深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 療養所の真実を知り、狼狽える夕張。
 血塗れで微笑む友の姿に心を抉られながらも、改めて、真実を突き止める決意を固めるのであった。
 彼女達を救い、自分も又、生き残る為に。


 【第四章 <結> パンドラの社 第二話】

【艦娘療養所・食堂】

 

 

「おはよう」

「ん、おはよう」

 

 納豆をかき混ぜていた夕張は、聞き慣れた声に、一瞬手が止まりそうになるのを抑えて、視線を上げる。

 いつも通りの笑顔を浮かべた由良が、夕張の前にトレイを置いた。

 ロールパン2個に、マーガリン、卵フィリングとジャム、コールスローサラダ。

 インスタントのコーンスープの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

「よく眠れた?」

 

 ロールパンにマーガリンを塗りながら、由良が微笑む。

 あの時、血にまみれていた手で。

 

「まぁまぁね」

「もう、あんまり夜更かししちゃだめよ、一応、消灯時間があるんだから」

 

 肩をすくめる夕張に、呆れた様に説教する由良。

 いつもの風景、いつものやりとり。

 

(でも、これは本当じゃない……そうなの?)

 

「どうかした?」

「からし、入れすぎた……」

「あはは」

 

 かき込んだ納豆は少し塩味が効いていた。

 

 

【艦娘療養所・夕張自室】

 

 

(多分、余り時間はない)

 

 苦労して、昨晩見た動画に表示されていた日付を思い出す。

 妙な悪夢を見て夜半に起き出した日だった筈だ。

 あの日、廊下で目撃した、摩耶と連れだって歩いていた男達。

 あれが、あの動画に出ていた男達だったに違いない。

 時間から考えて、由良と河田が抱き合っていたほぼ直後に、あの様な血塗れの惨事に荷担していた事に思い当たり、夕張は口を押さえた。

 

(由良……何を考えているの、どうして、そうなっちゃったの……)

 

 元からそうだったとは考えたくない。

 どの顔が素の彼女なのだろうか。

 考えれば、また、涙が滲んでしまう。

 夕張は、取りあえず研究棟から確認依頼で送られてきた当たり障り無いデータをデスクトップPCのモニタに表示させ、適当にコメントを入力してゆく。

 余り面白味もないコメントでつっこむ程度なら、片手間でもそう難しくはない。

 そして、その裏で、昨晩コピーを取っておいた書類を少しずつ解凍し、中身を確認する。

 

(ん~)

 

 どの書類にも具体名を書かず、符丁が使われている為、ざっと読んだだけでは、中々頭に入ってこない。

 ただ、この研究所の新しい日付の書類に絞って見てみると、“001”から“004”まででナンバリングされた“検体”という単語が頻出している事に気がついた。

 背筋に冷たいものが伝う。

 

(由良、摩耶さん、五月雨ちゃん、私……これ、多分、私達についての書類だわ)

 

 当然、全部を読んでいる時間はない。

 

(……最近の日付、“私達”の事が書いてある書類に絞って読むべきね)

 

 とは言え、最近の書類といってもそれなりに多いし、気になる単語を辿って、参照先の資料を見ると更に時間がかかる。

 凄まじく読みにくい資料を解読するのには、かなりの労力が必要だった。

 義父の研究をそれなりに手伝ってきた、夕張の経験が無ければ、解読は困難を極めたに違いない。

 昼食を挟んで、一日で分かった事は、この研究所で行われている研究が取りあえず2種類はあるという事。

 一つは何らかの特殊な“近代化改修”技術の研究。

 これは、業界の隠語で艦娘から艦娘へ、記憶と能力の一部を継承させる特殊な、まぁ、儀式の様なものだ。

 一般的には、艤装に致命的な損傷を負った艦娘から、“遺産”として後を継ぐ者に継承される、最後の贈り物。

 そしてもう一つが、“提督”の特殊能力である特殊テレパス/エムパス能力、通称“内線”以外の精神接続技術。

 提督を司令塔として、精神的に“内線”接続された艦娘は、まるで一つの生き物の様に動く。

 艦隊の全員が五感と艤装感覚を共有し、タイムラグ無しで情報を並列化。

 “提督”の戦術情報に支援され、完全に統制された艦隊は一糸乱れずに航行し、衝突、誤射とは無縁だ。

 実際には“提督”の資質や、研鑽、艦娘達との相性に左右はされるが、それでも、通常の無線で指揮された艦隊とは戦闘力に雲泥の差がある。

 熟練の提督ともなれば、最大で24隻程度迄は、一度に“内線”を通して指揮が可能だ。

 当然、“提督”として“内線”を使える資質持ちは大量にいる訳ではない。

 代替手段を研究する事自体は、何もおかしな事ではないのだが、何故、それをここまで秘匿するのか。

 

