深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 由良の作り出した地獄。
 光る海に呑まれた支援艦隊を前に、憲兵隊の古泉はある決断を強いられるのだった。

 そして、夕張はとうとう、由良と対峙する。
 知り合った時のままの微笑み。
 でも、そこに、夕張の知っている彼女はもう居なかった。


 【第四章 <結> パンドラの社 第二十一話】

【外洋・戦闘海域:憲兵特務艦隊・指揮クルーザー】

 

 

「ん、いいよ」

「いっくよー」

 

 敷浪と霰が、航行不能になった海洋復古主義者のクルーザーから荷物を投げ渡しで押収している。

 長月は完全に意識を失った長良の額に手をあてたまま、その様子を眺めていた。

 脊椎を完全に砕かれていた長良の首にはネックカラーが巻かれ、保持されている。

 由良に折られた後、意識を無くした長良の首は回収されるまで自重で90度に曲がったままだった。

 人間であれば、窒息して死んでいる。

 そうでなくとも心停止で死ぬか、良くても一生涯首から下が動かなくなっているだろうが、艦娘の擬体はそこまでやわではない。

 艤装が稼働していれば擬体の血流は循環し続けるし、首が取れたとしても、体は動く。

 治療も高速修復剤を入れた風呂に浸かればすぐに快癒する。

 だが、現実的な損傷に対しては非常に高い耐性を持つ艦娘も、精神的な影響には、割と影響されやすい。

 意図的にそこをつければ、それは想像以上の脆弱性となって現れる。

 

「……はい、対応可能です、向かわせます、現着次第連絡を、以上」

「どうした、問題か?」

 

 無線から耳を離した古泉に声をかけるが、彼女は難しい顔をしたまましばし考え込み、敷浪達の方に目をやる。

 

「敷浪、霰、もうそれ位でいい、こっちに来て」

「えー、もうちょっとなんだけどなぁ」

「何?」

 

 口ではぶつぶつ言いながらも、敷浪はひょいとクルーザーの間を跳躍して戻ってきた。

 

「何かありましたか?」

 

 拘束し直した海洋復古主義者達をキャビンに押し込んでいた矢野が、異変を感じたのか顔を出している。

 

「支援艦隊の主力が全滅した」

「うっそ!」

 

 頓狂な声を上げた敷浪を目線で制し、古泉は先を続けた。

 

「“内線”の逆流情報であちらの“提督”もブラックアウト状態だ、警備艇まで一旦戻っていた水雷戦隊は生き残っているが……被害が大きすぎる、これ以上の支援は期待できない」

「ならどうする、放置はできんだろう?」

 

 古泉は、長月に頷き、再度口を開いた。

 

「そうだ、放置はできない……この海域への空爆を要請した」

「なら、すぐに彼女を離脱させなくては!」

「いや、それは無理だ」

「何故です!」

 

 古泉に反駁した矢野の肩に、指が食い込んだ。

 細いが、針金を寄り合わせた様な強靱さを感じさせる指。

 

「あいつに教えりゃ、あっちにもバレる、だろ?」

 

 矢野の背後から顔を出したのは、章五郎老人だった。

 

「“内線”は本来、双方向、あいつは由良のやる事が分かってた、なら、由良もあいつの考えてる事位分かんだろよ」

「……そうなります、申し訳ない」

 

 頭を下げる古泉から章五郎は目を離し、背後に声を張り上げる。

 

「おい、終わってっか?」

「ん~、もう終わるかも」

 

 少し上のそらの返事が返ってきた。

 応えたのは、デッキ上で艤装を展開し、二式大艇の補給を行っている秋津洲だ。

 

「なら、アレももう、とばさねぇ方がいいんだろうが……」

 

 口元の髭をなぞりながら、ため息をつく章五郎に、古泉は首を振った。

 

「いえ、正直、私からすれば、あなたが今、“内線”で夕張と接続していても、分からないかも知れない……大艇から発光信号や何かでこっそりと空爆の事を伝えられてしまうリスクよりも、彼女達の位置と様子を捕捉し続ける事のメリットを取ります」

 

 古泉がちらりと敷波達に目をやると、頭の上で無い帽子を直そうとしていた霰の手が降りるついでに敷波の背中をばしっと叩き、うげぇ、とでも言いたげな表情をしていた敷波の舌がぴょこり、とひっこむ。

 

