深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 全てを忘れ、つかの間の夢に浸る二人。
 しかし、その裏側で、事態は終焉にむかいつつあった。


 【第四章 <結> パンドラの社 第八話】

【艦娘療養所・敷地外・深夜】

 

 

「様子は?」

「動き、ありません」

「進捗?」

「……展開完了、包囲しています」

 

 展開した警務官達の装備した暗視装置から送られた映像がモニタに映っている。

 申し訳程度の防犯灯に照らされている“研究所”で、誰か出歩いている様子はない。

 静かなものだ。

 

「後は“彼”からの連絡待ちだけど……」

 

 施設に潜り込んだ工作員からの連絡がない。

 当日は折を見て施設内の状況を知らせる段取りになっていたのだが。

 余り良くない状況だが、この施設の出入り口になるのは、町側へ出るゲートと、海の入り江だけだ。

 入り江に付近に船舶が停泊している様子はなく、他に人間の出入りもない。

 

「いいわ、時間になったら決行、予定通りね」

「了解」

 

 もぬけの殻と言う事は無さそうだが、感づかれたとすれば、過激な証拠隠滅に走る可能性もある。

 建物を手早く制圧する必要があるだろう。

 

「章ちゃん、なんかちょっと退屈かも……」

「これからが大事なとこよ、もちっと、静かにしとれい」

「むー」

 

 奥のシートに目をやると、和装姿の老人と、少し濃いめに化粧をした少女が座っている

 “盗難事件”の当事者、久田章五郎氏と、その付き添いの艦娘……確か、秋津洲だ。

 警察車両に似つかわしくない甘い香りが鼻をくすぐった。

 艶やかな白髪を少し凝った形に結い上げ、シックなダークグリーンのワンピースに身を包んでいる。

 確か、合流した時には小さめのチェーンバッグをかけていたと思う。

 何となく常連客とアフターに出たキャバ嬢の様な雰囲気が漂っているが、靴はしっかりとした革製のローヒールだった。

 その辺は流石に心得ているらしい。

 しかし、嗅いだ事のない香りだ。

 どんな化粧品を使っているのか、少し気を惹かれたが、あれは化粧品と言うよりも、何か艦娘独特の体臭が混ざった結果なのかも知れない。

 

「時間ね……備えて」

 

 事前のブリーフィング通りに、各突入班が配置につく。

 セキュリティー設備は把握済み、裏口から静かに侵入して捕らえる想定だ。

 この施設はほぼ無人である事が分かっている。

 被検体にされた娘達の制御権を握っている3名の容疑者、林、多田、河田の確保が最優先だ。

 一応、狙撃手も配置してあるが、出来れば後々、口が利ける状態で捕らえたい。

 林、多田の宿泊する研究棟と、河田と矢野……池野君が宿泊している療養所が最優先だが、療養所に居る夕張、彼女は重要な証拠を所持している。

 彼女には直接行動を強制する制御装置の埋め込みは行われていない様だが、余談は禁物だ。

 裸で座り込み、魂が抜けた様な瞳から涙を滴らせていた姿が浮かぶ。

 私情は挟めない。

 情報に誤りがあれば、強制捜査の失敗だけではなく、部下達の生命に関わる。

 

(……嫌な予感がする)

 

「確保開始」

 

 施設の防犯灯がふっ、と消えた。

 停電工作は上手くいった様だ。

 合鍵でドアをこじ開け、静かに侵入してゆく。

 真っ暗闇だが、事前にたたき込んだ間取りと暗視装備のおかげで、移動はスムーズだ。

 

「各班の判断にて、目標を確保」

 

 特に誰かに遭遇せずに、各班は目標の部屋に到達した。

 順調だ。

 

(……順調過ぎるわ)

 

 

【艦娘療養所・夕張自室】

 

 

 療養棟担当の二人、駆逐艦“敷波”と、警務官、松下は人っ子一人居ない廊下を静かに歩き、夕張の自室へ歩み寄る。

 敷波は念の為、エントリーツールのアックスを手にしていたが、ここまでの所、予想外の施錠された扉はない。

 

