艦隊これくしょん書き殴り短編集   作:このむらりく

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鹿島さん、また負ける(0勝88敗)

 夢を見た。提督は、不思議と今見ている光景が夢だと認識できている。

明晰夢、というやつだろう。特段に不思議なことでもないし、まあこういうこともある。

切り替えの早い提督は眼前で繰り広げられている夢をぼんやりと見続けた。

それは、自分ではない自分の物語。

自分とは大きく違う、王道を歩む誰かの物語。

最初は不慣れで呆れられることも多かった提督が艦娘達に支えられ、立派に成長する物語。

綺麗で、暖かで、優しい、少年少女が応援したくなるような物語。

あくまでもこれは夢だけど。もしかすると、現実のどこかでも起こり得るものかもしれない。

そう考えると、提督の口からは自然と声が漏れ出した。

眩しいな、と。提督は嘘偽りなく思った。そして、自分には到底至らない世界なんだと自嘲した。

ああ、やっぱり――――。

 

「ほんと、クソッタレな世界に生きてるもんだ」

 

 そこにいてはいけない人間の物語を、見続ける。

そんな幸せは望んでいないのにも関わらず、記憶に刻まれることに対して提督は心底恐怖した。

夢は終わる。否、終わらせる。目を閉じて、耳を塞いで、踵を返す。

覚束ない夢の世界を歩いて、歩いて、走って、歩いて、走って。

そうして、今日もまた目覚める。最悪な気分で最高な朝を迎えるのだ。

照った太陽光は窓から差し込み、仄かな暖かさを感じさせてくれる。

数秒間、提督はぼんやりと視界の端から端までを見渡してからゆっくりと息を吸って吐く。

掌を握り締めては力を抜く。それらを何度か繰り返して、ようやく思考が定まるのだ。

 

 ――またいつもの悪夢か。

 

 目が覚めたら忘れている悪夢、本当にどうしようもない。

日々の仕事の疲れが色濃く出ているのだろう。

職業柄、精神の安定とは程遠いものだとはわかっているけれど。

とはいえ、このご時世を顧みると、『提督』という職業は他の業種と比べると安定している。

何せ、自分達は得体の知れない化物と戦争をしているのだから。

それならいざという時に力を振るえる側に立っていた方がいい。

少なくとも選択肢の多さでいったら絶対にこちら側だ。

胃の平常と精神の安寧がゴリゴリと削られているが、仕方がない。

人生にリスクはつきものだ、甘んじて受け入れる。

無力で泣いて、何もかも失うのはもう嫌だろう?

 

ああ、今日も最悪な一日だ。

 

 

 

 

「こんなにもいい天気だと、仕事を投げ出してしまいたいな」

「御冗談を。提督さんがそんなことをする訳ないって知ってますよ?」

「買い被りすぎだ。俺はそこまでできた人間ではないよ」

 

 マジである。提督はそもそもの話、働きたくないのだ。

勤労に身を委ねなければ生きていけないこの世界が憎い。

民間よりはまし、と呪文のように唱えて、今日も一日提督業だ。

窓から見える青空は、綺麗だというのに、自らの心の内はどんよりと曇りどころか土砂降りの雨模様だ。

心の中でついたため息は今日も余裕で三桁は突破している。

 

「それにしても、艦隊運営の幾分かはPCで処理できるとはいえ、一部の書類作業というのはどうしても残るものだな」

「大丈夫です、鹿島がバッチリサポートしますから」

「鹿島のサポートはバッチリ過ぎるから程々にしてくれないと、俺が駄目になる」

 

 マジである。提督の本心としては鹿島に甘やかされるまま駄目になりたいが、そんな甘い話があるはずもなく。

どこかで切り捨てられる可能性を考えるとある程度は自立していないといけない。

 

「そんな、言い過ぎですよ。提督さんのお手伝いを少しでもできればと思ってやっているだけなんですから」

 

 マジである。鹿島自身、大層なことをやっているつもりは欠片もない。

提督美化ポイントもあってか、彼女は心底、提督は自分のサポートがなくてもパーフェクトに仕事ができると思っている。

 

「馬鹿を言え。俺はやれることをやっているだけだ。自らが有能であると称せる程、うぬぼれてない。

 だから、頼りにしているんだ、これでも」

 

 マジである。大抵は自分でできるように、と。自助努力こそすれど、人間限界はある。

本来ならば秘書艦なんてつけたくもないが、つけなくては仕事が楽にならない。

完璧超人ならばともかく、至って普通の一般人である提督は一人で全てをこなすことは無理だ。

できても、毎日睡眠時間を削ってやるしかないが、そんな仕事に魂を捧げる行為は絶対に嫌である。

 

「では、これからもずっとお傍で提督さんをサポートしますね。末永く、ずっと……」

「そういう言葉を投げかける対象はもっと選んだ方がいい。世辞として受け取っておくが、使い所を間違えるなよ」

「ふふふ、これでも私、そういう言葉を出す相手はきちんと選んでいるつもりなんですよ。今の所、私がここまで言うのは提督さんだけなんですからね?」

 

 マジである。この鹿島、提督が老衰で死ぬまでずっと傍にいるつもり満々である。

隙あらばケッコン(仮)も狙っているこの艦娘、押せ押せのノリノリだ。

というか、ケッコン(マジ)も射程圏内である、愛が重い。

もし提督が、軍属から離れてもヒモとして養う気も満々なので、実は提督、優良物件を既にゲットしているのだ。

 

