深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
河田医師より、それが彼女の治療の一環だったと告げられ、今後の協力を快諾する。
しかし、自室へと戻った彼女を待ち受けていたのは、余りにも醜悪な事実だった……
※今回、ストレートに残酷な描写(R18G)が多々あります。
【艦娘療養所・夕張自室】
「あーつかれた……」
自室に帰るなり、夕張はベッドに倒れ込んだ。
体が疲れると言うより、どうにも気疲れする一日だった。
ベッドは朝這いだしたままで、タオルケットが床に落っこちているが、まぁ、別に寒くはない。
(寝ちゃお……)
目を閉じようとした時、ふと、ぼんやり電源のLEDを点滅させているデスクトップPCが目に入った。
「あ……」
倦怠感を抑えて跳ね起き、PCの前まで移動する。
OAチェアに腰を降ろして息をつく。
(朝からジェットコースターだったせいで、コレの事忘れてた……)
昨晩、由良と河田先生の秘密の二身合体を目撃した後。
入り江うとうとしていた時にわき腹をけっ飛ばしてくれた、よく分からない覆面の人の、多分、落とし物。
朝になったら、由良か、先生にでもどうにかうまく届けるか、どこかへそしらぬ顔して放置した方が良いかちょっと考えていたのだが、完全に失念していたのだ。
(……うーん、ちょっと中を確認しようかしら、Passかかってたら諦めて、どっかに捨てよう)
デスクトップPCの横板を外して、中の天板にダクトテープで貼り付けておいた、外付けHDDを取り出す。
(さてと、端末に妙なセキュリティがなきゃ良いんだけど……)
まともな会社組織なら、職員に貸与する作業端末に、余計な可搬記憶媒体(かはんきおくばいたい)、要するにUSBメモリや外付けHDD等を接続できない様に設定している。
どこぞのお役所では、USBポートへシールを貼るという、お粗末以前の対応が笑いのネタになっていたが、普通はOSや、セキュリティソフトの機能で制限するのがポピュラーだろう。
セキュリティソフトで制御されてた場合は基本アウトだ。
セキュリティソフトの管理サーバ側を弄るしかない。
もし、それが無いのであれば、あとは、ネットワーク(ドメイン)へ接続した時に適用されるグループポリシーで制限されている筈だ。
ドメインネットワーク用のIDで接続するならそれも問題だが、今回は、そもそもネットワークに接続する必要なんかない。
全部ローカルで済ませるなら、恐らく、グループポリシーによる制限は回避可能だ。
(このPC結局自作PCみたいなものだから、OSのセットアップから自分でやってるし……ローカルの管理者権限付きIDは元からある、HDDの中身見たいだけならネットワークに繋げる必要もないから問題ないわね)
イージーな話で言えば、目の前の端末のLANケーブルを引っこ抜いて、管理者権限のあるローカルIDでログインすれば、それだけで問題なく、外付けHDDだろうが、USBメモリでも認識する筈だ。
物を壊しまくったのがここで役に立つとは思わなかった。
研究所の標準のセットアップ済み作業端末とかだったら、もっと面倒くさい事になっている所だ。
(さてと……)
念の為、端末に入っているソフトを確認する。
どうやら、セットアップ時に指定されてインストールした、一般的なセキュリティ対策ソフト以外は入っていない様だ。
(典型的なアンチウィルスと侵入防止機能……有効になってるのは、それ位かな)
端末からLANケーブルを引っこ抜いて、ローカルの管理者アカウントでログインする。
(さてさて……)
USBポートへそっと、外付けHDDを挿すと、LEDが点滅し、やがて、新しいUSB機器が利用可能になった旨のポップアップが表示される。
「よし……」
ファイラーを起動して中身を表示すると、素っ気なく番号分けされたディレクトリが並んでいる。
それぞれ見ていくと、電子化された書類と画像データ、音声データ、そしてムービーデータが入っていた。
適当なファイルを開けてみると、トップに“極秘”だの、“丸秘”だのの文字が踊っている。
(あー、こりゃ、本当にまずいわ……)
書類のヘッダに踊る機密分類をみるだけでもおなか一杯になってきた。
中には、“For your eyes only”なんてついているのまである。
一瞬、全部ファイルを閉じて、HDDをそのまま引っこ抜こうかと、夕張は逡巡した。
しかし、もうどうせ見てしまっているのだ。
見て黙っているか、見ずに何もなかった事にするのか。
(……一個だけ)
ヘッドホンを用意して、動画を一つ再生する。
動作再生アプリが立ち上がり、微妙に荒い映像を映しだした。
コンクリで四方を固められた部屋の中、片方のベンチに制服姿の摩耶が座っている。
その向かいには、5人程度の男がたむろしていた。
柄の良くないその連中は、前の晩に目撃した男達の様だ。
『準備はできた、始めてくれ』
『そっから撮ってんのか?……ったく、妙な趣味してやがる』
(この声……林所長?)
