デルタ・カラー   作:百日紅 菫

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進歩/コンテニュー・トライアングル

 結局のところ。

 玲たちの働きは実を結び、雨の勢いが落ちてきたところで、ニュージェネレーションズの曲からライブは再開。避難場所に入れず、会場入り口近くで雨宿りをしていた観客たちは、玲と松山が設置したスピーカーによって、ほとんどの人が帰らずに最後までフェスに参加できたのだった。

 その功労者である物販組、および助っ人として参集した警備組のスタッフ達には特別報酬として、346のアイドルのライブの優待券が配布されることとなった。

 避難誘導のために使われた大量のサイリウムについては、玲から武内に説明し、玲の給料から差っ引くよう願い出たが、玲の機転とスタッフ達の活躍によってフェスが続行できたと、むしろ感謝されるほどだった。おかげで、給料の減額どころか、物販スタッフの給料が僅かにだが増額までされた。物販組のスタッフ達も、珍しい事態に興奮したのか、笑い合いながら最後の観客を見送って、自分達より年下の玲に感謝して帰宅していく。

 アクシデントこそあったものの、346プロアイドルサマーフェスは大成功を収めた。

 

 巨大な屋外ステージの解体は、安全性の観点から翌日行われることになり、346のプロデューサーやアイドルを除いたアルバイト等のスタッフたちの大半は帰宅していた。

 最寄りの駅へと歩いていく人の流れの中に、とある三人の姿があった。

 「いやぁ、凄かったな」

 「ねー!ライブもだけど、玲の仕事っぷりもね!」

 「…別に、普通に仕事してただけだろ」

 「いやいや!秋葉があんな大声出して走り回ってるのなんて見たことないぞ」

 「そりゃ、そうする機会がないっすから。それよか、最後まで見ててよかったんですか?」

 「ああ。親にも連絡済みだしな」

 「玲はうちのお父さんが送ってくってさ」

 「ええ…。悪いな」

 観客としてフェスに参加していた加蓮と奈緒は興奮冷めやらぬといったように、フェスを思い出して語り合う。その隣を歩く玲は、フェスのスタッフとしての仕事を普通にこなしただけなのに、珍獣でも見たような反応をされて小首を傾げていた。

 加蓮の両脇に奈緒と玲が並び歩く三人は、会場近くの駅からほど近いコンビニへと向かっている。そこで奈緒は母親が、加蓮と玲は加蓮の父親が迎えに来てくれる手筈になっているのだ。本来の予定なら三人そろって電車で帰るはずだった。しかし、玲が奔走する羽目になった原因の大雨によってフェスの終了が遅くなったために、高校生とはいえまだ子供の彼らの安全を考えた上での判断であった。

 

 それはさておき。

 

 「そういえば、今日のフェスに出てたニュージェネレーションズの渋谷凛って子、私達と同じ中学なんだよね」

 思い出したように話し始めた加蓮の言葉に、玲の耳がピクリと動く。ただそれだけであり、それ以外の変化はない。

 「玲は知ってる?」

 加蓮の問いに、玲はいつもの調子で答える。

 「知ってるよ」

 「へぇー」

 「ほーん…」

 自然と出た玲の答えを、二人の脳が処理したのは数秒後のことだった。

 間抜けな返事をしながら歩く奈緒が、バッと加蓮越しに玲を見て。隣を歩く加蓮が玲の肩を掴んだ。

 「…今、なんて?」

 「あの秋葉が、中学の同級生を知ってる、だと?」

 「え、なに。なんすか、その反応」

 驚きと困惑が交じり合った表情で失礼なセリフを吐く奈緒。しかし、それ以上に動揺した様子なのが、玲の肩を万力のように掴む加蓮だ。

 「あと北条痛い。肩痛い」

 「…玲が知ってるってことは、それなりに仲が良かったってことだよね?」

 「いや、普通にクラスメイトくらい覚えてるわ。体育祭の話とかしてやったろ」

 「クラスメイトの名前なんて聞いたことない」

 「学校のイベントくらいしか、クラスメイトの思い出なんてねーし。北条、イベントの話しても俺の事ばっか聞いてくるじゃん」

 「それは玲の…」

 「俺の?」

 「…なんでもない」

 「そうか」

 言いかけた言葉を飲み込む。

 確かに加蓮は、中学時代の玲からクラスメイト達の名前を聞いたことは一度も無い。けれどそれは、玲が一度も口にしたことが無い訳じゃない。

 入院中だった加蓮に学校での出来事を度々伝えていた玲は、当然クラスメイトの名前だって口にしていた。体育祭も文化祭も、どうあろうと多人数で行われるもの。放課後は単独行動ばかりの玲だが、学校にいればクラスメイトと話すことも多々あった。

