深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 由良の“内線”への浸食を逆用し、非実在長兵器による一撃を加えた夕張。
 由良の“影”達の追撃を逃れた支援艦隊が、戦力の再編成を行うのをよそに、五月雨は彼女を追い続けていた。

 しかし、追い詰められて尚、由良は微笑んでいる。
 新しい玩具を見つけた子供の様に。


 【第四章 <結> パンドラの社 第二十話】

 

 

【外洋・戦闘海域:由良 vs 五月雨 vs ???】

 

 

 ブチっ、とコードを抜かれ、何かがブラックアウトする感覚。

 

「あら……凄い事するじゃない」

 

 幾つかの“視野”が暗転する。

 由良は追い立てる様に降り注ぐ砲撃を避けて走り、キルゾーン直前で進路を思い切り面舵に切る。

 

「……でも、そんな事してると、すぐ“私”になっちゃうわよ……私は、良いけど」

 

 追ってきた駆逐級達がぱっ、と左右に分かれて大きな円を描き、遅れて降り注いだ止めの砲撃が作り出したビル街の様な水柱を回り込む針路を取る。

 

「あら、もう引っかからないんだ、お利口さんね」

 

 言いつつ右手を上げると、前腕部の砲に激しく火花が散った。

 14時方向から飛び出して来た五月雨が至近距離で放った25粍連装砲弾が弾けたのだ。

 右舷を通り過ぎざま、凪払う様に繰り出されていた義手のひっかきを右腕が叩き落とす。

 

「いたっ……悪い猫ちゃんだわ」

 

 右太股から熱い滴が伝うのが分かった。

 直撃すれば、腹腔の中身を波で洗う羽目になりそうだ。

 五月雨の攻撃とほぼ同時に放たれていた砲撃が十時砲火となって降り注ぎ、背後からの砲撃は艤装の左舷を擦過し、右からの砲撃は前方に水柱を立てた。

 由良はトップスピードのまま、海から“足を引き抜き”、左右に軽くステップを繰り返して水柱をクリアしてゆく。

 

「夕張が来る前に、お仕置きしておきましょうね……」

 

 由良の艤装背面から、青白く光る丸い塊が湧き出して、ぽろぽろと波間に落ちてゆく。

 海面上で、ぱっ、と広がった海星状のそれは、由良の航跡を追跡する様につっこんできた2隻の駆逐級に、びたん、びたんと跳び上がって張り付き、次々に爆発した。

 

「“効く”でしょ、それ?……かなり痛かったみたいだし」

 

 たまらず後ろに取り残されてゆく駆逐級をレーダーで捉え、由良は微笑する。

 レーダーには、反転して追いすがってくる五月雨も映っていた。

 度重なる戦闘で弾薬を消費し、砲を失っている彼女に残されているのは、数発の魚雷と機銃弾だけの様だ。

 その為、自らは半ば囮となり格闘戦をしかけ続けて、支配下に置いた深海棲艦を移動砲台として利用している。

 由良が“内線”越しにずれた場所に投影している、“鏡像”を見破ったのはその副産物だ。

 しかし、一瞬一瞬に全神経を集中すべき接近戦中に寄せ集めの“戦力”を統率し続けるのは至難。

 自分自身の延長である“影”を使う由良とは条件が違う。

 至近弾を狙う事すら難しい。

 かと言って、由良にとっても、支援艦隊プラス、深海棲艦からの支援砲火を回避しながら五月雨の一撃離脱に対応し続けるのもそこまで楽な事ではなかった。

 両者共に、決定打に欠けていたのだ。

 じり貧になれば、結局は戦力を温存した憲兵の支援艦隊が勝つ。

 

「少し、うるさいわね……」

 

 由良はため息をついて首を巡らし、そして、にっこりした。

 

「あら夕張、色々使えそうなの持ってるのね……」

 

 前方で左回りの大ループを描いていた生き残りの駆逐級が左右挟み撃ちになる様、展開しながら突っ込んできている。

 背後からは追い込む様に五月雨が迫っていた。

 左右各三条の雷跡が時間差で行く手を阻む。

 砲撃はまだない。

 不意に、閃光が走った。

 一瞬、偽りの光に視界を奪われた五月雨の目に、五隻の由良が単横陣を組んでいるのが目に入る。

 

 どれが本物か?

