「提督さん、よろしいでしょうか」
「一応、聞いておく」
「私には個性が足りないと思うんです」
「藪から棒になんだ鹿島」
執務室にて、突然鹿島が訳のわからないことを口走り始めた。
書類に向けていた視線を上げると、鹿島の顔がよく見える。
私、悩んでますといわんばかりの顔だ。
ぷっくりと膨らませている頬があざとい。
とりあえず、めんどくさくなったら可愛いとか褒め称えて於けば、
勝手に機嫌がよくなりノッてくれるのだが、今回の鹿島は微妙である。
よく観察してみると、眉間のシワがいつもの二倍くらい増えていた。
これは長期戦になると提督の直感が予測している。
「私には個性が足りないと思うんです」
「二度も言わなくても聞こえてるよ」
「でしたら、一緒に考えましょう!」
「何を?」
「私の個性についてです」
この艦娘、マジで言ってるのだろうか。
「鹿島は十分に個性的だろう」
「例えば、どこがですか」
「気立てが良くて、俺は見落としているところにもよく気がつく」
「そんなの秘書艦として当たり前なんですっ」
「当たり前じゃないんだがな……鈴谷とか鈴谷とか鈴谷とかな……」
この鎮守府の秘書艦は持ち回り制で稼働しているが、鹿島は本当によく働いている。
鈴谷や川内のように隙あらばサボろうと画策する奴等が悪い。
何でもないかのように提督もサボりに誘うので、手遅れである。
かといって、秘書艦業務からはずそうが、普通に執務室に遊びに来るので、あんまり関係ない。
入り浸るなら談話室なり自部屋なり場所があるにもかかわらずだ。
「何故、俺の執務室をたまり場にするのか、それが理解できない」
「皆に好かれているからですよ。提督優しいですし」
「厳しくする理由がない。それに、艦娘達は戦場で命を懸けているんだ。
多少の息抜きは必要だと思っているし、ある程度のワガママくらいは見過ごす方が円滑に物事が進む」
「そういった所です。提督さんは頭ごなしに怒りませんし。
注意する時は必ず理屈をつけているので、聞く方も納得するんですよ」
理屈をわかった上で、艦娘達はこの執務室をたまり場にするというのが質が悪い。
加えて、艦娘達は提督に対して距離が近いのだ。
その距離の近さをからかい――何か裏で企んでいるのではないかと看破しているからいいものを。
努々、善良な提督を演じている以上、そういった下賤な感情を表に出すはずもなく。
しれっと大本営に出張するなど用事を作ったり、休みの日に悠々と過ごすことで、発散する訳である。
――揉め事を避けたいだけなんだよなあ。
提督と艦娘が恋愛感情を燃え上がらせて、どっちが痛い目にあうかなんて一目瞭然である。
疎い人間でも流石にわかる問題だ。
艤装を身に着けて戦闘態勢になった艦娘など、提督からすると恐怖でしかない。
一発一発が致命傷の砲撃を繰り出してくる奴と乳繰り合う程、肝っ玉は据わっていない。
「全員が鹿島みたいに聞き分けがよかったら、いいんだがな。
世話をするにしても限度がある。上司と部下である以上、厳しい部分だってな」
「提督さんは私のお世話はしてくれないんですか?」
「する必要がないだろう、秘書艦で近い立場にいるのもあって、大抵のことは任せられる。
鈴谷達とはちがって、いい意味で放任できるよ」
