深海戦線猟綺譚 ~兵装実験艦夕張・パンドラの社~   作:八切武士

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 前回、由良との会食を終え、午後の為の身支度をする夕張さん。
 さっぱりした後には掃除のおばちゃんと世間話に一花咲かせます。

 彼女ののんびりした生活はもう少し続きそうです。

※河田先生の出番は次回に延びました、申し訳ございません……


 【第二章 <承> エイリアンハンド 第四話】

 

【艦娘療養所・夕張の自室:午後】

 

 

 由良と別れた後、私は自室(工房ではない)に戻り、着替えとタオルをビニール袋に放り込み、石鹸類をまとめてある湯桶(ゆおけ)を抱えてシャワー室へ向かった。

 掛け湯に使う訳じゃないが、やっぱり共同浴場にゆく時には、洗面器っぽいものに道具を入れると気分が盛り上がるものだ。

 

(とは言っても、あそこ使うの私と由良と、摩耶さん位じゃないかな)

 

 五月雨ちゃんが居る隔離区画には別に入浴施設があるので、彼女と顔を会わせる事はない。

 しかし、“シャワー室”とは言ったが、その実体は、シャワーブース2基と洗濯機を2台設置したこじんまりとしたものだ。

 多分、洗濯機が設置されたランドリールームが先にあって、そこへ急遽シャワーブースを設置してシャワー室と兼用としたに違いない。

 丁度、五月雨ちゃんの区画にある入浴室とは逆の発想だ。

 あちらは複数人で使える大きな湯船と洗い場を備えた本格的な入浴設備の隅っこに洗濯機が2台設置されている。

 あの洗濯機はまず間違いなく“シャワー室”から移動されたものに違いないと思う。

 ちなみに洗濯機については古くさい二漕式である事を除けば機能に問題は無く、まだバラす機会は来ていない。

 こうしてみると、この療養所は、以前は隣の研究棟に勤める職員用の寄宿舎だったのだろうと思う。

 それを急遽改築して、艦娘用の療養所としたのだ。

 しかし、そうなると、今、研究棟の職員はどこで生活しているのか?

 

(河田先生なら、知ってるかな……聞いてみよっと)

 

 シャワーブース前でカーテンを引くと、ブース上部にコの字型に付属したカーテンレール軌道に沿って、狭苦しい脱衣場ができる。

 私はツナギと下着類を脱いでランドリーバッグに放り込んでからシャワーを浴びる。

 ランドリールームは薄暗くて、内装もケチったのか、壁を塗り直してないせいでひび割れと黒カビでちょっと、ホラー映画のセットみたいな雰囲気だ。

 でもシャワーブースは自体は真新しくてちょっとオシャレなデザインなので、想像を逞しくすれば、ジムで一汗かいた後にシャワータイムを楽しむエグゼクティヴな気分が味わえるかも。

 

「こんにちは」

 

 髪の毛と体をささっと洗って、洗濯機へ洗い物を放り込んでいると、声をかけられた。

 “シャワー室”の入り口から入ってきたのは、グレーのツナギを来たおばちゃんだった。

 

「あ、どうもです、こんにちは」

 

 挨拶を返すと、おばちゃんは抱えていた掃除道具を下ろして、私が使っていたブースから掃除を始めた。

 このおばちゃんは、出入りの清掃業者の人で、週数回研究棟と療養所の清掃に来ている。

 前は研究棟だけだったらしいが、しばらく前から療養所の公共スペースも掃除する様になった。

 その前までは私と摩耶さん、由良と分担して療養所の掃除をしていたのだが、正直壊した内装の修理をしてた時間の方が長かった気がする。

 由良は他にも仕事があった為、事実上、療養所の掃除は摩耶さん一人でやっている様なものだった。

 

『いや、無理だろ普通はよ?』

 

 当然と言えば当然の抗議により、陳情は河田先生経由で林所長へ伝達された。

 

(林所長は相当渋ってたみたいだけど……)

 

 結局、研究棟の掃除を委託していた清掃業者へ追加委託される事になったらしい。

 とは言え、掃除を任せられる人(あるいは艦娘)の都合がつくまでの間という条件付きだったけど。

 

「あらー、今日は何も壊してないのねぇ」

「あはは、今日は割り箸握りつぶした位かな~」

「あらら、うちの上の子も小さい頃は超能力!とか言って、家中のスプーンを力任せに曲げて困った事があったわぁ」

 

 会う度に交わす言葉は些細な世間話で、おばちゃんが掃除をしてる間に少しだけ立ち話するだけだ。

 立ち話と言っても、おばちゃんは仕事だからずっと手を動かしている。

 なので、大体は私が当たり障りのない範囲で最近の生活の話をして、それに合いの手が入る感じだ。

 井戸端会議で鍛えているのか、おばちゃんの合いの手は中々絶妙で、以外と話題は途切れない。

 このおばちゃん、占い師辺りに職を変えてもやっていけそうな気がする。

 まぁ、こちらとしては“外の”ちょっとした流行や何かの話を聞くのも楽しいものだ。

 何しろ、療養所のネットワークは厳格なフィルタリングのせいで、殆どインターネットとしては機能していないのだ。

 今時、検索サイトにすらアクセスできないのはいかがなものかと思う。

 ネットニュースすら見られず、外部に繋がっているのは娯楽用の動画チャンネル位だ。

 幸い、技術情報だけは研究棟のLAN内で使える制限付きアカウントを貰ったので、ローカルのストレージ内の技術資料なら割と見られる。

 以外と充実してはいるものの、やはり、趣味的にもっと突っ込んだ部分の資料だとか、最新の資料となれば、少し物足りない感覚は拭えない。

 結局足りない部分は、自分の頭の中にある情報と発想を頼りにするしかないのである。

 

