深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 由良の再起と夕張の出火。
 そして、ついでに秋津島にも延焼発生。
 海域に再びきな臭い風が吹き始めた。

 海面にまろびでた亡者が生者に食らいつく。
 由良の“地獄”が広がる中、再び夕張が目覚める。
 あふれる“地獄”を止める術はあるのだろうか?


 【第四章 <結> パンドラの社 第十八話】

【外洋・クルーザー:秋津洲】

 

 

「わ!なに、なに!かも?かもっ!」

 

 みるみるうちに自分の体に燃え移る、冷たい炎に熱を奪われながら、秋津洲は夕張の体を取り落とす。

 

「あつ!さむっ!かも!かもぅッ!」

 

 精神をじわじわと侵される様な違和感に、秋津洲は絶叫しながら、燃えるウェットスーツを脱ぎ捨てる。

 それでも火が消えずに、デッキを転がり回って消そうとする。

 

「はぁ……は、はぁ?あれ?何とかなったかも……?」

 

 デッキに漏れ出た高速修復材とガラスの破片まみれになってしまったが、火は消えていた。

 

「バカ、さっさと隠せ!」

「もぉ!バカっていう方がバカなのかも!」

 

 罵声と共に投げつけられたバスタオルを顔からはぎ取った秋津洲の視界に、丸出しになった乳房が飛び込んできた。

 

「ああ!もう、みんなタダ見かも!」

 

 ウェットスーツの下は全裸だった事をようやく思い出し、秋津洲はバスタオルで体を荒っぽく拭う。

 艦娘の肌は触ると柔らかいが、ガラスで引っかいてもちょっと、ちくちくするだけで傷つくことはない。

 制服を出現させて体を隠すと、丁度、章五郎老人がバケツ一杯の水を夕張にぶっかける所だった。

 瞬間、火柱が上がる。

 

「うぉっ!」

「これは……」

 

 2メートル以上も噴き上がった火柱は、全く輻射熱を伴わず、逆に、冷たく湿った風が顔を撫でてゆく。

 近くにいると、音が消え、水に浸っているような冷たさと圧迫感に満たされる。

 艦娘にとって、本能的な恐怖を呼び覚ます感覚。

 

「くそっ、消えねぇぞ!」

「章五郎さん、何が燃えているか分かりますか?」

「わからん!」

 

 スピーカーから響いた隊長の声に、章五郎老人が怒鳴り返す。

 そう言えば、隣につけているとは言え、不安定な船の間をこの老人は和装姿で飛び越えてきたらしい。

 

(章ちゃん、無茶しすぎかも)

 

「熱が全くない、いや、熱を奪っている様だ……普通の火じゃない」

「お化けかよ!ったく、いつも驚かされるぜ……だーぅっ、どうするよ!」

 

 ひとまず立ち上がろうとした秋津洲は足を滑らせて尻餅をついてしまった。

 

「あっ、もう!ゴミだらけかも!」

 

 手のひらにべったりとした高速修復材とガラス、プラスチック片が混じったものがこびり付き、秋津洲は悪態をつく。

 

「ん?おい!」

「章ちゃん?な、なにかも……?」

 

 不意に章五郎老人に肩を掴まれ、秋津洲は目をぱちくりさせる。

 

「おまえ、さっきまで燃えてたよな?どうやって消した!」

「えっと……転がってたらなんか、消えたかも?」

 

 食いつきそうな剣幕に少し腰を引かせながら答えると、二人のやりとりに目をやっていた矢野が壊れたコンテナに駆け寄り、バケツを引ったくった。

 

「やれ!」

 

 章五郎老人の声を背に聞きながら、矢野は封印をむしり取りながらとって返し、中身の高速修復材を夕張に向かってぶちまけた。

 爆発した様な蒸発音が轟き、熱くて湿った風が全身を叩く。

 一瞬、火勢が明らかに揺らいだのが分かった。

 矢野が振り返ると、既にコンテナに駆け寄っていた章五郎老人の手からバケツが飛んだ。

 抱える様にキャッチした矢野が封印を破り、更にぶちまける。

 

「おまえ達は状況が終息するまで座っていろ!……狙っているぞ」

 

 スピーカーから鋭い声が飛んだ。

 目線を動かすと、今まで、ずっと忘れられていたつなぎ姿の男達が隅に寄っている。

 手の拘束が解かれているようだ。

 全く、油断も隙もない。

 

「私も手伝うかも!」

 

 新しく蒸気の爆発音が響き、気を取り直した秋津洲は奇妙なバケツリレーに参加する。

 デッキに緑色の小さなプールが出来始めた頃、ようやく夕張の“火災”は鎮火した。

 

「おら、しっかりせんかい!」

 

 章五郎老人に助け起こされた夕張が、吸い込んだ修復材を吐き出し、むせる。

 髪の毛や肌の色素が失われ、透けるような乳白色に白変してしまった姿は、まるで深海棲艦じみていたが、唇だけはまだ、鮮やかな朱色を保っていた。

 口調の荒っぽさと違い、手拭いで顔を拭ってやる章五郎の手つきは優しい。

 

