深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
基本的に、深海戦線側に入れられない小話や、キャラクター毎の個人エピソード等を書いていく予定です。
息抜きに書き散らかすものなので、一つ一つはそうそう長くはならない筈。
で、「兵装実験艦夕張・パンドラの社」ですが、こちらは、タイトルの通り、夕張さんのエピソードとなります。
【第一章 <起> 海原に一滴、零れ落ちて 第一話】
【再びの海・???】
最初に意識したのは照りつける太陽と青い空。
陽を遮るために掲げた手を見て、自分に四肢が備わっている事を意識した。
穏やかな波が足下でちゃぷちゃぷと音を立てている。
見渡す限りの海原。
どこも光に溢れ、まばゆかった。
持ち上げていた手を下ろすと、ごく自然に艤装から生えた操縦桿を握り込んだ。
背中に載った艤装からジョイントで左右に展開された金属の塊。
そう、これも私の体。
暖気程度に緩やかに回る機関音が心地よい。
万全だ。
目を下ろすと、オレンジ色のスカーフがついたセーラー服が目に入る。
その下はペパーミントグリーンのスカート。
手をあげて、顔に触れてみる。
当たり前だが、普通に顔のパーツが揃っている。
手を後ろに延ばすと、髪が後ろで縛られているのが分かった。
ふと気になって、服を探ってみたが、何も持っていない様だ。
鏡でもあれば、自分の顔が見えるのだが。
(鏡?)
鏡とは、可視光線を反射させて像を見せるもの。
一般的にはガラスの片面に金属……そう、アルミとか銀等を蒸着させて作る。
他に何か憶えているものはないものか、意識を巡らせるが、焦点がぼけているせいか、捕らえ所のない雑然とした知識のかけらがうっすらと意識されるだけだ。
「……私はだれ?」
とりあえず呟いてみる。
そうだ、当面一番大事なのはそこだろう。
(夕張型1番艦 夕張)
すぐに答えが浮かんできた。
(そうだ、私は兵装実験軽巡……佐世保の工廠で建造された……輸送作戦中に魚雷を受けて……沈んだ)
爆発に引き裂かれて歪む金属、流れ込む海水。
艦の損傷を苦痛として感じる記憶。
頭から引きずり込まれ、迫ってくる海底の記憶を、歯を食いしばって追い払う。
(でも、これは“人間”の体だ、何故?)
全てが分からない。
基本的な知識はありそうなのに、そこにたどり着く為の名前も置き場所が分からない。
途方に暮れてもう一度周囲を見回しても、代わり映えしない海原が広がっているだけだ。
しかし、さっきからなんとなく、この場に居てはいけないような、危機感がちりちりと意識下で燻っているのを感じる。
この海も、“夕張”が最期を遂げた海と同じく危険なのだろうか。
(ここはどこ?)
兎に角、自分の居場所が分からなくては、何処に向かえば良いかも分からない。
(取りあえず、佐世保かな)
やはり、馴染みのある場所が思い浮かぶ。
そんな事を考えていると、“声”が聞こえた。
(……この緯度と経度なら、硫黄島が近いかな)
頭の中に浮かんだ海図と比較すると、結構日本に近い海域の様だ。
そう思ってから、今のは誰のささやき声だったのだろうとあたりを見回し、左肩に載った小人が目に入る。
一瞬びくりとしたが、小人はにっこり笑い、きびきびと敬礼し、ぽんと背後へ飛び降りていった。
どこをどうやったのは分からないが、それは背中の艤装へ入ったらしい。
意識してみると、艤装の中で元気に仕事をするそれらの存在を感じる。
(妖精さん……?)
よく分からないが、私の担いでいる艤装には妖精が搭乗しているらしい。
彼女達からは全く敵意は感じない。
伝わってくるのは親近感。
かつての水兵達が愛してくれた様に、彼女達も私という乗艦を愛してくれているのだろうか。
(取りあえず、硫黄島へ行ってみようかしら……でも)
うっすら残る記憶では、硫黄島は米軍の断続的な艦砲射撃に晒されていた様な気がする。
しかし、そもそもここは記憶の中にある世界なのか。
少なくとも帝国海軍の艦はこんな人の姿をしていなかった。
とはいえ、近づくなら慎重にした方が良いだろう。
前世の記憶でも、撃たれるのは痛かった。
不注意で艤装の妖精さん達を道連れにするのは忍びない。
取りあえず、微速前進を開始する。
初回と言う事で、平和に始まりました。
初々しい(?)夕張さんの反応を楽しんで頂けていれば幸いです。
今後も基本的にあんまり、ドンパチする様な話にはならないと思いますが、よろしければ次回も読んで頂けるとありがたいです。
……できれば、本編(深海戦線)も読んで頂けるとうれしいなぁ。
あっちには、一人前のれでぃとか、神通さんとかも出てますよ。
とは言え、これ読んでる人に初見さんさん居るんだろうか?
とりあえず、第二章からは、由良さんが出ます!