(開いてる……)

 

 夕張の部屋の扉は薄く開いていた。

 MP5を構えた松下がハンドサインで、突入を指示する。

 敷波は背中のバックパックに静かにアックスを戻してから、百式短機関銃を構えて、静かに頷く。

 松下がドアを素早く開けるのにあわせて、素早く、室内に踏み込む。

 遅れて、カバーする様に踏み込んだ松下と一緒に、室内をクリアリングする。

 室内には誰も居ない。

 余り片付いているとは言えないが、別に争った様な痕跡はない様だ。

 肩を叩かれて顔を上げると、松下がデスクトップPCを指していた。

 デスクトップPCは横板が破壊されており、キーボードの上に握りつぶされたハードディスクが放り出されている。

 

「こちら四班、目標なし」

 

 

【艦娘療養所・敷地外:指揮車内】

 

 

「捜索を続行、注意して」

 

 嫌な予感が当たった様だ。

 目標が就寝している筈の場所は全てもぬけの殻になっている。

 

「動くな!両手を見える場所に出して、ゆっくり伏せろ!」

 

 研究棟の班で動きがあった様だ。

 カメラに注目すると、つなぎ姿の男がノートPCの前に立っている。

 男は、ゆっくりと体を動かし、どこかに引っかかったコーヒー缶が、床に落ちた。

 銃声が重なり、男が体を引きつらせて、崩れ落ちる。

 

「1班、無事?」

「負傷者ありません」

 

 藤島警務官からの返答を聞き、息を吐く。

 男に駆け寄った霰が、息を確かめ、首を振った。

 つなぎの腹部が荒い映像の中で、どんどん真っ黒に染まってゆくのが分かる。

 致命傷だ。

 藤島が、血が飛び散ったノートPCを確認している。

 舌打ちして、キーボードを叩く。

 

「くそ、消去してる」

 

 画面では削除プロセスが進行している様だ。

 

「1班、サーバを探して、電源を直接落とすの」

「了解」

「2班、3班は、1班に合流して、4班は捜索が完了次第……」

「……雲行きが怪しいな」

「逃げられちゃったかも?」

「るせぇ……“よっく”見とけ」

「もぅ、横暴かもぉ……見とくけど」

 

 小声の囁きを頭から追い出しつつ、指示を続けようとすると、銃声と悪態が響いた。

 連続的な銃声が響く。

 自動小銃以上の、恐らく分隊支援火器による射撃音。

 1班に合流を命じた2班が、何者かと交戦している。

 

「撃たれはしたが問題ない……妖精さん付きを用意しないとは、舐められたものだ」

「倉庫付近で交戦中」

 

 2班は、長月と竹下警務官のペアだ。

 

「制圧する、1班、3班は、2班を援護、4班は待機して」

 

 轟音と共に、画面が一瞬白くなる。

 フラッシュバンを誰かが使用したらしい。

 画面が回復しない内に、長月らしき小柄な影が倉庫へ突入する。

 鈍い殴打音とうめき声が連続して響く。

 

「確保!」

 

 つなぎに防弾着を装備した男が長月に押さえ込まれている。

 合流した1班の藤島が、手際よく他の男達をジップタイ手錠で拘束してゆく。

 

「ここ、穴がある」

 

 部屋を捜索していた霰が、倉庫の片隅に開けられた穴を発見した。

 手掘りで掘られた様に見える穴には、アルミの梯子が雑に突っ込まれている。

 

「追跡しますか?」

「待て、うかつに入れば危険よ」

 

 次の瞬間激しい爆発音が施設を揺らした。

 

「報告!」

 

 確認すると、即、応答が帰って来る。

 

「1班、無事です」

「2班、問題ないぞ」

「3班、問題なし」

「4班、無事だよ……なんか、どこからか主機の音が聞こえるけど、見えない?」

「伊藤、見える?」

 