男達の一人がカメラを見上げて毒づき、摩耶の事を上から下までじろじろと品定めする。
『本当に“艦娘”なんだよな?』
『あ゛?』
疑い深そうに顔を顰める男の目の前に、20.3cm連装砲が突きつけられた。
『摩耶!』
しかし、次の瞬間摩耶が額を抑え、艤装が消滅する。
『……なにも、するな、従え』
静かに命令されると、かなり不服そうではあるが、摩耶は壁に背をつけて脱力した。
『おい、本当に“何をやっても大丈夫”なんだろうな?』
『ああ、問題ない、もう何をしても、彼女は小指一本君達には向けない』
なんだか、擬体に感じる発動機の音が妙に高まってきた。
嫌な汗が、じっとりと服を濡らし始めているのが分かる。
『よっしゃ、じゃあ、一度やってみたかった事があんだよ……なにやってもいんだよな?』
『ああ、やりたまえ』
男達の一人が、すっと、進み出たかと思うと、鈍い音が響いた。
『うっほ、すっげぇ手が痺れる……おい、凹んじまったぜ』
『……つぅ』
片目を軽く瞑って不快そうな顔をする摩耶の前で、男が凹んだ金属バットを掲げている。
『すげぇな艦娘、滅茶苦茶頑丈だぜ』
喜色を浮かべた男が、力一杯、何度も、何度も、バットを振り下ろす映像は、画像の荒さも手伝って、酷く、非現実的なものだった。
男達の息づかいと、殴打音、摩耶が微かに漏らす苦鳴だけがしばらく響く。
音は数分後、殴打していた男が大きく肩を上下させて、ふらふらと後ろに下がるまで続いた。
『すげぇな……こいつぁ、もう……使い物に、ならねぇや』
金属バットはまるで電柱でもフルスイングしたかの様に、べこべこの凹みだらけになっている。
『……終わりかよ、マッサージにもなんねえ』
にやりと笑った摩耶の脚に、男の一人が火のついたタバコをぐりぐりと押しつける。
『あったけぇなぁ、で?』
『ちっくしょう、戦車かよ!』
少しだけ、発動機の動悸が落ち着いてきた。
どう逆立ちしても、その辺の道具を使って一般人が艦娘を傷つけるのは至難だ。
動画みたいに、人と道具の方が壊れるのが精々だろう。
『ガワが壊せねぇなら、別の手だな』
ぽつりと、男達の一人が呟いた。
最初にカメラに向かって喋った男だ。
記録映像越しだというのに、夕張は何だか、その表情に寒気を覚えた。
『壊してもいい、だよな?』
『……無論だ』
男はじろじろと摩耶を見ながら近づくと、突然胸ぐらを掴んで床に引きずり倒した。
『ってぇ、何すんだ!』
『最初は仲良くなろうと思ってな……おい、おまえら、好きにやって良いぞ』
男が号令をかけると、それまで傍観していた他の男達が、床に転がったままの摩耶に我先に襲いかかった。
酷く凶暴な衝動が、夕張の中で渦巻き、画面の中の摩耶に向かって、反撃しろ、と叫ぶ。
あんな男達の2、30人、本来の力を出してしまえば、問題にもならない、が、しかし、動画の中の摩耶は、反撃をしない。
ただ、すさまじい憎悪をこめた表情でカメラを睨んでいるだけだ。
余りの気分の悪さに、夕張は動画を数分間ずつスキップさせた。
既に吐きそうだ。
(……警察?……艦娘の事案だから、大本営……憲兵、そうだ、憲兵)
ちらりと、やはり見るのではなかったという意識があるが、この施設でこの様な行為が行われているのでは、由良も、五月雨も、夕張自身も安全ではない。
もう、この証拠を掴んで、すぐに海に逃げる事も考えたが、今、殆ど丸腰である事と、前に、入り江から体が勝手に脱走しようとした時に感じた、自分の存在が不確かになる、あの感覚が二の足を踏ませた。
目の前をちかちかさせながら、意識をとばしていた夕張は、突然高まった苦鳴に、指を止めた。
『すげぇな、本当に切れたぜ!』
『こっちにも貸せよ』
『て、てめぇら……』
ボルトクリッパーを小脇に抱えた男が嬉しそうに口に入れてしゃぶっているのが、切断された指である事を理解した瞬間、夕張はヘッドフォンを外し、床の湯桶の中身をぶちまけて、激しく嘔吐した。
戦場では、酷く破壊された人体を見た事は何度もある。
でも、楽しみの為に、女性の体を壊す様な行為とは全く別のものだ。
