深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 悪夢から目覚めた夕張。
 完全な昼夜逆転状態で、取り敢えずシャワーを浴びようとする彼女は、療養所の夜の顔を垣間見るのであった。

※今回は全然エロくない、エロスシーンがあります。
 ご了承下さい。


 【第三章 <転> イドの怪物 第三話】

 

【艦娘療養所:夜】

 

 

「……はぁ」

 

 目を開けると、薄暗い部屋が目に入った。

 

(ひどい夢……)

 

 そのまましばし、天井を見上げたままぼうっとする。

 なんだか、体中からじっとりと濡れた感覚がして気持ち悪い。

 かなり寝汗をかいているようだ。

 起きあがる気力もなく、急速に薄れてゆく夢の内容を反芻する。

 夢は現実の記憶が影響するらしい。

 だとしたら、あれは何がどうなって、ああなったのだろう。

 あれこれ考えていると、どうも、楽しくない分析が導き出されそうな気がして、どうにかこうにか体を起こす。

 体の動きでずれたタオルケットが床に落ちた。

 寝る前にかけた記憶はない。

 恐らく、由良がかけてくれたのだろう。

 

(完全におかあさんになってるんですけど……)

 

 のそのそとベッドから降りて、ランドリーバッグを探しだし、少し湿り気を感じるタオルケットを押し込んだ。

 寝汗で体中汗ばんでいる。

 前腕を撫でてみると、指先に濡れた感覚がした。

 シャツもじっとりと冷たい感触がする。

 

(シーツもかえないと)

 

 シーツを引っ張ってランドリーバッグへ乱暴に押し込み、少し考えてから、枕カバーを外してそれに加える。

 目をしょぼしょぼさせながら暗い部屋を横切り、脚にあたった箱から紙ウエスを一枚引っ張り出して、顔と手を拭う。

 

「う゛~」

 

 人には見せられない姿とはこの事だろうなぁ、等と思う。

 取り敢えず、鏡を見るのはやめて、着替えと入浴セットを用意する。

 艦娘の汗は蒸留水みたいなものだから、基本無臭だ。

 でも、これだけ湿ったまま放置すれば、周囲の布製品をかび臭くしてしまうだろう。

 水は水だ。

 ゾンビの様に脚と袋を引きずりながらシャワー室へ向かう。

 廊下も真っ暗だったが、自動的にセンサーが反応し、蛍光灯が点灯する。

 薄暗いが問題はない。

 しかし、窓の外はもう真っ暗だ。

 

(何時?)

 

 そう言えば時計を見ていない。

 腕時計も自室に置いてきてしまった。

 

(ま、いっか)

 

 兎に角、体を洗いたい。

 

「ん?」

 

 何か光がよぎった気がして、立ち止まる。

 目を凝らすと、窓の外に光が見えた。

 前照灯の光だ。

 

(車?)

 

 こんな夜中(?)に誰が出入りしてるのだろうか。

 ぼーっと見ていると、電気が消えてしまった。

 センサーが自動消灯してしまった様だ。

 その考えにたどり着くのも時間がかかる。

 

(ゾンビ化進行してるなぁ)

 

 ドアの開く音と共に、何か少しがやがやと騒がしい雰囲気窓越しに伝わってきた。

 目をすがめて見てみると、一人は摩耶さんらしい。

 

(ガラ悪いな……)

 

 何を話しているかまでは分からないけど、やたらと馴れ馴れしく、肩に腕を回そうとしたり、どさくさ紛れに尻に触れたりする連中が、思ったよりはっきり見えてしまい、夕張は眉をひそめる。

 視力の倍率を弄れるのは便利だが、あまり、見たいとは言えないものまでたまに見てしまうのが困り物だ。

 酒でも入ってるかも知れないが、どう見てもこの施設の人間とは思えない。

 どこかから“拾ってきた”のだろうが、それにしたって、趣味が良いとは言えない選択だ。

 一団は研究棟の方に向かうようだ。

 夕張はぼんやりした頭で首を傾げながらシャワー室になんとかたどり着き、荷物を床に放り出した。

 

(う~ん、ま、いっか)

 

 半分朦朧としながら、その場で全裸になる。

 どうせこんな時間にくる人間はいない。

 暖かいシャワーを浴びていると、ようやく人心地がついてきた。

 体を洗い、頭を冷水に近い温度でながしていると、ふと、さっきは流してしまった光景に妙なひっかかりを感じた。

 

(ここの摩耶さんて、なんか、そう言う事する人じゃない気がするんだけど……?)

