深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

28 / 43
 艦娘は兵器である。
 兵器が致命的な武器を行使すれば結果は自明の物となる。
 問題は、結果が適用される対象が誰なのかであった。
 不穏な気配が漂う中、いよいよ戦端が開かれる。


 【第四章 <結> パンドラの社 第十一話】

 

 

【外洋・五月雨:交戦開始】

 

 

 敵は単縦陣で進んでくる。

 教科書通り。

 

(長良、敷波、霰、長月……)

 

 体の中で主機が震え、限界一杯まで圧を貯め込んだ安全弁が軋む。

 手足にまとわりつく重い空気を体ごと押しのけ、手足でかき分けながら突撃すると、敵の左舷が大きく見えた。

 右回頭だ。

 こちらもわずかに面舵をとり右へ回頭。

 発射可能な角度が取れた瞬間、敵の未来位置へ魚雷を八本、斉射する。

 

(手前過ぎるわ)

 

 間髪入れず、海面に落ちた魚雷を追う様に取り舵を一杯に回す。

 滅茶苦茶な操舵に、波しぶきが肩を撫でる程擬体が傾斜し、艤装が悲鳴をあげる。

 足先から全身を雑巾絞りされる様な感覚。

 あちこちで、少しずつ筋繊維がぶちぶちと断裂していく感触が気持ち悪い。

 主機が今にもバラバラになりそうな勢いで振動する。

 世界が凍ってゆく。

 あまりの回転数の増加に、最早エンジン音ではなくモーター音に聞こえる叫びが、耳に響く血流の轟きと混ざり合う。

 目の前が赤い。

 鼻に鉄錆臭いにおいが広がり、塩辛い滴が風にとばされた。

 凍り付いた世界を熱で溶かしながら疾走する。

 魚雷を追い越し、左側面から、驚愕に固まった敵艦の顔が視認できる距離に易々と踏み込む。

 ゆっくりとこちらを向く砲口に先んじて、左手に装備した12.7cm連装砲を斉射、先頭についている長良の足を撃ち抜く。

 ふくらはぎが榴弾で弾け、ズタズタになった肉と皮、血煙がじわ、と広がるのを最後まで見ずに、海面から跳躍。

 回転しながら艦隊の頭上を捉える。

 脚を天に、頭を海面に、伸ばした右手の20.3cm連装砲は霰の艤装を指していた。

 轟音。

 異音と激痛。

 海面に叩き付けられた衝撃で、肺から全ての息が絞り出される。

 止まらない後ろ向きの回転。

 両足を叩き付けて、左捻り。

 着水した瞬間に海面を“掴み”、主機を回す。

 背後に魚雷の炸裂音を聞きながら、面舵を取り、左手に掴んだ砲の銃把を右肩へ振り下ろした。

 外れた肩関節が異音を発して元の場所へ戻る。

 込み上げた血塊が、制服の胸元と手に散りしぶき、異様な程赤い彩りを添えた。

 血煙を口から吐きながら、砲と魚雷を再装填する。

 全てを沈めなくてはならない。

 この体が完全に壊れる前に。

 

 

【外洋・憲兵特務艦隊:交戦開始】

 

 

『まて、直角に曲がったぞ!』

『来る!』

『うっそ、はやっ!』

 

 青白く仄光る五月雨に、砲撃が集中する。

 しかし、照準の甘い砲撃は五月雨を通り越し、その背後に次々と着弾。

 再装填する間もなく、長良の左脚で肉が弾け、五月雨は跳躍していた。

 

『あ……』

『うわっ!』

 

 左脚が崩れて強制的に取り舵を取らされた長良を敷波が追い抜き、急激に速度を落とした霰に追突しそうになった長月が真横にステップ……“あめんぼ”のテクニックで、緊急回避する。

 次の瞬間、遅れて着弾した魚雷が次々と炸裂した。

 

『駄目!脚を止めないで、敷波と長月は五月雨に対処』

『分かったよ!』

『そうか……了解した』

『霰!応答して!』

 

 呼びかけても応答がなく、霰の船足はどんどん落ちてゆく。

 目を向けると、火を噴いている様子は無いが、激しく蒸気が噴き出す音がしている。

 長良が脚を引きずりながら近づくと、霰はがっくりと首を落としたまま漂流していた。

 じわじわと左脚が水の中へ沈み、今は足首の上まで海面が来ている。

 長良が思い切り、霰の頬にびんたを食らわせると、遠くから風切り音が響いた。

 肩を掴んで前後に力一杯揺すると、肉と骨がむき出しになった左脚に激痛が走る。

 潮がしみる等というレベルでは無いが、今はかまっていられない。

 

