深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
しかし、予想外の乱入者の影が海原に浮かび上がるのだった。
【外洋・摩耶&由良 vs 長良&霰】
「……逝っちまったか、ちくしょう」
闇に浮かび上がる蒼白い炎から眼をそらし、悪態をつく。
手癖の偏差射撃で放った砲弾が霰の特徴的な帽子を弾き飛ばした。
たまらず左右にふらつく所へ放った第二射は、艤装後部の上部構造体を粉砕する。
「馬鹿やろう、脚を止めるんじゃねぇ……“当たっちまう”だろが!」
悪態をつきながら、20.3cm砲弾をできる限り慎重に確実に、ゆっくりと再装填してゆく。
あと少し粘れば、敷波達が合流してくるだろう。
そうすれば、もう少しは時間が稼げるかも知れない。
由良に眼を向けると、長良とまだ格闘戦をしていた。
といっても、足一本が死んでいる長良は殆ど防戦一方で、早晩勝負はつきそうだ。
そもそも、あの“由良”は並じゃない。
敷波の援軍は間に合うかは、甚だ怪しい。
肉が抉られた足へのローキック、一瞬の棒立ち状態へ、上段順突きと中段逆突きを打ち分けてガードを崩し、ガードが下がった頭部へ肘を叩き込む。
辛うじて防いだ所へ、もう一度つま先を傷口へ抉り込む様な回し蹴りが入る。
顔と顔がくっつきそうな至近距離での打ち合い。
微妙な間合いをとれば、長良の腰と大腿部側面に備えられた艦砲から零距離射撃を浴びる。
それを知悉した上での間合い取りだが、側面や、背面を取らずに、正面からの殴り合いを続けられるのは異常な反射速度の賜(たまもの)だ。
出力も他の“由良”達とは段違い、というより、軽巡レベルではない。
(大体、喧嘩の仕方がえげつねえんだよ)
隙あらば傷口を抉り抜くスタイルは、まるでピラニアだ。
「あ?」
遠くで砲撃音とは違う爆発音がした。
どうやら、多田達のクルーザーがある方から響いてきた様だ。
摩耶にとってはどうでも良い事だったが、由良の動きが一瞬鈍り、攻め手が止まる。
隙を見た長良の伸び上がる様な頭突きが由良の顎をとらえた。
由良の重心が後足に回った所で、長良は左腕を掴みとって、引きつける。
四門の砲口が回り、由良を狙った。
由良の右足が跳ね上がり、長良の左大腿部の砲塔を踏みつける。
力一杯踏み抜かれた右足が、左足を引き抜くのと、砲声はほぼ同時だった。
盛大に水柱が上がり、二人が見えなくなる。
そして、摩耶の近くでも水柱があがった。
霰の反撃だ。
「おっと、サボりすぎたぜ……って、おいおい、当ててこいよ、よそ見してたろ?」
摩耶は殆ど無意識の動きで、“あめんぼ”をして、右へ位置ずらしをする。
左脇でちりちりする感覚が通り過ぎた所を見ると、魚雷が近いところを通ったらしい。
「惜しかったな……悪くないぜ」
20.3cm砲を連射すると、霰も、少し動きは鈍いが“あめんぼ”でかわして、撃ち返してくる。
副砲で更に牽制しながら由良を探すと、水柱が収まった後には、首を45度以上の角度で仰け反らせた状態の長良が残されていた。
左にかなり傾斜している。
左足が折れたか、吹き飛んだか。
しかし、とどめは刺されていない。
「あいつ、どこ行きやがった?」
電探には、現場を急に離れてゆく電影がちらちらと映り込んでいる。
どうやら、クルーザーの方は思ったより大事らしい。
(……ま、いっか、あの“化けもん”が居たら、あいつら、応援が来るまでもたねぇだろうしな)
幾ら何でも、そろそろ沿岸配備の艦隊が押っ取り刀で駆けつけても良さそうな頃合いだ。
砲を構え直した時、摩耶の背中で何かが爆発した。
「ってーな!」
回避行動をとりながら電探を確認すると、ぽっ、ぽっ、ぽっと浮かび上がる様に電影が増えていく。
馴染みのある感覚だ。
「へっ、海の底からとびいりかよ……おまえらだったら、手加減抜きでぶっ殺してもいいよなぁ?」
摩耶の顔に、ここ何年もご無沙汰だった本心からの笑顔が戻ってきていた。
【外洋・憲兵特務艦隊臨時指揮艇】
『こっち、片づいたかも!』
「やったじゃねぇか!」
無線から元気が声が飛び出た時、章五郎老人の顔にほっとした様な笑顔が刻まれた。
この老人は、既に“娘”一人の死を追体験させられている様な状況なのだ。
こんな協力を追加要請した事は本当に心苦しいが、しかし、逆転には、思い切った手を打つしか無かった。
「予定通り、元の“研究所”へ向かって、確保班の方に対処指示をだします」
『了解かも』
“研究所”の方は、既に応援が到着し、確保と封鎖処理が完了した旨連絡があった。
