深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 “ここではないどこかへ”の船出を誘う由良。
 人々の屍山血河の先に幸せを見る彼女は、誰なのか。
 問いを放つ夕張を、河田の凶弾が襲う。
 制止の声は銃声にかき消され、消えた。 


 【第四章 <結> パンドラの社 第十六話】

【外洋・クルーザー:夕張&由良】

 

 

「なに、なに!やだ、舵が利かないかも!」

 

 九十六式二十五粍機銃。

 機銃等と言う名前はついてはいるが、これは炸裂弾頭を発射する代物だ。

 歩兵が扱う重機関銃とは破壊力の桁が違う。

 至近距離で、しかも、人体の様な軟目標に向けて発射する様には出来ていないのだ。

 それと同等品である、艦娘搭載型の25mm三連装機銃。

 そこから、少なくとも5発ずつ一斉射されればどうなるか。

 装甲など持たぬクルーザーのFRP樹脂と木材が粉塵となって爆散し、砕け散ったガラスは散弾となって肌を刺す。

 雑に分断させられた人体と、そこから飛び散った血と臓物。

 その中央で座り込んだ由良が、何か小さなものを抱えている。

 デッサン用の石膏像じみたそれは、蒼白くなった顔に点々と、雑な血化粧が施されていた。

 胸元を朱に染めた由良の顔は俯き、表情は見えない。

 

『%4&$¥@+?』

 

 頭上から差し伸べられた鉄の腕に、少しためらってから縋ると、夕張の体は軽々と引っ張り上げられた。

 無表情な顔が傾げられ、無事な方の手が夕張の目尻に触れ、涙を拭う。

 寄りかかった五月雨の体からは、海風と血臭に混じって硝煙の香りがした。

 

『#@?{:^*)%&>¥……???』

 

 少し、何か、悪いことをしたのだろうか、みたいなニュアンスを感じとり、夕張はすっかり白くなってしまった五月雨の頭を撫でる。

 

「いいの、あなたは悪くないの」

 

 白目の無くなった白銀の目を瞬き、五月雨はふい、と踵を返した。

 問題ないと判断した様だ。

 夕張の体調には正直問題は大有りだが、仕方ない。

 

「大丈夫か?」

「……一応、多分……ん、痛いけど」

 

 お腹に三発撃ち込まれて大丈夫な訳はない。

 けど、艦娘はそんな事では死にはしないのだ。

 今、視界がぶれて、脚がふらつく程度。

 

(まだよ……終わってない)

 

「ああ、もう、エンジンまで止められないし、この船、本格的に駄目かも!」

 

(あ、そっちは駄目かも……)

 

 秋津洲は引き続き上でがんばっているらしいが、どうも、さっきの斉射で操縦系統が破壊されてしまった様だ。

 クルーザーは完全に暴走している。

 早く脱出する必要があるだろう。

 由良は遺体を抱えて座り込み、まるで、赤子をあやすようにゆっくりと体を揺すっていた。

 ぐらぐら揺れるデッキに脚を踏ん張り、ガラスを踏み砕きながら歩み寄る。

 五月雨はぴったりと横にくっついてくるが、手を貸す様子はない。

 微かな金属音が響く。

 機銃の弾倉をフル装填されているものへ交換しているのだ。

 その間も白目のない瞳はぴたりと由良に視線を据え、警戒を緩めない。

 

「由良……」

 

 少し手前で立ち止まって声をかける。

 いきなり手を触れるのは流石に迷う。

 こういった躊躇いの感覚が五月雨に影響しているのだろうか。

 

(なら、この子が河田を撃ったのは、私のせいだ……)

 

 名前符を弄って、直接むすびつけられた“内線”は、提督というフィルタを通していない。

 故に、夕張が思った事、五月雨が思った事。

 それが、タイムラグ無し、ダイレクトに伝わる。

 五月雨が河田を撃ったのは、夕張の恐怖感と脅威に対して、素直に反応しただけだ。

 しかし、それを考えると、今の五月雨の心は、情動が平坦すぎる。

 まるで瞑想状態の様な凪に、夕張の持ち込んだ心情がさざ波を立てるだけ。

 改めて目の前にすると、面差しに、あの、よく笑っていた娘の面影を重ねずにはいられない。

 これが、多田達が作り出したかった次世代の兵器なのだろうか。

 惨たらし過ぎる。

 心を奪われた人形、いや、これでは無理矢理生かされた死体だ。

 上げかけた手を下ろし、息を吐く。

 感傷で抱きしめたりしたら、この子を困惑させるだけだろう。

 ちらりと振り返る頭を、もう一度だけ撫でてから、夕張は由良の傍らに膝をつく。

 

「由良、もう行こうよ……ここには、もう」

 

 そっと、彼女の肩に手を触れる。

 ごとり、と河田だったものがデッキに転がり、手が床に垂れた。

 開いたままの濁った瞳と目をあわさぬよう目線を逸らし、身を震わせている由良の手を握る。

 無言で肩に顔を埋めてくるその背に、強く手を回す。

 

「……」

 

 最初は、嗚咽だと思った。

 強く抱きしめた体の震えと、耳元で漏れる吐息の違和感。

 それが、笑いだと気づいた時、長いため息が耳朶をくすぐった。

 

「あーあ、随分と遠回りしちゃったなぁ」

「由良?」

 

 思わず身を離そうとするが、由良の腕はしっかりと体に巻き付いて離れない。

 

「最初からこうすれば良かったのに」

 

 次の瞬間、夕張は唇を奪われていた。

 銀色に輝く瞳に、自分の見開かれた目が写り込んでいる。

 唇を割り込んで差し込まれた舌は、やけに冷たかった。

 体が冷え、頭の芯が痺れる。

 

『貴女も私になればいい……ね、ね?』

 

 




 前回の半分以下となりましたが、十六話お届けします。

 一つの関係が鮮血の結末を迎えた訳ですが、まだ、話は続いております。
 次回も夕張さん達におつき合いいただければ幸いです。
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