深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
しかし、その先には更なる深淵が広がっていた。
【艦娘療養所・夕張の自室・深夜】
紅の微かな衣擦れの音を立てて、ずり落ちそうな掛け布が直される。
抑えた息づかいが近づき、冷たい手がそっと額に触れた。
柔らかい指が耳朶を伝い、頬を撫でる。
「おやすみ、夕張」
答えを期待しない囁きだけを残し、気配は消えていった。
(……行ったかな)
10分程度待ってから適当に寝返りを打ち、周囲の気配を確認する。
特に問題はなさそうだ。
由良の夜間巡回のパターンは時間にばらつきはあるが、一晩に一度だ。
注意を惹かなければ、一度やり過ごすだけで時間を確保できる。
薄暗がりの中でそっと起き上がり、夕張は頬を撫でた。
(……)
足音を忍ばせてデスクトップPCの前へ移動し、静かにキーを叩く。
サスペンドになっていた画面が微かな光りを取り戻した。
明度は最低限にしてある。
万が一でも、外に光が漏れて発覚などという、ベタな終わりを迎えるのは御免だ。
当然、気がついたら後ろに立たれているなんて言うのは最悪のシナリオと言っていい。
しかし、保管場所で目視限定の極秘資料に限定するとは言っても、文書資料で数GBの資料の山。
適当にファイルを開けてゆくだけでは、夜が明ける。
(“SSR構想”、“インプラントD-X”……絞らなくちゃ)
根気強く、“your eyes only”レベルの資料を探して目を通す。
意図的にファイル名からだと類推が難しい様に、連番に紛れ込ませたり一工夫されていたり、暗号化されて別書類にパスワードがあったり、そのパスワードが見つからないものがあったりと、中身を読むまで辿り着くのは容易ではない。
数十分かけて、ようやく、二、三、閲覧が可能なものを見つけ出す。
何か別の方法を見つけた方が良いかもしれないと思いながら、一つ目を読み始める。
『艦娘と深海棲艦の近似性について』
いきなり、三流週刊誌の記事みたいなタイトルが出てきて、少し驚いた。
左派系のメディアが、たまにこう言う扇情的な記事を書く事は知っている。
艦娘、深海棲艦同種説という奴だ。
深海棲艦と艦娘の出現時期が近い所で前後している為、初期の頃はかなり真剣に議論されたらしい。
今では胡散臭いオカルト雑誌のネタに取り上げられる方が多いが。
気を取り直して読み進めると、流石に機密書類だけあって、単なる憶測だけの文書ではなかった。
(うえ……)
回収、鹵獲された深海棲艦の解剖図と、負傷した艦娘の記録写真に透過撮影図、艤装の分解図や成分の比較がこれでもかと掲載されている。
深海棲艦の体は、艦娘の擬体と違い死後も消滅する事はない。
五体満足で回収される事はほぼ無いが、分析はかなり行われていて、調査結果については全てでは無いがある程度は公開されている。
むしろ、解剖が事実上不可能な艦娘より体の内部構造の研究は進んでいるのは事実だ。
艤装や異形部分以外は意外な程人間に酷似した内部構造を持っていて、内臓も同じものが揃っている。
違うのは色素と血液成分位らしい。
人間よりは艦娘と深海棲艦の方が血液成分は近いと評されている。
(両方とも“雌”しかいないって……なんかどれも比較的レベルに見えるけど……結論ありきよね)
『深海棲艦と人間の交配状況について』
(は?)
