深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 林所長からの奇妙な依頼に戸惑いながらも、ひとまず流れに身を任せる事にした夕張。
 無邪気な五月雨の姿につかの間の癒しを感じつつも、その儚い幸せに、空しさを感じるのであった。


 【第三章 <転> イドの怪物 第六話】

【艦娘療養所:施設巡り】

 

 

 昼食の後、夕張はそそくさと五月雨を食堂から連れ出した。

 好き好んで林所長と一緒に居たくは無かったし、あの、多田とかいう男が帰ってくる所に居合わせたく無かったのだ。

 あの男も、何か、林所長と似た、嫌な感じがする。

 それはそれとして、五月雨を連れ回して施設の案内をするのは楽しかった。

 何でも素直に驚き、喜ぶ、そんな彼女の溌剌とした反応は、眩しい。

 ただ、どこか、もう自分が無くしてしまった何かを感じて、少し寂しい様な、妙な心持ちがあった。

 

「そこは、何なんですか?……工房?」

 

 廊下を歩いていると、不意に五月雨が首を傾げながら、プレートを指さした。

 夕張愛しのマイルームにして裏庭発明家の巣である、工房だ。

 

「あー、それはね、私が作ったんだけど」

「え、お部屋をですか!」

 

 ちょっと苦笑しながら言った瞬間、五月雨は文字通り飛び上がって驚いた。

 目が完全にまん丸くなっている。

 本来なら、ここは鼻高々で自慢したい所なのだが、そうも行かない事情があった。

 

「まぁ、元は倉庫だったのを改装しただけなんだけど……」

「それでも凄いです、」

 

 ちょっと口ごもっていると、目をきらきらさせた五月雨が手を握ってくる。

 

「あ、すいません」

「いいのよ」

 

 慌てて手を引っ込める五月雨に、夕張は首を振った。

 この無条件な親愛を無碍に撥ねつけるのは難しい。

 

「中って、見ちゃだめですか?」

「あー、ちょっと少し前に事故っちゃって、しばらく閉鎖してるのよ」

 

 一応入室禁止の身で中を案内する訳にもいかないだろう。

 鍵だって“持ってない”事になってるんだし。

 

「そうですか……でも、夕張さんでもそんな失敗なさるんですね」

「いや、まぁ、たまにはね」

 

 実際はしょっちゅうだ。

 

「私なんて、何でも失敗しないと始まらないというか……ドジばかりで」

 

 それは知っている。

 

「あ、そろそろお昼ね……食堂へ行ってみましょう」

「はい」

 

 

【艦娘療養所:食堂・摩耶弁当】

 

 

 食堂には、まだ、摩耶さんと由良、あと、河田先生しか来ていなかった。

 由良と河田先生は同じテーブルで向かい合って座っている。

 よくよく考えてみれば、夕張と一緒に食事してない時、というか、河田先生が食堂に顔を出している時の由良は、いつも先生の向かいに座っていた。

 

(はぁ、コレって、単に私が空気読めなかったって事よねぇ)

 

 改めて見ていると、河田先生と話す由良の表情は、殊更柔らかく感じられる。

 

「由良」

 

 少し気を落ち着けてから、夕張は声をかけた。

 

「あら、夕張……と五月雨ちゃん?」

「はい、初めまして五月雨です、今日からここでお世話になります」

 

 深々と一礼する五月雨の背中から、長い髪の毛が零れ落ちる。

 蒼い髪の零れる様からは、南国の静かな潮騒が響く様だ。

 

「こっちはピンクの子は軽巡の由良、ここの職員さん、そっちの白衣の人は、河田先生……えっと、保健の先生みたいな人だから、調子が悪かったりする時に相談するといいわよ」

「何かあったら、由良に言ってね」

「まぁ、その様なものだから、宜しく」

 

 二人の表情から見るに、まぁ、悪い例えにはならなかった様だ。

 大筋に嘘をつかないのが一番である。

 

