深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
死者蘇生という、非現実的な結果を受け入れられない彼女を更なる衝撃が襲うのであった。
【艦娘療養所・夕張の自室・深夜】
「由良>木曾 FA ー 活性化せず(継続)」
「由良>長良 PS 1ヶ月 中断(多重人格症状発生の為・回収し継続)」
「由良>五十鈴 PS 3ヶ月 中断(職員殺傷事案発生の為沈静化・回収し継続)」
「由良>名取 PS 8ヶ月 中断(離人症を発症し外部反応を停止・回収し継続)」
「由良>由良 SC 継続」
→“ドロップ”後1週間以内の素体を使用。
「夕張>夕張 SC 継続」
→“ドロップ”後1週間以内の素体を使用。
実感が湧かず、妙に静かな心でモニターを見ていた。
(“近代化改修”は原則的に姉妹艦までしかやらない、“近似艦”、由良と由良、夕張と夕張みたいな組み合わせだと、“ドッペルゲンガー効果”の発生率が高いから……“ドッペルゲンガー効果”の主な症状は夢遊病や他人の手症候群に似ていて、酷くなると、自分の行動を意識的に制御出来なくなる……外部から判断のつきやすい行動は、鏡に写った自分と筋の通った独り言で会話を始める……無線や電話を使う事もあるし、末期だと頻度が増えて自覚症状も薄くなる……常時“近似艦”、“同い年の姉妹”はクローンや一卵性双生児みたいもの、同じ顔と体、“かつての大戦の記憶”も同じ、“近似艦”同志が混ざればどこからどこまでが自分なのか区別できない……そう、それを狙って、やったんだ……)
ここはひどく静かだ。
『夕張は、私と一緒だから……』
いつか見た夢の言葉。
書かれている事が受け入れられない。
(由良……私、死んでる?)
手を見る。
勝手に動き出して、首を絞めてくる様な事はない。
メモ帳を起動して、キーボードに手をおく。
数分間、何も考えずに脱力していた。
メモ帳は白紙のままだ。
ふらふらと立ち上がって、洗面台の前に立つ。
鏡の中からは、髪を振り乱して、目だけを光らせた顔が見つめ返している。
何も語りかけはしない。
頬に手を触れる。
「私……あなた、だれ……」
鏡に手を触れる。
冷たい鏡の感触がするだけだ。
時計を見ると、3分位経っている。
(私、あなた、何か……)
考えが纏まらない。
知識だけが溢れて、意識が流されそうになる。
ベッドに倒れ込んでしまいたい。
目を閉じて、朝になったら、又、食堂で由良と挨拶して、どうでもいい話題で少し笑う。
昼間はつまらない仕事で暇を潰して。
(また、夜が来る……)
いつまでも逃げ続ける事はできない。
(私は生きている……)
デスクトップPCの前に戻り、モニターをもう一度見つめる。
「夕張>夕張 SC 継続」
→“ドロップ”後1週間以内の素体を使用。
(“私”は生きてる……“同い年の姉妹”の人生を盗んで……でも、“私”は誰?……本当に、“私”は私なの?)
他の“本当に死んでしまった”娘達の資料は生前のスナップショットから、死に様、死後の所見まで揃っているのに、今の由良と私の記録だけがない。
不意に、大きな音がして、夕張は飛び上がった。
周囲を見回しても誰も居ない。
手元に目を落とすと、机の一部が凹んでいた。
右手が拳を握っている。
声を出せない“私”の意志表示なのだろうか。
左手で、そっと右手を包む。
(ごめんね……)
“由良”の記録に付属している資料を見る。
河田と由良が仲睦まじそうに写った写真があるのは、もう驚かなかったけど、由良の戸籍上の名前、“河田良佳(かわだよしか)”を見た時には胃の中に何か沈み込む様な気持ちがあった。
何人を犠牲にしても、由良を呼び戻したい理由がそこにあるのだろう。
(……じゃあ、”私”はなんで、何で“私”だったの?)
義父だけは、あの人だけは、そんな事に手を染めないと信じたい。
“私”も、他の誰だって、こんな目にあわせる人じゃないのを“私”は知っている。
その筈だ。
もっと取り乱して、叫んだり、ものを投げたり、暴れたりするのが正常なのかもしれない。
でも、そんな衝動が湧いてこないのだ。
ショック症状なのかも知れない。
“現実”を受け入れれば、そうなるのかも知れないが。
夕張は、惰性で資料をひっくり返し続け、気がついたら、もう一つの目的に近い資料が目の前に開いている事に気がついた。
(“インプラントD-X”……)
感動もなく、資料を確認する。
(“内線”と深海棲艦の意志疎通の類似点について……)
深海棲艦も“内線”に類似した指揮通信系を使用している事は推察されている。
添付されている解剖所見と、対応する器官についても、そこまで機密じゃない。
しかし、それの、人体と艦娘への移植となれば話は別だ。
(人工培養……人間の胎内で培養したもの?……深海棲艦を人間の子宮へ埋め込んで……)
人間の胎内だけではない。
艦娘の子宮まで使っている。
確かに、艦娘の擬体には一通り、人間の女性と同じ臓器が揃っているが、卵巣は本来の役目を果たしていない為、妊娠はしない。
細かい所まで、目を通せなかった。
全部読んだ筈なのに、記憶がとんでいる。
わかるのは、人間と深海棲艦は何かが混じると言う事。
混じったものは、人間へ移植しても拒否反応が低い事だ。
あれが、埋め込まれている。
彼女達、あいつ等に。
(だめ……もう、無理……)
夕張の右人差し指が、PCの電源を押し込んでいた。
“夕張”の中の夕張も悲鳴を上げているのだ。
(……どうしよう、どうしたいの?……かえさなきゃ……きえる、わたし……どっちが、どこから?わたし?)
To Be Countinued...
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
辛い展開が続いていますが、次回も夕張さんにつき合っていただければ幸いです。