深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
人々の屍山血河の先に幸せを見る彼女は、誰なのか。
問いを放つ夕張を、河田の凶弾が襲う。
制止の声は銃声にかき消され、消えた。
【外洋・クルーザー:夕張&由良】
「なに、なに!やだ、舵が利かないかも!」
九十六式二十五粍機銃。
機銃等と言う名前はついてはいるが、これは炸裂弾頭を発射する代物だ。
歩兵が扱う重機関銃とは破壊力の桁が違う。
至近距離で、しかも、人体の様な軟目標に向けて発射する様には出来ていないのだ。
それと同等品である、艦娘搭載型の25mm三連装機銃。
そこから、少なくとも5発ずつ一斉射されればどうなるか。
装甲など持たぬクルーザーのFRP樹脂と木材が粉塵となって爆散し、砕け散ったガラスは散弾となって肌を刺す。
雑に分断させられた人体と、そこから飛び散った血と臓物。
その中央で座り込んだ由良が、何か小さなものを抱えている。
デッサン用の石膏像じみたそれは、蒼白くなった顔に点々と、雑な血化粧が施されていた。
胸元を朱に染めた由良の顔は俯き、表情は見えない。
『%4&$¥@+?』
頭上から差し伸べられた鉄の腕に、少しためらってから縋ると、夕張の体は軽々と引っ張り上げられた。
無表情な顔が傾げられ、無事な方の手が夕張の目尻に触れ、涙を拭う。
寄りかかった五月雨の体からは、海風と血臭に混じって硝煙の香りがした。
『#@?{:^*)%&>¥……???』
少し、何か、悪いことをしたのだろうか、みたいなニュアンスを感じとり、夕張はすっかり白くなってしまった五月雨の頭を撫でる。
「いいの、あなたは悪くないの」
白目の無くなった白銀の目を瞬き、五月雨はふい、と踵を返した。
問題ないと判断した様だ。
夕張の体調には正直問題は大有りだが、仕方ない。
「大丈夫か?」
「……一応、多分……ん、痛いけど」
お腹に三発撃ち込まれて大丈夫な訳はない。
けど、艦娘はそんな事では死にはしないのだ。
今、視界がぶれて、脚がふらつく程度。
(まだよ……終わってない)
「ああ、もう、エンジンまで止められないし、この船、本格的に駄目かも!」
(あ、そっちは駄目かも……)
秋津洲は引き続き上でがんばっているらしいが、どうも、さっきの斉射で操縦系統が破壊されてしまった様だ。
クルーザーは完全に暴走している。
早く脱出する必要があるだろう。
由良は遺体を抱えて座り込み、まるで、赤子をあやすようにゆっくりと体を揺すっていた。
ぐらぐら揺れるデッキに脚を踏ん張り、ガラスを踏み砕きながら歩み寄る。
五月雨はぴったりと横にくっついてくるが、手を貸す様子はない。
微かな金属音が響く。
機銃の弾倉をフル装填されているものへ交換しているのだ。
その間も白目のない瞳はぴたりと由良に視線を据え、警戒を緩めない。
「由良……」
少し手前で立ち止まって声をかける。
いきなり手を触れるのは流石に迷う。
こういった躊躇いの感覚が五月雨に影響しているのだろうか。
(なら、この子が河田を撃ったのは、私のせいだ……)
名前符を弄って、直接むすびつけられた“内線”は、提督というフィルタを通していない。
故に、夕張が思った事、五月雨が思った事。
それが、タイムラグ無し、ダイレクトに伝わる。
五月雨が河田を撃ったのは、夕張の恐怖感と脅威に対して、素直に反応しただけだ。
しかし、それを考えると、今の五月雨の心は、情動が平坦すぎる。
まるで瞑想状態の様な凪に、夕張の持ち込んだ心情がさざ波を立てるだけ。
改めて目の前にすると、面差しに、あの、よく笑っていた娘の面影を重ねずにはいられない。
これが、多田達が作り出したかった次世代の兵器なのだろうか。
惨たらし過ぎる。
心を奪われた人形、いや、これでは無理矢理生かされた死体だ。
上げかけた手を下ろし、息を吐く。
感傷で抱きしめたりしたら、この子を困惑させるだけだろう。
ちらりと振り返る頭を、もう一度だけ撫でてから、夕張は由良の傍らに膝をつく。
「由良、もう行こうよ……ここには、もう」
そっと、彼女の肩に手を触れる。
ごとり、と河田だったものがデッキに転がり、手が床に垂れた。
開いたままの濁った瞳と目をあわさぬよう目線を逸らし、身を震わせている由良の手を握る。
無言で肩に顔を埋めてくるその背に、強く手を回す。
「……」
最初は、嗚咽だと思った。
強く抱きしめた体の震えと、耳元で漏れる吐息の違和感。
それが、笑いだと気づいた時、長いため息が耳朶をくすぐった。
「あーあ、随分と遠回りしちゃったなぁ」
「由良?」
思わず身を離そうとするが、由良の腕はしっかりと体に巻き付いて離れない。
「最初からこうすれば良かったのに」
次の瞬間、夕張は唇を奪われていた。
銀色に輝く瞳に、自分の見開かれた目が写り込んでいる。
唇を割り込んで差し込まれた舌は、やけに冷たかった。
体が冷え、頭の芯が痺れる。
『貴女も私になればいい……ね、ね?』
前回の半分以下となりましたが、十六話お届けします。
一つの関係が鮮血の結末を迎えた訳ですが、まだ、話は続いております。
次回も夕張さん達におつき合いいただければ幸いです。