深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 前回、無事水道工事を終えた夕張さん。
 どうやら由良とのランチの約束にも滑り込みセーフ。
 態度とは裏腹に女子力は高いと噂の摩耶様作の昼食を食べながら、しばし、休憩です。

※注:本文でごく当然に出てくる設定の補足)
 ・深海戦線での艦娘は元人間ではなく種族“艦娘”です。
 ・艦娘は艤装が本体であり、人間部分はよくわからない原理で艤装が作り出したインターフェースで”擬体(ぎたい)“と呼ばれています。
 ・普通の人は、艦娘が直接触れて実体化させている以外の妖精さんは見えません。
  →一部の人間には実体化されている以外の妖精さんが見える者が居て、指揮をとる“提督”、装備を作る“妖精鍛冶”と言った艦娘に関わる特殊職に就いています。



 【第二章 <承> エイリアンハンド 第三話】

 

【艦娘療養所・食堂:正午】

 

 

 急ぎ足で食堂に入ると、テーブルから由良が手を振っていた。

 私は食堂の保温機と冷蔵庫から“久田”と付箋が貼られた食器をお盆に取り、ついでに水も回収してから由良の前に座る。

 ここの食堂は十人も入れば一杯になってしまう小さなものだ。

 所謂“社食”の様に厨房とカウンターで繋がっている事もなく、料理は別にある厨房から運ばれてくる、というか、普段は摩耶さんが運んできて配膳台に並べ、昼食と夕食については給仕してくれる。

 何か用事があって居ない時は、今の様に個人別によそった分を保温機と冷蔵庫に入れてある感じだ。

 ちなみに“久田”というのは、私の戸籍上の名字。

 久田章五郎を義父と呼ぶ様になってからのものだ。

 まぁ、鎮守府勤めだと、戸籍上の本名は殆ど使われないのだが。

 

「結構苦労したみたいね」

 

 少々埃っぽくなっている私の格好を見て、由良はくすくすと笑う。

 一応、外で軽く払っては来たのだが、流石に粘着紙のクリーナーを使ってる余裕は無かったので、まだらに汚れが残ってしまっている。

 まぁ、元々油染みや焼け焦げが結構あるので、気にする位なら着替えた方が早い。

 本来こういう時に役に立つのが、艤装と同じく私達の体の一部である制服への変わり身だ。

 艤装展開する時に来てる平服と入れ換えられるのだが、慣れれば、艤装展開無しに出せるし形状も変えられる。

 ついでに洗濯しなくても汚れない、と凄く便利なのだが、制服の状態は艤装の損傷の影響を受けやすいのが難点だ。

 個人差はあるけども、煙を吐く様な損傷を受ける所まで行くと大体人前に出られない格好になる。

 まぁ、私の場合の問題は下手すると、着てる服だけ消えて全裸になりかねない事だったりする。

 いつも通りに服を切り換えようとして、人前で全裸を晒す様な真似は、金輪際避けたい。

 

(大体、由良になんて言われるか分かったもんじゃないし)

 

『夕張……工房の引き出しに女子力をしまっておくのはいいけど、しまいっぱなしにしたまま出てくるのは止めようね、ねっ!』

 

 私は付け合わせサラダからプチトマトを口に放り込む。

 新鮮だ。

 これは多分、敷地のプランターから収穫されたものに違いない。

 

「結構派手にいってたわ、蛇口のバルブがもぎ取られて、パイプが破断してたから……多分、転んだ時に掴んじゃったのかな」

「あの娘らしいわね」

 

 由良は苦笑して、少し大きめのキャロットグラッセを丁寧に切り分けている。

 苦笑だというのに、由良の表情はとても柔らかい。

 由良は一緒に居るだけで、相手をリラックスさせてしまう。

 “看護師”としては便利な才能だ。

 

(私が笑うと、何故か相手は渋い顔したり、顔が引きつってたりする事多いから、ちょっと羨ましいなぁ)

 

 まぁ、由良だけは大体いつも通りに笑い返してくれるのだが。

 やはり、そういう所も含めて彼女は好きだ。

 しかし、今日は人が少ない。

 幾ら小規模とは言っても、昼時になれば2、3人は食事をしているのだが、今日は私と由良、後は艤装専門医の矢野医師位だ。

 