 

 真贋を判断する思考の前に、砲撃の指令を脳が発する。

 由良がばらばらのタイミングで跳んだ。

 風を切って飛来した砲弾が虚像を打ち砕き、五月雨の頭上、左舷、右舷を突き抜けて、背後に水柱を林立させてゆく。

 魚雷が交差した中央をそのまま駆け抜ける五月雨の前を一際大きな水柱が遮った。

 憲兵の支援艦隊の大口径火砲が放った砲撃。

 それが、遅れて飛来したのだ。

 即座に海面から足を引き抜いてサイドステップ。

 盛り上がる水柱を連続回避。

 “あめんぼ”の連続で、前進速度が鈍る。

 このままでは由良に引き離されてしまう。

 危険を冒して着水時間を延ばし、再加速を試みる。

 交差する軌跡を描きながら五月雨の背面に回っていた駆逐級の反応が一つ消えた。

 上体を捻り、背後で高まった殺気の源へ右腕の義手を振るう。

 金属同士がぶつかる鋭い音を立て、五月雨を貫こうとしていた切っ先が滑り、背を切り裂いた。

 

「おい、ちょっと俺と遊んでいけよ」

 

 右舷から並んできた木曾が、燐光を放つ刀身の血を拭い、にやり、と笑った。

 残った駆逐級の砲撃を合図に、義手と刃が交錯する。

 格闘戦が始まった。

 

 

【外洋・戦闘海域:由良】

 

 

「この辺りでいいかしら……」

 

 

 五月雨をある程度引き離した位置で、由良は船足を止めた。

 “影”が五月雨を足止めしている間に五月蠅い連中を静かにしてしまわなくてはならない。

 幸い、今出している一体の“影”以外は夕張に撃破されてしまったので、負担は軽い。

 何か大きな一発を撃つ余裕は十分にある。

 

「どれにしようかしら?」

 

 由良は小首を傾げて少し考える。

 

「えーと、これは駄目、これも駄目、これは……うん、これは……つかえるかしら、ね?」

 

 うんうんと独り頷き、由良は軽く両手の指先でこめかみに触れると、支援艦隊が集結している辺りをじっと、見つめる。

 

 遠方で、一時、海面が強力な光を発し、やがて弾けた。

 

「あら、思ったより……大変なことになっちゃった?」

 

 

【外洋・戦闘海域付近:摩耶】

 

 

「あん?」

 

 海面にうんこ座りして息をついていた摩耶は、頭の横を軽くはたく。

 別に擬体の頭に通信装置が入っている訳ではないが、気分の問題だ。

 先ほどまで静かだった無線が、急に活発にやりとりを始めている。

 指令船が、支援艦隊に応答を求めているらしい。

 

「おいおい、全滅したんじゃねえだろうな、ぶったるみ過ぎだろ」

 

 悪態をつきながら立ち上がり、体を伸ばすと、少々歪みが入った骨格がぼきぼきと音を立てる。

 制服はあちこち破れて、その下も傷だらけだが、とりあえず血は止まっていた。

 思ったより損傷は深くなかったらしい。

 

「あー、でも、ちっと、きちぃな……」

 

 艤装をしまったまま、摩耶は闇に包まれた水平線に目を凝らす。

 

「あっちの方か……ま、そこまで遠くねぇ、いけるだろ」

 

 摩耶はひたひたと海面を走り始めた。

 

To Be Countinued...

 





 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 とうとう、終章だけで20話超えてしまいました……
 短めに切って投稿しているとはいえ、ここまで和数が伸びるとは思いませんでした。
 とは言え、流石にそろそろ終わりが近いので、お気に召していただけたら、もうしばらくは夕張さんたちにお付き合いいただければと思います。
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