深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 憲兵の突入班がガサ入れに入る少し前に時間は遡る。
 夕張の自室に突然現れた由良、急な身一つの引っ越しは、望みもしない豪華クルーズの始まりだった。

 少々お待たせしましたが、今回は少し多めになっております。


 【第四章 <結> パンドラの社 第九話】

【艦娘療養所・夕張の自室】

 

 

「……おきて、……起きて、夕張……」

 

 柔らかい手が、体を揺すっている。

 暗闇の中で目を開けると、由良の真顔がそばにあった。

 

「ふあ……まだ、夜中……」

「ちょっと、お引っ越しなくちゃいけなくなったの」

 

 少し寝ぼけたふりをしている夕張の背に手を当てて身を起こさせ、脚を引っ張ってベッドに座らせる。

 相変わらず、手際の良い介護だ。

 無言で衣装ケースからホットパンツと、パーカーを出して、放ってくるのを受け止め、夕張は目をしばたたく。

 

「えっと……」

「早く、着ちゃってね」

 

 夕張の疑問に答える気は無い様だ。

 部屋を見回した由良は、デスクトップPCに目をとめると、軽く頷き、手を振るった。

 

「えい」

 

 抜き手が易々と横板を貫き、本体を逆の手で掴んで引っ張ると、以外と軽い破壊音を立てて引き剥がされた。

 

「ちょ、ええ?」

 

 中のハードディスクを掴むと、フレームごと引きずり出し、力をこめる。

 細い由良の指が、軽々とハードディスクの箱を変形させ、中で何かが砕ける音が連続した。

 

(プラッタ、ガラスだったのかな……)

 

 一瞬、現実逃避をしてしまう

 金属音を立てて、キーボードの上に捻くれた塊が落ちる。

 

(傷になっちゃう……)

 

 あのキーボードは苦心作だったのだが。

 夕張は、とりあえずシャツの上からパーカーを羽織る。

 由良はまだ、何か見落としは無いか部屋を見回している様だった。

 ホットパンツを履き、衣装ケースから引っ張り出した靴下を履いていると、由良は満足した様に頷く。

 夕張は耳を澄ましたが、周囲は静かなものだ。

 いつもの夜と変わらない。

 

「こんなものかしら……」

 

 独り言の様に呟き、スニーカーを履き終えた夕張の手を掴む。

 

「着替えとかは?」

 

 そのまま、部屋の外に引っ張り出され、夕張は思わず、間抜けな事を口走ってしまった。

 

「大丈夫よ、必要なものなら引っ越し先にあるから」

 

 少し強引に手を引きながら、由良はちらりと振り返り、少し口元を歪ませた。

 

「そうね、後で、服は一緒に買いに行った方がいいかも……」

 

 少し面白がっている様な口調。

 

(……どうしよう、憲兵の強制捜査が近いのがバレちゃったの?)

 

「由良、どこにいくの?」

 

 研究棟の方に向かって歩きながら、由良の後ろ姿に訊ねる。

 

「船がチャーターしてあるの、みんな待ってるわ」

 

 言いながら、由良は研究棟へ入ってゆく。

 船が来ているなら、入り江に向かう筈だ。

 何故、研究棟へ入る必要があるのだろう。

 何か、まずい事が起こった事は確かだが。

 

(逃げる……)

 

 ここで走って逃げれば、少しは希望があるかも知れない。

 “引っ越し”先へ無事着いてしまったら、それで終わりだ。

 しかし、由良の手は痛い位に握りしめられていて、ふりほどくのは難しい。

 いや、それだけじゃない。

 由良の手をここで振り切って離してしまったら、もう二度と彼女には会えない、そんな予感がする。

 馬鹿げた話なのかも知れない。

 由良と一緒の道を歩くと言う事は、夕張達、艦娘の命を弄ぶ連中へ身を委ねるという事だ。

 それはできない。

 もう、夕張は選択している。

 その筈だ。

 

 

【艦娘療養所・研究棟】

 

 

 研究棟の中は、何処か慌ただしい雰囲気が漂っていた。

 引っ越し業者の様なつなぎを着た人々が、物を奥へ運んだり、書類をシュレッダーにかけたりと、引き払いの準備にあけくれている。

 しかし、普通の引っ越し業者と違うのは彼らが、一様に帯銃している事だ。

 

(AK47のコピー?)

