深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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死闘の末、僅かな隙に必殺の一撃を繰り出した夕張。
しかし、それは最後に仕掛けられた罠だった。

再び絶体絶命の危機に陥る夕張。
空爆待った無しの状況で現れた救い主。

逆転につぐ逆転の末、死闘、とうとう決着の時。



 【第四章 <結> パンドラの社 第二十三話】

 

 

【外洋・戦闘海域:ボディスナッチ】

 

 

 片方だけ、そっと由良の脇下に触れた左手の感触に驚くよりも早く、銃声が響いた。

 夕張の右手に握られた拳銃から放たれた弾丸が、五月雨の腹部に射入孔を穿つ。

 夕張の意志とは関係無しに、宙を跳ぶ五月雨を銃口が追う。

 

(止められない!)

 

 二発、三発と発射された弾丸は、苦し紛れの様に五月雨がかざした義手に吸い込まれる様に命中し、次々と弾け飛ぶ。

 銃声の残響が潮騒に消える間、誰も動かなかった。

 歯を食いしばった夕張の頬を伝う汗を、由良の指が拭う。

 

「あのタイミングで割り込んでも一発だけかぁ、やっぱり、夕張って凄いのね……」

 

 膝撃ちの体勢で固まった夕張の横で膝をつき、耳元へ口を寄せる。

 

「まぁ、“手導権”が取られる事なんて慣れっこだったものね……じゃあ」

 

 由良はすっと身を離し、五月雨へ目を移す。

 

「こうしちゃおうかしら?……ね、ね?」

 

 夕張の手の中で銃把が回転し、斜め下から口腔に冷たい銃身がねじ込まれる。

 止める間もなく、五月雨が一歩前に跳ぶ。

 だるま型のトリガーガードの中で、夕張自身の親指が引き金を絞り始めるのと、砲撃音が轟いたのはほぼ同時だった。

 直撃を受けた五月雨の断末魔が“内線”を通して夕張の脳髄に灼きつき、雪崩を打って全身を流れる同期情報がまるで酸の様に神経を苛み、彼女の苦痛を再現する。

 炎と煙の代わりに、夕張の全身の穴という穴から血が噴出し、激しく振動する擬体からは金属の軋みが響いた。

 蒼い炎を吐いて燃え上がる五月雨の前で、由良はまだ煙を微かに立ち上らせている単装砲を下ろす

 

「やっと終わったわね、これでやっと二人きり……ね、ね?」

 

 ピクリとも動けない夕張の頬を撫で、由良は微笑む。

 こん、と砲身が艤装をつつく音がした。

 

「うーん、でも……勿体ないけど、この体も邪魔かしら、要らないわよね、ね?」

 

 

【外洋・戦闘海域:憲兵特務艦隊・指揮クルーザー】

 

 

「嘘、負けちゃったかも……」

 

 二式大艇の映す増感映像の中、由良の前で膝をついたまま動かなくなった夕張。

 そして、二人の前で炎を上げている五月雨の姿に、秋津島は指を強く噛みながら小泉の方をちらりと伺う。

 瞬きもせずにタブレットの映像を見ていた古泉が、握りしめていた無線を持ち上げるのが見えた。

 

「もうちょ……」

「んあ?ありゃ何だ!?」

 

 しかし、声を上げた秋津島の言葉は途中で遮られた。

 モニタの中では、暗がりから走り出た人影が、力一杯由良の後頭部にラリアットをぶち当てる所が映っている。

 

「摩耶?……さんか?」

 

 矢野の言葉に目を凝らす秋津島の意思に合わせ、カメラがズームする。

 そこには、由良の艤装に体を預ける様にして、裸締めを仕掛ける摩耶の姿があった。

 

「えー、途中で電探から消えちゃったから、沈んだかと思ってたんだけどなぁ」

「摩耶さんも、艤装畳んでたのかも?」

「どっちでも良いわい、助っ人は歓迎だぜ」

 

 章五郎老人がチラリと目をやると、古泉は一言、無線機に話しかけて戻す。

 

「夜間攻撃機は旋回待機させてありますが、長くは待たせておけません」

「ああ、わかっとる、わかっとるわい」

 

 

【外洋・戦闘海域:乱入者】

 

 

「いっつまでも、きしょい事、いってんじゃねぇ!」

 

 耳元で囁かれている様でありながら、どこか遠い。

 摩耶の声をぼんやりと聞きながら、夕張は擬体の主導権を必死に取り戻そうとしていた。

 完全に制御を奪われ、声すら出せない。

 体を冷たい炎で灼かれる感覚を共有しながら、窒息の感覚を味わう。

 このままなら、すぐに首が折れる感覚を共有する事になるだろう。

 

 完全に右前腕が顎下に入った裸締め。

 