 

 “摩耶”は確かに、時たま、いや、割と口汚い事もあるが、仕事ぶりはきびきびしていて、あまりいい加減な事をする様な気性を感じた事はない。

 

(というか、療養所なら兎も角、なんで研究棟へ?)

 

 ああいった人種と何をするにせよ、研究棟の施設を使うのは良い選択とは思えない。

 備蓄を銀蠅(ギンバイ)するにせよ、摩耶さんの仕事場は基本的に療養所だから、出入りは容易で物資の場所が分かったこちらに来る方が自然だ。

 

 体を拭いて洗濯機の前でぼーっと座っていても、その考えがどうにも消えない。

 

(……施設の警備の話だから、私がどうこう言ってもしょうがないんだけど)

 

 数分考えてから、夕張は立ち上がる。

 

「まぁ、気にはなるわよね……」

 

 首を突っ込むのは控えるにしても、軽く様子を見て、由良に一言伝える位はしても良いだろう。

 流石に、完全に黙っているのも気が引ける。

 サンダルから制服の靴に履き替え、ぶらぶらとシャワー室を出る。

 

(……出るなら、工房からよね)

 

 職員用の宿舎は療養所に建て増しされた区画だが、多分意図的に屋内からは移動できない構造になっている。

 研究棟、職員用宿舎のどちらに行くにしても、一旦外に出なければならない。

 だが、困った事に消灯後に普通に出入り口から出ようとすると、防犯センサーに引っかかってしまう。

 とは言え、工房の外部搬入口ならなんとかなるだろう。

 何しろ搬入口に独立した防犯センサーをつけたのは、夕張自身なのだ。

 内側から無効化する位、目を瞑っていたって簡単である。

 

(くぐり戸の所だけでいいかな……)

 

 まぁ、工房へ入室が禁止で、ドアが施錠されているという問題はあるが。

 

(非常時だし……ね)

 

 そんな事を考えつつ、工房へ向かう。

 鍵は提出してしまっているのだけど、実は、予備の予備はそのままになっている。

 ふらふらの時だったから、一々、全部言う気力がなくて、結局そのままになってしまったのだ。

 工房前の廊下まで行き、消火器ボックスを開ける。

 天井に貼り付いた薄い磁石付きキーケースから鍵を取り出して、工房の扉を解錠。

 まだ半月経っていないのだが、なんだか、随分久し振りに入る気がする。

 

(やっぱりこの空気、落ち着くわぁ)

 

 工房は、自室へ移されたものを除けば、そのままになっているらしい。

 テストしようと思っていた、試作連結型多用途爆雷も隅っこでとぐろをまいている。

 

(さてと……)

 

 もう少しここに居たい気もするが、今は立ち入り禁止区域だ。

 長居する訳にはいかない。

 必要な工具をチョイスして、ささっと、警報を無効化する。

 くぐり戸を抜けると、ひんやりとして心地の良い夜気が肌を撫で、微かな潮の香りが鼻をくすぐった。

 これで月が明るければ、散歩するのにちょうど良いのだが。

 殆ど欠けてしまった下弦の月は、足下がかろうじて見えるか見えないか程度の灯りしか提供してくれない。

 暗がりに入れば、鼻をつままれても分からないだろう。

 どっちかといえば、夜戦で奇襲をかけるには良い塩梅だ。

 まぁ、こんな時間にゲリラ訪問するのは、十分に奇襲の範疇に入る気もするが。

 

(さてと)

 

 夕張はそろりそろりと、職員用の宿舎の方へ移動する。

 さして遠くもないし、改めて部屋の場所を確認しても良いだろう。

 

(……まだ起きてる?)

