デルタ・カラー   作:百日紅 菫

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擦れ違う

 木製の扉を軽くノックして、キィと音を立ててその部屋に入る。

 「プロデューサー、レッスン終わったけど…プロデューサー?」

 入ってすぐ左側には応接用のソファとテーブル。部屋の奥には大きなデスクとデスクトップのパソコンが置かれ、いくつかのファイルが散乱していた。

 いつもならそこに座って、何かしらに悩み、首に手を回しながらキーボードを叩いている大男の姿が無いことに気づき、凛は誰もいない部屋でその男を呼んだ。

 「どこか行ったのかな」

 部屋の中に入り、デスクの上が珍しく散乱しているのを見て呟く。

 体躯に似合わず、凛たちのプロデューサーは几帳面で繊細だ。出歩くにしても、ある程度整頓してから外出するだろう。それほどまでに急いでいたのか、凛は思考を巡らせるが、心当たりは思いつきそうにない。

 とにかく、レッスンが終わったことを報告に来たが、いないのであれば言伝を頼むか、置手紙でも残した方がいいだろうと、一度部屋を出る。

 「あら、凛ちゃん。プロデューサーさんに何か用事ですか?」

 そこにいたのは若草色の制服を着た、シンデレラプロジェクトのアシスタントである千川ちひろだった。小さなバッグを肘に掛け、数冊のファイルと書類を腕に抱えている。

 「ちひろさん。レッスンが終わったから報告に来たんだけど。プロデューサー、どこか行ったの?」

 「ああ、プロデューサーさんなら急いで外に出ていきましたよ。なんでも、会って謝らなくてはいけない方がいるんだとか」

 「ふーん?」

 「帰ってきたら伝えておきますから、凛ちゃんたちは帰っても大丈夫ですよ。休日なのに、お疲れさまでした」

 「ありがとう。それじゃ、お先に失礼します」

 朗らかな笑みを浮かべたちひろの優しさに甘えることにして、凛は事務所を後にする。一緒にレッスンをしていた本田未央や島村卯月は、何かしらの用事があるということで先に帰っていた。

 一人、夜風が涼しい初夏の夜を歩く。

 足は自然と、とある少年の住むマンションに向かっていた。

 

 家に帰るには少し遠回りな住宅街を歩く。一軒家が立ち並ぶ通りを抜けたところに、玲の住むマンションはある。

 昨夜はそのマンションの目の前で玲に話しかけられたのだが、今日は違った。

 凛が歩く先には誰かを背負い、特徴的な赤いスニーカーを履いた玲が歩いている。民家の塀の上を歩く猫を見ながら、時折背中の人物を背負い直しつつ進んでいく。

 その自分と同じくらいの背丈の玲に声をかける。

 「玲」

 ぴたりと足を止め、ゆるりと振り返る玲の顔には、凛の記憶にある笑顔は無い。

 

 

 凛が玲を好きだと自覚したのは、中学3年の春だ。

 仲の良い幼馴染。なんでも知っている友人。なんでもできる同級生。

 中学時代の玲は友人こそ少なかったが、それ以上に校内で有名だった。成績優秀で、運動も部活に加入している生徒と同等以上の実力を持ち、体育祭や学園祭などのイベントでは活躍することの多い生徒だった。それでも友人が少なかったのは、人付き合いの悪さゆえだ。

 放課後も休日も、玲は一人で何かをして、もしくは凛と二人で何かをすることが多かった。

 だからだろう。

 街中で二人の姿を見かけた同級生の一人が、凛に言った。

 「ねぇ、凛って秋葉君と付き合ってるの?」

 人付き合いの悪さを除けば、玲は優良物件過ぎる。同年代の男子と比べて、多少身長も低いが、特別気にするほどの差でもない。人付き合いの悪さだって、思春期の多感な少女達にはクールでかっこいいと思われるかもしれない。

