デルタ・カラー   作:百日紅 菫

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アルバイトとアシスタント

 真夏の太陽が照り付ける7月下旬。美城プロダクション主催、美城プロサマーアイドルフェスティバルは開催された。

 トップアイドルから新進気鋭の新米アイドルまで、多くのアイドル達が参加している。そして、そのアイドル一人一人に夢を見る多くのファンが、数万人を収容する屋外会場へと足を運んでいた。

 そんな会場の入り口からほど近い場所に設置された物販用仮設テントの中で、玲は最年少ながらにバイトスタッフの指揮を執っていた。

 「城ヶ崎さんのグッズ終了でーす」

 「了解です!そろそろ客足減ってきたので、後は任せます。帰りにまた増えると思うので、その時にまた来ます」 

 「お願いします。それまではステージ側にいるんですよね?」

 「はい。何かあったら連絡してください」

 自分よりも年上の男性に指示を出す姿に、周囲の同年代のバイトスタッフたちも舌を巻く。的確な指示と、若くしてバイトリーダーのような存在に選ばれた玲の働く姿に、今まで疑問を感じていた人たちも納得したような雰囲気だった。

 「あと、大丈夫だとは思うんですが、万が一にも天気が崩れた時は、入れる人数は限られますがここを避難所にします。グッズを車にしまう班と、観客を誘導する班の二手に分かれてください」

 「天気、ですか?」

 「はい。山が近いので、万が一ですが」

 「わ、かりました。人数は適当でいいですか?」

 「そうですね。グッズの在庫次第で、松山さんが決めてください。連絡してくだされば指示出しますので」

 「了解です」

 では、とライブ会場の脇にある細道を通ってステージへと向かう。

 その後ろでは、残ったスタッフたちがそれぞれの仕事に精を出していた。

 

 ステージ裏に辿り着いた玲は、足早に舞台袖へと向かう。

 玲に任された仕事は、舞台裏でのアイドルやスタッフたちの写真を撮ることだ。どこから知ったのか、玲がプロ顔負けのカメラ技術を持っていると聞きつけた武内が、部署内での反省会や後に発売予定の写真集等に載せる舞台の裏側の写真を撮るよう指示したのだ。

 微妙そうな表情で引き受けた玲だったが、実際に仕事を始めてみれば、今まで撮ったことの無い光景を写真に収めることができて、それなりにやりがいを感じている。

 「それじゃあ、行ってくるねー!」

 舞台裏のスタッフや担当プロデューサー、今までステージにいたアイドルとすれ違う瞬間にハイタッチをして笑顔で出ていくピンク髪のアイドルをカメラに収める。続けて、ステージから戻ってきた明るい茶髪で満面の笑みを浮かべているアイドルを撮って、その脇でドリンクやタオルを渡すスタッフたちの写真も撮る。基本的には気付かれないように、普通に働いている自然な姿を撮っているが、カメラを向けられていることに気づいたアイドルやスタッフは、ピースや決めポーズなどをしてくれるのだ。カメラマンとは言えないが、それなりに写真を撮ってきた者としては、撮りがいがあると言わざるを得ないだろう。

 「こんにちは」

 カメラを構える玲の肩越しに、優しい声色の挨拶が掛けられる。

 少なくとも、玲の知り合いの声ではない。

 「…どうも、こんにちは」 

 スタッフに配られるシャツを着ているが、不審者に間違われているのだとしたらマズイ、そう思い、首から下げているスタッフ証を見えるようにしながら振り返ると、そこには緑のジャケットを着た女性が立っていた。ゆったりとした三つ編みを肩から垂らし、柔和な笑みを浮かべている女性は、やっぱり知らない人物だ。

