デルタ・カラー   作:百日紅 菫

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日常/コンスタント・トライアングル

 「あ、すみません。次のコンビニで降ろしてもらってもいいですか?」

 加蓮の父親が運転する車の後部座席から、玲が運転席に声を掛ける。北条家に向かう途中にある玲のマンションへの最短ルートを選ぶ加蓮の父は聞き返した。

 「次のコンビニ?何か買うのかい?」

 「いえ、親戚が近くで飯食ってるみたいで。そこにちょっと呼ばれたんですよ」

 「親戚?それって瑞樹さんのこと?」

 「そ。今日の打ち上げがてら、二人で飯食ってるから来いってさ」

 「へぇ、いいなぁ」

 玲のスマホには、瑞樹からの連絡が入っていた。フェスの打ち上げとして、出演していた成人組アイドルと夕飯を取っている写真と、その後二軒目と思われる店で瑞樹と楓がお猪口を持っている写真が送られている。

 時刻は10時。高校生が外出するには遅い時間帯だが、親戚と知り合いの大人が一緒なら外食するくらい問題ないだろう。その上、疲労があるとはいえ今日の予定は消化している。基本的に誘われた事には二つ返事で了承する玲が、瑞樹からの誘いを断る理由は一切なかった。

 問題があるとすれば、ただ一つ。

 「こんな時間にかい?もう遅いし、帰った方がいいんじゃないか?」

 実の親より玲の身を心配する加蓮の父。

 元々、加蓮に対して過保護だったのは知っていた。娘が病気がちだったことを考えれば不思議なことでもない。けれど、その加蓮が毎日のように話す玲の事まで過保護になることに、玲は首を傾げる。

 血の繋がりは無い。親戚でもない。友人の父という関係。

 たかがそれだけの関係で、こんなにも心配されることなど、今までならありえなかった。実の両親からでさえ、心配されている言動もされたことがないのだ。

 だからこそ、玲は知らない。

 加蓮の父、どころか北条家が加蓮を通じて玲の現状を知っていることを。そして、ほぼ一人暮らしで苦学生のような生活をしている、娘と同じ年の子供を応援したいと思っていることを。

 ちなみに、神谷家も同じ状態である。

 

 それはさておき。

 どうにか加蓮の父を納得させた玲は、コンビニの駐車場に降りる。

 「送ってくれてありがとうございます」

 「気にしないでくれ。それより、時間も遅いし気を付けるんだよ」

 「はい」

 運転席の窓を挟んでお礼を言う。心配そうな顔をする加蓮の父を安心させるように、何度も大丈夫だと言って聞かせる。その光景を見ていた加蓮が、運転席側の後部座席の窓を開けて身を乗り出してきた。

 「いいなぁ。瑞樹さんだけじゃなくて高垣楓さんもいるんでしょ?私も行きたーい」

 「それは俺じゃなくておじさんに言ってくれ」

 「ダメだぞ、加蓮。流石に玲君や親戚の人たちにまで迷惑はかけられないだろう。パパだって迎えに行けないし、今日はもう帰るよ」

 「ぶー、わかったよー。それじゃ玲、またね」

 「ああ、またな」

 テールランプの赤い光を見送った玲は、コンビニの駐車場を出て真っすぐに目的地へ向かう。

 瑞樹と楓が現在いるのは、居酒屋しんでれらという、玲が楓に紹介した店だ。その後、瑞樹が偶然店に訪れ、346に所属する成人組アイドルの溜まり場になっていることを玲は知らない。

 

 兎にも角にも、以前と変わらぬ外観のしんでれらに辿り着いた玲は、臆することも無く引き戸を開ける。

 そもそも、玲がこの店を知った経緯は、財布を落とした店主が乗った車を走って追いかけ、店内に入る店主に玲が声をかけた事が発端なのだ。酒さえ呑まなければ少し高い程度のお店だが、それでも高校生が居酒屋に入るのは、大人が同伴するか玲のようなイレギュラーが無ければ入りにくいことに違いはない。

 ともかく、ガラガラと鳴る扉をくぐれば、店内にはカウンター席に座る二人の女性しかいなかった。

 「相変わらずギリギリの経営してますね」

 「入店早々失礼よ、玲ちゃん」

 以前来た時と変わらない、空席の目立つ店内。その中でお猪口を傾ける二人のアイドル。

 川島瑞樹と高垣楓。346プロが誇るアイドルの頂点。

 そして、秋葉玲の保護者的存在でもある。

 「未成年をこんな時間に居酒屋に呼ぶ姉に言われたかないよ」

 「あら、これは一本取られましたね、瑞樹さん」

 「楓ちゃんが玲ちゃんを呼べって言ったんじゃない。今日のフェスで、玲ちゃんも頑張ってたからって」

 「そうでしたっけ?」

 いつもの漫才を始める二人をよそ眼に、玲はカウンターに着き、お茶と適当なつまみを注文する。会場でスタッフの為に簡単な夕食は出されたが、成長期の高校生には物足りないだろう。こうして呼び出されたときは二人が奢ってくれることが常になっているので、そこまで高くなく、それでいて腹が膨れるものをと、たこ焼きを選んだ。