「はい、由良さん、宜しくお願いします、先生も宜しくお願いしますね!」

 

 余り二人の邪魔をしても悪いので、配膳台の前でだるそうに座って体中を揉みほぐしている摩耶の所へ行く。

 摩耶は左肩の付け根を抑えて、顔を歪めながら、配膳台に置かれたバスケットを指さした。

 その隣には、パステルカラーのレジャーマットが畳んで置いてある。

 

「痛っぅ……あん、夕張か……“新入り”の事は林のおっさんからきいてっから、昼飯はそこに用意してあるぜ」

 

 この療養所のどこにあんなおしゃれなアイテムがあったのやら。

 しかし、バスケットからはみ出した赤いチェックのランチョンマットもなかなか良い雰囲気だ。

 立ち居振る舞いは兎も角、確実に摩耶に女子力は勝てる気がしなくて、少々、夕張は凹んだ。

 自分だったら、絶対に直座りするか、ブルーシートを持参する位が精々である。

 

「ありがとうございます、えっと、この人が摩耶さん、職員の一人で、まぁ、おいしいご飯を作ってくれる人?」

「なんで疑問系なんだよ!ったく、ま、そう言うもんだ、宜しくな」

「はい、素敵なランチ、ありがとうございます!」

 

 五月雨の大げさな反応に、摩耶は一瞬、苦虫を噛み潰した様な顔をするが、自分の頭をくしゃくしゃっと掻いてため息をついた。

 

「まだはええよ、食ってから言いな、分かったら、ちゃっちゃと捌けろ(はけろ)って、この時間は忙しいからよ」

 

 口調はいつもの悪態三昧だが、口の端には、仄かに微笑が浮かんでいる。

 まぁ、根が心底の人でなしでもない限り、あの笑顔に抗し続けるのは難しい。

 

 

【艦娘療養所:入り江・晴天】

 

 

「夕張さーん、気持ちいいですよー!」

 

 波打ち際を素足で走り回る五月雨に、夕張は手を振った。

 長い髪をなびかせ、無邪気に水遊びに興じる五月雨はとても艦娘には見えない。

 まだ、無邪気さが抜けない、年端も行かない少女。

 艦娘にとって、海は戦場だ。

 血を流し、オイルで海面を光らせ、燃える塊となって沈む場所。

 産まれて還る所。

 ただの少女として、永遠の1日を過ごせるのであれば、その方が幸福なのでは無いのだろうか。

 

 足を投げ出してレジャーマットの上に倒れ込む。

 まだ日が高い。

 倒れたまま、夕張は空へ手を伸ばす。

 

(青さが足りない……)

 

 快晴の空は美しいが、昔見た空は、もっと、抜ける様で、どこまでも青かった気がする。

 

(あれはどこで見たんだろう)

 

 晴天で空を仰ぐ度によぎる疑問だが、一度も答えを得られた事は無い。

 外洋へ出れば答えを得る事は出来るのだろうか。

 

「どうしました?」

 

 考え事をしていると、上から五月雨が覗き込んでいた。

 一人遊びにも飽きたらしい。

 

「ちょっと、考え事……そろそろ、ご飯にしよっか?」

「はいっ!」

 

 バスケットの中身を開けてみると、保冷剤に包まれたラムネが二本出てきた。

 これは取り敢えず開けて、五月雨に一本渡す。

 冷たいラムネは元気を出してくれる。

 更に探ると、魔法瓶とコップが出てきた。

 こっちはコーヒーが入っている様だ。

 底の方に二つ用意されているタッパーを開けてみると、丸く可愛らしい巻物が現れた。

 内容物は普通のサンドイッチとほぼ同様だが、パンに具材を太巻きの様にして巻き込んだロールサンドは、一口サイズにカットされている。

 これは、可愛らしいだけではなく食べやすそうだ。

 端に添えられている黄色いものは、フレンチサンドに見える。

 普通なら、卵焼き辺りを添えそうな気もするが、主食に主食を添える事を躊躇わないのも、摩耶のセンスなのかも知れない。

 

