深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 SSR構想の真実……多大な屍の上に結実した死者蘇生へたどり着いた夕張。
 真実を受け入れられない彼女は、つかの間の夢を見る。


 【第四章 <結> パンドラの社 第七話】

【何処か・いつか】

 

 

 うららかな日差しの下に広がるのは、見渡す限り雄大な山麓と農園地帯。

 ヨーロッパのとある片田舎では、海の戦場など遠い異国の出来事。

 そんな事より農作業に関わる天気予報の方がもっと重要だ。

 少し音割れしたぽんこつラジオから流れる曲を聞きながらカウンタの掃除に精を出す。

 こじんまりとした雑貨屋のカウンタ。

 古臭くて、黒光りする木材は自分で塗り直したものだ。

 店の棚という棚には、中古の家電から古びた農機具まで、ぱっと見た目はガラクタでしかないものが並んでいる。

 しかし、よく見ればその全てが丁寧に修理、或いは改造された実用品である事に気がつくだろう。

 客は日に10人も来れば良い方だけど、半分は喫茶店代わりにコーヒーを飲みにくる常連さんだ。

 たまに深刻な顔をして戸をくぐるのは、何かしら壊れた物を抱えた人々。

 持ち込みなら隣のガレージで直すし、トラクターが動かない、なんて話なら出張もする。

 支払いは、景気が良けりゃ現金の事もあるけど、この辺だと何か貰う事も多い。

 午後になると、特別なお客さんの為に休憩する。

 ピンク髪の若奥さん。

 村の診療所から良い匂いのするバスケットを抱えてやってくる彼女を何の変哲もない一杯のコーヒーで出迎える。

 午後の昼下がり。

 彼女の手作りのお茶請けで常連さん達とどうでも良い世間話で盛り上がるのが楽しい。

 何もなければ早仕舞いする。

 ピンクの奥様から、夕食に誘われているのだ。

 小さな診療所。

 赤い屋根に白い壁。

 おとぎの国みたいな、可愛い家。

 修理代替わりに貰った少し上等のワインを手土産に訪問すると、往診から帰った若先生が奥様と出迎えてくれる。

 壁に飾られたちょっと味のあるタッチの絵や、棚の上を飾る抽象的な木彫りは旦那さんの趣味の作品。

 芸術は人や動物を治すのより、難しいみたい。

 暖色の灯りに照らされたダイニングで手料理の並んだテーブルを囲み、静かに一日の疲れを癒やすのだ。

 何事もない一日。

 ここで起きる事件と言えば、悪ガキのイタズラと、家畜の出産位。

 

 

【艦娘療養所・夕張の自室・日中】

 

 

『……そんな所で、夕張と私、そしてあの人もずっと、一緒に静かに暮らしていくの』

 

 柔らかい手が、額を撫でている。

 彼女が身じろぎする度に、長くて良い匂いのする髪が微かに顔に触れた。

 頭の下で、柔らかくて暖かいものが枕になっている。

 ぽつり、と暖かい水滴が頬に滴った。

 

「……由良は、河田先生の事、好き?」

 

 柔らかい指が水滴を優しく拭き取り、目元をしっとりと温かい手が覆う。

 心地の良い暗闇。

 

「そうね、いまも……」

 

 その後は続かなかった。

 

「……疲れちゃった」

 

 少し、笑った気配がした。

 

「床で寝たりしちゃ駄目よ」

 

 優しく頭が床に下ろされ、背中と膝に腕が回される。

 お姫様抱っこだ。

 そっとベッドに下ろされ、由良の匂いが近くなる。

 頬に唇が触れる感触。

 

「疲れちゃったのは、私かも」

 

 静かに閉じたドアが、言葉を断ち切った。

 

 

【艦娘療養所・夕張の工房・深夜】

 

 

(そっか、これ、そのままにしておいたっけ……)

 

 工房の作業台の隅っこ。

 そこに無造作に放り出された連結爆雷を拾う。

 横向きに並べられた爆雷が20個、弾帯みたいなフレームに連結された物だ。

 くるくると適当に巻いて、艤装のハードポイントにくっつけられる。

 ちょっと欲張りすぎて大きくなってしまったが、艤装のお尻の辺りに置いておけば収まりがいいだろう。

 爆破まで試す機会はなかったけど、使っている物は割と“枯れた”技術だ。

 少なくとも爆発はする筈だ。

 夕張は工房の作業台に固定した艤装に、連結爆雷を装備する。

 無いよりマシだろう。

 

(……さて、そこにいるの?)

 

 薄暗い中、艤装を分解してゆく。

 自分で自分の手術をする様なものだが、夕張にとっては、自分の艤装の分解整備など、目を瞑っていてもできる位、慣れた作業に過ぎない。

 時間と道具は限られているが、一つ一つ、手際よく確認してゆく。

 

(……特に何も無いわね)

 

 目に付く所、普通は見ない所まで確認するが、何か妙なものが仕掛けられた様子はない。

 

(やっぱり、あそこかぁ……)

 

 艤装のバイタルパート、主機の振動を強く感じる場所。

 厳重に匿われた一角から、特別に命じられた妖精さんたちが、神輿を担ぐ様に艦内神社を運び出してきた。

 受け取って、作業台の上に置かれた艦内神社はミニチュアの神棚みたいに見える。

 小さいけど、三社造りになっている精巧なものだ。

 それぞれの扉をそっと開けてみると、神宮大麻と夕張神社のお神札、そして、名札が納められている。

 崇敬神社のお神札は確か、入れてなかった気がする。

 入れていた場合は、名札は氏神神社と同じ場所に入っている筈だ。

 やはり、左側の社に名札が納められていた。

 

(……ん?)

 

 何か違和感がある。

 ライトを当ててみると、名札に何かが巻かれている。

 うす緑色の艶々したもの。

 

(髪の毛……)

 

 見覚えのある色合いのそれは、どうやら、夕張の髪の毛らしい。

 お神札をぐるりと巻く感じで、しっかりと留めてある。

 普通はこんな真似は絶対にしない。

 何となく外すのは危険な気がして、そのまま他のお神札を見てみるが、特に変わった様子はない様だ。

 

(ん~)

 

 名前札には、“夕張型一番艦 夕張”と簡素に墨で記されている。

 裏返してみると、“久田夕乃”の書かれていた。

 

(ひさだ……ゆの、“私”の名前……)

 

 他の名札はない。

 他に特に妙な仕掛けは無いようだが、気味が悪い。

 この体の本来の持ち主の名札は“近代化回収”で消滅してしまったのだろうか。

 煮え切らないものを感じながら、夕張は艦内神社を艤装へ戻した。

 なんだか、もう、終わりは近い。

 そんな気がする。

 

『三人はいつまでも幸せに暮らしました……なんて、ね?』

 

(そんな幸せなおとぎ話なら良かったのにね……)

 

 でも、このおとぎ話は、血で綴られ、人の皮で装丁されている。

 終わりへの道は、肉と骨で敷かれ、はらわたで舗装されているに違いない。

 

To Be Countinued...




 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 前回までが少々ハードな展開が続きましたので、今回は少し中休みの様な展開になりました。

 次回から、いよいよ、クライマックス……になる筈。

 無事、明日の人間ドックを生き残る事ができましたら……
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