今回の冗談はいつもより、凝っている。
いやあ、普通の提督ならば騙されてしまう。
自分だから気づいた。ちゃんと自己評価ができる自分で良かった。
提督として自分は好意を受けて当然だという自惚れがあったならば、有頂天になっていたはずだ。
一方の大和は澄ました顔で何のことでしょう、と。
やましいことなど何もないと書類の提出を急かす。
「…………大和」
「はい」
「手違いの書類が交じっていたから捨てておいてくれ」
「あら、申し訳ございません。捨てておきますね」
ご丁寧に大和の名前が入った婚姻届を乱雑にぶん投げる。
大和はしゅんとした表情をしているが、騙されない。
こんなドッキリを仕掛ける艦娘なのだ、意図が読めるまでは隙を作ってはいけない。
冗談にしても笑えない、結婚だなんて。
そもそも、システムとしてケッコンカッコカリがあることがいけないのだ。
提督は眉間の皺三割増しで次の書類に手を伸ばす。
大和のお茶目なドッキリ――艦娘ジョークなのだ、これは。
真に受けてはこちらの胃が保たない。
「誰にだって間違いはある。仕方ないことだ。
それにしても、次の書類もさっきと同じ――――ってこれも婚姻届じゃねぇか!!!!!」
「偶然が続きますね」
「二度も続くか、こんな偶然ッ! しかもどっちもお前の名前が記入済なんだが、これは何の嫌がらせだ!」
「事前準備はしっかりと行うのが淑女の務めかと」
「婚姻届を書類に交ぜる淑女がいてたまるか」
「本来であるならば、二人一緒に名前を書きたかったんですが」
随分と手間のかかった艦娘ジョークだ、笑えない。
さっきから胃の痛みが強さを増していくのも含めて、早く帰りたい。
「こういうのは意中の相手に仕掛けるものなんだってわからないか?
俺だから勘違いせずにすんだが、他の奴等ならば笑い事にならんぞ」
「いえ、意中の相手は貴方ですので、大丈夫ですね。安心してご記入いただければと」
「全く大丈夫じゃないし、安心できない言葉が聞こえた気がするが、まあ幻聴だな。
いやいやいやいや、騙されないからな、俺は」
正直、もう何が何だかわからない。
いや、大和が自分に対して好意を抱いているという事実が既に摩訶不思議である。
「もうっ、そうやっていつまで目をそらしているんですか!
貴方は未だに冗談の類だと認識していますが、私は本気ですよ!!」
「本気で嫌がらせしたいのか? それなら、もうかなり効いてるから作戦としては成功だぞ」
「本気で貴方と結婚予定ですけどね。私は既に貴方と添い遂げる覚悟がありますから、よろしくお願いしますね」
「よろしくねーよ。見えない聞かない知らない」
「ですが、もう見てしまったし、聞いてしまって、知ってしまった。
外堀はとっくに埋まってるんですよ」
「全然埋まってないから。俺の城塞は外堀がすごく深いから」
やばい、この艦娘、想像よりもとち狂っている。
嫋やかな笑みの裏にあるものが言葉の節々で牙をむいている。
肉食獣の臭いがする。もし、ここでオーケーサインを出したらすぐに食われる気がしてならない。
「とりあえず、ケッコンから始めます?」
「ファストフードを注文する感覚でケッコンを申し込むな」
「それじゃあ、仮から始めましょう! お試しだと思って、ね? てーいとーくっ」
「提督って呼ぶな、はっ倒すぞ」
「そんな……! 立場ではなく名前で呼べと? 大胆ですね、それならそうと言ってくれたら」
「いや、提督でいいわ。提督でお願い、それ以外NGな」
解せぬ。心中に湧いた三文字が溢れ出して止まらない。
これが鈴谷ならいつものからかいなんだと察して、流せるけれど。
しかし、相手は大和だ。
長い付き合いである自分に対して、虚飾で謀りごとをするだろうか。
改めて、よくよく考えてみる。
あの大和が好きでもない相手に、こんな冗談を言う訳がない。
質実剛健、大和撫子。容姿は同性も羨む美貌。
引く手は数多な彼女が、特段に優れている所もない自分に好意を抱くなんてご都合主義がすぎる。
「そこまで驚かなくてもいいのでは? お互いの中身を曝け出して見ている仲ですよ?」
