艦隊これくしょん書き殴り短編集   作:このむらりく

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鹿島さん、初めて負ける(0勝1敗)

 「引いた境界線を、越えることはきっとできない。

空と海が交わる戦乙女達の晴れ舞台。希望も絶望も全ては其処にある。

青が弾けて、飛沫を上げる。揺らがない唯一を胸に、暁へと。

本当に、本当に、そんなものが、欲しかった。

たぶん、否、絶対――踏み越えられないこの世界。

鹿島という艦娘が見ることはできないであろう、楽園の果て。

 

 練習巡洋艦。

戦場に立つにはあまりにもひ弱過ぎる出来損ないの戦乙女。

専ら教導や裏方の仕事をするしか道はない。

それでも、鹿島はその道を誇りに思っていた。

この道は誰かの役に立ち、蒼き正常なる海を取り戻す一助を担っているのだ、と。

 

 嗚呼、綺麗事は夢のまた夢。

 

 諦観は、もう世界の隅々まで満たされ切っていた。

鹿島という、艦娘は――人を魅了する。

別にそんな気持ちはないのに好意を抱かれ、そういった“経験”も豊富と見られる。

戦場での戦果よりも、教導による微々たる成果よりも。

可愛らしい愛玩的な意味で求められた方が多かった。

 

 それは、鹿島を鈍らせるには十分だった。

君が必要だ、君がいてくれてよかった、君が、君が、君が――――。

 

“君”は“鹿島”とは繋がらない。

可愛らしく、愛想が良い艦娘が欲しいのだ、と。

思わせぶりな態度と言われるが、わからない。

特段に意識したこともなく、相手が読み取ったものからそのような評価に繋がるだけだ。

自分が笑顔でいたら、相手も笑顔になる。それだけでよかったはずなのに。

いつしか自然と諦観の笑みを苦もなく浮かべられる自分が、嫌になった。

物事が円滑に進むなら問題ない。それでも、心の片隅に消しされないしこりがあったのだろう。

もっとも、姉である香取相手では流石にごまかせず、すごく心配させてしまったけれど。

みっともなく、艦娘としては落第点である合理的でない感情理論。

最初は抱いていたはずの綺麗事はいつしか薄汚れたものに成り代わっていた。

 

 自らを、真っ直ぐに誇れない。

 

 恥も外聞もかなぐり捨てて吐露した言葉に、香取は即座に否定することができなかった。

それは事実だ。同じく練習巡洋艦である以上、鹿島の気持ちは香取にだってわかる。

ただ折り合いをつけているか、いないか。背負い過ぎとも言える思いが、二人を大きく引き離している。

兎にも角にも、このままではいけない。

そう、確信した香取は、鹿島を適当な鎮守府へと異動させることにした。

環境を変えて彼女の曇った想いが少しでも晴れてくれれば、それでよかった。

その思いは鹿島に届くには少し鈍すぎたけれど。

それでも、姉が自分のことを気遣ってくれる。その善意はすごく嬉しかった。

 

「君が鹿島か。着任ご苦労」

 

 そうして、彼と出会った。

第一声は何だっただろう、たぶん当たり障りのない挨拶をしたはずだ。

変わらない、変えられない、浮かび上がる人好きの笑み。

嘘ではないけれど本当でもない宙ぶらりんの表情だった。

これまでも出会う者を魅了してきた可愛らしさが勝手に浮かび上がる。

染み付いてしまった行動は、もう剥がれ落ちないくらいに鹿島へと癒着している。

きっとまた彼にも、勘違いが重なるのだろう。

でもまあ、そんなものだ。諦めが頭を掠めて、ため息が出るのを堪える。

世界か、自分か。

変わらないといけないのは――自分の方なのに。

どれだけ諦めても、否定しても。この世界で生きていかなくちゃいけないのは鹿島自身なのだから。

 

 しかし、気負いがある鹿島の気負いを無視するかのように、日常は至って穏やかだ。

ここの鎮守府に配属されて数ヶ月、鹿島も慣れが出てきたが、どうもいつもとは違う。

一番の違和感は長でもある提督だ。

他の鎮守府では、艦娘とコミュニケーションを取ったり、艦娘寮にも来たりと、割かし積極的な干渉がある。

その影響か、鹿島も勘違いされてしまうケースが多々有ったのだが、それはともかく。

提督があまり表に出てこない。これまでとは違ったケースで、首を傾げてしまう。

配属されている艦娘に聞いても、素直になれなくて困ってるとかなんで食堂に来てくれないのとか私のご飯で絶対落とすとか一部不満を除いて燻りは少ない。

 

 ――間宮さんが大分壊れているのは置いといて、本当によくできてますよね。

 