「……お、義父……さん?」

「ちくしょーめい……まぁ、いいわい、それで、めぇ開けとけ」

 

 発された言葉に、ぐっ、と何かを呑み込んだ様な難しい表情になったが、章五郎は夕張の顔を拭く手は止めず悪態をついた。

 

(ま、仕方ないよね……やっぱり、“長女”にはかなわない、かも)

 

 “次女”としては少々妬けるが、時折、独り、彼女の写真を取り出して眺めている時の寂しげな背中を想うと、やはりほっとする。

 

「……あの子、達は?」

「あっちで、ドンパチの真っ最中よ、今の内にこっちはケツまくってとんずらこかねぇとな」

 

 章五郎の言葉を聞いて身を起こした夕張は、遠く聞こえる砲声の方角へ顔を向けた。

 

「近海の警備艦隊が到着した、流石に“彼女達”でもこの戦力差はひっくり返せない……こうなってしまった以上、止める事はできない」

 

 砲撃音の中に混じる、一際腹に響く音圧は、間違いなく戦艦搭載の大口径火砲による物だ。

 

「せめて……いや、まずは、研究所へ引き返そう、君の体には治療が必要だ」

 

 疲れた顔で夕張を気遣う矢野が呑み込んだ言葉を察し、章五郎が肩を叩く。

 

「こいつに良くしてくれて、ありがとよ……お前さんは良くやったさ」

 

 全てを救う事はできない。

 神ですら、それは無理な事だ。

 

「駄目……近づいては駄目、“私”は一人じゃない、の、見えてないだけ……」

 

 遠い交戦海域へ手を延ばして呟いた夕張は、慌てて立ち上がり、探照灯を照らしているクルーザーへ顔を向ける。

 

「支援艦隊って、“内線”使ってますよね!」

「沿岸警備即応艦隊の編成は、専属の提督込みで編成されているから使っているだろう、何か問題がある?」

 

 拡声器から響く古泉隊長の回答を聞きながら、夕張は艤装を展開している。

 

「駄目!そんな雷撃、当たらない、距離を取って、早く!全員“感染”しちゃう!」

 

 秋津洲、霰、敷波の三人には、その叫びが緊急用の周波数で発信された事が体感的に感じられた。

 無線封鎖している訳ではないから、聞こえてはいる筈だが。

 しかし、通信の発信元を誰何する返信は無かった。

 

「……駄目ね」

 

 夕張の呟きと共に、古泉隊長の無線が鳴った。

 

『こちら、長月だ』

『こちら、古泉、どうした?』

『支援艦隊の連中の動きがおかしい、見当違いの方に撃ちまくっている様なんだが、そちらからは、敵の増援か何か見えているのか?』

 

 古泉は無線を切り、双眼鏡で支援艦隊の方を見る。

 流石に細かい状況は分からないが、確かに、やけに探照灯をふらふら振っている娘が居る様だ。

 

『支援艦隊、こちら、三課の古泉です、敵の増援がでましたか?』

『こちら、支援第二艦隊旗艦伊勢、複数の軽巡に奇襲を受けてい……まったく、どこに隠れてたんだか、もう!』

 

 古泉は無線を切り替え、長月に呼びかける。

 

『古泉よ、長月、支援艦隊は複数の軽巡に奇襲を受けているらしいが、確認できる?』

『長月だ……何を言っているんだ、由良と、五月雨……だったものか、後は、深海棲艦の駆逐級が……そっちは数が増えてる気はするが、それだけだぞ、軽巡級以上は確認できない、連中、亡霊とでも戦っているのか?』

 

 古泉は眉根を寄せて、タブレットの海域図に目を落とす。

 全く、この作戦は妙な事ばかり起こる。

 元々艦娘はオカルトみたいなものだが、これは流石に異常だ。

 

「霰、敷波、電探の反応は?」

「変わらないよ~!」

「あ」

「ん?なに?」

 

 急に声を漏らした霰に、敷波が顔を向けると、彼女は眉をひそめて指を指した。

 

「動きが止まってる……」

「漂流?やられたの?火は見えないけど」

 

 暗さがあって望遠しても全然見えないが、探照灯をつけたままの艦娘が棒立ちのまま流されている程度の事はかろうじて分かる。

 

「夕張さん、何が起こってるか、あなたには分かるの?」

 

 古泉に問いかけられた夕張は、目を閉じ、片耳を手のひらで塞ぐ。

 電探や聴音機、あるいは“内線”の情報に集中する仕草だ。

 

「……深雪は、雷撃で足が動かなくなった後、中口径砲の直撃を4発……今、止めの雷撃が……命中、もう“動かない”わ、雷撃は木曾、撃ったのは長良ね……反撃は“当たっているのに、当たらない”……実体の弾をただ、当てるだけじゃ駄目」

