胃薬最高永久不滅。
最近の胃薬は市販のものでもよく効く。
決して裕福ではない身としては、大変助かっている。
医学の進歩、バンザイ。今なら医学様の靴をベロベロ舐めても良い。
というか、いつでも舐めれる。それはもう、恥も外聞もなく。
いつだって自分を救ってくれる胃薬様は提督にとって、英雄だ。
「…………なるほど」
「むぅ」
だが、そんな英雄様でもこの状況を取りまとめることはできないらしい。
というか、全く胃痛が緩和されないのは本当になんで? だから、連れて行きたくなかったのに。
したり顔でしきりに目をパチクリと瞬きしている大和に、ぷっくりと頬を膨らませている鈴谷。
女難の解決方法なんて明確に存在しないんだぞ、クソッタレ。
開始数分で、もうこの会合ツンドラ地帯でやってるのかな? と錯覚するくらいの冷えっぷりである。
「貴方の話をまとめると、彼女は提督の艦隊に所属する艦娘で、今後の何かあった時の為に顔合わせをしておきたいと」
「そうだ。加えて、俺がしている外回りが気になるといってな。
普段なら断る所だが、不測の事態が起こった時、連携が取れるようにしておくのは基本だ」
「それについては予めいただいた連絡で、委細承知しています。“いつも”なら人気のない静かな場所で二人きりなのですが、今回は鈴谷さんもいることですしね」
「……!!!!」
早速、マウント取ってきやがったこの女。
本来であるならば、彼女の私室もとい執務室的な場所で色々と会談をするのだが、今回は人気の少ない喫茶店である。
まあ、流石に軍事機密もあるので、話せることも少ない。もうここまできたら、ほとんどプライベートな雑談みたいなものだ。
思いの外、大和が話がわかり、スムーズに物事を進めてきたので安心しかけたのが間違いだった。
こいつ、事あるごとにマウントを取って私の方が彼を理解してますし、付き合い長いですよムーブをしてくるのだ。
鈴谷のプルプル具合がちょっと見ていられなくなってくる。
――確かに付き合いも理解度も大和の方が上ではあるが。
思わず納得仕掛けたが、それはそれとして大人気ない。
今日に限ってはいつも以上に、キレキレの攻め立てるスタイルである。
鈴谷をここまで言葉のフルボッコを決めるのはよっぽどである。
「大和、不用意な言葉は慎め」
「この程度の軽口、いつものことではありませんか。提督と大和にとっては日常茶飯事、お互い恥ずかしい所も全て曝け出した間柄に遠慮は必要ありませんよね」
「日常茶飯事って言える程、会ってないだろう」
「鈴谷はいつも会ってるもんね~」
「それはまあ、うちに所属してるんだから当然……大和、ステイ。ここは戦場じゃないから」
無表情で青筋をピキピキさせる大和を宥めつつ、提督はため息をつく。
本当に、どうしてこうなった。
というか大和についてはもうその間柄ではないだろうに。
お互い臓物だったり、血反吐だったり、骨だったり、色々と見せあったね、もう絶対見せねえからな、と。
無言の圧力をかますが、全く効果がない。
「やっぱり、距離も近くて、会う頻度も高い鈴谷の方が提督も好きだよねーっ」
「…………」
うわぁ、地雷。地雷原でダンス、ダンス、ダンス!
大和の表情がにこやかになりつつあるのが逆に怖い。
というか、なんでそんなに煽り合ってるのだろう、初対面でいきなりのご挨拶にしては激しすぎる。
「よし、積もる話をする空気でもないし、もう帰っていいか? 仕事が逼迫していてな」
「あら、まだ数分しか経っていませんよ。それに、提督のことです、仕事なんていくらでも調整できるでしょう?