 もっとも、必要なコミュニケーションは取っているし、無理な進撃も行われない。

中破大破といったダメージを受けた艦娘には休息が入れられるし、遠征もローテーションがしっかり組まれている。

演習で負けることがあっても責められることはなく、次に活かすよう建設的な反省会も行われる。

職場環境として、最上級と言ってもいいのではないか、何の文句もないですよ、これ。

鹿島は知る由もないが、提督は艦娘が怖いので、マジの良質職場環境を作っているのである。

そもそも、職場環境が悪いと戦場で能力を活かしきれないし、徒党を組まれて提督へのリコールでも行われたら困る。

そんな打算と消極的な理由とは想定していない鹿島が疑問を解消できるはずもなく。

馬鹿正直に提督に聞くことも当然却下。新参者の自分がやってもいい顔をしないはずだ。

けれど、このまま、もやもやが続くのも何とも気分が良くない。ある程度の大まかな理由の枠組みだけでも感じ取りたい。

決心を固めた鹿島の行動は早かった。秘書艦立候補である。

元々裏方の仕事をしていたのに加え、鎮守府の事をよく知る為にも、と。

それっぽい理由をスラスラと並べ立てるのは得意である。

提督も怪訝な顔をしていたが、特段に否定できる根拠もないので、折れてくれた。

 

(何か裏があるなら立ち振る舞いを考えないといけませんし。何もないようでしたら、まあよかったということで)

 

 奇しくも、提督と同じく打算的な理由が、彼女の秘書艦の始まりだった。

しかし、その打算は全く採算が取れない。

秘書艦をやってはみたものの、何の変哲もない日常が続くだけだ。

柔らかな笑顔も、相手をくすぐるような言動も、提督にはどうやら効果がないらしい。

何事もなく、業務が終わる。それは、鹿島が望んでいた日常である。

 

「――以上になります。駆逐の子達もそろそろ戦場の空気を味わうべきかと。

 いつまでも近海の演習ばかりでは、過保護でしょう」

「近海とはいえ、海の上だ。近海だからといって安全、とは限らない。

 かつては、主力艦隊が陽動され、目と鼻の先まで攻め立てられたこともある。

 海の上にいるなら、常在戦場の心構えをしておくのが、自分の身を守ることに繋がるからな。

 近海の演習も立派な戦場だ」

「仰る通りです。教え、導く自分が油断してはいけませんね、猛省します」

 

 夕暮れの執務室で穏やかな時間が流れていく。

きっと大丈夫。平穏は終わらないし、砕けない。

 

「いや、求める水準が厳しすぎるというのは自分でもわかっている。

 気を張り詰めすぎて自壊したら元も子もない。そうならないよう、駆逐達のことは注意して見てほしい」

「承知いたしました」

 

 望んでいたものは酷くあっさり手に入った。

それでも、笑顔は絶やさない。作ってみせる、維持してみせる。

人好きの、蠱惑的とも言えるだろう笑みは崩れない。

何が起こるかわからない。杞憂と断じるには、自分は今まで笑顔を作りすぎた。

 

「……いい機会だから、聞いておきたい」

「はい?」

 

 特に苦にもせずに作れる人好きの笑顔。

その笑顔が崩れるならよっぽどだ。

 

「――鹿島はいつも笑顔で、疲れないのか」

 

 よっぽど、核心を突いた言葉でない限りは、崩れない。

目を見開き、表情が消える。数秒間、沈黙が続いた。

窓から差し込む橙色の光は、鹿島のブリキのような表情を煌々と照らしていた。

うまい返答を考える余裕は一瞬で消え去ってしまった。

提督が何気なく放った言葉は、鹿島の根源へと吸い込まれていく。

 

「…………いえ、特には。私の笑顔で、相手も笑顔になるなら、それで」

「すごいな、俺には真似できないことだよ」

 

 咄嗟に出てきた言葉は落第点。普段の自分ならば絶対にしないであろうものだ。

人に好かれるには、嫌われない為には、笑みを作る。そんなの、当然のことだ。

けれど、彼は違った。

どこか羨むように。その目は鹿島ではなく、遠くを見ているかのようで。

鹿島が、周りが当然だと思っていたことを“すごい”と褒めてくれたのだ。

 

「笑顔というのは存外疲れる。仕事が忙しい時、新しい鎮守府に配属された時、よくもわからない提督と二人きりな時、とか」

「いや、その」

「自覚がなくとも、無理は勝手に積み上がっていくものだ。

 それを感じさせないのはすごいと思うし、周りとうまくやっていける鹿島は強いなと思う」

 

 そんなことはない。強かったら、劣等感なんて抱いていない。

戦場で思うように戦果を上げられず、教導という裏方でしか道を切り開けない出来損ない。

華々しく、勇猛果敢に戦い抜く事ができない自身に、芯を持てない。

強く、在りたかった。誰にも負けない特別になりたかった。

だから、口が滑ってしまったのだ。

 

「……私は弱いですよ」

 

 鹿島は唇を噛んで、感情を堪えるようにして呟いた。

気づけば眉を顰ませ、弱気な表情で、口から漏れ出したのは劣等感に塗れた愚痴だ。

彼が言う、うまくやっていける艦娘からかけ離れた子供の癇癪だった。

感情のままに吐き捨て、並べ立てた要素はとぎれとぎれ。脈絡のない言葉は理解を求めるものではない。

自分でも何を口走ってるのかもうわからなかった。

 

「そんなことはない、と言い切るには付き合いが短い立場からすると無遠慮だけど。

 それでも、あえて言うならば、さ。やっぱり鹿島は強いよ」

 

 そんな嗚咽以上戯言未満の語りに、提督は困りながらも、自分の言葉で返してくる。

一笑に付すことなく、彼は真っ直ぐと目を逸らさない。曇りなき真剣な双眸が、鹿島を捉えている。

 

「こうやって弱音を吐き出せるのも強さだ。さっきも言っただろう?

