深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 異常な性能を発揮する五月雨に陣形を崩された憲兵特務艦隊。
 対処の為、再編成された敷波と長月は改めて五月雨と対峙するのであった。

※今回は少々R18G描写あり。


 【第四章 <結> パンドラの社 第十二話】

【外洋・憲兵特務艦隊:敷波&長月 vs 五月雨】

 

 

『何故撃ってこない?』

『さあね、故障かな、でも、嫌な音だなぁ……長月、あの速度で一撃離脱されたら、手に負えないよ』

『脚を止めさせるか、流石にあんな動きがいつまでもできるとは思えん』

『なら、良いけどね、これ!』

 

 長月は、敷波が投げてきたエントリーツールを片手で受け止める。

 片方がピック、逆の端が釘抜き状になった、ハリガンツールだ。

 敷波自身は、フラットヘッドアックスを手にしている。

 両方とも、敷波愛用の妖精さん付きの道具だ。

 

『貸しとくから』

『では、後で返さねばな』

 

 中腰になっていた五月雨が、ぎしぎしと金属音でも立てそうな非人間的な動きで体を伸ばす。

 海面を向いていた20.3cm連装砲の筒先が、ぎちぎちと持ち上げられる。

 

『来るよ!』

『やらいでか!』

 

 挨拶代わりに発射された12.7cm連装砲の弾丸が、五月雨の元居た海面に水柱を立て、返す砲弾が敷波の脇腹を抉り抜き、艤装の側面で炸裂する。

 

『っつう!』

 

 すかさず、長月が砲撃する。

 

『あてさせてはくれんか、動きを止めるな、撃ち続けろ!』

 

 五月雨の“アメンボ”は殆ど瞬間移動の様なスピードで、一瞬前は正面に立っていたのに、次は真横から砲弾が飛んでくる程だ。

 五月雨は長い髪を閃かせ、ひとときたりとも脚を止めず、二人を狩りたてた。

 直撃はぎりぎり避けても、至近弾が艤装を歪め、機能が奪われてゆく。

 主機の唸りに、緊急冷却の蒸気放出音が悲鳴の様に重なる。

 五月雨の光が強さを増す。

 

『どんだけ動けるんだよ!』

『くっ、水柱で……』

 

 激しい砲撃戦で林立した水柱で海面が凄まじく荒れ狂う。

 立っているのすら困難な波に揉まれ、否応なく脚が止まる。

 長月が離脱しようと脚に力を入れた瞬間、右の水柱から五月雨が飛び出してきた。

 

『く!』

 

 咄嗟に右手の連装砲を体ごとぶつかってきた五月雨の間にかざす。

 連装砲が五月雨の右肩と長月の胸に挟まれ、嫌な音と共にくの字にへしゃげる。

 胸骨だか肋骨の辺りに嫌な感触が走った。

 同時に、間近で轟音が響き、下腹部に衝撃と痺れが広がる。

 

『逃がさん!』

 

 崩れかかる脚を踏ん張り、離れる体に向かって、左手のハリガンツールを振るう。

 ピックが確かに何かに深々と突き刺さる感触がした。

 手首ごと持って行かれそうな力に耐え、こみ上げてきた血を海面に吐き散らしながら、力一杯引っ張る。

 五月雨は全力後進で強引に抜こうとしている様だが、ピックは右の肋骨のどれかに引っかかったらしく、抜ける様子はない。

 

『いい加減、おとなしくしろよ!』

 

 脇から躍り込んできた敷波が、振り回していた鎖を叩き付けた。

 錨の重量で遠心力が充分のった鎖は勢いよく五月雨に巻き付き、しっかりと胴体を拘束する。

 

『よっしゃ!捕まえたよっ!わ!』

 

 両足を突っ張って動きを止めようとする敷波の頭部を砲弾が擦過した。

 

『させ、るか……』

 

 長月がピックを引っ張り、砲撃を反らしたのだ。

 しかし、今ので引っかかっていたピックが肋骨をへし折り、抜けてしまった。

 係留鎖がぴんと張り詰め、耳障りな軋みを立てる。

 しかし、力尽くではすぐに引きちぎるのは困難と判断したのか、五月雨は間合いを一瞬で詰め、敷波に左腕を振るう。

 

『たぁっ!』

 

 咄嗟に斧で弾くと、砲撃は敷波の背後の煙突に大穴を開けた。

 膝蹴りが、鳩尾に突き刺さる。

 目をちかちかさせながら斧を持ち直そうとする敷波の頭に、強力な頭突きが炸裂した。

 擬体は艦娘の本体では無い。

 しかし、脳への攻撃は流石に一瞬の空白を生む。

 至近距離から艤装に突きつけられた右手の20.3cm連装砲が火を噴こうとした瞬間、びくんと五月雨の体が痙攣した。

 艤装後尾を斜めに貫通した砲弾が海面下で爆発し、激しいうねりが三人を巻き込む。

 鎖が、今一度、ぴんと張った。

 

『ごめんよ』

 

