深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~ 作:八切武士
お陰で、第一話とは各ページ毎の文字数の差分が凄い事になりそうですが……
これ位の文字数の方が読みやすいんでしょうか?
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由良の頼み事をなんとかする為、配管工のコスプレで隔離区域に踏み込んだ夕張。
そこは、“療養所”のもう一人の住民の為にあつらえられた、特別な箱庭だった。
【艦娘療養所・隔離居住区:午前】
由良が戻った後、私はつなぎに着替えて、愛用の工具箱を準備した。
これでブルゾンでも羽織れば、普通に現場作業員として通用しそうなファッションだ。
五月雨ちゃんの部屋は、療養所の割と奥まった場所にある。
預かった鍵で重い扉を開けて中へ入ると、窓の無い廊下は頼りない非常灯で照らされているだけで、薄暗かった。
視界の先の壁でぼう、と光っているのはこの区画の案内図だ。
風呂、トイレ、洗濯機、冷蔵庫と電子レンジのある給湯室。
小規模とは言え、寮を自称出来るだけの設備は揃っている。
案内図の下には簡素な木製電話台が置かれていて、ピンクの公衆電話と白い内線電話が並んで鎮座していた。
公衆電話には雑な筆跡で“故障中”と書かれた紙がテープで貼り付けられている。
“故障”とは言うが、そもそもこの電話から伸びたコードはモジュラーに挿さってさえいない。
古くはあるが、十中八九故障してはいないだろう。
この区画から唯一“誰か”に繋がるのは隣の内線電話だが、これは取るだけで“管理室”と直通通話になるホットラインになっている。
これ経由で呼べるのは、基本的に“寮の管理会社の人間”を名乗る療養所の職員か、“寮母”の由良辺りだろう。
(今は、“修理ボランティア”の夕張も居るけどね……)
一つだけ灯りの漏れているドアを細心の注意を払ってノックする。
修理に来ているのに、修理する物を増やすのは流石に間抜けだろう。
「はーい」
元気の良い声と、軽い足音がドア越しに近づくのが分かる。
しかし、唐突に足音が途切れると、ドアに内側から何かがぶち当たり、結構洒落にならない衝突音が静かな廊下に響き渡った。
(あ~、痛そう)
今回もドアは何とか持ちこたえた様だ。
五月雨ちゃんが立ち直って開くまで1分少々。
これも概ね、前と同じだ。
「……すみません、おまたせしました」
額を抑えながらひょっこりと五月雨ちゃんが顔を出した。
私はそう身長が高い方じゃないけど、彼女はもっと低い。
涙目で見上げる顔は何とも可愛いかった。
控えめに言って、天使だと思う。
この笑顔は僚艦達に愛されたに違いない。
胸にちくちくした痛みを感じながら、私は何とか笑顔を作った。
「こんにちは」
「はい?」
額を抑えて、何か言葉を考えている様子の五月雨ちゃんに私は意識して元気の良く声をかける。
「私は夕張、あなたと同じ艦娘よ、さっき、ここの水道の修理を頼まれたの」
「ああ、そうなんですか」
視線が顔からつなぎへ、つなぎから道具箱へ動いて、ようやく合点した表情が浮かぶ。
「ありがとうございます、ちょっとぶつけちゃって、その、水がとまらなくなっちゃったんです」
確かに、部屋の中からは微かに水滴が垂れる音が聞こえる。
ここは、トイレ、シャワー、給湯設備は共同だが、各部屋の中にも鏡付きの洗面所がある。
音源はそこだろう。
「じゃ、ちょっと見せて貰えるかしら」
「こっちです」
五月雨ちゃんは初見の私を素直に部屋に上げてくれた。
一応呼ばれて来ているとは言え、少し心配になる不用心さだ。
変な訪問業者とか、変質者でもいきなりドアを開けてしまいそうで心配になる。
(まぁ、押し倒されても、反射的に突き飛ばすだけで天井まで相手が吹っ飛ぶだけよね……でも、ヘンな壷とか多宝塔とか、教育教材、健康食品辺りは買わされちゃいそう)