「……缶、穴、開いて……る?」

 

 近くに着弾した。

 すぐに動かないと、修正射撃がくる。

 

「バルブを閉めて!」

 

 蒸気漏れした缶が浸水すれば、水蒸気爆発で轟沈だ。

 耳元で叫ぶと、徐々に水蒸気の出が静まり始めた。

 

「あと、2つ……ある、から、大丈夫」

「水は?」

「少し入ったけど、大丈夫……です、隔壁閉じます」

「じゃ、行こう!」

 

 長良は霰の肩を叩いてから発進し、航行しながら鉢巻きを解いて膝下を強く縛りあげ、処置にもならない応急処置をしておく。

 常人なら立ち上がる事など不可能だが、艦娘なら脚が無くならなければ“安い”。

 

(……終わるまで保ってよ、鍛えてるんだから!)

 

 

【外洋・クルーザー:海洋復古主義者】

 

 

「あのこ」

「何かね?」

「……あの子に、何……したの?」

 

 涙が止まらない。

 凄まじい苦痛。

 体を破壊する感覚を共有しながら、声は届かない。

 見ているだけしかできない。

 

「“全力”を出せる様にしてあげただけだ、少し、普通は使わない素材は使っているがね、しかし、調整不足は否めんな……あとは投棄までに駆逐を一、二隻潰せれば上等か、あれも試しておこう」

 

 多田が名前札を持ち上げて、巻き付いた青い髪の毛に触れる。

 ぞわっとする感覚が全身に走り、なにか、ひどく冷たいものが体に混入する感覚がした。

 

「しっかり“憶えていて”くれたまえ、それが“実験艦”としての今の君の役目だ……あれでは、擬体は回収できないだろうからな、どうした、締めないのかね?」

 

 勝手に伸びた左手が多田の首を掴んでいる。

 だが、力が入らない。

 今すぐこいつを絞め殺して、五月雨ちゃんを止めたい。

 でも、どうしても手に力が入らないのだ。

 

「説明する機会が無かったな」

 

 多田はアサルトライフルを構えた男を止め、手に持った名前札を見せてきた。

 名前札には、“夕張型 軽巡洋艦 夕張”とだけある。

 人としての、名前がない。

 

「これは君の“体”の元の持ち主だ、普通に“近代化改修”をしてしまえば、消えてしまうものだが……ちょっとした工夫で、便利な“通信端末”になった」

 

 多田は、名前札に巻き付いた、薄く緑色が入った見覚えのある髪房を指さして見せた。

 

「これは、君の髪だ、この髪は艦内神社に入れた君の方の名前札にも巻き付けてある」

 

 そうだ、確かに艦内神社を開けた時、巻き付いていた。

 嫌な感じはしたが、まさか、名前札を疎通させる媒体だとは流石に思わなかった。

 

「五月雨くんと“内線”が繋がっているのはその応用だよ、そう言えば」

 

 多田の顔がいやらしく歪んだ。

 

「だるま落としを知っているかね、いや、どちらと言えば、ジェンガとか、積み木の方が例えとしては良いかも知れん」

 

 多田の持っている名前札から目が離せなくなる。

 もう、次の言葉は想像できるが、口を塞ぐ手が無い。

 

「本来、“近代化改修”で一つになっているものを分けてしまっているのだが……ジェンガで下の木を抜きすぎるとどうなるかね?」

 多田は言葉を切って双眼鏡を覗き、たっぷりと間を取った。

 

「君の体で同じ事が起きても、困るだろう?」

 

 首を掴んでいた手が外れた。

 “彼女”が離したのだ。

 この体は、元々、“私”のものでは無い。

 多田が手中にしている“彼女”のもの。

 “私”がこれ以上、危険に晒す訳にはいかない。

 

「それでいい、君は我々にとっても苦労して造りだした“資産”だ、簡単に壊したりはしない……おとなしくしていればな」

 

 五月雨も、“夕張”も“私”には救えない。

 どうすれば良いのだろう。

 誰の声も聞こえない、流れ込んでくるのは血の味と苦痛、硝煙と潮の臭い。

 

(本当に、私の声聞こえないの?……聞かせてよ)

 

 手の甲にぽつり、ぽつりと、紅い点が落ちた。

 

To Be Countinued...




 ここまで読んで下さりありがとうございます。
 いよいよ戦闘が始まりましたが、決着は持ち越しとなります。
 夕張さんに施された仕掛け(というより呪法)が明らかになりましたが、果たして彼女はどうなってしまうのか?
 どうみても異常動作をしている五月雨は?

 次回も彼女達におつき合いいただければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。