「うわぁ、本当に可愛いですね、頂きますっ!」

 

 歓声を上げてロールサンドを口に入れた五月雨が、満面の笑顔を浮かべる。

 

「おいしい!夕張さんも早く、早く!」

「はいはい、ん、おいし!」

 

 実際、一個一個丁寧に仕上げられたロールサンドは、とてもおいしかった。

 おいしい物を食べている時、宴会でもない限り、大体無言になるものだ。

 次に五月雨が歓声をあげたのは、添えられていたフレンチトーストを口に入れた時だった。

 

「甘くておいしい、まるで、ケーキみたいです!」

 

 このご時世、配給制ではないものの、常用する調味料の中で砂糖はそこそこ高価だ。

 デザート代わりとする為だろうが、ケチらずにぶち込んでくれたのは好意なんだろうか。

 

(所長命令だから、いーや、ケチケチせずに使っちまえ、位の線もありそう……)

 

「あれ……誰でしょうか?」

 

 食後に二人で、コーヒーを飲んでいると、五月雨が不思議そうに首を傾げた。

 視線を追ってみると、砂浜をのんびり歩いている人間が見えた。

 

「矢野先生?……あ、あの人は、えーとあの人もここの職員で……用務員のおじさんみたいな」

 

 流石に医師が二人もいる休暇施設もちょっとヘンかと思ってしまい、つい、咄嗟に口走ってしまった。

 幸い、今、彼は白衣を着ていない。

 スラックスとシャツ姿ではあるが、ラフに袖を捲り、ネクタイをだらしなく緩めたあのスタイルなら、まぁ、ごまかせるだろうか。

 

「へぇ、職員さんなんですね」

「そうそう、職員の人」

 

 少し首を捻りながらも納得した様子の五月雨に内心胸をなで下ろしつつ、夕張は矢野先生に改めて目を向けた。

 どうやら、ホットドッグみたいなものを齧りながらぶらぶらしている様子だ。

 朝も似た様な食べていた気がするが、矢野先生は食事内容が少々被った所で気にしない人種なのだろう。

 

「こんにちはー!」

 

 五月雨が手を振ると、此方に気がついたらしく、ぺこりと会釈を返してきた。

 一応、夕張からも会釈を返す。

 結局、矢野先生は夕張と五月雨が撤収するまで、入り江をぶらついていた。

 

(何か、考えに浸りたい事でもあるのかしら?)

 

 正直、矢野先生はちょっと、コミュニケーションに自信があるタイプには見えない。

 まぁ、休み時間に一人になりたい時だってあるだろう。

 レジャーマットを片づけて、療養所に帰ると、由良に呼び止められた。

 

「夕張、五月雨ちゃんもちょっと一緒に遊ばない?」

 

 ほんの一瞬身構えてしまったが、由良は背後から小型の紙箱を取り出した。

 何かのパーティゲームの様だ。

 

「研究棟の娯楽室を使って良いって許可がでたのよ、だからね、他にも結構色々ゲームがあったから」

 

 研究棟に娯楽室があるなどと言う話は初耳だが、まあ、夕張とて研究棟の事はほぼ知らない。

 

「そうねぇ」

 

 ちらりと五月雨をみると、目をきらきらさせて、今すぐに行きたそうだ。

 

「了解、取り敢えず五月雨ちゃん着替えさせてからね」

「おっけ、食堂で待ち合わせね」

 

 由良は夕張と五月雨に手を振り、スキップしながら行ってしまった。

 

(上機嫌だなぁ)

 

 

To Be Countinued...




 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
 今回は、夕張さんと五月雨ちゃんののんびりした一日、お昼の部でした。

 次回、午後から夕方の部で、彼女達の休暇は終了となります。

 転の章も、終わりが見えて参りましたが……
 このままおつき合い頂ければ、幸いでございます。
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