「また、そういう言葉を言って。俺以外には使うなよ、勘違いしてめんどくさいことになるぞ」

 

 マジである。鹿島は色々と相手を勘違いさせやすい言動、態度を取るので、その結果、提督に厄介事が舞い込んでくるのだ。

まあ、魅力的な艦娘であるし、好きになるという行為自体を否定する気はないのだが、それが仕事になると話は別である。

鹿島の恋愛関連の厄介事は非常に精神を使う重労働だ。仲裁に入るだけでも胃痛が止まない。

なればこそ、勘違いしない自分が彼女の言動を引き受けるしかない。

幸い、鹿島が自分のことが好きだとかいう自惚れは今の所、生まれていないので、この調子で厄介事を抑えていきたい。

 

 

「…………はい」

 

 マジである。鹿島、提督のことを好きになってから、実は思わせぶりな態度を見せているのは提督だけなのである。

余計な有象無象との恋愛に力を注ぐくらいなら全力全開、フルスロットルで提督だけを狙うべきなのだ。

そんな乙女鹿島は、提督の思いがけぬ言葉に轟沈である。

自分以外に使うな、ひとえにこれは提督の独占宣言では、と。

考えてしまったらもう止まらない。口元が緩み、頬が釣り上がってしまう。

提督は知る由もないが、乙女の妄想は大抵は都合が良いのである。

 

「今日はすごくいい気分で仕事ができそうです」

「そうか、鹿島がいいならそれでいい」

「何なら、記念日にしちゃいたいくらいなんですよ」

 

 マジである。本日の業務終了後、鹿島日記には非常に甘ったるい惚気話が記されることは既に確定している。

同室の香取が見なかったことにするレベルでにっこにこのげっろげろ状態だろう。

大抵のことをあらあらうふふ的なふんわりとした態度で乗り切ってきた鹿島であったが、もうその面影はない。

何処に出しても恥ずかしいポンコツどろどろ乙女である。

 

 

 

 

 

 

 ――嘘である。嘘だ、嘘で嘘を塗り固めて、嘘しかない。

 

 鎮守府の殺風景な屋上で、提督は嘲りを内心で吐き捨てた。

嗚呼、本当によくもまあここまで好青年を貫けているものだ。

艦娘達のことを大切に思って、仕事ができる人間を演じるのは楽じゃない。

本性はもっと打算的で自分を第一に考えているというのに。

自らの浅ましさを顧みると、くつくつと、低い笑い声が口元から勝手に漏れ出してくる。

生暖かい潮風の匂いが嫌でも自覚させてくれるのだ。

自分はただ、少しでも“勝ち”が取れそうな立場が欲しくて、提督になったのだ、と。

一般市民では駄目だ、情報統制で真実を知ることができない。

市民に伝わるのはきらびやかな結果だけ。

現状は逼迫してはいないが、いつ何が起こるかわからないのが戦争というものだ。

市民はその内情は知る由もなく、もしも深海の化物達が一気呵成に襲いかかってきたら間違いなく為す術もなく殺されてしまうだろう。

だから、比較的に真実が隠されない軍人を、選んだ。いざという時に力を振るえる立場を、望んだ。

 

(望んだ結果が、この有様だ)

 

 何も変わっちゃいない。艦娘のご機嫌取りに勤しんで、生存確率を少しでもあげようと必死な自分。

情けなさは軍人失格モノだ。表情を昼の自分に戻し、提督は優しげな笑顔を作り上げる。

 

「あら、提督さん……?」

「ん、鹿島か」

 

 このように、誰かの気配が近づいたらすぐに偽りの自分を作り上げてしまう。

ドアを開け、少し困惑した表情でこちらへと歩み寄ってくる鹿島に対して、提督はいつもの表情で出迎えた。

護身だけは一級品だ。バレない為に築いた自らの嘘はそう簡単には崩れない。

 

「どうしたんです、こんな夜遅くに」

「鹿島こそ、仕事が終わって帰ったと思っていたんだが」

「私はちょっと忘れ物で。そうしたら、執務室の明かりがついていたので、まだ提督さんがいるのかなと思って

 夜間巡回の艦娘さん達に聞いても、知らぬ存ぜぬ。結構、探したんですよ?」

「そこまでする程の価値がある人間ではないと思うけどな。物好きなのは程々にしとけ」

 

 笑え、慈しめ。それがお前の仕事だろう。この先、生きていく為の最善であろう。

強く、強く。信頼を勝ち取り、それを使いこなせ。

だから、これでいい。こうでしかないのだ。

気づかない、気づけない。鹿島の恋心を提督は認識しない。

好意を寄せてくる艦娘の裏をどうしても考えてしまう提督は、信じない。

 

「もうっ、いつもそうやって自分を卑下して。よくないですよ、そういうのは」

「如何せん、癖みたいなものなんだ。鹿島もあまり気にしないでくれると助かる」

「そういう訳にはいきません、だって……」

 

 見上げた夜空は綺麗で、星が輝いて、月が上っている。

自らの内にある醜さを糾弾するかのように、煌々と。

その光に照らされた提督の横顔は、真実を覆い隠すように、薄く笑っていた。

 

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