど空しか分からないような景色を見ながら、玲は思う。
もし、あの夢のように、渋谷凛ではなく北条加蓮の為に動いていて、夢のように何もかもが成功していたとしても、それでも渋谷凛の為にあらゆることに挑戦した過去を後悔しない、と。
それは意地を張っているからではない。
秋葉玲は渋谷凛が好きだった。玲の夢中になれる何かは、渋谷凛が夢中になれる何かを探すことだった。
やりたいことをやって、やれるだけやった。
その結果が、自分の求めた最善の結果ではなかったとしても、それでも全身全霊をかけて追い求めた。
だから、秋葉玲は後悔しない。
「……あ」
窓の外についた水滴を見て、玲は思考を打ち切る。
後悔しようがしまいが、結局、今の玲を表す言葉があるとすれば、ただ一つ。
燃え尽き症候群。
それだけだ。
それが分かっているから、今の自分が情けなくてしょうがない。
だから、只管に何かを追い求める。
それが今の玲の行動理由だ。
「東京は雨か」
スマホで天気予報を確認した玲は、降車の準備を始める。隣で眠る加蓮を放置し、彼女の荷物を荷物置きから降ろして足元に置いた。
ガサガサと音を立てるお土産たちから目を放し、新幹線が止まるのを待つ。
東京の天気は大雨だった。
改札を抜けた玲は、外の天気と現状にウンザリとしたしかめっ面を溢した。
外は大雨、傘は無く、背には加蓮、両手には一杯の加蓮のお土産。
新幹線が停車しても、加蓮は起きなかった。新幹線の停車時間は短く、起きるのを待っていては降り損ねると確信した玲は、加蓮を含めた荷物を全て持ち、刺さる人目に耐えながら改札を出た。
その状態のまま壁際で黄昏る姿は苦労性に見えたし、それ以上に滑稽だった。
それを自覚して、さらに嫌気がさしている玲のポケットが震える。最初は無視していたが、絶えず震え続けるスマホが鬱陶しくてポケットから取り出してみれば、画面に映っていたのは受話器のマークと川島瑞樹の文字。
「…秋葉ですが?」
強めの語気になってしまったのは許してほしい、と思う。
「あら、ご機嫌斜めね?もう帰ったの?」
「まだ。駅で足止め食ってるよ」
「やっぱり?」
少し楽し気な瑞樹の声に、玲の苛立ちが増す。
「……」
「あぁん、怒らないで!お迎え向かわせてあげたから!」
「迎え?なんで?つーか帰りの時間がよくわかったね?」
「ああ、帰りは加蓮ちゃんから連絡貰ったからね。こっちで急に雨降ったから帰れなくなるかもしれないと思って」
いつのまに連絡先を交換してたんだ、という疑問は抱かなかった。どうせカフェで玲が上の空になっているときだろう。
それより。
「迎えって?瑞樹さん車持ってたっけ?」
「私は仕事だから行かないわよ。代わりに…」
電話口の声が聞こえるよりも先に、視界が真っ暗になる。
同時に、美しい声がスマホを当てている耳とは逆の耳から入ってくる。
「だーれだ?うふふ」
その声を聞いて、玲は眉を寄せた。しかめっ面をさらに歪ませて、ここ最近出したことも無いような大きなため息を吐く。
「あの、プロデューサーとか連れて来てますよね?」
「ちゃんと答えてくれるまで離れい、ませんよ?」
うざ。
大人の、ましてや女性との会話に対する感想としては最悪に近いものだったが、それもそのはず。会うたびダジャレを放ち、子供のような振る舞いで大酒を呑む人が相手では仕方が無いだろう。
「分かったから早く離してください、高垣さん」
「はーい」
パッと開かれた視界には、先ほどの光景の中に一人の女性と、スーツ姿の大男がいた。
萌黄色のボブカットに泣き黒子、玲よりも高い身長の彼女は、瑞樹経由で知り合ったアイドルのトップ、高垣楓だ。ファンにとっては歌もダンスも、その容姿すら神聖視されるようなアイドル界のトップに君臨する彼女だが、玲にとってはただの呑んだくれでしかない。そもそも出会いの場が赤ちょうちんの居酒屋という、大人と未成年の学生が出会うには相応しくないものだった、という理由もあるにあるが、それ以上に出会った当日に酔った楓の介抱をさせられるという、紹介した瑞樹でさえ同情を抱くものだったのだ。
それでも、仕事中は人が変わったようにアイドルとしての楓になる為に敬ってはいるのだが、プライベートの楓と会う際にはどうしても面倒くさい気持ちが勝ってしまうのが現状だった。
しかし、そんな楓を差し置いて、玲には気になる人物がいた。
「そっちの人は?高垣さんのプロデューサー、じゃないですよね?」
中学生の頃、瑞樹の親戚として仕事現場にお手伝いと称してバイトに行った際に見た楓のプロデューサーは、別の人物だったはず。
記憶に違いがあるのかと思って聞いてみれば、答えたのは楓ではなく大男の方だった。
「初めまして、秋葉玲さん。私は美城プロダクションのアイドル部署で、シンデレラプロジェクトのプロデューサーをしている武内と申します」
「はぁ、どうも…?」
「ずっと、貴方に謝罪したいと思っていました。貴方の友人の、渋谷凛さんについて」