(ちょっと、あの人苦手なのよね)

 

 健診の時に艤装を診て貰っているのだが、彼はいつも苦虫を噛みつぶした様な表情で艤装を診察していて、擬体の方の“顔”は全然見ようとはしない。

 廊下で会って挨拶しても会釈しか返ってこないし、世間話しようとしても、二、三言を何かもごもごと呟いてそそくさとどこかへ行ってしまう。

 

(そりゃ、手際はいいけど……なんか、こう、触るのも嫌みたいな感じでやられると、傷つくというか、何というか)

 

 艦娘にとって艤装というのは、当たり前だが本体である。

 無神経に艤装に手を触れられる事を、擬体にセクハラされるよりも不愉快に思う艦娘は多い。

 むすっとした顔で中古白物家電の査定みたいな扱われ方をされるのは、普通に気分が悪くなる。

 

(まぁ、艤装の方に欲情する様な人も困るけど……)

 

 ごくたまに、艦娘の艤装にのめり込んだあげく、人間の形をしている擬体側に欠片も興味を示さなくなる様な性癖もあるらしい。

 

(……こんな僻地に送られて、腐ってるのかしら?)

 

 腕の良い艤装医、特に妖精さんを“視る”事ができる人材は最前線を守る鎮守府では引く手数多(あまた)だ。

 艤装制作者の“妖精鍛冶”とは違って、艤装の修復、維持管理を行う艤装医は妖精さんを“視る”才能は必須ではない。

 ただ、宿っている妖精さんの状態次第で艤装の性能は顕著に変わる。

 そんな、“水物”である艤装の診察、治療では、妖精さんとの直接的なコミュニケーションの可否は大きな違いを生む。

 ついでに言えば、妖精さんとコミュニケーションがとれるという事は、十中八、九、“提督”と同様、私達と意識、“内線”を繋ぐ事もできる。

 もしも提督が倒れた時の、緊急交代要員としても重要な人材だ。

 普通に考えれば、こんな僻地で数人の艦娘の治療をする為、常駐させる余裕はない筈である。

 

(ま、左遷か、それとも……本当に私達が苦手、なんてね)

 

 世の中には、“人間じゃないのに人間の振りをしている得体の知れない生き物”がどうしても受け入れられない人達も居る。

 

「どうしたの夕張、ぼーっとして……好みの男の子でもいたのかしら?」

「ん……あ、う~ん、そうねぇ」

 

 少し面白がっている様な由良の声に引き戻された私は、まだ半分も手をつけていないコールスローをかき回しながら、少し考える。

 

「ないかなぁ、やっぱりちょっとはニコリとしてくれる様な人じゃないと」

「そうねぇ……矢野先生、確かに愛想ある方じゃないかも」

 

 由良は割とあけすけに矢野先生に顔を向け、小さく手を振ってみせるが、彼は机に置いたスマートフォンを眺めるのに忙しい様だ。

 まぁ、もてる、もてないで言えば、もてない方にカテゴライズされる気はする。

 

「あれ、そう言えば、河田先生の所には行かなくていいの?」

 

 河田医師はこの療養所に所属する、もう一人の艤装医だ。

 艤装、擬体どちらにも詳しくて、どちらかと言えば、矢野先生は河田先生の助手みたいなものらしい。

 午後の診察で擬体を診て貰うのも河田先生だ。

 

(まぁ、河田先生には、初日に胸どころか全裸を披露する羽目になったけどね……)

 

『胸をはだけるだけで結構ですよ』

 

 眉一つ動かさなかった辺りが、プロの艤装医っぽかった、なんて、今でこそ言えるが、あの時は、普通に轟沈するかと思ったものだ。

 真顔で河田先生の眼前にカルテを被せた由良の動きは手が見えない程素早かった。

 診察台の上に置いてあった筈のカルテが由良の手の中へ瞬間移動したかと思った程だ。

 

(……ああ、あの顔は怖かったなぁ)

 

 河田先生は患者の診察以外にも、何か色々と忙しいらしく、食堂へ来ない事もしょっちゅうある。

 由良はその辺は気にしているらしく、彼の分はよく届けに行っているのだ。

 

「今日は、研究棟で林所長と会議があるから、昼食は向こうで食べるらしいわ」

「ああ……」

 

