深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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事件は終わった。

一足先に海に還った者達はもう戻らない。
それが当たり前なのだ。

大局的な動きなど、一介の艦娘には知る由も無い。

だが、変わってゆくものも確かにあるのだ。
そして、それは悪いばかりではない。

夕張はそう、信じている。
幸い、まだ、それを信じさせてくれる人達もいるのだ。


 【第四章 <結> パンドラの社 第二十六話】

 

【???・取り調べ室】

 

 

 狭くて窓も無い解放感のない部屋。

 飾り気の無い机が中央に一つ、部屋の隅に記録係が使う小さな机がもう一つ。

 取り調べ室なんて、大体どこも似た様なものだ。

 

「もう一度、最初に検体001から強制的な“内線”接続を受けた時に見たものの事を話して頂けますか?」

「はい、由良が私の中に入ってきて、最初に見えたのは“溶鉱炉”でした……」

 

 目の前の係官、恐らくは鎮守府か、憲兵隊の関係者に促されて、もう両手の指で数えられる以上繰り返した話を繰り返す。

 以前までは質問が差し挟まれる事があったが、前回と今回は特に質問も無く、無言で先を促され、記録係のキィタッチの音だけが響いている。

 当然、録音と録画もされている筈だ。

 

「制御されてない“内線”は五感がそのまま繋がるから、顔も肺も、灼かれそうに熱かった……でも、顔を背ける事もできなくて見つめていました……そうしていると、溶けた鉄が盛り上がって、彼女達……“近代化改修”に使われた娘達と、それに河田医師まで、まるで溺れるみたいに伸び上がって」

「急がなくてもかまいません、休憩しますか?」

 

 もう、結構前の事なのに、あの感覚は生々しい。

 話す度に、溶鉄が又、食道を上ってくる様な感覚に襲われる。

 

「いえ」

「では、続けて下さい」

 

 水を一口飲んでから先を続ける。

 所謂尋問扱いでは無い為、水分の持ち込みが許されているのは有り難い。

 

「一通り収まった後、由良が浮かび上がってきました、一緒になろう、溶けて、一つになろうって……今考えると、あれは、由良だけど由良じゃ無かった、溶けない物を無理矢理溶かそうとして……蠱毒の壺みたいに押し込んで、あの人達が作ったんです、あの地獄を……あの地獄から、由良を出してあげたくて」

「その後、検体001の阻止行動を取った、動機ですね?」

「はい」

 

 係官は一端言葉を切って、手元のタブレットを参照する。

 次に来る質問は概ねもう、予想できる。

 

「阻止行動の際、あなたは検体001を通して、認識改変を行ったとの事ですが、あなたにも“内線”の強制接続や、あれほど高い“感染力”と“浸食深度”の深い認識改変を行う能力が今もありますか?」

「試せる環境にないですけど、強制接続はできないと思います……あれは、由良の地獄が溢れたから起きた事で、私は、それに“乗っかっただけ”です……“感染力”も“浸食深度”も同じですけど……綺麗に幻覚を見せる位はできるかも、それは普通の“内線”の延長上の技術だし、熟練した提督とか、艦娘なら目標の指定とか、作戦の説明、まぁ、あと、遊びにも使ってる様なものだし」

「そうですか……分かりました、今日はこれ位にしましょう、ご協力感謝します」

 

 

【内陸・艦娘収容施設】

 

 

 面会室に入ると、仕切りのガラスの向かいに古泉が座っていた。

 いつも通り、制服ではなく、スーツ姿をしている。

 まるで、被疑者の面会に来た弁護士の様だ。

 刑務所では無いが、まぁ、そこまで違いは無い。

 

「大分落ち着いたかしら?」

「はい、事情聴取は、この間ので、一端終了になったみたいですから」

 

 夕張の言葉に、古泉は頷く。

 結局あの事件は、真相が真相だけに、表沙汰になる事は無かった。

 夕張自身も、機密事項を守る誓約書にサインさせられている。

 

「あれは表沙汰になる事はない……ただ、関わった連中が、“裁判にかけてくれ!”そう哀願する事になるのだけは保証するわ」

 

 事件に想いをはせた古泉の顔が一瞬、憲兵隊の隊長に戻る。

 しかし、テーブルの横へ目をやった後、厳しい表情は拭い去られていた。

 

「又、預かってきたわ、勿論、直筆よ」

 

 古泉は、テーブルの横によけてあったマニラ封筒から、よくある白い封筒を出してみせる。

 A4の横四つ折りが入る、所謂、長形40号というやつだ。

 表面には達筆で、夕張の実名が宛先として記されている。

 そう、新しい名前だ。

 

「結局、養子の件、受ける事にしたのね」

「まぁ、色々考えまして」

 

 元の“夕張”の義父、章五郎の籍に入る事は、かなり長いやりとりがあった。

 もちろん義理の姉になる秋津島とも、結構話している。

 最も、秋津島にしてみれば、元の夕張は殆ど知らない事もあり、章五郎の為になるのであったら、特に文句は無いとの事だった。

 ただ、章五郎は、自身の心中、沈んだ“夕張”の代わりとして扱う心理があるのではないかと、葛藤はかなりあったらしい。

 