「あ~、腰がつらいわぁ」

 

 ドライヤーで髪を乾かしていると、鏡の中でおばちゃんが腰をとんとんしているのが見える。

 

「そう言えば、若先生とはどう?」

「は?……あ、河田せ……博士ですか、いや、まぁ、“仕事の上司”なんで、そう言うのは」

 

 “療養所”なのは秘密なので、私はこの“研究所”の非常勤職員で、河田先生達は、職員(おばちゃんにとっては“博士”)という事で話を合わせている。

 

「まあ、ここじゃ、一番普通に話せる人だと思うけど、あの人、人当たりは良いし」

「あらあら、あの若先生、結構いい男なのにねぇ」

「大体、私とは“部署”違うんで、由良の方がよく話してますけどね、昼ご飯とかよく部屋まで運んであげてるし」

 

 おばちゃんはからからと笑いながらモップを絞ると、床を吹き始めた。

 毎回、割とこんな感じにどうでも良い会話をしている。

 

「ああ、あの髪がピンクの艦娘さんね、あらあらあら、中々、お似合いじゃないの」

 

 全く、おばちゃん族というのも、女子高生と変わらず他人の色恋沙汰には興味が尽きないらしい。

 由良には悪いが、矛先があちらに向かってくれると正直助かる。

 洗濯が終わるまではもうしばらくかかりそうだ。

 

(診察終わる頃に乾燥機へ入れに来ればいいかな)

 

「じゃ、私ちょっとこれから“仕事”あるんで」

「はーい、いってらっしゃい、おばちゃんは帰っちゃうけどねぇ」

「あはは」

 

 掃除のおばちゃんと別れ、私は自室へ戻る。

 

「えーと」

 

 診察前に少しはまともな服装にしようとは思うが、そもそも替えの服は殆どない。

 衣装ケース一つに収まってしまう程度だ。

 ま、そもそも、鎮守府勤めだと制服と作業服以外を持ってない艦娘もそこそこ居たりする。

 汚れずに着心地がよい制服と言うのが便利すぎる事の弊害だろうか。

 しかし、擬体の一部として制服が作り出されるなら、それは“着ている様に見える”だけで、実は全裸なのと一緒ではないのだろうか。

 阿呆な事を考えつつ、私は午後の診察に向けて、まず簡単に胸元がはだけられる様に、上はブラウスを選んだ。

 

(ん~、たまには丈長めのにしようかな……でもなぁ)

 

 何かひらひらする素材でできたロングスカートを手に取ってみたが、いまいち決まる気がしなくて戻す。

 

(何でこれ持ってきたんだろ?)

 

 さすがにジーンズは何か違う。

 スラックスも悪くはないけども、気分ではない。

 

(これでいっか)

 

 下は割とゆったり目のキュロットスカートに決定。

 

(上着は……と)

 

 上着は、選べる程の種類がない。

 スラックスに合わせられる、少し上品な感じのジャケットに、ちょっと色あせてるけどまだ現役のアーミージャケット、こっちは男物だから結構オーバーサイズになる。

 私が着ると、殆どハーフコートだ。

 しかし、その他となると後は、パーカー位になる。

 

「いいや、これで」

 

 私はアーミージャケットを羽織って着替えを完成させた。

 靴はさすがにつっかけとかという訳にもいかないが、エンジニアブーツもちょっと気分では無い。

 消去法で結局ハイカットのスニーカーを選んだ

 まぁ、いつもの制服とセットの靴でも良いのだが、服は着替えている訳だし、ここは合わせておくのが妥当だろう。

 しかし、さっきの考えで言えば、制服と一緒に出している靴で出歩く行為は裸足で歩くのに等しいのだろうか。

 とは言え、苦痛もなく自由に着脱できるものを、手足と同一視するのもちょっと違う気がするが。

 

(手足もげても、くっついちゃうのよねぇ、そりゃあ……痛いけどね)

 

 艦娘の擬体は所詮、艤装がそれっぽく作り出した、対人間用のインターフェースだ。

 その観点で言えば、この五体と制服の違いは、役割の違いであって、体の一部である事に違いはないのかも知れない。

 ちなみに、制服は脱ぎ散らかしたまま遠くへ移動してしまうと消滅する。

 これに関しては擬体も同じなのだが、艤装から引き離された事によって起こる擬体の消失は控えめに言って“極めつけに不快で激痛を伴う”らしい。

 私も流石にこれの実証実験への参加はちょっと遠慮させて貰いたい。

 確かに私は兵装実験艦かも知れないが、だからといって、治療の臨床試験までやるのは少々職域を逸脱しているのではないかと思うのだ。

 全体を確認してから、今度は洗面台の鏡を覗いて、軽くメイクを整える。

 人前に出るからには当然、と言えばそうなのだが、前にすっぴんで診察室へ駆け込もうとしたら、丁度様子を見に出てきた由良にラリアットで拘束されてトイレに引きずり込まれた事があった。

 “5分でばっちり、由良のメイク教室”が不定期で強制開催される様になったのはその時以来の事である。

 

「……と、そろそろ出ないとまずいか」

 

 私は戸締まりをして自室を後にした。

 まぁ、確かにこんな身支度をしてわざわざ会いに行く様な相手は、河田先生位だから、診察は社会性の喪失を防ぐ為にも役に立ってるのかも知れない。

 

 

To be Countinued...

 





 今回も読んでいただきありがとうございます。
 今後の展開の為に、“残酷な描写”とかのタグを入れてあるのですが、それを目当てにされている方が居たら、のんびり生活が続いてしまって申し訳ない……
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