割と失礼な事を考えながらワークブーツを脱いで部屋に上がると、中は綺麗に片づいていた。
何も崩れたり、散乱したりした様子がないのを見ると、さっきのは又、何もない所で転んだらしい。
「えーと、これね……って、派手にいったわねぇ」
「すみません……直りますか?」
恥ずかしげに差し出された手の上には、根元からへし折れた蛇口がのっていた。
流しに視線を戻すと、丸々蛇口が消え失せた穴に押し込まれた布が見える。
布からは、ぽたぽたと水が滴っていた。
この分だと、だいぶ派手に吹き出したに違いない。
よくよく見ると部屋中に拭き掃除された跡があるし、天井にも真新しい濡れ染みがついている。
五月雨ちゃんの長い髪もまだ、少し湿っている様だ。
「うーん、取り敢えず、洗面台外してみないと……水止めてからやった方が良いわね、止水栓からでいっか」
私は道具箱を開け、洗面台の配管についている止水栓を工具で捻る。
水の漏出が止まった事を確認してから確認作業に取りかかった。
「一寸、時間かかりそうだから、くつろいでてね」
「えと、見てても良いですか」
「まぁ、別に良いけど……」
私は本格的に“内装工事”に取りかかった。
ここに来てから、散々自分でも水回りを壊してるせいで、修理の段取りは大体わかっている。
一寸言っててむなしくなる話だが、まぁ、何事も技術研鑽するのは大事だ。
本業に役に立つかは別として。
「あ、やっぱり元栓も止めようかな……」
元栓を止めに行ったり、足りない工具と部材を持ち込んだりしていたら、結局お昼ギリギリまでかかってしまった。
「さーて、直ったと思うんだけど……」
取り付け直したピカピカの蛇口のハンドルをゆっくり捻ってみると、水がちょろちょろと流れ出した。
「わぁ、直ってます!」
本気の賛嘆が込められた声に気を良くしながら、もう少し水流を強め、最後に軽く締めて水漏れが無いか確認する。
「うん、完璧」
直しただけじゃなく、“何も壊さなかった”事に強い満足感を覚えた。
少しずつでも進歩するというのは良いものだ。
「と、いけない……」
私は時計を見て、由良とランチする約束だった事を思い出した。
「ありがとうございます、今、お茶煎れますね!」
「ごめんね、ちょっと、人待たせちゃってて」
「あ!そうですね、お昼ですよね、すみません私、気がつかなくて」
キラキラした目で感激してくれている五月雨ちゃんには悪いが、断腸の思いで断りを入れ、私は道具を片付けた。
「今度、是非寄って下さいね、今日は半舷上陸で他の人居ないですけど、明日にはみんな帰ってきますから、何かお茶菓子用意してお待ちしてます!」
「そうね……また今度、何か水道の調子とか、どこか悪くなった時も呼んでね」
「はい!」
楽しげに笑う五月雨ちゃんの笑顔を見ていられなくなり、私はそそくさと隔離区画を後にした。
いつかの約束は果たされる事はない。
彼女に“明日”は来ないから。
明日になれば、彼女にとっては同じ“今日”が始まる。
明日彼女が迎える“今日”の中に私は居ないだろう。
(五月雨ちゃんが天井にお盆を突き刺したりしなければだけど……)
まぁ、そんな事になったら、又、自己紹介から始めるだけだ。
何の予定もなく、気兼ねもない1日の休暇。
その1日を何故彼女が選んだのかは分からない。
24時間の限定の永遠は、彼女にとって最良の日だったのだろうか。
「……由良、待ってるかな?」
時間を見ると、着替えている暇はなさそうだ。
私はため息をついて、食堂へ向かって歩き出した。
私の時計は止まっていない。
ただ、逆に回せないだけだ。
確かに見た筈の蒼い色。
あれは、どこの海だったのだろう。
To Be Countinued……
こちらの話では、別ページで投稿してる話とは、投稿形式的に違った試みをしてみようかと思ってます。
うまくいったら、今後正式に取り込んでいきたいですね。
今回も、読んでくださってありがとうございました!