 そんな玲が、休日に二人っきりで女子と歩いているところを見れば、誰もがそういう関係であることを一考するだろう。

 その時は一蹴したものの、一度気にしてしまえばもう後には戻れない。

 快活な笑顔も、真剣にスポーツをする姿も、校内のイベントで活躍する姿も、自分の為に何かをしてくれる姿も、何もかもが以前と違って見えた。

 ただ漫然と受け取るだけではなくなっていた。

 玲が勧めてくれる何事にも興味は持てなかったけど、凛は次第に玲本人に興味を持つようになった。

 決して言葉にはしなかったけれど、中学生として3度目の春を迎えるころには、玲と一緒にいるだけで幸せだと感じるようになっていた。何をするのもつまらないけれど、玲と一緒なら。

 その気持ちは、好きという言葉以外では表せなくて。気恥ずかしくて言葉にできなかったけど。

 それでもいつかは、彼に伝わるのだと思っていた。

 

 

 だからこそ、現状は想定外で。

 玲の事を思うたび、凛の心は締め付けられる。

 後悔と自己嫌悪が留まることを知らず、それでもなお玲を求め続ける。

 それはまるで、神に救いを求める信者のようだ。

 

 

 「…ああ、渋谷。良いところで会った」

 口をついて出た彼の名前で呼び止めたはいいが、特に話すことを考えていなかった凛は、玲の言葉に内心で安堵する。ここで何か用か、なんて聞かれていれば、普段の凛からは考えられない程に動揺していただろう。

 「え、私に何か用だった?」

 「うん。昨日の夜に誘われたサマーフェスなんだけどさ」

 その前振りに、心が浮足立つ。

 まさか、来てくれるのだろうか。特に理由は無いと言っていたし、後から考えて行く気になったのかもしれない。それなら誰にも渡していないチケットをもう一度渡して、その時に一緒に出掛ける条件でも出してみようか。

 浮つく心を見せないように、冷静を取り繕って聞き返す。

 「それがどうしたの?」

 「バイトを薦めてもらったから、スタッフとして参加するから。断った手前、一応報告した方がいいと思って」

 「あ、そう、なんだ…」

 ぎこちない返答だな、と自覚しながら、それでも玲にアイドルとしての自分の成果を見せられることができると思い嬉しくなる。

 自分の誘いじゃダメだったのに、他の誰かの誘いなら、たとえバイトだったとしても来るのか。私の何がダメだったんだろう。

 でも、来てくれるなら、アイドルとしての自分を見せられる。誰かを笑顔に出来るアイドルである渋谷凛を。成長した渋谷凛の姿を、玲に見せることができる。

 相反する気持ちを抱きながらも、どうにかよろしく、と伝える。

 「当日は、よろしくね。私の事、見ててくれると嬉しい」

 

 タイミングが合えばね、と言って去る玲を見送り、凛も帰路に就く。

 望んでいた形とは違うけれど、それでもチャンスが訪れたのは確かだ。

 玲が今の凛に興味が無いことはすぐにわかった。

 思い返してみれば、凛の誘いを断り始めたのはつい最近だけではない。

 だからこそ、もう一度振り向いてほしい。

 アイドルになって。彼が探して、求めたものに成って。それで彼の熱が冷めてしまったのなら、もう一度。

 凛は自分の力を信じている。

 自分の歌で、自分のダンスで、自分のライブで、自分の魅力で、彼を振り向かせることができると信じている。

 

 だからこそ、渋谷凛は気付かない。

 玲にとって、渋谷凛に夢中になる時間は終わっていること。

 再燃するための火種は、とうに消え去っていること。

 何より、玲の事を本当の意味で見れていないことを。

 

 一人で歩く凛は、玲の背中にいた人物を思い出す。

 男物のパーカーを羽織り、肩からズレ落ちそうなほどに垂れた頭にかぶるフード。玲が抱えているせいで見づらかったが、細い足と体の大きさを見るに、年下の少年だろう。親戚か何かだと思い込み、凛は目先のフェスに思いを馳せる。

 凛が玲の背中にいた加蓮にもう少し興味を持っていれば。

 加蓮が起きていれば。

 交錯しかけた三人の運命は、けれど次第に近づいていく。

 

 同時に、凛が自らの思い違いに気づく日も遠くない。

 

 玲の事を想っているようで、自分の事しか考えていないということ。

 凛の持つ才能は、玲が夢中になれる何かには、決して成り得ないということを。

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