 それもそのはず。

 成績優秀、運動神経抜群。お手伝いと称した社会活動に、一人旅による雑学や、現地での聞き込み等による高いコミュニケーション能力。完璧超人に見えるが、片思いの相手の為に突っ走り、そのためにバカもできる。そんな玲がクラスでボッチになるなど、ドブと下水を煮込んだような性格でもない限り、この上なく難しい話だろう。

 だからこそ、クラスメイトの名前を憶えている玲が、態々はぐらかすような話をする筈も無く。

 そのうえで加蓮が、玲の口からクラスメイトの名前を聞いたことが無いと言うのなら、その答えはたった一つ。

 「…お前、秋葉の活躍しか聞いてなかったんだろ」

 「うぐっ」

 「秋葉の事、昔から大好きだったんだな…」

 「…うるさいな」

 「何話してんの?」

 「うるさいっ!」

 「いてっ」

 掴まれた肩を押され、軽く頭を叩かれる。その勢いのまま大股で進んでいく加蓮を、玲と奈緒がゆっくりと追いかける。

 「なんの話してたんすか?」

 「ん、あたしの口からは話せないことだな」

 「そっすか」

 「ああ。それより、秋葉って夏休みバイト漬けか?暇な日はあるか?」

 「明日はフェスの片付けがありますけど、それ以外だったら暇っす。前日までだったらずらせる予定ばっかですし」

 「いや、別にそこまでしなくていいけど…。加蓮と遊びに行く予定立ててるんだけど、うちの家族と加蓮ちの両親とキャンプでも行かないかって話になってんだ。後で日程の連絡するから、予定が無かったら一緒にどうだ?」

 「ああ、まぁ、俺が行っていいなら行きますけど…」

 「よっしゃ。決まったら連絡するよ」

 夏休みの予定が着々と埋まっていく。それを見越してスケジュールを組んでいた玲だったが、それなりに予定の変更とキャンセルをしなければならいかと考えていた。

 今まで通りであれば、自分一人で行動可能な予定のみでよかったが、今後はそうもいかない。

 最終的には自分の為の研鑽ではあるが、それでも誰かがいなくては進めないのだ。既に組んでしまった予定では、先に進めないのだ。ならば、多少の迷惑は承知の上で、誰かと何かをしなければ。

 今日見た、見てしまった輝きが、振り切ったはずの玲の心を少しずつ蝕むのだ。

 「玲ー、奈緒ー、早く行こうよ。お父さんたち、もう来てるってさ」

 「おーう」

 

 前を歩く加蓮と奈緒の背中を見る。

 今日出会った346のアシスタント、千川ちひろが言った通りならば、目の前の二人がアイドルとしてデビューする日もそう遠くない。そうなれば、今のような付き合いは無くならないにしても、明らかに少なくなることは確かだ。

 別に、そのことに寂しくなるとか、二人がデビューすることに嬉しくなるとか、そんな気持ちは湧かない。

 身近にいた人間が離れるくらいで揺れ動くような心を持っていれば、渋谷凛がアイドルになった時に泣いているだろう。

 それでも、ほんの少しだけ、この時間が減ってしまうことを惜しんでしまうのは、玲が前に進んでいる証拠だろうか。

 誰かを追いかけ続けて、只管に研鑽する。あの笑顔を見たくて、けれど自分も楽しくて。

 燃え続けた過去は、玲の中で最も大切な記憶として残っている。

 それでも燃やし続ければ、いつかは燃え尽きる。

 燃え尽きた先にも、日々は続いていく。

 これからを歩くための種火を、玲は探している。

 

 北条加蓮と神谷奈緒。

 二人の背中を追う秋葉玲。

 自らが燃えるための種火を探し続ける彼らが、輝かしく燃え上がる日々は、もう目の前だった。


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