深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 多田達、“海洋復古主義者”の前時代的な脱出路を察知できず、一度は逃走を許してしまった憲兵達。
 しかし、章五郎氏の伏せていた意外な援軍”二式大艇”により、追跡を継続する。
 夜の海に移った戦場で彼らは妖しい光を目にするのだった。


 【第四章 <結> パンドラの社 第十話】

 

【外洋・憲兵特務艦隊】

 

 

『出てきたよ』

『……摩耶、由良、五月雨……夕張が足りない?』

『足りなくてけっこー、摩耶が居るだけで沢山だよ』

『機関部、弾薬庫への直撃は避けるのだな?……ふっ、お巡りさんの辛いところだ』

 

 敵艦隊を確認して、特務艦隊の無線がにわかに活気づく。

 

『管区の憲兵艦隊には応援要請済みだから、私たちのやる事はあの子達の足を止める事!分かった?』

『……了解』

『相手重巡だよ、簡単に言ってくれるなぁ……やるけどさぁ、了解』

『まかせておけ』

 

 

【外洋・クルーザー:海洋復古主義者】

 

 

「どうしました?」

 

 キャビンのドアを開け、アサルトライフルを構えた男が中をのぞき込んだ。

 

「検体が少し制御を離れただけだ」

 

 多田は名前札を手にしたまま眼鏡を直し、キャビン内を見回す。

 壁に投げつけられた林はまだソファの上で呻いているが、生命に別状はなさそうだ。

 ただ、後で鞭打ち位にはなるかも知れない。

 河田もとばっちりをくらった様だが、大した事はなさそうだ。

 多田は足下で、ソファとテーブルの間に挟まって倒れている夕張を指さして、つなぎの男に顎をしゃくる。

 

「ちょうどいい、これを後部デッキに持って行って、後、椅子を二つ用意してくれ」

「了解です」

 

 つなぎの男は、夕張の足を掴んで引っ張り、キャビンから引きずり出した。

 階段に頭がひっかかり、ごつ、ごつ、と鈍い音がする。

 夕張をデッキ上に雑に放り出した男は、積み込まれていた荷物からパイプ椅子を取り出して、二つ並べた。

 

「木偶が!」

 

 多田が椅子の一つに腰を下ろそうとすると、キャビンから首を押さえた林が現れ、ぐったりと倒れ込んでいる夕張の腹部を力一杯蹴り上げた。

 無抵抗な腹部に革靴の先がめり込み、軽い体がデッキの上を滑る。

 

「ぐぁ!」

 

 林の頬がはじけ、床にふらふらと座り込む。

 多田の容赦ない裏拳がまともに入ったのだ。

 

「同士、やめたまえ、機械の誤作動は殴った所で直らん」

 

 鼻血を噴いている林に目も向けず、多田はつなぎの男に手を振った。

 

「同士、それをそちらの椅子に座らせてくれ」

「はい」

 

 つなぎの男はぴくりとも動かない夕張を抱え上げると、椅子の上に座らせる。

 

「双眼鏡はあるかね、ナイトスコープ付きの物だが」

「どうぞ」

 

 つなぎの男は壁の備品箱から双眼鏡を取り出し、多田に手渡す。

 多田はのぞき込んでしばし、周辺を探る。

 

「そろそろ始まるな……夕張君、君も見ているといい、君なら、そのままでも見えるだろう?」

 

 幾重にも重ねられた紗幕を通して響く様な遠い声に促され、夕張は無理矢理瞼を持ち上げる。

 闇の中で時折光る閃光。

 その中で、ぼんやりと浮かび上がる影が見えた。

 長く蒼い髪をたなびかせ、あり得ない速度で疾走する姿。

 それは、五月雨だった。

 

『彼女が見ているものを見るんだ……見える筈だ、記録するんだ、全てを』

 

 多田がかざす名前札には、二房の髪が巻かれている。

 よく見覚えのある緑がかった髪と鮮やかな蒼色の髪。

 意識が惹かれ、吸い込まれてゆく。

 五月雨の主機の振動、波を切り裂く脚を感じた。

 世界が色を失い、明るさを取り戻す。

 そこに敵が居た。

 

 

【外洋・憲兵特務艦隊臨時指揮艇:追跡中】

 

 

「叩きのめすぞ!こらぁ!」

 

 二式大艇に搭載されたカメラから届く画像は、夜間という事で色は無いが、解像度は高く、かなりの詳細を見て取れる程に鮮明だった。

 

「章ちゃん、うるさいかも~」

 