 気を張り詰め過ぎたら自壊する、って。今の鹿島はその寸前に見えるな。

 本来なら、こういった愚痴を聞いて解決に導くのは俺よりも香取の方が適任だと思うが、ないものねだりをしても仕方がない。

 接点が少ない俺だから言えることもあるし、親しい立場には逆に口ごもってしまう心境もあると思うから」

 

 自分が本当に欲しかったものは何だったのだろう。

曖昧に誤魔化し続けた報いが、自身に返ってきている。

きっと、完璧を求めすぎてしまったのだ。

何でもそつなくこなせてきたからこそ、周りの期待を受け止めてきたからこそ。

常人ならできる物事への妥協を見いだせなかった。

 

「適材適所と割り切れたら一番いいんだけど、そういうことじゃないんだよな。

 とはいっても、卑下も過ぎると呪いになってしまう。

 教導や事務が優れている艦娘だっている。戦闘でしか活躍できない艦娘もいる。

 両方のいいとこ取りってのは、難しくて当然だ。

 もっとも、艦娘から見ると、陸で座ってるだけの俺が一番足手まといなんだけどな」

「いえ、そんなことは……!」

「だが、事実だ。俺は君等から見ると間違いなく足手まといだ。人類皆、海上を自由自在に動ければいいんだが、現実はどうにもし難い」

 

 何かを悔やむように、提督が吐き捨てた言葉には実感が籠もっていた。

生きている以上、誰もがせおっているものがある。

それは安いプライドだったり、置き去りにしてしまった思いだったり。

彼も内に秘めたモノを抱えながら、妥協を重ねて生きているのだろうか。

 

「妥協を重ねて割り切るって考えで胸のしこりを取り除くのは難しいかもしれないけれど。

 少なくとも、俺の前で笑顔を重ねる必要はないし、ある程度の許容はできるつもりだ」

 

 そうして、数秒間の沈黙の後、提督の口から出た提案は至極真っ当なものだった。

全部に対して完璧を叩きつけるのは不可能だと自覚している。

かといって、諦め切れないジレンマもあったからこそ、鹿島は複合的に気が滅入ってしまったのだから。

 

「最初は香取や俺の前だけでいい。それでも、いつか……期限なんて設けないけど。

 香取や俺以外の前でも背負い過ぎることがなくなるまではこの鎮守府で色々と学んで欲しい。

 月並みな言葉で申し訳ないけれど、俺にはこんなことぐらいしか言えないんだ。

 肌触りのいい慰めができなくて、申し訳ないな」

 

 目の前の彼は都合のいいヒーローではない。

突然、最強の力を与えてくれる訳でもなく、神憑り的な戦略で自分を戦場で押し上げる訳でもない。

ただ淡々と現実的な解決案を述べてくる普通の人間だった。

ああ、でも。そんな普通を、ずっと求めていたのかもしれない。

夢想から覚めて、現実へと一歩ずつ歩く時が来たのだ。

提督の言う通り、いつか背負いすぎないように。

もしも、外れた道に入ったら、きっと彼が止めてくれるだろう。

 

「そこまで言うなら、私がちゃんと折り合いがつくまで見ていてくださいね」

「確約はできないが、善処する。うまく気が抜けるようになるまでは、練習あるのみだな」

 

 そして、個人的――鹿島という一人の少女として、提督には興味が湧いた。

何を想って提督になったか、何を芯にして生きているか。

よくよく考えると、最初か提督の立ち振る舞いが気になって秘書艦に立候補したのだから、当初の目的とも合致している。

もしかすると、これが恋愛的な好意に成長したりとか。

 

 ――ないですね。好意を受けすぎたからか、そういう感情に鈍くなってますし。

 

 心中に湧いた気の迷いを秒で切り捨てて。この鎮守府でなら、適度に息抜きを学べそうだ。

まあ、恋愛に発展しないはずだから気楽にいこう。うん、きっと、メイビー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――と言ってた鹿島も、今ではまあこんなポンコツになってしまって」

「だって、だって仕方ないじゃないですか! 初恋ですよ、初恋!! そんなすぐにわかる訳ないでしょう!

 香取姉にからかわれる程、私はポンコツではないですから!」

 




過去編です。
書くかどうかはともかくとして、
初敗北は出てきた艦娘分、一通り考えています。
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