 

 シルエットはよく知られている東側国家のベストセラー小銃だが、どことなく、正規品とは異なる雰囲気がある。

 数知れずコピー品が出回っている為、正直判別は難しい。

 兎に角、一つ分かるのは、彼らが正規の軍事組織に属する人間では無いという事だけだ。

 いい加減骨董品に属する代物だが、法執行者にとっては十分脅威になる。

 

「邪魔しない様にいきましょ」

 

 由良に引っ張られて、行った事のない建物の奥へ歩いてゆく。

 明かりが漏れ、活気のある一角へ入ると、そこは倉庫になっていた。

 余り、物は置いていない様だ。

 隅っこの荷物が動かされていて、そこから人が行き来している。

 近づくと、床に穴があいているのが分かった。

 

「手堀り……?」

 

 コンクリを砕き、その下の土を掘り抜いた穴は、そこそこ深い様だ。

 

「この先よ」

 

 由良に促されて、ちょっと、嫌々下へ降りる。

 穴は土壁丸出しで、かび臭い臭いがした。

 一応、人一人が少し屈めば通れる高さに掘り抜いてあり、崩れないよう、木材で補強してある。

 明かりは、一定距離に電池式のランタンが置いてある様だ。

 しかし、幅は少々狭い。

 夕張や由良なら何とかなるが、成人男性がすれ違うのは少々苦労するだろう。

 ましてや荷物を抱えていれば、かなり厄介な事になりそうだ。

 

「これ……艦娘が掘ったの?」

「大体、五月雨ちゃんと私かな、摩耶さんは他に仕事があったしね」

 

 艦娘はこの世で最良の小型重機だ。

 膂力に耐える道具さえあれば、野戦での陣地構築に機械は要らない。

 この程度のトンネルなら、確かにつるはしとシャベルで何とか出来るだろう。

 普通はそんな事をあえて命じる提督等いないだけだ。

 

「まるで、大脱走ね……」

「三本も掘ってないわよ」

 

 由良に背中を押されながらトンネルを進むと、やがて、広い空間に出た。

 ここは天井が高い。

 壁の補強も鉄骨で、コンクリが吹き付けてある。

 空間の中央はボートハウスの様に水が引き込んであり、大型のクルーザー……多分、ビッグボートが停泊していた。

 偽装してあるが、この先は海に繋がっているらしい。

 はしごを登って後部デッキに乗り込むと、既に摩耶が乗り込んでいた。

 かなり不機嫌な顔でデッキの上に置かれた小型コンテナの上に腰を下ろして、ちらりとこちらを見たきり、挨拶をする様子もない。

 まぁ、この状況で愛想を振りまく気にならないのも当然だが。

 由良も特に摩耶の事を気にする様子はなく、キャビンのドアを開ける。

 中に押し込まれると、内装はかなり豪華なサロンスペースになっていた。

 林と多田、河田が既にシートについており、一番奥の席では矢野がぐったりと背もたれに寄りかかっている

 彼の顔は腫れあがり、白衣は所々血で汚れた上に、腕は背後で拘束されている様だった

 

(……やっぱり、矢野先生が憲兵だったの?)

 

「これで揃ったな」

 

 夕張と由良が入ってきたのを見た多田は満足げに頷き、二人に座る様に促した。

 

「五月雨は、後から自力で着いてくる様に指示している……今、ここで君と一緒にしてしまうとややこしいのでね、大体、今日日の海では沿岸と言えども、艦娘の警戒がなければ航行するのは危険だからな」

 

 夕張は嫌々、由良の対面側の席、奥から多田、林が着席している側に腰を下ろした。

 向かいの由良の隣には、河田が座っている。

 恨みを込めて睨みつけるが、河田は手元のラップトップに目を落として何やら打ち込んでいる様だ。

 隣で林が、何やら無線で話しているのが聞こえる。

 少々緊張した様子だ。

 無線を切って、多田に耳打ちする。

 

「来た様だな……例のものを仕掛けて撤収だ」

「はい」

 

 多田の指示を受け、林は又、無線機に何やら話しかける。

 周りの動きが更に騒がしくなった。

 クルーザーのエンジンが始動する。

 しばらくすると、轟音が空気を震わせ、細かいコンクリの欠片が船体を叩く音が連続した。

 無線が何か激しくがなり立てている。

 林も負けずに大声で何回かがなり立て、忌々し気にスイッチを切った。

 

「思ったより早かったようです、同志を3名失いました、生きて確保されたかも知れません」

「それは後で手配するかしあるまい、今は……」

 

 言葉を切った多田は、夕張に意味ありげな視線を送ってくる。

 背筋に怖気が走った。

 

「成果を持ち出すのが先だ」

 

 林は幾分か気のない様子で夕張に目をやり、追従するように頷いて見せる。

 

「ですな……見合えば良いですが」

 

 主機の唸りが高まり、クルーザーが動き始めた。

 偽装のネットを突き破って外へ出ると、速度が徐々に上がってゆく。

 海上に出てしまえば、少しはチャンスはあるのだろうか。

 夕張は目の前に座った由良を見る。

 考えを読み取った様に由良は首を振り、夕張の手を握った。

 

「そろそろ説明して貰えるかしら?」

 

 とりあえず、隣の林に話しかけてみる。

 どういう嘘が飛び出るのだろう。

 林は、一瞬、面倒くさそうな顔をして河田に目線をやったが、彼が顔も上げずにノートPCを操作しているのを見て少し黙る。

 多分、舌打ちでもこらえたのだろう。

 夕張の方を向いた時には、張り付けたような作り笑いを浮かんでいた。

 