『大体、おめぇはどうなんだ?おんなじ面で記憶があってもよ、こんな、きめぇ面の親父を“ぱぱ”なんて、呼びたかねぇだろ?』

『いや、“パパ”なんて呼んでなかったでしょ?……そうねぇ、半分は、あなたの娘でできてると思うけど』

『半分か……ま、とっかかりとしちゃ、ねぇより、マシか?』

『大分マシよね』

『そうか』

 

 少し前にあった会話を思い出しながら、肩を竦めると、古泉は微笑して封筒を机の上に置いた。

 

「良かったわ、本当に……これは後で係員の渡しておくわね、そう言えば、“矢野くん”はたまに来てるみたいね」

「ええ、“内線”が使えるから、対面で面会はできないですけど、動画チャットでたまに面会してます」

 

 あの事件のせいで、由良と“内線”を通して濃厚接触があった夕張は、“内線”が使える人間、そして、艦娘との直接接触が禁じられている。

 かなり長々とした、問診と、心理テストが繰り返されていたが、結果は、まずまず良好。

 その内、予後の観察を経て、解禁されるだろうとは言われている。

 まぁ、そうでないと困る。

 直接接触が解禁されない限り、娑婆へは出られないし、大体、新しい“家族”と顔を合わせることすらできないのだ。

 

「そう……まぁ、元気そうで安心したわ、何か欲しいものはある?」

「うーん、まぁ、ちょっと暇はしてるんですけど、特には……あ、そう言えば、摩耶さんて元気です?……ちょっと気になってて」

 

 夕張と同様に直接の関係者である摩耶は、あの後、接触を禁じられ、別の収容施設に送られている。

 

『ここでおさらばかぁ……達者で暮らせよ、折角、拾って貰ったんだろ』

 

 割とあっさりした別れだったが、結局、何故彼女がただ、逃亡や、憲兵艦隊への投降を選ばず、明らかな命の危険を冒してまで、助けに駆けつけてくれたのか。

 その理由は聞けずじまいだった。

 

「元気よ、彼女の場合は……ちょっと、心の治療が必要だけど……強い子だわ」

「そうですか」

 

 あの組織のせいで摩耶がどれ程の仕打ちを受けてきたのか、もう、想像したくもない。

 夕張の表情が翳ったのを感じたのか、古泉は少し口角を上げて、言葉を続けた。

 

「そう言えば、あの子、出所したら、しばらく海に出るのは止めようと思ってるみたい」

「うーん、どこに就職するのかしら?」

 

 その質問を予想していたらしく、古泉の笑みが深くなる。

 

「ガキ共に飯食わせる仕事でも探すさ、美味そうに食う面眺めるのは結構好きだったからな……って事らしいわ」

「そう……ですか、良いですね」

 

 夕張は目を閉じる。

 

『私、きっと“明日”に進みますから!』

 

(私も進むわ、明日へ……)

 

Towards the future...

 

<< 【第四章 <結> パンドラの社 エピローグ】>>

 

 

【外洋・セクション1-5】

 

 

「どうしたんだい、夕張?」

 

 ヴェールヌイこと響は、天を仰いで、手をかざしたまま固まっている旗艦に声をかけた。

 鎮守府近海とはいえ、大分不用心な仕草だ。

 

「良いお天気よねぇ、快晴、快晴」

「確かに簡単な任務だけど、旗艦なんだから、ちゃんとしてくれないと、海防艦達に示しがつかないよ」

 

 響が指した先では、最近鎮守府に編入されたばかりの、大東と日振が手庇(てびさし)を作って、きょろきょろと周囲を警戒している。

 まだ、緊張している様子だ。

 夕張は二人の近くまで滑って行き、それぞれの肩に手を乗せる。

 

「今日は良いお天気よ、はい、空を見上げて……4つ数えて、息を吸って、4つ数えて、息を吐いて……落ち着いてやれば大丈夫よ」

「はい!」

「おー!」

 

 二人が笑顔を見せるのを確認し、夕張は響に手を振って先頭へ戻る。

 響は首を振って、海防艦達の後ろについた。

 しょうがないな、とでも言いたげだ。

 

『第三対潜掃討艦隊旗艦 夕張型一番艦 夕張、以下、駆逐艦 ヴェールヌイ、海防艦 日振、大東、セクション1-5の対潜索敵・掃討を開始するわよ!』

『日振、出撃です!』

『あたいが守ってやるぜ!』

『了解、さて、やりますか』

 

 

深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ <完>

 

 




ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

今回は、各章ごとに、そこそこの日数が経過しています。
流石にあれだけの、事件の影響から立ち直るのは、艦娘達にとっても容易な事ではありません。

次回は、Extra……更にその後の夕張さんをお届けします。


と、思ったのですが……エピローグが最低文字数に引っかかったので、下に追加させて頂きました。


なので、ここが本当にラストエピソードとなります。

ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
正直、長編で完結できた小説としては、久々……というか、投稿しているものとしては初になるかも知れません。

アクセス結果が気軽に見られる投稿サイトの力は本当に凄いですね。

外伝の方が先に完結してしまいましたが、流石に次は深海戦線本編、ポイントX撤退作戦の方を終わらせる予定です。

こちらで主役を務めた夕張さんがあちらでも出演しておりますので、宜しければご覧下さい。

頼れる旗艦、神通さんと、第六駆逐の面々と繰り広げるドタバタ劇(?)となっております。

本当にありがとうございました。
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