深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 摩耶の精神操作への“消極的”抵抗や、深海棲艦の飛び入りもあり、霰は辛くも重大な損傷を免れる。
 しかし、由良と一対一で死闘を繰り広げていた長良は、由良の驚異的な格闘力を凌ぎきれず、擬体へ深刻な被害を負わされてしまう。
 轟沈は免れぬ状況と思われたが、多田達のクルーザーの異変を察知した由良の撤退によりその場に放置されるに留まったのだった。
 一方、敷浪達は、妖しい炎に包まれた艦を目撃する。
 炎に魅入られたように、深海棲艦達は戦いを離脱して行く。

 状況は、多田達のクルーザーへ収束しつつあった。


 【第四章 <結> パンドラの社 第十五話】

 

【???・???:夕張】

 

 

 心地よいまどろみ。

 不足していたパズルのピースがぴったりとはまり、世界が完全になった。

 そんな充足感に包まれた眠り。

 もう、この調和を崩したくはない。

 目をあければ泡の様に消えてしまう気がする。

 

『……』

 

 だから、誰かが遠くから呼ぶ声に耳を閉ざした。

 

『ダイジョウブ……カラ』

 

 近くなる声が遠くなる様、背中を向ける。

 

『大丈夫……』

 

 優しい声が耳元に囁く。

 

『夕張さんに酷いことする人は、私が……ゼンブコロしマスかラ』

 

 それが“内線”に話しかける“声”だと気づき、夕張は跳ね起きた。

 

 

【外洋・クルーザー:夕張】

 

 

「気がついたか?」

 

 手際よく差し出された洗面器の中に、盛大に嘔吐する。

 といっても、殆ど固形物は出てこないが。

 洗面器に張られた水に、僅かな固形の吐物と血、重油が入り交じったものが汚れを広げてゆく。

 

「口をすすぐといい」

 

 蓋の開けられたペットボトルを受け取り、口の中を綺麗にする。

 冷えたミネラルウォーターだ。

 ようやく人心地がついて顔を上げると、デッキにあぐらをかいた矢野と目があった。

 後部のキャビンに寝かされていたようだ。

 左手に名前札を握っているのが分かる。

 おなかの辺りに、濡れタオルが落ちていた。

 どうやら、顔を拭かれていたらしい。

 矢野が少し苦労して立ち上がり、洗面器の中身を海に棄てる。

 ふらついているのは負傷しているだけではなく、クルーザーがかなり揺れているからだろう。

 かなりのスピードがでている。

 殆ど両舷前進一杯だ。

 後部キャビンの壁に背中を押しつけて安定させ、周囲を見回すと、端の方でひとまとめに縛られた男達が目に入る。

 多田と河田もそこに入っている、多田の方はかなり酷い有様で、意識も朦朧としている様だが、正直、いい気味だと思う。

 

「君が気絶している間にちょっと、色々あった」

 

 疲れた様子で座り込んだ矢野が、深い息をつく。

 

「見ての通りこの船は確保した、彼女の協力でね……秋津洲さんだ」

「秋津洲よ!……章ちゃんとこでお世話になってるかも……えーと、ちょっと、今は手をはなせないんだけど」

 

 アッパーデッキの方から、少々慌てた様な声が降ってきた。

 

「なんか、とんでもない速度で追っかけてきてる……もうちょっとで、追いつかれちゃうかも!」

「こちらも敷波と霰が支援に回っているが……」

「ちょっと、間に合わないかな?……ていうか、深海棲艦まで追っかけてきてるんだけど……勘弁して欲しいかも……」

 

 デッキに立ち上がり、艤装を展開する。

 すぐ、水上電探に感があった。

 

「夕張、なんとかして欲しいかも!」

「ごめんなさい、兵装積んでないわ」

「ええー!整備不良かも!」

 

 “入院”していた手前、兵装は積んでない。

 大体、フル装備でも、由良とあれだけの深海棲艦を一度に相手するのは無理だ。

 左手の名前札には、白変した髪の毛が一束だけ巻き付いている。

 見る見る内に距離を詰めてくる由良を見ながら、艤装を軽く叩いて妖精さんを呼ぶ。

 少しまよってから、名前札をそのまま艤装から出てきた妖精さんへ渡した。

 これで妖精さんが艦内神社まで持って行ってくれる筈だ。

 