面白い冗談を仰りますね、ふふふ」
「欠片も面白いとは思ってない顔だな、笑顔なのに笑顔じゃない。
帰ったら即座に殺すって副音声が俺には聞こえてくるんだけど、気の所為と受け取っていいか?」
「うふふふふふ」
「わざとらしすぎてしらけるな。誤魔化さないでくれ、俺の胃がもうそろそろ臨界点を超えるから」
おしとやかに笑みを浮かべているのに、全く安心できない。
彼女の内面に渦巻く激情を想起すると、そろそろ落ち着かせなければ、爆発する。
「俺の知ってる大和は感情で動かないはずだが? 寒々しい笑みだな」
「うっわー、大和さんってば感情丸出しじゃーん。もうちょっとスマートにいこーよ、スマートに。
ねー、提督っ」
横の鈴谷がメスガキスマイルで大和を指差して煽ってるが、こいつも大概である。
深窓の令嬢といった佇まいを普段は保っている大和だが、完全にブチギレモードに入っている。
ああもうやだ、これ自室だったらカップは粉砕、獣のような雄叫びを上げて机を蹴り砕いているはずだ。
この二人の相手だけで一週間分の胃薬を使うことは確定なので、提督はもう諦めた。
状況は刻一刻と悪化し、たぶん修復は不可能だ。
「…………鈴谷は先に帰ってくれ」
これ以上は限界だった。
一ヶ月分くらいの精神力を使った気がするが、きっとそれは気の所為ではないはずだ。
翌日は急で申し訳ないが休暇を取らせてもらう。無理かな? 無理だろうなあ。
「頼む。いや、お願いします、すみません、ちょっともう無理です。俺はまだ辞世の句をまだ詠みたくない」
「うわ、提督のキャラが崩れかかってる。そんなに怖いんだったら、提督も一緒に帰ろうよー」
「あの大和の表情を見てそれだけ口が回る胆力だけは凄いが、今は黙っていてくれ。
それ以前に、俺が帰ったら大和の怒りでこの喫茶店は爆散するだろ。市井の治安維持は軍人の役目だ。
すなわち、俺が残るのは仕事の一環だ、至って健全であって職務を全うするだけで不健全な意味合いは断じてない」
「キモいくらい口が回るなぁ」
「そうなんですか、大和との関係も所詮は仕事だから、と割り切っているんですね。悲しい、泣いてしまいそうです……」
「提督と艦娘なんだから仕事抜きにはならないだろう……」
早口でまくし立てた言い訳も大和にはバッサリと切り捨てられる。
もうこれ以上進みようがない間柄で、何をどうしたらいいというのだ。
「鈴谷」
「んー、なに?」
「間宮一回」
「…………もう一声」
「言い値は……厳しいから要相談で」
「仕方ないなぁ」
とりあえず、鈴谷だけでも取り除くことにした。
お代は間宮の奢り複数回。贔屓と見られるかもしれないので、それなりの調整が必須だが、背に腹は代えられない。
簡素なやり取りの中に、熾烈な交渉戦があったが、鈴谷は物分りがいい。
遊び慣れているからか、引くべき所を心得ている。
「間宮には一緒に付き合ってよね」
「生きて帰れたら、の枕詞が付くな、その要求は」
鈴谷は超絶ご機嫌マックスな顔をして鼻歌交じりに帰ってくれた。
空気を読んでくれて本当に助かる。瑞鶴だったら間違いなく冗談とわかった上で、彼女面をして大和を煽っていた。
赤城だったらわざと煽って殺し合いになっていた。提督や大和と本気で戦えるなんて最高ですとか抜かしていそう、いいや間違いなく言う。
「それじゃあ、大和」
「はい」
「土下座したら色々と綺麗サッパリ元通りってならないか?」
「なりませんね」
二人きりになったからか、多少は表情も軟化しているけれど。
機嫌の悪さは最底辺で選択肢を間違えたら即バッドエンド。
乙女心は複雑怪奇、いや艦娘を乙女と呼んでいいのかは疑問が残るが、それはそれ。
油の海に松明を投げ込む程、提督は馬鹿ではないのだから。
「大和の方が付き合いが長いのに」
「はい」
「あの子と違って、ちゃんと好きですって告白しているのに」
「婚姻届を書類に忍ばせるのを告白と呼ばないと思うが」
「黙って聞いて下さい」
「はい」
「大和はいつでも提督と式を挙げれるのに」
「いや、そもそも付き合ってないんだからそんな準備必要ないし無理だと」
「いいから、黙って聞いて下さい」
「はい……」
はっきりと断っているのに、まだ諦めない恋心、怖すぎる。
日が暮れるまで大和と自分のラブラブ妄想を聞かされてしまうなんて。
帰りに薬局で胃薬を買おう。
もう大和の前に鈴谷は連れて行かないぞ、と。
死んだ表情筋と胃腸に提督は誓った。