野球部の顧問の先生に入部届けを出した放課後、俺は野球部の練習が終わるまで羽沢珈琲店で時間をつぶしている。
「雅紀君、誰か待ってるの?」
俺の従姉である巴の幼馴染、羽沢つぐみが俺に話しかけてきた。
「ん?ああ、相棒候補を待ってるよ」
「相棒?どういうこと?」
「俺また野球始めるんだよ。んで俺とバッテリーを組む候補のやつと部活終わるまで待ち合わせ」
「え!雅紀君また野球始めるの!?そっかあ、巴ちゃんとあこちゃんも喜ぶよ!」
「巴とあこは関係なくないか?」
「巴ちゃんたち、雅紀君が野球辞めるって知った時かなり落ち込んでたからね。あ、それは蘭ちゃんもか」
「ちょっとつぐみ!」
そう叫んだのは巴のもう1人の幼馴染である美竹蘭。
「なんだ蘭、いたのか」
「気づけ」
「悪い悪い。ま、試合がある時は来てくれよ。出るかわかんねえけど」
「雅紀ならすぐエースでしょ。まわりが聞いたら嫌味だよそれ」
「そうだぞ雅紀。本気で言ってるならタチが悪い」
会話の間に入ってきたのは俺の待ち人である西島快斗。
「やっと来たか。おせえよ」
「これでも全力疾走したんだよ!あ、すみません。アイスコーヒー1つ」
「かしこまりました!少々お待ちください」
つぐみは厨房の中へと消えていった。
「んで?なんだ話って」
「ああ、快斗が俺とバッテリー組むには絶対にしないといけないことがあってさ」
「なにさ、それは」
「今日キャッチャー道具持ってるか?」
「いや、部室にあるけど」
「なら家にあるやつを使う。快斗俺のピッチングを受けろ」
「……だろうなとは思ってたけど今からか?結構外暗いぞ?」
「室内練習場借りたからそこでやる」
「分かった。1週間で捕れるようになってやるさ」
「よし、じゃあ行くか」
「ちょっと待てその前に」
「な、なんだ?」
「まだコーヒが来てない」
「……飲み終わったらさっさと行くぞ」
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「おっちゃん予約してた萩野だけど」
俺たちは予約してる室内練習場へと来た。ここの店主とはガキの頃からの知り合いだ。
「お、マサ坊か。今誰もいないから大きく使っていいぞ」
「あざーす。んじゃあ行くか」
「だな」
室内へと入り、俺たちはジャージに着替え、軽くアップをした。
「じゃあ軽くキャッチボールな」
「お、おう」
「おい、キャッチボールから思いっきり投げないからそんな心配すんなよ」
快斗はオドオドしながらボールが来るのを待ってる。アホかと。
「雅紀、来たよ」
「お、来たか沙綾」
実は沙綾にも声を掛けておいた。俺の本気は捕れないとはいえ、5~6割の力なら捕れる。快斗にアドバイスをしてもらう係として呼んだ。
「西島君、頑張ってね!軽くアドバイスもするから」
「ありがとう、沙綾ちゃん」
軽く20球くらい投げてから俺は立ち投げに入る。
「じゃあボチボチスピード上げるから」
「来い!」
まずは7割程度の威力で投げる。快斗の胸元に目掛けてボールを指から離す。
バス
「おい、なんだその音は。パシーン!って言わせてくれよ」
「わ、悪い。なんかボールが上に上がった気がして」
「西島君の言ってることは正しいよ。雅紀のボールは野球界じゃありえない球筋なの」
「それってつまりソフトボールでいうライズボールみたいなやつか?」
「そう。下投げのソフトボールならではの変化球の上に上がるライズボールを雅紀は上投げで投げちゃうの。理屈は私もさっぱりだけど」
「なんだよそれ、怪物もいいとこだぞ。でも納得した。この前捉えたはずなのに当たらなかったのはそういう事か」
快斗はブツブツの独り言を言いながら考え事をする。
「おおい、もういいか?」
「いいぞ。…つまり対応としては…」
パシーン!