 由良が漏らした含み笑いを見ると、私が思わず浮かべた嫌悪の表情はかなりあからさまなものだったらしい。

 

「夕張、ほんとに所長嫌ってるわね」

「まぁね」

 

 林所長は研究所と療養所を含めた、この施設全体の責任者らしい。

 療養所には月に数回程度、様子見か何かの為に訪れている。

 顔を会わせると、最近の様子を聞かれたり、当たり障りのない世間話をして、困っている事が無いか聞かれたりもする。

 それだけだと、立場の割には気さくな人物という程度なのだけれども、私や由良を見る目や、言葉尻に何か背中がぞわぞわさせられる何かがある。

 矢野先生相手だと、“この人失礼だなぁ”と思うけど、じゃあ艤装を診て貰うのを拒否するかと訊かれれば、“ん~、ま、いっか、ヘンな事はされないだろうし”で済む。

 でも、林所長には、擬体だろうが、艤装だろうが、触れられると想像する事すら忌避感が湧く。

 この感覚の違いはなんなのだろう。

 どうも、医者だから、とか、若い人とおじさんの違いなんていうのとはちょっと違う。

 もっと、根源的な何か。

 手の中でぺきっ、と軽い音がした。

 

「割り箸一膳追加ね」

「あちゃあ」

 

 割り箸が親指、人差し指、中指、薬指に完全に握りつぶされて複雑骨折している。

 紙ナプキンに割り箸の残骸を包み、新しい割り箸を慎重に真っ二つに割く。

 結構綺麗に割れて、少し満足。

 

「なんか、今日は妙にぼんやりしてるわね、又何かヘンな発明でも考えてるのかしら?」

「そうねぇ、今作ってるのは例の連結運搬爆雷だけど、最近旧マ○ガイバーを見直してて、配給されてる基本装備から作れるお役立ち即席アイテムについて、ちょっとアイデアを落書きしてる位かな……あ、そうだ、ダクトテープとビニールテープ追加発注しておかなくちゃ」

 

 メモ帳を取り出して、ToDoリストに書き加えて顔を上げると、由良があきれた様に首を振る。

 やっぱりね、とでも言いたげな表情だ。

 

「取り敢えず、敷地内で即席火炎瓶とか試すのは無しだからね」

「発煙筒使うのも駄目?」

「夕張が消防署と所長に謝るなら、ね」

 

 微笑は変わらないが、目が笑ってなかった。

 いくら僻地とはいえ、人跡未踏の荒野という訳でもない。

 それなりに目立つ事をすれば、普通に通報される可能性はある訳で。

 

「あぁ、はい、ちゃんと火を使ったり、目立つ実験は許可とるわよ」

「よろしい」

 

 すっかり冷めてしまった鳥胸肉のピカタをおかずにご飯を食べる。

 麦入りのご飯はまだほんのり暖かい。

 冷めてもおいしい。

 摩耶さんの作る食事は冷めても食べられるものが殆どだ。

 元々、食事を提供する相手が、暖かいまま食べられるとは限らない状況を想定しているに違いない。

 繊細ではないが、よく考えられていて、実際的な印象。

 カレーについてもそうで、レシピにジャガイモは入っていないものだ。

 冷めても粉っぽくはならない。

 まぁ、その辺は別茹でしておいたジャガイモを後添えしてもいい気はするが。

 口は悪いけど、いい腕をしている。

 

「さて、午後の診療前に、流石に着替えてこないと……勿論、部屋でよ?」

 

 一瞬真顔になった由良に手を振り、あわてて付け足した。

 

「安心した、規則に“全裸で出歩いてはいけない”って書いてないのは、普通やらないからよ?」

「あー、もう、言わないでって」

 

 幾ら暇でも、流石に露出徘徊する様な趣味はない。

 

 To Be Countinued......




 この間発売された、三越の夕張さんビール。
 描きおろしの新規イラスト、実に素晴らしいですね。
 つい、酒も飲まないのに1パック注文してしまいました。

 お話の方は、相変わらず地味な話が続いてます。
 次は、噂の河田先生が出てくる予定です。

※また、後でレイアウトを章立てになる様に変更します。
 →取り敢えず、各話のタイトルも章立てになるように、軽く替えました。
  章立てに変更すれば、レイアウトは落ち着くはず……


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