精神的な醜悪さは猛毒となって、夕張の胃を締め上げ、肚の底に沈殿してゆく。
床で嘔吐を続けている合間にも、モニターは、無音で摩耶に加えられる破壊行為を映し続けていた。
高圧洗浄機、エアブロアー、電動ドリル、サンダー、ペンチ。
壁際に用意されたありとあらゆる工具が凶器になった。
水を、空気を注入し、蛙の様に膨れた腹部へ、全体重をかけて男が飛び降りる。
ドリルが開けた穴から、薄桃色の液体が勢いよく噴出し、他から漏れた水と合流し、排水溝へ流れ込んでゆく。
サンダーに擦られた皮膚は、無惨に削れ、真皮層が露出し、足で踏みつけた手に残された爪をペンチが剥がしとる。
無抵抗な艦娘を犯す事に飽きた男達の行為はどんどん、エスカレートしている。
(妖精さん付きの工具……)
映像越しではよく分からないが、男達が手にしている工具は、妖精さん付きの工具に違いない。
艦娘を傷つける事ができているのだから、そうに違いない。
あんな事に使ったら、しばらく使い物にはならないだろう。
あの男達の中に妖精が見える人種が居る訳がない。
艦娘を傷つけるのを強要された道具が自壊する可能性すらある。
夕張からしてみると、どちらも凄まじい冒涜行為だ。
床に転がったヘッドフォンから、微かに音が漏れている。
『これ、面白くね?』
『そうだな、どこにする?』
ペンチを放り出した男が持ち出したのは、バーナーだった。
『ここだな』
男達から視線を向けられた、リーダー格の男は、自分の左肩をぽんぽんと手刀で叩く。
『おまえら、押さえてろ』
もう、声を出さなくなった摩耶の上半身と左腕をそれぞれ男達が押さえつけ、バーナーを適当に弄っていた男が、摩耶の眼前でちらちらと、それを見せつけてから、肩を焼き始めた。
それまで静かだった、摩耶の体がびくんと、大きく痙攣する。
普通、バーナーというのは、鉄を溶かして切っている訳ではない。
金属を加熱した上で、切断用の酸素を吹き付け、金属の酸化を促進させて切断する。
酸化(錆びる)金属以外の素材に炎を浴びせたところで、それは単なる火炙りに過ぎない。
皮膚と肉、骨まで全てが芯から炭化するまで焼き切らなければ、腕は切断されないのだ。
湯桶を抱えたままうずくまって画面を見つめる夕張の前で、男達が部屋中に充満した人肉の焼ける臭いにむせているのが映し出されている。
男達に引っ張られた腕が、床にごとりと落ちるまで、何分かかったかは分からない。
時間感覚が消失していた。
画面上に表示されている時間表示も、理解できない単語に過ぎない。
『そろそろ飽きたな』
『一つ気になってんだけどよ、艦娘って脳味噌ぶっこわしたらどうなんだ?』
『試して見りゃいんじゃね?』
男の一人が電動ドリルを手にして、仰向けで転がっている摩耶の胸の上にどっかりと腰を降ろした。
目の前でドリルを回転させるが、無反応だ。
『反応がねぇとつまんねぇな……おっ、おっ』
男が、摩耶の左目に、躊躇なくドリルの刃先を埋めた瞬間、彼女の体が足先から反り返り、小刻みに痙攣する。
中に突き出された手の中で、残された指がでたらめに伸縮し、何かをつかみ取ろうとあがく。
根本まで突き込まれたドリルがぐりぐりとこね回される度に、摩耶の口元が何かを発して歪んだ。
やがて、ドリルが引き抜かれる頃には、脱力した体が微かに痙攣している程度に落ち着いた。
引き抜かれたドリルには、破裂した結晶体や、視神経束、眼底骨の破片、脳漿が混じり合って糸を引いている。
『おいおい、まで生きてるぜ』
『ほんと、こいつら、化けもんなんだな』
男達の嘲笑が、腹腔に溜まった毒に火をつけた。
何が化け物だ、化け物なら、そこに居るではないか。
『……そろそろ、時間です』
ヘッドフォンから漏れた声が、冷や水をかけた。
夕張は手を伸ばし、ヘッドフォンを装着し直す。
『想定通り、擬体の破壊程度では、制御は外れないようだな』
『予備調査通りの結果です、インプラントは正常にリンクしています……フィードバックは?』
『逆流はない、接続も問題ない』
林所長と話しているこの声。
(河田先生……?)