「それに大艇を飛ばさなければ、彼女達に遠距離からの観測を命じる事になってしまいます」

「そうかい……」

「それに、まだ、最後の望みをかけていますから」

 

 頷いていた章五郎の眉が上がる。

 

「僅かな望みかも知れません、でも、彼女は強い、あなたが知っている“娘”ではないかも知れませんが、私が知った彼女はとても強い人……矢野君?」

「半年程の内偵でしたが、彼女の境遇……敬服しています、とても深く……彼女はあきらめない、私は信じます」

 

 今にも倒れそうな青白い顔色だったが、夕張の事を語る矢野の目は強い光をたたえ、ややつっかえながら発せられた言葉には、心からの賛辞が込められていた。

 

「俺も年甲斐もなくあきらめが悪いと思ってたがよ、あんたらも大概だぜ……おい!」

「準備できたかも!」

 

 得意げに二式大艇を頭上に掲げた秋津洲に、章五郎は親指を立てる。

 

「よっしゃあ!飛ばせ!いそがねぇと、今夜一番の大勝負を見逃すぞ」

「行くかも!」

 

 

【外洋・戦闘海域:夕張と由良】

 

 

「由良!」

「あら夕張、いらっしゃい」

 

 振り返った由良は、夕張ににっこりと微笑みかける。

 コーヒーを勧める時も、気安い昼食の誘いに快く応えた時も、由良の顔を彩っていた微笑み。

 姿形は変わらない筈なのに、今は背筋にぞわり、ぞわりと、嘘寒い感覚が這い回る。

 

「静かになったから、また少し、お話しできるでしょ……ね?」

 

 由良はまた、背後へちらりと目をやってくすくすと笑う。

 

「私たちって、本当に電子レンジに入れてチンしたら、あんな風になっちゃうのかな?」

 

 海面が瞬時に沸騰、爆発する程のマイクロウェーブ照射。

 現実には未だ存在し得ない兵器の威力に晒された結果は、想像の域を出ない。

 想像の域を出ない故に、現実ではあり得ない結果が普通に生じてしまう。

 彼女にはその結果を強制する力がある。

 “私”が与えてしまった。

 

「由良、私を“使った”わね」

「そうよ、夕張って、沢山便利なもの持ってるから、目移りしちゃう」

 

 微笑みを絶やさぬまま、由良は夕張に手をさしのべる。

 

「ね、あなたとわたし……由良と夕張、やろうと思えばできちゃうの、何でもできちゃう、私たちになれば、何でもできちゃいそう、ね?」

「由良……」

 

 夕張が自分に向けた銃を見て、由良は笑顔のまま首を傾げる。

 

「いいの、言わないで、私、分かってるから、“私”も大分“あなた”になってきてるから……ね、すぐに、“あなた”も“私”にしてあげる……“私”が“あなた”、“あなた”が“私”になれば、そうすれば、きっと……私、私が好きになれるから……ね、ねっ!」

 

 うっとりと、ろれつが回らない程の早口で喋り続ける由良の顔が滲む。

 夕張は強く瞬きをして、銃把を握りなおした。

 由良がぴたり、と言葉を切り、両腕を広げる。

 

「夕張……ああ、そんなつらそうな顔しないで、ね?……夕張は、由良が守るから……“あなた”を“わたし”にして、“あなた”に、”わたし”も“あなた”も殺させたりしないから……早く、その殻を壊して、“あなた”も“わたし”にしましょう、ね、ね?」

 

 ふと、由良が怪訝な顔で首を傾げる。

 夕張は空を見上げ、星も瞬かぬ深淵へ左手をかざしていた。

 

「夕張、何を見ているの?」

「由良にも、あの空を見せたかったなって……」

 

 手を戻し、顔の前で手のひらを見つめ、拳を握る。

 

「由良、ごめんね」

 

 呟いた夕張の背後から、甲高い機関音が接近し、横に並んだ。

 灼けた鉄と潮、そして、オイル混じりの血の香り。

 傍らに居るだけで、輻射熱を感じる。

 五月雨には冷却が必要だ。

 今すぐ。

 

「ごめんね」

 

 もう一度呟く。

 熱い手が肩に触れた。

 背を押された様に体が前に出る。

 

「由良ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

To Be Countinued...

 




 ここまで読んでくださりありがとうございます。
 ここしばらくはご無沙汰だった分、三夜連続更新させていただきました。

 書き溜め分が又も尽きたので、次は少々かかるかも知れません。

 よろしければ、次もお付き合い頂ければ幸いです。
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