容疑者達を適切な拘留施設へ運ぶ手はずも整えられるだろう。
『長良です、すみません、由良が離脱しました……左舷損傷、傾斜、追いつけません』
『こちら敷波、霰と合流したけど、深海棲艦きてます……えっと、多分6隻、水雷編成だと思う……摩耶が交戦してます、もうこっち見てないみたいだけど、由良の方を追いますか?』
『……軽巡級2隻、駆逐級4隻……あ、霰は小破相当です、戦闘継続可能です』
状況がめまぐるしく変化している。
外洋でこれだけ騒げば、深海棲艦が湧くのも当然かも知れないが、現状の戦力でこれ以上の対処は至難だ。
「由良は追えてる?」
『……あっちのクルーザーを追っかけてるみたい、すごく早い……追いついちゃう』
「被疑者達の確保が第一よ、由良を追って、池野君達の援護を」
『敷波、霰、了解だよ』
息を吐いて、タブレットへ目を落とす。
要請した支援艦隊は、近くまで来ているが射程圏内へ入るにはもう少々かかる。
「章五郎さん、我々も離脱しましょう、ここに居続けるのは危険です」
「だな、ケツまくる潮時だぜ」
章五郎老人がスロットルを操作し、舵輪を回すと、クルーザーが回頭する。
「長月、離脱してこちらへ合流、難しければ“研究所”へ向かって」
『長月、了解……待て、再出火?……くそ、なんで消えないんだ……いや、動いてるぞ……おい、何だこれは』
「どうしたの?」
緊張した長月の声が、後半驚愕の響きに変わった。
「五月雨か?」
『そうだ……いや、違う、こいつは、うわっ!』
無線から、聞き慣れないモーター音の様な高速回転音が響く。
一瞬、ハム音か何かと錯覚してしまう音だ。
「長月、どうした?」
『まずいな……敷波、そっちに姫級か鬼級か分からんが、何かが行ったぞ』
『え、嘘?どこ、どこ?』
『目視しろ、燃えてる』
長月と敷波のやりとりを聞きながら、闇の中へ目を凝らすと、水平線上を蒼白い鬼火が疾駆していた。
距離ははっきりしないが、それでも到底実体があるとは思えない速度。
「敷波、霰、それの移動を遅延させられるか?」
『姫級かぁ……なんとか、やってみます、保証はできないけど』
『撃つよ……』
「支援艦隊が次期到着する、もう少し堪えて、未確認だから、できれば情報がもっと欲しい」
『はーい、よく見ますよ、あ゛~』
まるで、ゾンビのうめき声の様なため息で無線は切れた。
激しい格闘戦のダメージで擬体中が軋んでいるに違いない。
この状況を長く抑えるのは無理だ。
「秋津洲さん」
『今、いそがしいかも』
「出せる限りの速度を出して、由良と深海棲艦にターゲットされてる」
『ええー!マジかも!?』
状況は変化していた。
それも、非常に悪い方向に。
【外洋・摩耶 vs 深海棲艦 水雷戦隊】
魚雷を避けて回頭していたイ級がびくり、と震える様に傾斜し、次の瞬間、内部から大きな爆発が発生した。
どうやら、さっき開けてやった大穴に砲弾が飛び込んだらしい。
「ラッキーヒットってなぁ!」
みるみる船足を落とす個体を放置し、斜めの航跡を曳いて迫る魚雷の間をスキップして抜ける。
「けん、けん、ぱっ……よぅっと」
牽制で放った副砲が軽巡ホ級の横っ面をひっぱたく。
右のわき腹で砕けた外野からのつっこみに眉をしかめながら、撃ち返す。
「ったく、数が多いぜ」
既に駆逐を二隻程スクラップにしてやった訳だが、まだまだ、数が多い。
まだ、そこまで“いいの”は貰っていないが、流石に数的優位を取られていると、よく当たる。
体のあちこちから出血しているが、駆逐、軽巡の砲撃では、零距離斉射でも食らわない限り、重巡はそうそう沈まない。
ただ砲撃は兎も角、魚雷を食らうとヤバい。
「ん?」
急に深海棲艦達が一斉に回頭した。
同じ方向へ、走り始める。
「おいおい、ケツまくるにゃ、まだ早いぜ!」
最前列のホ級へ照準を合わせると、蒼白い炎が視界に飛び込んできた。
長い髪の毛に燐光の様な炎を曳きながら、深海棲艦達を追い越してゆく影。
過ぎ去るのは一瞬。
「五月雨?……おい、マジかよ……」
引き金も引けずに立ち尽くす。
「あいつを残しちゃ、逝けねぇか?……ったくよぉ」
To Be Countinued...
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
今回は、気持ちよく暴れる摩耶様を書けたのでちょっと満足。
いい人なんですよ、実際。
はい。
だから余計に大変だったんですが。
次回もおつき合い頂ければ幸いです。