 少し離れた鉄塔に陣取らせた狙撃手を呼ぶ。

 少し、返答までは間があった。

 

「ここから見える範囲では、確認できません」

「くそ、穴は完全に埋まってしまったぞ、敵が一枚上手だったか」

 

 何故、ガサ入れのタイミングがバレていたのか、今は考えている暇はない。

 

「沿岸警備に協力要請を」

「沖合、3kmってとこか、ゆっくり移動してやがるからまだ追いつける」

 

 不意に、背後の章五郎氏が声を高めた。

 

「運んどいたやつ入り江に回しとけ、追いかけっぞ」

「了解かも」

 

 秋津島へ視線を向けると、彼女は少しバツが悪そうに笑いをうかべる。

 

「章ちゃんが、どうしてもって言うから、大艇ちゃんで見てたんだけど、爆発があった辺りで、少し遠いところからクルーザーが出てくのが見えたのかも」

「まぁ、念の為、うちのボートも近くに置いておいたのよ、帰りの足にもなるからな……とっとといくぜ?」

 

 言うが早いか、章五郎氏は後部のハッチを開けて降りてしまう。

 

「班を再編制、艦娘は入り江に集合して艤装を展開、沖合の確保対象を追跡する、藤島と竹下で1班、金森と松下で2班を再編成しこの場を確保、伊藤はそのバックアップ」

 

 モニタの前に座っている、警務官、飯島の肩を叩く。

 

「この場の指揮は飯島に任せます」

「了解」

 

 予備の無線と、念の為の武器を肩にかけて車の外に飛び出す。

 

「秋津島は乗り物じゃないかも~」

「水上機母艦がなにいっとる、走れ走れ!」

 

 章五郎氏を背中に担いだ秋津島が、ぶうぶう言いつつ前を走ってゆく。

 あの細身の体で、人一人を担いでいるとは思えない、大股のストライド。

 機材を担いで追いかけるのは少々苦労する速度だが、あれでも、恐らく担いでいる老人の体を気遣って抑え気味に走っている筈だ。

 遠目に、入り江に走って行く艦娘達も見える。

 

「長良、霰、敷波、長月、集合しました」

 

 息を切らせて入り江まで着くと、艦娘用の制服に着替えた四人が集合していた。

 

「ほら、来たぞ」

 

 入り江の中に、ゆっくりとクルーザーが入ってくる。

 

「もう、大艇ちゃんとあれ、一緒に動かすのつかれるかも……」

「その特技で飯食ってんだ、文句いうねい」

 

 担がれたまま、尻をばしばしと叩く章五郎に、秋津島は頬をぷくっと膨らませる。

 

「章ちゃん、これ、業務外命令……セクハラかも」

「秘匿していたクルーザーで逃亡中の目標を追跡するわ、長良、悪いけどあそこまで運んでくれるかしら」

「了解です」

 

 長良の手を借りて章五郎氏のクルーザーまで運んで貰い、中へ乗り込む。

 クルーザーの中には誰も居なかった。

 

「妖精ちゃん達に持って来させたの、秋津島、こういうの得意かも!」

 

 少し怪訝な顔をしたのを悟られたらしく、秋津島は少し得意げに微笑んだ。

 

「見失ってねえだろうな?……飛ばすぜ」

「全速前進かも!」

「長良、単縦陣で先行して」

「よしきた!水雷戦隊、出撃よ!」

 

To Be Countinued...




 今回は、夕張さん達が出てこない話となりました。
 代わりに憲兵の人達と、夕張さんの“義父”事、久田章五郎氏が登場しています。

 特に関係ありませんが、秋津島さんは、一時期本気で仕事が無かった為、水商売で糊口をしのいでいた経歴があり、ちょっとお水っぽい所作がでるのはそのせいだったり。 
 ちなみに、お店では結構人気者だったそうです。

 次回は、夕張さん達側の話になる予定です。
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