 「秋葉玲くん、ですよね?」

 「そうですけど…」 

 「初めまして。美城プロダクション、アイドル部でアシスタントをしています、千川ちひろと申します」

 「はぁ…。えっと、何か用ですか?一応、武内プロデューサーから受けた仕事をしているんですが」

 「ふふ、すみません。お邪魔したい訳ではないんですが、一度お話してみたくて」

 ほにゃっと笑うちひろに、何故か寒気を感じる玲。背筋を伝う汗を感じながらも、それ以外は普段通りに接する。

 「話、ですか。瑞樹さんか高垣さんからでも俺の事を聞いたんですか?」

 「いえ。一年ほど前から貴方の事は知っていましたよ?」

 ちひろの言葉に、玲は首を傾げた。

 「一年前から?」

 一年前と言えば、瑞樹からお手伝いと称して美城事務所主導のイベントの手伝いを始めた頃だ。今のように一か月で何度も行くわけではなく、瑞樹から依頼のあった時に予定が無ければ行く程度。当時の玲のスケジュールは、今とは比較にならない程に過密で、スケジュール帳だけを見れば学校に行っているかも怪しい程だった。

 だからなのか、今ほど顔も覚えられていない一年前から知っているというちひろの言葉に疑問を浮かべる。

 しかしちひろは、眉を顰める玲を見ても、変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。

 「はい。小さい男の子がお手伝いしてくれているなぁ、と。川島さんと仲良く話しているのが印象的で、流石にお給料は出せませんでしたが、それが残念なくらい頑張って働いてくれていましたから」

 ちひろの言葉に納得する。

 確かに、大人ばかりの空間に、背の低い中学生が交じっていれば否が応でも目立つ。当時はお手伝いや社会科見学という名目でバイトをしていたため給料は貰っていなかったが、玲としては給料よりも、その仕事をして得た経験が何よりも欲しかったのだ。 凛の為に得た経験が給料に等しいのだった。

 それはさておき。

 ちひろは雇い主側の人間として玲の事を知っていたようだが、玲からすれば初対面の女性だ。彼女が一度話してみたいというのは分かったが、玲としては話題になるようなもの等ない。

 どうしようか。適当に切り上げるか。

 頭の中で決め、玲が声に出すよりも先に、ちひろが二人の名前を言い放った。

 

 「渋谷凛ちゃんと、北条加蓮ちゃん」

 

 僅かに、玲の表情が強張る。だがそれも一瞬の事で、目の前にいるちひろでさえその変化を感じ取ることはできなかった。

 「秋葉さんは、お二人と仲がいいんですよね。よく耳にしますよ」

 「仲がいいって程でもないです。高校入ってからは渋谷とはあまり話さないですし、北条は学校が同じってだけですから」

 「そうなんですか?でも、加蓮ちゃんの口からはよく秋葉さんのお名前をお聞きしますし、プロデューサーさんから渋谷さんと仲が良かったと聞きましたよ」

 「…北条は知らないっすけど、渋谷に関してはそのプロデューサーさんの言う通りっすよ。仲が良かった、まぁ昔の話です」

 玲はちひろが察しの良い人物だと当たりをつけ、暗にこの話は終わりだというような言い回しをする。

 それも多くの経験と同時に、経験と同じだけ人と接してきた玲が持つ勘だったが、その精度はすさまじいものだ。実際、ちひろは玲の言葉と表情から何かを察したのか、それ以上彼女達との関係について言及することは無かった。

 そして別の話題へと転向する。

 「そうでしたか。そういえば、今日は舞台裏の撮影をしてくれるんですよね?よろしくお願いします」

 「いえ、仕事ですから。……あの、なんで俺がこの仕事任されたか知ってますか?確かに写真撮るのはそれなりに上手い方だと思いますが、それでも一介のバイトにこんな仕事って普通任せますかね?」

 ちひろの言葉で、ふと思った疑問を口にする。

 この場で玲が撮影した写真は、後々発売する予定の写真集にも載るのだ。スタッフたちの働きぶりを社内で評価したり、スタッフないし社員たちの意欲向上に使うだけならまだしも、美城プロダクションという大企業の売り上げに直結する商品に、たかがアルバイトの撮影した写真を載せてしまってもいいのだろうか、と。

 大体、瑞樹か楓か凛か、アイドルの卵の加蓮か。誰かは知らないが、身内の言葉一つでアルバイトの素人カメラマンを起用するなど、大企業のプロデューサーとしてそれでいいのかと聞きたいところだ。

 だがしかし、起用の裏側には独断ではない理由があった。

 

 「任せられるほどの技量があるからお任せしているんですよ。私も見ましたが、何より美城専属のカメラマンさんが絶賛していましたよ、海辺の加蓮ちゃんの写真」

 


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