 「そういえば、今日は店長だけなんですね?」

 すっと手渡されたおしぼりで手を拭きながら、カウンターの向こう側で調理する店長に話しかける。

 「まぁな。それより、お前の姉ちゃんら大丈夫か?うちが二軒目なんだろ?」

 「あー、まぁ最悪うちか瑞樹さんちに連れてくから大丈夫。二人ともザルだし」

 二人のやり取りの横では、右手にお猪口、左手に焼き鳥を持つ楓を諫める瑞樹が、大人とは思えない騒ぎ方をしている。

 ぎゃあぎゃあとアイドルの声が響く中、焼き上がったたこ焼きをカウンターに出す店長。割り箸を手に持って、熱々のそれに手を付けようとする玲に話しかける。

 「今日は何のバイトだったんだ?」

 「346のフェスのお手伝いさんよ。今日の玲ちゃんは大活躍だったんだから」

 「誰よりも走り回ってましたからねぇ」

 「普通に仕事しただけでしょ。…あつっ」

 「その仕事量が普通じゃないのよ。出演してたアイドルより忙しそうだったわ」

 頬を赤らめた瑞樹が、まるで息子を自慢するかのように、今日の玲の働きぶりを語る。普段から楓のお世話係をすることが多い瑞樹だが、大きなライブの成功と弟のように可愛がっている玲の活躍、そこに飲酒による酔いも相まって、今夜の瑞樹はいつにも増して饒舌だった。

 「でもねー、うちの正規スタッフ以上にしっかりしててねー!今日の成功は玲ちゃんなくしてあり得ない、って感じ!」

 ぺらぺらと誰も聞いていないことを喋り出す瑞樹。楽しそうに話すその傍らで、楓はお猪口を手に頷き、玲はたこ焼きを冷ましながら口に入れ、店長は瑞樹の話をラジオ代わりに、二人のアイドルが食べ終えた皿を洗っている。

 ゆっくりと流れる時間。

 穏やかな空気。

 静寂も、喧噪も、この空間に溶けていく。

 

 これまでと同じだ。

 玲と瑞樹と楓。大人と子供。アイドルとお手伝い。

 三人の関係を示す言葉は様々だが、一つ確かに言えることは、三人でいるこの時間が三人にとって居心地のいい時間であること。

 玲が凛の為に奔走し、楓がトップアイドルと言われるようになり、瑞樹が仕事に忙殺されるようになった頃。

 周囲から見れば、自分の好きなことをしている三人は幸せそうで、その忙しさだって望んでその立場にいるのだから当然だと言うだろう。

 しかし、好きなことをしていても、そこには責任と重圧が存在し、楽しさと同時に同じだけの苦しさを抱えている。

 玲は凛の為。楓はトップアイドルとして。瑞樹はアナウンサー時代からメディアに出続けている者として。

 失敗が許されない立場にいる。自分の事を考えているだけではいられない。誰かの人生に関わる覚悟と責任を抱えて、三人は歌い、踊り、話し、体験してきた。

 だからこそ、その責任を一時的にも放棄できるこの時間と場所は、居心地の良さ以上に必要なものであった。

 「…あら?」

 いつの間にか眠ってしまった瑞樹に気づいた楓が声を上げる。346プロでの成人組アイドルで呑むときは、酔いつぶれることなど無い瑞樹がこうなるのは、玲と楓がいる時だけだ。

 「はぁ…。店長、会計は…」

 「付けといてやるよ。姉ちゃん連れて帰りな」

 「いえ、私が払います。瑞樹さんと玲君にはいつもお世話になっていますから」

 「すいません、助かりますけど、いいんですか?」

 「はい。いつものお礼です」

 「…んじゃ、これ伝票な」

 瑞樹の荷物と本人を背負った玲が店を出て、会計を終えた楓が遅れて温い気温の夜空の下に出てくる。

 「楓さん、終電あるんですか?」

 「どうでしょう…」

 「じゃあ瑞樹さんちに泊まっていってください。ここから近いですし」

 「そうですね、そうさせてもらいます。玲君も泊まっていきましょう?」

 二人は歩き出す。

 馴れ合いではなく、家族でもなく、ただ責任を背負い込んだ三人の関係は、なにも特別なものではない。

 暖かく、穏やかで、けれど変化することの無い不変の三角形。

 踏み込まず、踏み込ませず、遠目から見守り、支え合うだけのそんな関係に、秋葉玲も、川島瑞樹も、高垣楓も満足している。

 帰る場所ではない。進むべき場所でもない。ただ、休憩するためだけの場所は、これからも在り続ける。

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