この落ち着いた声は、聞き間違いようがない。
『では、臨時の助手達は?』
『ふむ……まだ、とっておきますか?』
『頃合いだ、始末しろ、あの様な志の低い連中、我々の活動にとっても邪魔になるだけだ』
三人目、これは多分、多田。
五月雨に納豆のタレで目薬をさされた男だろう。
この行為は、この施設ぐるみで行われている。
その事実が、じわじわと頭に浸透し、背筋に冷たい塊が零れ落ちた。
パチリと、切り替える音がする。
『由良、後かたづけを頼む、臨時の助手は全て処分してくれ』
『分かりました、摩耶さんも回収するわね』
一番聞きたくなかった名前と声。
再度、音声の切り替わる音がした。
『今日はその辺でいいだろう、迎えを寄越したから、報酬を受け取って帰宅してくれたまえ、くれぐれも目撃されない様に……無論他言は無用だ』
『ああ、こっちにしてみりゃ、貰えるもん貰えれば問題はねぇ』
『遊んで金貰えるなら、申し分ねぇな』
一人の男が、倒れた摩耶のわき腹を蹴上げた所で、部屋のドアが開いた。
ひょこっと、室内に入り込んだ由良が、後ろ手にドアを閉めると、ロックがかかる、カチリという音が響く。
『くそ……』
男が声を上げる前に、にっこりと微笑んだ由良の顔が、男の前にあった。
シンプルに突き出された手のひらが男の顔面を捕らえ、そのまま壁に叩きつける。
形容しがたい音を立て、男の頭蓋がめしゃり、と潰れた。
『あ……』
手にした電動ドリルを持ち上げようとした男の手を由良が軽く払いのけると、前腕部があっさりくの字に曲がり、男が声を上げようと開いた口からは血反吐があふれた。
男の胸に肘近くまで埋まった右手を引き抜きながら、ゆっくり振り返ると、残りの男達は悲鳴を上げて、ドアへ殺到する。
『おい……待てよ……』
しかし、一人だけ、男が転倒していた。
摩耶が残された右腕で足首を掴んでいるのだ。
『いいぞ摩耶、殺害を許可する』
『あ、ぐぁがう゛あああ、いぎぎぃあ』
林所長の淡々とした指示と同時に、男の絶叫が響く。
摩耶の握力で、足首の骨が粉砕されたのだ。
這いずって逃げる男と、それを同じく這いずって追う摩耶をちらりと一別し、由良はドアの鍵を弄っている男の側頭部へそっと両手を添えると、優しく365度回転させた。
すぐ隣で、人間の頚骨がポテトチップの様に回転粉砕されるのを目の当たりにした最後の男の股間から、じわあっと、失禁の跡が広がってゆく。
壁を背にしたまま、ひたすらあとじさろうとしている男の尿を避け、由良はゆっくりと歩み寄る。
少しかがんだ由良は、むしろ優しい手つきで左手を男の額に当て、一気に仰け反らせると、右の抜き手を喉に突き込んだ。
まるで豆腐にでも突いた様に指がすっ、と沈み込み、横に振り抜いたあとから、一気に血が溢れ出した。
半分以上の肉を持って行かれた男の首からは、まだ拍動を続けている心臓のリズムに合わせて、間欠的に血が吹きだし、壁づたいに床を染めてゆく。
人だった肉塊が転がる部屋を見回し、由良は、摩耶がまだ首を握りしめている男の息を確認してからカメラを仰ぐ。
『全部片づきました』
両手を血に染めて、カメラに微笑む由良の顔が滲む。
夕張は、なんで自分が泣いているのか分からないまま、泣いた。
To Be Countinued...
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
前の章より長くなってしまいましたが、<転>の章も、とうとう終わりました。
次回より、<結>の章が開始となります。
明かされた醜悪な事実。
物語は、終わりへ向け進んでいきます。
次回も、読んでいただければ幸いです。