「……形勢逆転だな」

 

 ぽつりと呟く声が聞こえた。

 視力を戻して顔を向けると、奇妙に静かな表情の河田が視線を向けていた。

 

「“由良”には、君たち二人がかりでも勝てん」

 

 その隣では、まだ少しぼんやりとした様子の多田が、冷笑を浮かべている。

 

「摩耶も、呼び戻さなければな……」

 

 夕張は艤装からミニドラ缶を外して、矢野に渡す。

 

「預かり物よ、秋津洲の所へ行ってた方がいいと思うわ」

 

 矢野が頷くのを横目に艤装をしまい、接近する由良の背後へ視線を飛ばす。

 蒼白い炎が水平線の上をちらついていた。

 

「追いついてくるのは、由良だけじゃないわよ」

 

 

【外洋・憲兵特務艦隊臨時指揮艇】

 

 

『こちら敷波~、あれ、早過ぎ、追いつけないです、ていうか、深海棲艦が後を追っかけてますけど、応援まだですか?』

『あっちのクルーザーへ、私たちより早く、つくと思う……霰でした』

 

 クルーザーの速度では、流石に両舷前進一杯に走る駆逐艦からは逃げきれない。

 それ以前に、あの燃えているモノは速すぎる。

 殆ど高速ボート並のスピードに見える。

 

「応援の現着にはもう少しかかる……今、ここを何とか出来るのは私たちだけよ」

「まずいな、無手ならみっちり仕込んでるがよ、あいつら用の飛び道具だされちゃキツいぜ」

 

 舵輪を握る章五郎老人は歯を食いしばる。

 

「ボートの近くでは撃てないでしょう、彼女……“由良”は河田を傷つけない筈ですから」

 

 艦娘の装備する火砲は見た目こそミニチュアだが、もたらす破壊的影響は元になった現物と遜色ない。

 発砲時、直近に生身を晒せば、それこそ“音”に殺されかねない程に。

 

「そりゃそうなんだがよ……それだけじゃねえだろ?」

 

 そうだ、敢えてそちらの可能性は口にはしなかったが、深海棲艦はそんな事を気にしない。

 当たり前だ。

 そもそも、由良が妖精さん付きの小火器を所持していないとは限らない。

 

「しかし、あいつまで丸腰たぁな……うちに戻れれば、幾らでも好きなの載っけさせてやりてぇが」

 

 “娘”達が2人とも危険にさらされている今、章五郎老人は内心、気が気ではないだろう。

 2人目の娘……秋津洲までも、危険に晒したのは自分の責任だ。

 だが、言葉上の謝罪等、今は無意味だろう。

 

「……しかし、深海棲艦の動きが妙ですね、おとなしすぎる」

「あ?……ふん、確かに、もう射程だが、一発もぶっぱなさねぇのは妙だな」

 

 取りあえず、船や艦娘と見れば攻撃を仕掛けてくるのが深海棲艦の常だ。

 ただ、ついて行くという動きは珍しい。

 少なくとも、“鬼”、“姫”級の現場判断ができる旗艦に率いられていない限りは見られない行動だ。

 

「さっきの燃えてる奴、か?」

「可能性はあります」

「ほお……」

 

 人類の頼もしい援軍である艦娘。

 彼女達が死した時、宿敵である深海棲艦と化す。

 そんな質の悪い都市伝説を大本営は一蹴しており、憲兵隊も同見解だ。

 それは、あってはならぬ妄想。

 数十年を費やして再構築された社会秩序を破壊しかねない爆弾だ。

 

「……奴らが弄くり回した改造艦、だろ?」

「そうですね……そうでしょう」

 

 “彼女”が何者なのか、判断するのは自分ではない。

 格下の深海棲艦をコントロールする能力を持っている可能性がある、そう評価するにとどめるべきだろう。

 

(では、その意図は?……なんの為に、攻撃もせずに追跡を、拿捕?……矢野……池野君の報告では、“彼女”、五月雨は夕張とペアリングして、実績値の収集を行う“子機”だった)