(……公表できない様な手法を使っているから)

 

 単に軍事的な機密事項であるというだけであれば、憲兵の介入をここまで恐れる必要はない。

 しかるべき筋から、上同士で話をつければよい話だ。

 

(だいたい、あんな“実験”とも呼べない事をしてるってだけで、頭がおかしい……)

 

 摩耶の反応からして、“インプラント”は艦娘自身の行動に直接介入している気がする。

 “内線”で作られる絆は、あくまでも動作の主体は艦娘側であり、提督は、情報の整理と戦術判断の補助と、行動の示唆にとどまるものだ。

 

(片足で立てとか、三回廻って鳴け、なんて事、強制出来ないわよね……)

 

 まぁ、意図を伝える事は当然可能だが、危険すぎたり、破廉恥な任務とは関係ない命令は普通に拒否できる。

 だからこそ、“内線”で繋がる提督と艦娘の間の信頼関係は非常に重要なのだが。

 

(……信頼関係なんか関係ない、私たちを直接操れる“内線”?)

 

 確かにそれはかなり非人道的だ。

 

(でも……非効率的よね……)

 

 艦娘の戦闘技術は、艦として戦った先の大戦の記憶と、艦娘としての体で受けた後天的な訓練、経験から生じた結晶だ。

 それを、一々、人間が一対一のラジコンで操って戦おうとするなんて、棒立ちの的をつくるだけでしかない。

 到底真っ当な発想とは思えないが。

 

(量産できるから、一対一で良いという発想かも……)

 

 考えている内に、又、胃の中のものがざわざわし始めた。

 戦場の中でラジコン誘導されるのは夕張達艦娘自身なのだ。

 体の自由が利かない状態で戦場に立たされる事を考えると、心底、背筋が凍る。

 

(止めなきゃ……)

 

 ますます、こんな研究は止めさせねばならないと思う。

 

(この分だと、まだまだ、ろくでもない“研究”がごろごろ出てきそう……)

 

 心底気が滅入る話だ。

 外に目をやると、西日が射している。

 

(もう、こんな時間)

 

 そろそろ夕食だ。

 夕張は入念に、作業の痕跡を消して、デスクトップPCの電源を切った。

 正直、食事の度に気が重い。

 由良や摩耶、そして河田は、本当に今まで通り、何も変わらない態度で接してくる。

 夕張自身も変わってはいけないのだが、意識して、前の通りにするのは、酷くストレスだった。

 

(……ご飯の味が分からないわね)

 

 艤装に燃料と水さえ足していれば飢えないのだから、いっそ食事など止めてしまいたくなるが、そうはいかない。

 生活習慣を変えてはいけないのだ。

 夕張はため息をついて腰をあげた。

 軽く部屋を見回してから電灯を切る。

 念の為、それとなく隠しカメラや、盗聴器の類が無いかは調べておいた。

 

(ま、仕掛けてあったら、もうアウトだったと思うけど……)

 

 首を振り、夕張は重い脚を引きずり食堂へ歩き出した。

 

 

To Be Countinued...




 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
 今回から、例の資料について、夕張さんの分析が開始されます。

 “内線”、“近代化改修”、については、“深海戦線シリーズ”の独自設定/解釈部分となり、本編を読んで下さっている奇特な読者様であれば、知っておられる部分かと思いますが、“深海戦線猟綺譚”単品で読まれている方も多いと思いますので、改めて詳細に記載致しております。

※今更ですが“深海戦線”シリーズでの艦娘は、付喪神
めいた異種族の扱いです。
 →ただし、彼女達についても人間同様、国籍と戸籍が適用されており、基本的人権は守られています。

 次回も読んでいただければ幸いです。
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