 後頭部に押し当てられた左手のひらが、容赦なく由良の頭部を前斜させてゆく。

 こうなってしまえば、流石に簡単に逃れるのは難しい。

 左腕が摩耶の頭を掴もうと後ろを探るが、艤装に斜めに寄りかかる形になっている摩耶の体が邪魔になって、僅かに手先が届かない。

 

「取りあえず、くびぃ、貰うぜ!」

 

 由良の脊椎が竜骨の軋みを発した。

 後僅か、二センチ押し込めば、頸椎が断裂する。

 

 微かな機械音。

 

「んあ?」

 

 夕張の艤装の各所から、まるでバイクのヒートシンクの様な部品が展開された。

 一瞬、摩耶が気を取られた瞬間、くぐもった銃声が響く。

 摩耶の脇腹に押しつけられた、独特のトップヘビーなデザインの九十四式拳銃。

 由良の艤装に備え付けられていた、予備の小火器だ。

 

「ふっざけるなぁ!」

 

 摩耶が吐いた怒声に、更に銃声が重なった。

 7発、全弾を吐き尽くしても、手は緩まない。

 

「ぶっ殺されてぇか!」

 

 次の瞬間、夕張の艤装がまばゆい光を発し、周囲を何とも言えない緑白色の闇で塗りつぶした。

 

 

【外洋・戦闘海域:決着】

 

 

 勝手に艤装の固定バーがリリースされ、背中の艤装が水面に落ちた。

 

「ってぇな……」

 

 由良も摩耶も制服が焦げてズタズタになり、その下の肌も焼け焦げ、人脂と髪が発する胸の悪くなる様な異臭が鼻に突き刺さる。

 胸にこみ上げる吐き気のまま、夕張は海面に血を吐いた。

 全身にいままで感じた事が無い様な激痛が走っている。

 自分の体が余りにも、脆く、儚いものに感じられる感覚。

 思っていたよりも、遙かに軽微な影響だ。

 夕張は海面を漂う自分の艤装を引き寄せる。

 冷たい、単なる鉄の塊。

 例え、火砲が積まれていたとしても、今の今は、豆の様な砲弾を撃ち出すだけの玩具でしかなかっただろう。

 

 己を保護し、特別たらしめている力場、粒子を全て破壊力に変えて叩き付ける。

 

 元となった空想兵器、最後の最期の武器として脳裏に描いていたものが額面通りの効果を発揮していれば、由良は溶け崩れた残骸になっていた筈だ。

 

「思い込みなんて……所詮、思い込みよ、ね……由良」

 

 尻餅をついている摩耶と、首を押さえている由良の体から、粒子が吹き出し、一瞬、形成された力場が表示される。

 

「でも、これは本物……ね」

「そうね」

 

 由良が左腕に残された単装砲を、艤装の尾部にすがり座り込んだままの夕張に向ける。

 今撃たれれば、単なる人間と変わらないと“思い込んだ”ままの、肉と骨の塊でしかない擬体など砲弾は容易く貫通し、背後の艤装を破壊するだろう。

 

 

「こっち、忘れてんじゃ……」

 

 くるりと振り向いた由良と尻餅をついたままの摩耶の砲が同時に吠えた。

 

「ふっざけ……」

「忘れるわけないでしょ……ね?ほら、ねっ」

 

 腹部溢れた臓物を押さえる摩耶の手から砲を蹴り飛ばし、再装填した砲をもう一発、由良が撃ち込む。

 摩耶の胸部が弾け、口から鮮やかな喀血が吹き出す。

 夕張は、艤装尾部で掴んでいたものを、力一杯上半身を捻って振り抜いた。

 小気味よく爆雷のハードポイントから引き出されたそれは、由良の艤装に叩き付けられ、夕張の手を離れた部分も受けた遠心力に従い、艤装だけでは無く、擬体の腹部までも巻き込んで、一周。

 手から離れた際に作動した強力な電磁石の効果でがっちりと、ベルトの様に密着した。

 遅延火薬の燃焼音がやけに耳に響く。

 

「これも、本物……又、変なの作って……ふふっ、趣味に走りすぎ」

「由良、ごめんね、わたしたち」

 

 最後の瞬間、夕張は目を閉じる。

 

「夕張、わたし……ま……に……」

 

 最期の言葉は本当に耳で聞いたかは分からない。

 何か大きなものが激突し、夕張の意識は消えた。

 

 

To Be Countinued...




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

長らく続きました戦い。
ひとまずこれにて決着です。

最初から決まっていた事とはいえ、なんでこの子達にこんな酷い事してるんだろう……と流石にちょっと思ってしまいます。

他の人達が描く、ゆるゆるなゆらばりとか、ゆうさみとか見てると、ほんと憧れるんですけどね。

でも書いてるのは、殺し愛だ……

それはそれとして、夕張さん、2020/01/10に改二になる事が決定しましたね、本当に目出度い!

目出度いので、年内にこのお話は終わらせる計画です。

一寸だけ期待してお待ちください。
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