 

 提出された、彼女達についての報告資料の内容を思い出す。

 

(“子機”は“親機”を保護する様、精神へ条件づけが行われれている筈……)

 

 大きな決断だ。

 判断を間違えば、池野君や夕張、秋津洲が死ぬ。

 

(しかし、今、完全編成では無くなったとはいえ、ほぼ無傷で、しかも、上位種が統率する水雷戦隊を制圧するのは不可能だ……時間が要る)

 

 目を瞑り、楽しげに談笑していた夕張と由良の面影を塗りつぶす。

 救い出す為に、使える限りの手は使わなくてはならない。

 

(“カノジョ”トハナシタイ)

 

 埋め込み式の伝言器は片言だが、妖精さんというアナログな存在を通すせいか、かなりの所まで言外のニュアンスが伝わる。

 少し慣れれば、最低限の言葉だけで細かい意志の疎通が可能だ。

 

(シュウハスウ アワセタ ドウゾ)

 

「……夕張です、なんでしょう……あまり話してる時間はなさそうですけど」

 

 すぐに作戦用の共有回線へ返信が帰ってきた。

 息を吸い込み、夕張へ呼びかける。

 

「どうも、責任者の古泉です、伝えておきたい事があります、そのまま聞いてください……」

 

 

【外洋・クルーザー:夕張&由良】

 

 

「はい、多分、大体の所は分かってます……“預かり物”の中は結構読みましたから」

『……じきに支援艦隊が現着するわ、後、少しだけ時間が欲しい』

「やれるだけ、やってみます」

『もう少しよ』

 

 その、“もう少し”が絶望的に長いのだ。

 しかし、無線で話した指揮官さんの声には妙に聞き覚えがある。

 どこで聞いたのだろう。

 考え事は一際大きな衝撃で破られる。

 夕張の目の前に、軽く膝を曲げた由良が降り立っていた。

 艤装を畳んだ彼女が、微笑みかける。

 

「やったわね、これで“私たち”、やっと自由になれるわ」

 

 流石にこの言葉は予想していなかった。

 一瞬の躊躇の間に、夕張は由良に抱擁されてしまう。

 軽く息を弾ませた由良の抱擁は、新鮮な潮と彼女の体臭が混じった独特の芳香がする。

 

「由良?」

 

 やはり、彼女もこの状況から抜け出したく思っていたのだ。

 考えてみれば当然の事だ。

 あれだけの事をされて、状況に不満を持っていない訳がない。

 

「おい!同志、なにをしている、速くしないと、まずいぞ」

「ああ……由良?」

 

 流石に少し慌てた様子でささやく多田に頷き、河田が顔を上げる。

 

「あ、すぐに解きますね」

「……待て」

 

 あっさりと抱擁を解き、河田へ向き直った由良へ矢野が警告の声を上げる。

 同時に河田達へ向けて、銃口を持ち上げ様とするが、銃口があがりきる前に由良に銃身を掴み取られていた。

 繊手の中で木製のハンドガードがあっさり砕け、銃身がくしゃりと歪む。

 銃身を握りしめたままの拳が軽く胸先を小突くと、バランスを崩した矢野の体はデッキの上に強く叩きつけられた。

 

「先生!」

 

 声もなくのたうつ矢野を助け起こす夕張をよそに、由良は縛られた両手を持ち上げた河田に手を伸ばす。

 

「えい」

 

 軽いかけ声と共に、河田のジップタイを小指でちぎり取り、片手で立たせる。

 

「ありがとう、さて、急がなくてはな」

「おい、おい!」

 

 手首を軽く揉んでいた河田は、面倒くさげに多田を見下ろした。

 

「そうね、時間がないわ」

 

 由良は軽く河田へ頷くと、多田の前にしゃがみ込んで手を伸ばす。

 

 何か硬い物が砕ける音と、湿った何かが潰れる音が入り交じった形容しがたい音に、絶叫が被る。

 

「でも、あんまり楽に逝かせてあげたくない相手もいるわよね」

 

 赤黒い血と、得体の知れない灰色っぽい組織片にまみれた手を見て、由良は薄く笑った。

 