 

 窓からはうっすらと、ピンク色の光が漏れていた。

 近づいてみると、光源というよりは、カーテン自体がピンク色の様だ。

 由良のイメージカラーと言えば、あの綺麗な桃色の長い髪。

 中々それらしいチョイスだと思う。

 

(……えーと)

 

 そのまま覗いたりしたら、流石にバレそうで怖い。

 工房から持ち出してきた工具ベルトに確か、アレがさしてあった筈だ。

 夕張は工具ベルトから、伸縮式の点検鏡を引っ張り出した。

 小型で携帯性が良い割に、ライトとマグネットまでついている多機能型だ。

 普通は機械の狭くて見えない所をチェックするのに使うのだが、まぁ、こういう時にも割と使える。

 伸ばした点検鏡を窓に近づけて、中を窺う。

 鏡が小さいのと、窓ガラスの反射で少し見づらいが、角度を調節すると、中がちゃんと見える様になった。

 

(……?……!……??!……!!!!!!)

 

 最初は、髪を解いた由良が何か、リズムでも取ってるのかと思った。

 けど、体勢が僅かに変わる度に肩と、背中の素肌が覗き、一瞬思考が停止する。

 停止した思考を、海から聞こえる波音が洗い、敏感になった聴覚が、勝手に音を拾い出す。

 今は有り難くない事に、軽巡級には増設しなくても標準で対潜用の聴診機能がある。

 意識を集中させれば、水中の音以外でも人並み以上に音を拾えてしまう。

 決して安普請では無いにしても、これだけ窓の近くに居れば、部屋の中から響く、押し殺した二人分の嬌声と、家具の軋む音まで聞こえてくる。

 状況が状況とはいえ、数ヶ月間一緒に過ごした相手の声は間違えようがない位、くっきりと聞こえてしまった。

 今更目を閉じても、河田先生の生物素材コンロッドが由良の単気筒シリンダーにピストンヘッドを高速ディーゼルでクランク大回転してる動画が8k画質でリピート再生されるのが止まらない。

 タスクリソースを確保できない言語野が解析を拒否した睦言が、生データとしてどこかのストレージへ記憶されてゆく。

 

(んんん……)

 

 そんな中でも手だけは機械的に動き、点検鏡を静かに縮め、工具ベルトにしまい込む。

 仕事を終えた手は、ようやく両耳を塞ぐタスクを思い出した。

 夕張はしばらくそのまましゃがみ込み、両耳を塞いでいた。

 半分緊張症の様な症状が出ているのを自覚する。

 

(いや……確かに驚いたけど……“私”驚き過ぎ)

 

 ぼんやりとした意識な中、驚きすぎの自分をどこか自嘲しながら、呼吸を整える。

 

(4つ数える、息を吸う……4つ数える、息を吐く……)

 

 初めて直撃弾を貰って、臓物を海面にぶちまけた新兵を落ち着かせる様に、静かに数える。

 

(大丈夫、擬体の怪我なんて、ガムテで巻いとけばいいの、手なんか後で生えてくるわ……)

 

 ぶつぶつ呟きながら、しゃがみ歩きでその場を離れる。

 

(由良……激し……じゃなくて……もう)

 

「ふぃー、おどろいたぁ……」

 

 砂浜に寝転がり、しばらく波の音を聞いている内に、少しは落ち着きが戻ってきた。

 

(まぁ、そりゃ、そう言う事になっちゃう事もあるわよね、うん、まぁ……)

 

 確かに、河田先生の身の回りの世話までしてるのは知ってたけども、夜までそれが及んでいたとは流石に想像してなかった。

 助手の立場だから、その延長で世話してるのかな、ぐらいの印象だったのだが。

 まさか、そんな深い関係だとは。

 

(まぁ、聞かない話じゃないけど)

 

 艦娘を指揮する提督や、艤装を作る妖精鍛冶、艦娘の専門医は、職業上、艦娘との特殊な共感力、俗にいう“内線”で直感的なコンタクトができる人間が多い。

 波長が合うペアであれば、関係が職場内恋愛に発展する可能性はそれなりに高くなる。

 色々と組織的な対策が施される前は、一部の鎮守府が提督のハーレム化していたり、痴情のもつれから刃傷沙汰どころか、火砲沙汰に発展した事例まであったらしい。

 なので、最近は職場でそう言う関係をおおっぴらに開示するのは、割と控える傾向がある。

 まぁ、民間の組織では割とその限りではないのだけれども。

 

(……ま、別におおっぴらにはしてるわけじゃないか)

 

