デルタ・カラー   作:百日紅 菫

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渋谷凛の悔恨

 渋谷凛の現在を一言で言えば、順風満帆という言葉で表せる。

 夢中になれるものなど無いと諦めていた15年を覆すように、仲間たちとともに同じ夢を見て、駆けている。

 アイドルのプロデューサーを名乗る不愛想な大男に示されて、アイドルに憧れる島村卯月の笑顔に憧れた。そうして足を踏み入れたアイドルという未知の世界は、今まで触れたことの無い刺激を凛に与えてくれた。

 目指すべきモノになるために辿る道筋が、決して輝かしいものではないこと。

 人の気持ちに寄り添うことが、どれだけ難しいことかを学んだこと。

 仲間との絆が、挫けそうになる心の支えになってくれること。

 どれもこれもが、今までの渋谷凛の心の中には無かったもので、その全てが新鮮だった。

 夢中になれる何かが、まだ明確に描け無いけれど、ぼんやりと心の中に浮かんでくる。

 それだけの事がたまらなく嬉しかった。

 

 だけど、ふとした時に思い出す少年の姿が、凛の心を締め付ける。

 自分と同じような背格好で、いつも楽しそうに近寄ってくる男の子。物心ついたときには傍にいて、小学校高学年になる頃から、本当に多くの事を凛に教えてくれた幼馴染。

 女子でも楽しめるスポーツを始めたから、興味が出たら言ってくれ。

 この作家の本は凛が好きそうだけど、読んでみないか。

 こんな景色が見れる場所に行ってきたけど、そういう場所に興味は無いか。

 正直言って、興味はあるけど、やらなくてもいいならやらないし、読まなくていいのなら読まないし、行かなくてもいいなら行かない。その位の興味しか湧かないものばかりだった。

 けど、自分を考えての行動に悪気を持つことも無く、むしろ好感を抱いていた。

 気づけば隣にいてくれた少年が、自分の為に何かをしてくれることの喜びは、空虚な凛の心をほんの少しだけ満たしてくれる。自分の全てを懸けてまでしたい何かを彼から貰うことは無かったけど、彼の存在と彼の行動が、数少ない凛の喜びでもあった。

 だからこそ、アイドルになると決めた時、真っ先に少年に伝えた。

 それが、今まで彼に甘えてきた自分が通すべき筋だと思ったからだ。

 「それ、ずっと続けていきたいって、凛が思ったの?」

 「続けていくかは分からないけど、でも、うん。私が、やってみたいと思った」

 「そっか…」

 「ごめん。あんなに色々してくれたのに…」

 「何言ってんの。夢中になれるかもしれないものを見つけたんだろ?これ以上嬉しいことなんて無いよ!ライブとかやるんだろ?絶対呼んでくれよな!」

 彼は自分の事のように喜んでくれて、その姿を見て自分も微笑んだ。

 城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして初めてステージに立った時、彼は興味の無かったアイドルのライブに来て、楽しかった、凄かったと言ってくれた。

 ニュージェネレーションズとして、本田未央と島村卯月と自分の三人だけでステージに立った時、彼は最初から最後まで見届けてくれて、ぎこちない笑顔だった自分達に大丈夫かと心配してくれた。

 そんな彼に今の自分を見てほしくて、ちょっとしたライブでも彼だけは必ず呼んでいた。

 

 けど、いつからか、彼の笑顔を見る機会が減っていた。それに気づいたのは、夏の暑さが本格的なものになってきた頃だったけど、後から思えばもっと前から彼の笑顔は見ていない気がする。

 ステージから彼の姿が見えなくなったのはいつからだっただろうか。

 ライブに誘っても断られることが増えてきたのはいつからだろうか。

 

 彼の異変に気が付いたのは、一体いつからだっただろうか。

 

 渋谷凛は秋葉玲が好きだった。

 いくら冷め切った心を持っている中学生時代の凛とて、思春期の多感な時期だ。そんな時に、自分の為に頑張ってくれている男子の存在があれば、好意を寄せてもおかしくない。

 だから、玲が話しかけてくれる現状に甘えていたのかもしれない。

 近所に住んでいる幼馴染で、互いに好意を抱いていることは明確で、唯一の親しい異性。玲が怪我をしたときには病院で出会った女の子の話もしていたけど、それも完治してからは無くなっていた。

 

 だからだろう。

 凛が夢中になれる何かを見つけて、玲がそれを失くした時。

 玲の中には自覚があった。

 凛はアイドルとして夢中になれる何かを探して必死だった。

 玲は夢の先に進んでしまっていて、凛は夢の道を進んでいる最中だった。

 ただそれだけの差が、二人の絆に大きな亀裂を入れたのだ。

 

 「今度の日曜にさ、小さいところだけどライブやるんだ。良かったら来ない?」

 「あー、その日は用事あるんだ。ごめん」

 

 「関係者席のチケットなんだけど、玲いるでしょ?」

 「…たまには他の友達にあげてみなよ。俺はほら、何回も行ってるし」

 

 ライブの誘いを断られるうちは、アイドルになったばかりの自分を気遣っているのだと思っていた。

 けれど、シンデレラプロジェクト総員が出演するサマーフェスの合宿前、アイドルとしての自覚が出て、成長した姿を見せたいと思って誘った凛に、玲は見たことも無いような冷め切った表情で言い放った。

 

 「…俺は、いいや」 

 「え、なんで…?」

 「特に理由は無いよ。それじゃ」

 

 その言葉に、凛の心はガラガラと崩れ去った。それでもアイドルとしての責任でサマーフェスは無事にアイドルらしく乗り越えたが、凛の心には確かな傷と疑問が渦巻いていた。

 何故、どうして。

 家に帰ればそのことばかり。帰宅途中にある玲のマンションの前を通っては、立ち止まって見上げるようなことが何日も続いた。

 

 渋谷凛は秋葉玲が好きだ。

 いつまでも一緒にいると思っていたし、玲が自分の事を好きなんだと知ってもいた。

 だからこそ、こんな未来は想像すらしていなかった。

 新しい仲間が増えたことで、昔からいつでも自分の為に動いてくれていた少年が自分の前から消えてしまうなんて。

 けれど今更、夢中になれる何かを掴めそうなアイドルという道を捨てることなんてできない。

 彼が示してくれた道を全て切り捨てて、ようやく見つけた夢なのだ。それを捨ててしまうのは、今の仲間にも、彼にも失礼な行為だと凛は知っている。

 

 だが、玲への義理を通そうとすれば、今の玲との接点が失せていく。

 自覚した恋心を抑制するように、義理と想いが凛と玲の絆を遠ざけていく。

 これまでは玲から凛への一方的で、独善的な想いがあった。

 それを凛は受け入れて、あまつさえ嬉しいと思っていた。

 しかし、ようやくその気持ちに応えようと思った時、既に玲の中ですべてが終わっていた。

 玲の熱は冷めきって、以前とは逆に凛からの一方的な想いに、玲が応えることは無い。

 

 すれ違い、行き違った心は色褪せて、一方の心は風化していく。

 

 何もかもが遅かったと自虐する、見当違いなアイドルを取り残して。

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