「由良、どうしちゃったの?どうする気なの?」

 

 もう、由良の考えている事が分からない。

 

「なにって、“私たち”自由になるのよ、こいつらも、あいつらも、みんな……全部殺して」

 

 河田を背後に庇った由良の指は多田達を指し、そして、夕張の抱え上げた矢野の上で止まった。

 

「や……めろ、君も……我々の、保護対象だ」

「そうよ、由良、もう殺す必要なんてないわ」

 

 苦しげに呟く矢野の言葉に、夕張は頷き、由良を見上げる。

 

「私たちを切り刻む相手が変わるだけよ、又、別の檻に入るだけ……でも、今なら、檻を開けられる、どこか静かな場所で三人、一緒に暮らせるわ」

 

 由良が軽く退くと、空から降ってきた人影が又、クルーザーを揺らした。

 何を言ってるか定かではない悲鳴が操縦席から聞こえた気がする。

 

「四人でもいいわ、あなたが望むなら」

「五月雨……ちゃん?」

 

 由良と夕張を遮る様に降りたった五月雨の皮膚は蒼白く、白変した長い髪は乳白色に輝いていた。

 打ち砕かれた胸を粗雑に埋めた金属の間からは青い光がこぼれ、断たれた腕は歪に金属を組み合わせて構成された義手で補われている。

 不思議そうに傾げた顔は確かに五月雨のものだが、それは余りにも無表情過ぎた。

 

「その子は、あなたの言う事ならなんでも聞く、ここを全部片づける位簡単よ……全員深海棲艦に殺された、私たちも沈んだ……大本営にはそう思って貰うの」

「……無理よ、もうじき沿岸警備の艦隊が来る、連合艦隊相手じゃ、返り討ちになるだけ」

 

 首を振る夕張の前で、由良はからからと笑う。

 

「止めましょう」

「戦力なら、まだまだ居るわよ」

 

 由良の指は、下を指していた。

 

「連合艦隊位、簡単に組めるわ……この辺、一杯、沈んでるから」

「由良、あなた、“何で分かるの?”」

 

 由良の瞳は灯りを受けて、ギラギラと銀の光を発していた。

 

「サァ……何でかしらね?」

 

(私が見た資料は、全部じゃない……)

 

 夕張は、抱え起こした矢野へ目を落とす。

 

『……君は他の娘と 違う……大丈夫だ』

 

「木曾……長良、五十鈴、名取……由良」

 

 夕張は矢野を壁にもたれかけさせ、立ち上がる。

 五月雨に頷くと、彼女は従順に脇によけてくれた。

 深呼吸をして一歩踏みだし、由良の目をのぞき込んで語りかける。

 

「教えて、誰なの……貴女は誰なの?」

 

 由良の表情が僅かに曇る。

 

「私は、貴女が誰でもいい……貴女が誰でも私の大事な友達、“私”が生まれてから初めての友達なの」

「……私は」

 

 体がふらつく。

 銃声が遅れて聞こえたのは錯覚だろう。

 由良のぽかんとした素の表情に、一瞬、郷愁じみた切なさが意識をよぎり、息が止まるような腹部の熱さはその後にやってきた。

 

「彼女は由良、僕の由良だ、ずっと」

 

 河田の手には、魔法の様に現れた拳銃が握られている。

 一発、二発、三発。

 硝煙の臭いが鼻につく。

 腹部を抑えた手の中で、暖かい液体が溢れた。

 腰の後ろに手を回した由良が、はっとした顔で、河田の手の中にある南部14年式に目を落とす。

 

「大丈夫だよ、由良、“アレ”さえ回収すれば何度でも“造りなおせる”」

 

 銃口がぴくり、と動いた。

 

『駄目!』

 

 その声は、どちらが先に叫んだかは分からない。

 銃声が響いた。

 

To Be Countinued...




激しくお待たせして申し訳ございません。

十五話です。
相変わらず夕張さんは酷い目にあってます。
でも、もう少しの筈。

そう言えば、本家の方ではイベントが始まってますが、まだ全然手をつけてません。
今回は、せめて、クリアはしたいものです。

前回は、リアル入院してしまったのでコロラドさんは鎮守府には居ないし。

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