 轟音。

 腹部から突き出たハリガンツールを掴んだ五月雨の胸が弾けとぶ。

 骨と肉、内臓だったものが鉄片と入り交じって飛び散り、硝煙と血臭が潮の臭いを圧倒する。

 敷波は一歩踏み込み、無表情に右手を持ち上げようとする五月雨の腕を切り落とした。

 打ち落とされた腕に引かれる様に持ち上げられた12.7cm砲が斉射され、敷波の右舷を粉砕する。

 何かが爆発し、炎が噴き出す。

 

「う゛ーっ!」

 

 痛撃に顔を歪めながら、敷波は持ち直した斧を体全体を右回転させるフルスイングで、五月雨の胸郭へ力一杯たたき込んだ。

 柔らかい器官を叩き潰すぐちゃりという感触と、その奥の何か堅い物を砕く嫌な感覚。

 五月雨の動きががくり、と止まった。

 少しの間だけ、敷波と長月はそのままの体勢で黙って荒い息を吐いていた。

 二人の前で動きを止めた五月雨の艶やかだった蒼い髪は白変し、流れる血は青灰色をしている。

 

『敷波、はな、れろ……発火、してる』

『あー、アタシも燃えてる、もう、ほんと、痛いなぁ……って、うわ……なんなんだよ……これ』

 

 慌てて愛用の道具達を引き抜いた敷波は、青白い炎を発して燃える五月雨から目をそらし、答えを求める様に長月へ目をやった。

 

『まるで、深海……のやつらだな』

 

 腹部を押さえてうずくまった長月の腕の間から、てらてらとぬめった紐状の臓器が垂れ下がっているのに気がつき、敷波は艤装の応急キットを手探りする。

 

『こちら、敷波、五月雨を大破させました、出火してます……敷波は損傷を受け消火中、長月は内臓露出してるので、応急処置を、え!急ぎます』

 

 鎖をたぐり寄せ、錨を回収する。

 

(あれ?熱くない……)

 

 炎に晒されていた筈の鎖は手に張り付きそうな錯覚をする程、冷たかった。

 炎に晒された部分が妙な色に変色しているらしい。

 何だか、背筋がぞくりとした。

 

『立てる?』

『すまない、どうやら骨盤やら股関節をやられた様だ、背骨も怪しいな……下半身の感覚もおかしい』

 

 敷波は長月の手の下を覗き込んで顔をしかめた。

 頭をすっぽりつっこめそうな大穴から、ズタズタの肉片になった大腸、小腸、膀胱等々が腹膜の残骸と混ざり、子宮や膣は脱落して波間に垂れ下がってしまっている。

 海面が夜目にも濃い色に染まっているのは大量出血している為だ。

 流石にここまで擬体を破壊されると戦闘続行は無理だろう。

 

『長月は大破、応急処置の後、敷波のみ合流します』

『まだ戦える……と言いたいが、無理か……すまない、しかし発泡剤か?……テープは、ないのか』

『ああ、ダクトテープで塞げる傷じゃないじゃん』

『それ、取る時、“死ぬほど”痛い……』

『知ってる……長良さん達、苦戦してるよ、早くしないと……手、離して』

『仕方ない……』

 

 30cm程の歪な大穴に少々無理矢理、内臓類を纏めてぐちゃりと押し込み、救急キットから取り出した発泡剤を吹き付ける。

 ウレタンの様なフォームは血を吸って傷口を覆い、しっかりと固まった。

 表面はざらざらとしているが、柔軟性は人肌に近い。

 これで少なくとも内臓を引きずって歩かずに済む。

 人間なら、出血や腹膜炎で普通に死ぬが、艦娘の擬体に入っている内臓は幸いそんな繊細ではない。

 出血を止めて、邪魔にならない様にしておけば割と何とかなる。

 問題は、痛いものは痛いという事位だ。

 “発泡剤”はこういった広範囲の負傷を“誤魔化す”為の装備で、出血と傷口の露出はこれで処置できる。

 ただ、帰って入渠する時、回復の邪魔になる為傷口から“引き剥がす”必要があり、それが場所によっては気絶する程の激痛を伴う為、代用できるならダクトテープを巻くだけの応急処置を好む艦娘が多いのだ。

 

『いくら“飾り物”でも適当に押し込むと、座りが悪いな……ん……火災が、収まってきたか?』

『なら、まだ助かるかも知れないね……ん、私の方も消火完了したかな』

 

 艦娘はそう簡単には死なない、が、今の五月雨程の損傷を受けた艦娘が助かるのか。

 正直、敷波にも分からない。

 

『取りあえず、ビーコンをつけておく……応援にまかせよ』

『ああ、私が見ていよう……すまんが、霰達の援護は頼む』

『まかせて、心配いらないって!』

 

To Be Countinued...




 ここまで読んで下さりありがとうございました。
 連休中に書きためていた分が尽きたので、又、書き足してゆきます。
 まぁ、今回の分は読み直した上で、少々改稿してたりしているので、それで時間かかってたりもするんですが。
 次もおつき合いいただければ幸いです。

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