「いやいや、夜中に妙な状況になって申し訳ないね、ちょっとした、トラブルが発生したんだ」

「トラブルですか?」

 

 ちらりと矢野先生に視線を向けてから、感情を声に乗せずに聞き返す。

 

「そうだ、我々はとある機関から請け負った、極めて秘匿性の高い研究をしていてね……国防、ひいては、奴らに“人類”が勝利する為の重要な研究だ、ただ、それを好ましく思わない連中もいてね、奴らに勝つには、ありとあらゆる手段が許容されるべきとは思わんかね?」

 

 離している内に、林の目が血走ってくるのが分かる。

 少なくとも、後半の部分は本音なのだろう。

 “ありとあらゆる手段”の実状を知っていると、吐き気しか催す言説でしかないが。

 

「はぁ」

「憂国の徒である我々は、残念ながら、今は追われる立場だという訳だ」

 

 メガネをくい、と直しながら多田が首を振る。

 

「君には自覚は無いと思うが、君は我々の組織の研究成果が生み出した、今後の深海棲艦共との戦いで、勝利の鍵となる可能性を秘めた存在だ、こんな状況で申し訳ないが、今後も我々に積極的に協力していただけると助かる」

 

 “研究成果”。

 それを掴む為に用いられた手段と、犠牲。

 だんだんと、本当に吐きそうになってきた。

 どこまでこの茶番につき合うのか。

 そろそろ、吐き気を堪えるのも限界だ。

 その時、キャビンのドアが開いて、つなぎの男が顔を出した。

 

「五月雨より報告あり、追跡されています……恐らく4隻程の艦隊です」

「くそ、何で見つかったんだ!」

 

 動揺した表情で毒づく林を見て、少しすっとした。

 一時は独力で何とかする必要があるかと思ったが、少しほっとする。

 思った以上に憲兵は優秀らしい。

 矢野先生の表情を盗み見るが、彼はぐったりしたまま目を閉じてままだ。

 気絶しているのかもしれない。

 

「追加連絡、敵艦隊の編成は、長良、敷浪、霰、長月の様です」

 

 初めて河田が顔を上げた。

 

「水雷編成か、このままでは追いつかれるぞ」

「……そうだな」

 

 不意に、多田が歪んだ笑みを浮かべる。

 嫌な感じだ。

 

「軽巡1隻と、駆逐3、1隻はポンコツだが的には丁度良い……“成果”一部のお披露目といこう、同志河田、五月雨と摩耶、君の由良で相手をしてやってくれ」

 

 まずい。

 数の上では1隻多くても、重巡が1隻いるだけで、結構不利だ。

 摩耶さんの主砲が直撃でもしたら、睦月型は一発で撃沈される可能性が高い。

 

「そんな顔をするな、君は、無傷で持ち帰る必要がある、出なくていい」

「大丈夫よ」

 

 多田のにやにやしている顔に正拳を打ち込みたくてしょうがないが、由良の顔を見ると何もいえなくなる。

 何を言ってよいか、分からない。

 言葉を飲み込んだ、笑顔。

 頬に当てられた手は、微かに震えていなかっただろうか。

 由良が出て行った後、多田と林はひそひそと何かを話し始めた。

 

(やるなら今……憲兵達が近くまで来ていて、この場の艦娘は私だけ)

 

『……君は大丈夫だ、気を強く持つんだ』

 

(そう、私には“制御装置”は埋め込まれてない筈)

 

 早くしなければ、由良達が艦娘同士で殺し合いを始めてしまう。

 一刻も早く、決断するなら今だ。

 

(できる、私一人でも、人間だけなら制圧する事なんて簡単だわ)

 

 夕張は、手を伸ばして林の首根っこをひっつかみ、テーブルの反対側へ投げ飛ばした。

 破砕音と悲鳴を無視して、奥へ進み、多田の首を締め上げる。

 

「なっ……」

「観念して、私、全部知ってるのよ、あなた達が、あの子達……私に何をしたのか!」

 

 行動に出てみると、自分の中で、どれほどの怒りが煮えたぎっていたか自覚させられる。

 多田の首を真後ろに回転させない様にするのは、ありったけの精神力が必要だった。

 

「矢野さん、大丈夫?」

 

 矢野が何か喋ろうとしている、黙ってこちらをじっと見ている河田に注意しながら、聞き取ろうとする。

 

「……だめ、だ……やつらは、き、みに……」

 

 必死に何かを伝えようとする声が遠くなる。

 全身から力が抜ける。

 存在が消える。

 あの時感じた感覚が、夕張の自由を奪っていた。

 

「全く、これだから艦娘というのは……」

 

 床に落ちた頭を踏みにじる靴の感触を感じながら、夕張は意識を手放した。

 

To be Countinued...




 ここまで読んで下さりありがとうございました。
 果たして夕張さんに何が起こったのか?

 次回もおつきあいいただければ幸いです。
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