「本当……火災が発生してる」

「でもさ、木曾とか長良ってどこ?全然見えないよ」

 

 夕張は一旦言葉を切ってから、目を開け、敷波に目をやる。

 

「見えないなら、その方が良いわ、私は“感染”してるから見える、支援艦隊も“内線”経由で感染させられたのよ」

「うへ、なに?病気!?」

 

 敷波が明らかに、じわり、とクルーザーから二、三歩距離を取る。

 緊張状態でなければ、えんがちょ、そんな言葉でも出てきそうな顔つきだ。

 

「“内線”で見えているだけで、実際は存在してない、という理解でいい?」

「概ねそう、だと、思います」

「……でも、あれ、本当に撃たれてる、よ?」

 

 落ち着かなそうに風で乱れた髪を撫でつけていた霰が漂流中の深雪が居ると思われる方向を指した。

 遠目に小さな炎が見える。

 深雪の火災はまだ鎮火していない様だ。

 

「“内線”越しに、姉妹の頬をつねったり、頭を軽く叩いたりとか、したこと無いかしら、多分、原理はそれと似た様な物だと思う……威力は桁違いだけど」

 

 “内線”は思考や、イメージを送りつける事ができる。

 “攻撃的な”イメージを共有すれば、取っ組み合いの喧嘩をして、殴られた顔に青あざが浮かぶ。

 もっとも、そんなみっともない真似を放置する提督がいればだが。

 

「理論的には可能だが……それじゃあ、由良は無理矢理、“内線”に割り込んだ事になる、“提督”に招かれもせずに、そんな事は可能なのか?」

 

 通常、艦娘と提督が作るローカルな精神的ネットワーク“内線”に参加する為には、管理者である提督の“招待”と“認証”のプロセスが必要となる。

 艦娘の側から一方的に接続する様なパターンは、想定外だ。

 

「あれは、“内線”じゃない……“捕食”よ、近づけば喰われるの、そして、それだけ、あの“地獄”は広がってゆく……止めなくちゃ」

「地獄?」

 

 矢野が聞き返した瞬間、クルーザーが大きく揺れた。

 

「っと、いぉう!馬鹿!丸腰でどこ行こうってんだ!」

 

 倒れ込む様にデッキの縁に捕まった章五郎老人が叫ぶ。

 

「ごめんなさい!わたし、いってあげなくちゃいけないの!……あの子達の所へ、大丈夫、兵器なら積んでるわ!」

 

 海面に降り立った夕張は、いつの間に拾ったのか由良の南部十四年式を握った手を掲げて見せる。

 

「チャカ一丁じゃねぇか!」

「多分、それだけじゃないわ……大丈夫だから」

 

 章五郎に頭を下げると、機関を唸らせて急発進する。

 

「待て!追うな」

「えー?」

 

 反射的に夕張の後を追おうとした敷波を、古泉が制止する。

 

「しかし!」

「彼女の警告がある程度事実だとすれば、参戦した所で、撃たれる的を増やすだけだ」

 

 矢野の声を遮り、古泉は諭す様にトーンを落とした。

 

「敷波、霰は今の内に長良と長月を回収しに向かって、夕張が向かっている件は私から支援艦隊へ連絡する」

「了解だよ、霰、行くよっ!」

「うん」

 

 敷波と霰が離れて行くのを確認し、古泉は矢野達に呼びかける。

 

「由良の件は、攻撃対象を絞れないか進言してみよう、彼女は少なくとも実体がある……章五郎さん、夕張にも戻る様、呼びかけ続けてみますが、状況によっては急いで撤退する必要があります」

「ああ、分かっとるさ……あんたが大将だ、あん、馬鹿が無茶ばっかりしおってよ……謝んなきゃなんねぇのはお前じゃねぇだろが」

 

 力なくコンテナの上に腰を下ろした章五郎の隣に秋津洲は膝をつき、手を握る。

 

「章ちゃん、元気だしてほしいかも……やっぱり、秋津洲、あの子連れ戻しに行ってくるかも!いたっ!」

 

 頭を思いっきりはたかれ、秋津洲は顔を顰めた。

 

「ばーか、丸腰だろうが、あいつはお前より段位は上なんだよ、やめとけ、やめとけ」

「もぉ!叩かなくてもいいかも、秋津洲だって、結構真面目に稽古してるしー」

 

 ちょっと不満げに口を尖らせた秋津洲は、ふるえる程の力を込めて握られている手に、ため息をつきながら手のひらを重ねる。

 

「全く、章ちゃんは素直じゃないかも」

 

 

 

To Be Countinued...




 大分間があいてしまいましたが、投稿です。
 シリアスなシーンの筈ですが、秋津島さんが入ると、なんとなくコミカルになりますね。
 次回からは、いよいよ戦闘開始予定です。
 初っぱなから夕張さんが無茶やらかすので、少しだけお楽しみにして頂ければ……
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