 そもそも、今回覗いたのはこちらである。

 ごく当たり前に犯罪行為だ。

 復元不可の消去をかけるべき記憶データだ。

 

(なんか、もう、面倒くさくなっちゃったな……)

 

 なんだか気が抜けてしまう。

 もう、研究棟の様子を見に行く気もすっかり失せてしまい、夕張は目を閉じる。

 殆ど真っ暗だけど、風は心地よいし、優しい波の音が眠気を誘う。

 

(ま、今日はちょっと散歩に出たって事で……)

 

 いけないとは思いつつ、波の音に耳を澄ませながらうとうととしてしまう。

 

(たまには、夜抜け出すのもいいかな……)

 

 ちょっと現実逃避にひたる。

 火照った体に海風が心地良く、緊張の後の脱力感も相まって、もう、あと五分、あと三分と動かない理由を探してしまう。

 うっすらとした光を放つ月に、墨を垂らした様な薄雲がかかるのを眺めていると、凪いでいた意識にノイズが入り込んできた。

 

(ん……)

 

 一瞬考えて、それが砂を踏む足音、それも駆け足に近い事に気が付いて、慌てて身を起こす。

 体を半分起こした所で、そのまま寝てれば、誰か来ても見つからなかったんじゃないかという事に気が付き、体が硬直する。

 そんな事を考えていた一瞬で、激しい衝突が発生した。

 中途半端な体勢で踏ん張りきれる訳もなく、砂の上で、誰かともつれ合う。

 身を離そうともがいている内に、体重の勝る相手に組み敷かれている事に気が付く。

 

(あ、コレ簡単に返せないやつだ……)

 

 一時期、やたらとはやった、某柔術のマウントスタイルっぽい体勢。

 ひたすらぺちぺち殴られるやつ。

 

(うわ……)

 

 その誰かは、暗い色の服に目出し帽まで被っていた。

 完全に犯罪者スタイルだ。

 思わず悲鳴をあげそうになると、まるで察した様に、口を塞がれた。

 手袋までしている。

 これは、もしかして、かなりマズい状況ではないのだろうか。

 今更ながらに、もう一回寝直そうと思って、ブラを省略した事が悔やまれる。

 シャツは二枚着てるけど、その下のそれはノーガード。

 まずい。

 これはまずい。

 引き延ばされた時間の中で、何か思案しながら視線を少し下へ動かした相手が、首を振る。

 何かは知らないが、何故か、妙に腹が立つ。

 体に力を込め、可能な限り、しなやかに力強く、思い切りブリッジする。

 思ったより、景気よく吹っ飛んでいった後、少し大きめな水音がした。

 脚を絡められていたら吹っ飛ばせなかっただろうけど、まぁ、艦娘の腕力なら本来抜け出すのは簡単。

 ま、冷静になればだけども。

 

(冷静になったというか、ムカついただけかな……)

 

 きょろきょろ見回すと、少し離れた所から黒い人影が上陸して、走って逃げてゆくのがみえた。

 少し、フラフラしている。

 

(……ん~)

 

 追いかけようか逡巡している内に、人影は消えてしまった。

 足跡を追跡すれば追いつくかも知れない。

 

(……止めた)

 

 追いかけて捕まえた所で、こちらも消灯時間に抜け出しているのは変わらないのだ。

 由良と話すのは、もう少し時間を置きたい。

 しばらくは、由良の目をまともに見て話す自信がないし。

 

「帰ろ……ん?」

 

 砂を払っていると、足下に何か落ちている事に気が付いた。

 小さなハードディスク。

 多分、2.5インチの外部接続。

 100の99は、さっきの誰かが落とした奴だ。

 一瞬、放っておこうかと思ったが、好奇心が勝る。

 

(……痴漢?じゃなくて、諜報員?こんな場末の基礎研究所で?)

 

 HDDをもてあそびながら考える。

 

(……ま、いっか、後で考えよ……まぁ、誰かに報告しなきゃいけない、けど……明日にしよ、疲れちゃったし)

 

 大体、由良の部屋じゃ、まだ、高速ディーゼルが回転中かも知れないのだ。

 夕張は、頭を掻いて療養所の方へ歩き出す。

 

「はぁ……ねむ……」

 

To Be Countinued……

 




 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
 次回も宜しくお願い致します。
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