読む気が失せて章を流し見していたら、又、とんでもない見出しが目に入った。
真面目に読むのも馬鹿馬鹿しいが、年々、人型に近い深海棲艦が出現する傾向にあるのは、人間の遺伝子を取り込んで、進化しているから、みたいな話が書いてある。
(まぁ、実際深海棲艦に喰われるみたいな怪談もあるわよね……怪談だけど)
新人艦娘を脅かし、楽しませる為の怪談の定番として、深海棲艦は艦娘を喰らう事によって遺伝子情報を解析し、進化していくなんて話があった。
資料上では、駆逐級から、姫級までの変化をを比較していくと、明らかに人間の遺伝情報を取り込んでいる、らしい。
『突然変異種としての艦娘』
最後には、人間の遺伝情報を取り込む上で、突然変異を起こす個体があり、それこそが、海上で“ドロップ”、或いは“浮上”した艦娘なのであると結論づけられている。
突然変異種故に艦娘には生殖能力はない、らしい。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、最後まで読んだ事を後悔した。
(“ああいうの”が趣味なら、海に出て口説けば良いんじゃないかしら……)
深海棲艦は“船”を攻撃する。
沈没に巻き込まれなければ、話くらいは聞いてくれるかも知れない。
夕張はうんざりしながらファイルを閉じた。
次のファイルを開けると、今度は深海棲艦の起源についての資料らしい。
眉唾だと思いながらスクロールしようとすると、今度は随分と古そうな書類の画像が添付されている。
旧字体の資料は、どうやら、旧帝国海軍の報告書らしい。
幸い、艦娘はあの時代の旧字体を普通に読める。
どうも、偽物ではないらしい。
内容を掻い摘まむと、未確認の米英の新兵器と思われる存在との邂逅と交戦の記録だ。
大型の鯨程もある潜水艦で、水上でもかなりの高速で動いたらしい。
交戦した海軍の艦は、駆逐艦だった様だが、どの艦だったかは墨塗りのせいで不明だ。
不意の雷撃で航行不能となったが、浅瀬だったため、半分水没しながら砲戦を行い、撃沈したが、艦も放棄せざるを得なかった。
(どこだろう……これ、年月日も分からないし、場所も消されてる)
さっきの書類よりは、かなり信憑性がある。
(でも、本筋じゃないわよね……)
無関係の書類を読み込んでいる時間はない。
下をざっと、スクロールすると、その後は沈没艦の調査、引き揚げ事業についての記載と、初期の海上自衛隊による、深海棲艦との戦闘記録が並んでいる。
どういう意図で並べてあるかよくわからない。
後は、数枚の写真が添付されている。
中年の男性や、青年に少年、年端の行かない少女。
「……っ」
少女の写真にはリンクがついていて、うっかりクリックしたら、大型の獣に喰らわれた様な遺体の画像が表示されて閉口してしまった。
まるで、ブラクラ画像だ。
写真には、“要手配”、“介入者”とあって、何故か艦名が記されている。
例えば、少女の写真には“青葉”と添付されている。
年代と場所も記載されているが、特に法則性はない様だ。
(次ね……)
次に開けたファイルは、ヘッダに“SSR-Evidence”と記載されていた。
(当たり……かな)
「磯波>白雪 PS 8時間 機関停止と共に擬体崩壊」
「初雪>望月 PS 3日間 精神活動停止、処分」
「叢雲>皐月 FA ー 自沈」
「神通>那珂 FA 2時間 暴走、処分」
数十行に渡って、ずらずらと簡素な記述が並んでいる。
(……最悪だわ)
艦名と時間、そして、結果。
見るだけで最悪の結論が見えてくる。
全ての記載に詳細へのリンクがある。
リンクを開けると、艦内神社と名前札、そして、艦娘の写真に動画へのリンク。
艤装単体の写真。
そして、詳細報告書が出てくる。
元の、計画書や、概要記載書類へのリンクはない。
『入手場所:○○泊地艦娘墓地』
『素体入手場所:~学校○期生より、面接にて勧誘』
『実施処置>
・艦内神社の入れ替え移植による影響観察』
『経過観察・所感>
・処置後数時間で、精神的違和感の愁訴。
→以後、症状の増悪が見られた。
○時間で、分裂症状に酷似した症例を発祥、意志疎通が著しく困難。
身体制御が出来なくなった為、待避して観察を続行。
→○時間経過した時点で、ほぼ動かなくなり、語りかけに無反応となった。
独り言、譫言を継続して発する。
内容は、上書き用検体側の記憶が多い。
→○時間経過時点で擬体の崩壊が発生、○分後、艤装の動力も停止、死亡を確認』
ファイルを閉じた。
両手を握って、目を閉じる。
(最悪、最悪……最悪……)
全部を読む必要はない。
これは、知っている。
“近代化改修”技術を少しでも学んだ技術者なら、全員知っている。
絶対的な禁忌事項。
死亡……轟沈した艦娘を使った“近代化改修”。
死者蘇生。
あの簡素な記述で、しばらくスクロールし続けられる程の艦娘がつぎ込まれたのだ。
(狂ってる……)
夕張は、震える手でページを最後までスクロールさせる。
そこには、見慣れた名前が記載されていた。
To Be Countinued...
ここまで読んで下さりありがとうございます。
もう少し、夕張さんの調査フェイズが続く予定です。
宜しければ、次回も読んでいただければ幸いです。