「物理的にな。グロ画像大好きな奴が涎と涙を垂らして喜べるやつだったよ」
「では提督も私の中身を見て喜びになられたのですか」
「喜ぶ訳ないだろ。俺にそんな趣味はない。二度とあんな痛い思いはごめんだ」
過去の苦い記憶を引き合いに出されるのは流石に、表情が渋くなる。
臓物と血反吐を撒き散らして戦った過去など、覚えていても損だ。
生き残る為に仕方がなかったものとはいえ、である。
「思えば、その時でしたね。初めて、恋い焦がれるという感情を強く抱いたのは。
私が諸々の事情で後方送りになった時。
こうして憲兵を束ねる立場へとなった時。
貴方は私についてきてくれて十全に動いてくれた」
「激戦地から逃げたかっただけだ、勘違いするな。
それに、あの時のお前を放っておく程、俺は……いや、ただの気の迷いだ」
結局、逃れられる術はなかったのだ。
どうあがいても、この腐れ縁は継続し、訳のわからぬ方向へと伸びていったのだろう。
「ともかく! お前のおかげで、比較的安全な鎮守府で提督ができるのは感謝してる。
それだけだ、勘違いするなよ」
「感謝をしているなら、私とケッコンしてくれませんか?」
「それとこれとは別問題だ。この際はっきり言うが、俺は誰ともケッコンをする予定はない。
絶対、曲げないからな、いいか、絶対だぞ。
見込みがないものにいつまでも縛られる必要なんてないんだ、さっさと切り替えて次を探すんだな」
恋心など冷水をかけて鎮火だ。
大和の器量なら自分よりもふさわしい相手が見つかるはずなのだ。
「これはまた前途多難な恋路ですね。逆に燃えてきましたよ」
もっとも、大和の表情には陰りはない。
それどころか、意気揚々とガッツポーズまでする始末だ。
「俺、断ったよな? もう一回しっかりと言うか? 録音してもいいぞ、後で証拠になるしな」
「いえ。そこまでせずとも、提督が私の告白を断った。ちゃんとその意図は伝わってますよ」
なら、どうして。
心底わからないといった表情で提督が問いかける。
「一度断られた程度で諦める恋だと思っているんですか。
この大和、そのような軽々しい恋を抱く艦娘ではありません。
乙女の恋というのは、提督が思っているよりも強固ですからね」
「見込みがないものに重みをかけるのは馬鹿のやることだと思ってるんだが」
「馬鹿で結構。それぐらいでないと、貴方を手に入れられませんから」
まさか、ここまでの阿呆だと思わなかった。
一言二言断れば、諦める。
周りにはもっと器量のいい人間がたくさんいる。
稀有な才能を持つでもなし、神がかりな軍略で海域を攻略する訳でもなし。
ましてや、見るもの全てを魅了する容姿でもなし。
生き汚い――自己を第一に考える提督に対して抱くものではない。
「とりあえず、俺は一度ちゃんと断ったからな」
「ええ、はっきりと見込みはないとまで言ってくれましたね」
「下手に可能性を見せて希望を抱かせるよりはマシだ」
「誠実ですね。まあそういう所も好きになった理由の一つですけど。
まあ、これからは隙あらば告白していくので。
お受けする気になられたらいつでも言ってくださいね」
いつか、大和の恋心が冷めるまで。
彼女も口では諦めないと言ってるが、徐々に他の相手を探すようになってくれるはずだ。
艦娘と提督。兵器と人間。隔てている堀は彼女が想像しているものよりずっと深い。
「物好きな艦娘だな」
「その物好きな艦娘にいつか振り向かせますから」
愛は移ろいやすい。
このやり取りもいつまでも続くまい。
自分より彼女のことを大切に想って、愛してくれる人はきっといるはずだ。
そういった運命の相手が早期に現れてくれることを願う。
信じて失うより、信じずに失う方が傷口は浅くすむ。
深く抉れた傷は痕となって残る。
そうやって痕を増やして生きていける程、自身が強くないことを、知っているから。
「逃しませんから。何があろうとも、私は貴方を想い続けますし、掴まえます」
痕というより、そのまま致命傷になり得るな、これ。
提督は眼前の艦娘が想像以上に重いということを改めて認識せざるを得なかった。