「そうですか、じゃあ私も鈴谷さん達みたいに素行不良の艦娘になります」
「冗談にしては直球すぎるな」
「私に足りないのは素行不良な所だったんですよ!」
「そんなドヤ顔で言われてもな……。
それに素行不良って意識してできるものじゃないからな」
提督は穏やかに窘めているが、内心はヒヤヒヤである。
少しでも気を抜けば、冷や汗が滝のように出てくるのは間違いない。
大変めんどくさい、非常にやばい。
この鎮守府の良心である鹿島が鈴谷達のようになってしまったら、と。
手のかかる艦娘が増えるということは提督の心労ももちろん増える。
――意地でも阻止しなければならない。
これ以上の面倒事を増やさない為にも、提督は鹿島の妙な決意を砕かなくてはならない。
「素行不良とは一概に言うが、具体的にはどうするんだ?」
「提督さんのご飯を横取りしちゃうとか?」
「そもそも昼食を一緒に摂ってないんだけどな」
「これからです。これから毎日一緒に摂れば良いんですよ」
「普通に仕事の関係上、時間がめったに合わないけどな。
鹿島は、新人の教導の関係上、現場に行ったり忙しいだろう」
「そうでした!? これじゃあ、提督さんと一緒にご飯を食べられません!?」
ここで教導の仕事をサボると言わない辺り、心底真面目というか。
ほわほわとゆるい艦娘と見られがちな鹿島であるが、その実、生真面目かつ色々と背負いがちな娘だ。
そういった側面から追い詰められ、オーバーワークに陥る可能性がある為、姉の香取にそれとなく誘導してもらうなど、対策は入念にしてある。
というよりも、聞き捨てならない台詞を鹿島はサラッと口にしている。
鹿島とご飯。秘書艦とご飯。つまるところ、仕事だ。
「そもそも、俺、鎮守府で食事を摂ってないからな」
休憩時間にまで部下と上司と部下のやり取りをしたくない。
上司の鑑とまで評価を上げた提督の外面をある程度崩せる貴重な時間なのだ。
この憩いの一時だけは奪われたくない。
「そうです、そうなんです、それですよ! 提督さん!」
「う、うん?」
「提督さんは一回も鎮守府内で食事を摂らないんです!」
「それはまあ、鹿島達とは休憩時間は合わないし、市井を巡回する役割もあるし、当然だと思うが」
「当然じゃないですよぉ……一回も食べに来てくれないって間宮さん達が血涙を流して落ち込んでいるんですよ?」
「いや、それは言いすぎじゃ」
「他にも! 艦娘一同、提督さんはあまり顔を見せに来てくれないと嘆いています、これは由々しき事態です!」
「えぇ……」
どうやら自分は墓穴を掘ってしまったらしい。
よくわからない方向へとめんどくさくなってしまった鹿島は、ぷんすことした表情を崩さずに抗議の言葉を並べ立てる。
もっと艦娘達との交流を深めるべきだとか。
もっと私の秘書艦頻度を上げるべきだとか。
出張の際はいつも自分をつけていくべきだとか。
ケッコンカッコカリいつでも待ってますだとか。
後半部分の戯言はめんどくさくなって聞き流したが、いつもの鹿島よりもポンコツ具合が上がっている。
「ということで、一緒にご飯に行きましょう」
「全然文脈が繋がってないし、行かないからな」
「どうしてですか!!」
「仕事があるから」
「仕事と私との食事、どちらが大事なんですか!」
「仕事。仕事しないとお前達を護れないからな?