キャッチャーミットから乾いたいい音がする。懐かしい音だ。
「こういうことか」
「へえ、ちゃんと捕れたな。でもまだ7割だから。」
「沙綾ちゃん球速は?」
沙綾は店長に借りたスピードガンで計測をしている。
「135キロ」
「7割で135キロって10割でどんだけ出んだよ」
「さあ?最近測ってねえしこの調子だと150手前くらいは出るんじゃないか?」
「サウスポーで150ってもうプロ選手レベルだぞ……大丈夫か俺」
「プロテクター付けてるから死ぬことはねえよ。…多分」
「多分じゃ困るんだよ!ったく」
それから10球くらい投げた後、快斗に座ってもらい、ストレート以外にもスライダー、カーブ、チェンジアップを投げた。快斗は最初は落としたり、音が鳴らなかったりしたが段々と慣れたようで乾いたいい音が鳴るようになった。
「じゃあ次ラストな。真っ直ぐ、本気で投げるから」
「今までは手加減してたのか、集中しないとな」
両腕を振り上げ、投球モーションに入る。100%の力なんてしばらく出てないからどんなもんか自分自身分からないけどトレーニングは日頃からやってたから大丈夫だと思う。
右足を地面に叩きつけるように踏ん張り、全神経を指先に集中させる。指から放たれるボールはうねりをあげるかのようにキャッチャーミットへと突っ走る。
「ぬお!」
快斗はビビりながらもなんとかミットにボールを収めることはできた。でもミットは動きまくるし、音は最悪。しばらく練習が必要みたいだ。
「沙綾、今のどんくらい?結構いい感じだったんだけど」
「……キロ」
「は?聞こえないんだけど」
「……156キロ」
「え、そんな出てたの?中学の時のスピードめちゃくちゃ越えてるよ」
「ていうか、ファイターズの多田仁選手の高校1年の時を軽く越してるんだけど?」
沙綾は驚いたような呆れたような感じで答える。
正直、めちゃくちゃ驚いている。高校1年、それもなりたての野郎が156キロなんて化物もいいところだ。俺だけじゃなく、沙綾と雅紀も驚きを隠せないでいる。
「……雅紀、俺絶対お前のボール完璧に捕れるようにするから。しばらく俺に付き合ってくれ」
「ま、まあそこまで言われたら付き合ってやらん事もないけど」
「ま、雅紀。さすがにツンデレはちょっと……」
「で、デレてねえよ!」
とりあえず明日からの部活の合間で快斗と練習&帰って2人で自主練を繰り返さないとな。
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そして、部活初日。今日から萩野野球物語が始まると思いきや待ってたのは思いも寄らぬ事だった。
「今日から入部した1年の萩野だ。萩野、軽く自己紹介を」
「今日からチームの一員となります。萩野雅紀です。このチームのエースになって、甲子園に導くんでよろしくお願いします」
何事も最初が肝心だと常日頃から思ってる俺は謙遜心一切なく高々と目標を掲げた。先輩たちの目は明らかに殺気がたっている。あまり歓迎モードではないらしい。
「おい、萩野ってこの前、小坂と勝負したやつだよな?」
「ああ、中学時代は有名だったらしいぞ」
「なんでそんなやつがこの高校に?」
「野球辞めたって噂があったけど」
同級生のやつらも殺気は無いものの不快っぽい感じだ。
「では、全体アップをしてからキャッチボール。メンバー組はその後実践的なシートノックに入る。メンバー外は全体アップ後基礎トレーニングだ。何人かはシートノックのランナーになってもらう。」
『はい!』
「行くぞ!」
主将の掛け声と共にみんなアップの準備に入る。
「あの、先生。俺はメンバーとして入っていいんですか?」
「何を言ってる。お前はメンバー外に決まってるだろう。さっさと行け」
「はあ!?」
俺のことを知ってるならいきなりメンバー入りかと思ったがお門違いのようだ。どうやら俺の活躍場面はかなり遅くなりそうだ。
個人的な話ですが今まで唯一誇れた視力の良さが取り柄の自分、採用試験の勉強のしすぎで視力がガタ落ちして初のメガネ活動です。