 画像を映しているノートPCをたたき壊さんばかりに激昂している章五郎氏に、操縦席から身を乗り出した秋津洲がのんびりとした声で抗議する。

 妖精さん達に操縦させ、彼女自身は操舵していない為、本当に座っているだけだ。

 空母や、水上機母艦の様に、遠くまで装備を展開する艦種は、妖精さん達の遠隔制御技術に優れている。

 複数に分けた部隊の制御を平然と行えるのも、特性の一つだ。

 

「あまり興奮すると、体に障りますよ……しかし、このカメラは鮮明ですね、助かります、見える範囲では、自動小銃で武装した人間が4人、多田と林、河田も多分……摩耶、由良、五月雨は出払っているので、後は、夕張だけでしょう」

「流石に、中が覗ける様な奴は積めなかったからな」

「もぉ!あんな重いの、大艇ちゃんだから積めたのかも!」

 

 少し不満げな章五郎氏に、秋津洲が(たぶん)口を尖らせて抗議する。

 

「……で、どうするよ、なんなら、俺とあいつで乗り込んでブチノメシテくるがよ?」

「年寄りの冷や水ぅ……それに秋津洲、喧嘩は苦手かも」

「乳揉んできたチンピラをコンクリに逆落としする様な女がなに言ってんだかよ」

「ちがうかも、ちゃんと後頭部は打たない様に背中から落としてあげたから、大丈夫かも、かも?」

 

 この矍鑠(かくしゃく)とした老人は、確か一時期は柔術の師範を勤めていた。

 もう道場はない筈だが、引き取った“娘”に技術を伝授していても不思議はない。

 

「いえ、ご協力には感謝していますが、民間の方にそんな危険な事は依頼できません」

「今日日の憲兵は紳士淑女の集まりになったもんだなぁ……しかし、急いだ方がいい、嫌な感じだぜ」

 

 章五郎氏が、タブレットの画面を指さす。

 長良が身につけた艦載カメラからの映像だ。

 

「俺ぁ、技術屋で提督様じゃねぇが、摩耶が後ろで、由良も離れ過ぎだ、五月雨だけ突っ込んでくる感じだろ、各個撃破してくれって言ってる様なもんだ」

「確かに、後から合流したにしても、遅すぎる、まるで陣形を組む気がないみたいに」

 

 上空から見れば、五月雨を先頭にした歪な三角形に見えるだろう。

 

「一番かんに障りやがるのが、五月雨だな、よく見えるだろ?」

 

 確かに、五月雨は闇の中輪郭が浮かびあがる様に視認できている。

 まるで幽霊だ。

 

「“提督”には、艦娘が光って見える、って事があってな、まぁ、オカルトよ、オーラってやつだ、普通の奴には見えねえが……それがよ、改二、っつうて、たまぁに艤装を進化させるやつ、その進化が始まる時に、誰にでも見える様になんだよ、その光ががな」

「五月雨が改二……?」

 

 専門家では無いが、そんな報告は公開されていなかった筈だ。

 

「いや、進化ん時のなら、俺も見たこたぁある……あれはよぉ、綺麗だぜ、うまく言葉にゃ出来ねぇが、命の光が溢れて煌めくんだ……でも、こりゃ、何か違う、嫌な感じだ」

 

 タブレットから顔を上げた章五郎氏は顔をくしゃくしゃに歪めて顎を掻いた。

 

「俺ぁ、あんたんとこの嬢ちゃん達も心配だぜ……しっかし、あのクソ共、何しやがった?」

『こちら長良、射程に入ります……どうぞ』

 

 無線がハム音を発し、長良の通信が入った。

 送信ボタンを押し込んで、応答する。

 

「自由射撃を許可する、普通の相手じゃないわ、確保が困難なら、防衛を優先して……どうぞ」

『長良、了解……以上』

 

 タブレットの中で、蒼白い不吉な炎の様に光がちらつく。

 確かに、見入らせる美しさはある。

 妖しい、人を不安にさせる何かが。

 

「……章五郎さん、ご相談があるのですが?」

「おう、何でも言ってくんな」

 

 今は、手を打つべきだ。

 もう、先手を取られる余裕はない。

 

 To Be Countinued...




 ここまで読んで下さりありがとうございます。

 だらだら書いていたら、大分間が空いてしまいました。
 次回分までは完成しているので、次は間を置かず投稿致します。

 次回は、とうとうこのお話では初めての海戦が発生します。

 よろしければ……見て下さい!
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