そもそも、鹿島は教導の仕事があるだろう」
「素行不良ですもん、そんなのは知りません」
「その設定、今持ってくるかぁ」
もう色々とめちゃくちゃである。
とはいえ、このまま鹿島のペースに乗せられる訳にはいかない。
一回屈したら、今後もなし崩し的に食事は鎮守府内で摂らされる可能性がある。
そもそも、食堂を使ったら間宮達が放してくれそうにない。
彼女達の策謀に押し切られて、食事は鎮守府内がほぼ確定だ。
(さてと、どうしたものか。個人的な事情もあるが、仕事的にも鎮守府内で食事を摂ることは避けたい)
今の鹿島を落ち着かせるのは至難の業だ。
完全に感情的になっている以上、筋道を立てて反論しても火に油を注ぐだけである。
ならば、彼女の言う通り、鎮守府内で食事を摂ることにするべきか。
否、ここで曲げては後々めんどくさい。
自然に外食を選べる環境はプライスレス。
鎮守府内の食事が普通になってしまったら外食をする時、訝しがられる。
(幸い、ここにいるのは鹿島だけ。鈴谷とか間宮とか話をややこしくする艦娘達はいない)
なればこそ、決着は短期かつここでつける。
鹿島を言いくるめさえすれば、安息は約束されたものだから。
「鹿島」
「……私は曲げませんよ、これからの将来の為にも!」
鹿島が提督たらしの艦娘であることを知っていなければ危なかった。
なんかもう別の意味で危ない気もするが、それはそれ、これはこれである。
このままズブズブと沼に引きずり込まれる前に、ケリをつける。
「仕方ない、そこまで素行不良の決意が固いなら、俺も考えなくてはならない。
他の鎮守府に左遷するという案だってある、大変心苦しいが、な」
「えっ、ちょっ、えっ」
「仕事を放り投げて私情を優先する艦娘を見て見ぬ振りをするのは提督としてできないからな。
本当に心苦しいが致し方ない」
鹿島、止まる。
表情は真顔のまま動かず、漏れ出る声も断続的でとぎれとぎれだ。
「素行不良を貫くというなら、俺も大本営に報告しなくてはならない」
正攻法、常識に則った手段で攻略する。
そりゃあ、提督の前で堂々とサボり宣言をするのだ。
立場的には、処罰を下すしかない。
なにせ『真っ当』な提督なのだから当然の帰結である。
「今までの功績もあるから、悪いようにはしないが、こういう結末になってしまって残念だ」
とはいえ、これはあくまでもふりだ。
当然、提督は鹿島を他の鎮守府に左遷するつもりはない。
事務であったり、教導であったり、鹿島に助けられている部分は多い。
評価は戦場だけに非ず。
裏方の仕事に対しても評価はされてしかるべきである。
少なくとも、提督はそう思っているし、艦娘達にもその考えを理解してもらうよう努めている。
「そういう訳で――」
ひとまず、これぐらい言っておけば鹿島も落ち着くだろう。
鎮守府で食事という話題も流れるし、鹿島も元に戻ってウインウインである。
「…………」
「えっ」
「………………」
「気絶、してる……!?」
もっとも、その予測は提督だけであったけれど。
鹿島、色々とキャパシティがオーバーして混乱する。
この数秒間、どうしたら左遷されないか、提督と離れ離れになりたくない。
左遷されたら遠距離恋愛かなぁとか、そもそも付き合ってすらいないでしょとか。
提督との思い出が一気に頭の中で流れ出し、気絶した。
器用にも立ったまま気絶している鹿島を見て、悲鳴を上げて提督も後ずさる。
(気絶する程、嫌だったのか……これからの将来――自分のキャリアに影響が出るのか。
いや、もう、どうなんだ? 何だかわからなくなってきたぞ、鹿島のことが)
とりあえず、出世意欲が強い艦娘なんだな、と。
一旦はそういうことにしておこう。
提督はこれからの鹿島のことも考え、上層部にはそれとなく有能さをプレゼンしておこう。
彼女を手放すのは惜しいが、本人の意向もある。
この鎮守府から栄転するとなれば、提督は評価が上がるし、鹿島はここよりもいい職場で活躍できる。
何が正解の対応かわからないが、鹿島の評価を改めることはきっと間違いではないはずだ。
(今後はそれとなく栄転の話を出して、気を利かせるか)
鹿島を抱き抱え、備え付けのソファーに横にさせる。
気絶から立ち直ったら、アフターケアを怠らないようにしておこう。
ちなみに、気絶から復活した鹿島はここ数分の提督とのやり取りを覚えておらず、
記憶が飛ぶ程、嬉しいことがあったのかもしれないと胸を高鳴らせたのであった。
それを見て、知らぬが仏だと提督は感じ、沈痛な表情を浮かべ沈黙を貫いたのは言うまでもない。